AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 30 2021, Vol.373

何が見慣れた顔をそれほど特別なものにするのか? (What makes familiar faces so special?)

脳内の顕在的な意味情報は、その事項が記憶されている特定の前後関係を徐々に取り除くことによって生成される。このような顕在的な表象の特に顕著な例は、顔(判別)に特化した神経細胞である。Landiたちは、既知顔(見慣れた顔)を見て反応するサルの前側頭皮質の小さな領域における神経細胞の特性を報告している。これらの細胞は、既知顔の内在する特徴に反応するが、未知顔には反応しない。これらの反応のいくつかは非常に選択性が高く、他の膨大な数の刺激の中から1つの顔だけに確実に反応する。これらの発見は、意味記憶が脳のどこにどのように保存されているかについての理解を深めるであろう。(Sk,ok,kh)

Science, abi6671, this issue p. 581

植物細胞の成長調節 (Plant cell growth regulation)

動物細胞中の圧電センサーは細胞膜に局在化していて、機械的信号を電気的信号に変換する。植物細胞の細胞膜は、動物細胞とは異なり、通常は剛直な細胞壁にぴったりと貼りついていて、十分な可動性を有していない。植物細胞の体積の大部分は大きな中心液胞によって占められていて、その膜である液胞膜は機械的にそれほど束縛されていない。Radinたちは、植物細胞がどのようにしてまたどこで圧電センサーを使うのかを研究した。動物の機械受容チャネルの植物での相同体は、原形質膜には見つからないが、むしろ液胞膜に見出される。蘚類と小顕花植物であるシロイヌナズナの両方において、植物圧電センサーの変異は、先端成長細胞中の液胞形態と成長様式を変更した。(MY)

【訳注】
  • 機械受容チャネル:機械刺激による細胞膜の伸展で開口するイオンチャネル。開口したチャネルに細胞外からナトリウムやカルシウムが細胞内に流入し、細胞内の様々な細胞応答が導かれる。
Science, abe6310, this issue p. 586

再配置可能なスピン・アイス (A reconfigurable spin ice)

スピン・アイスとは、局所的なスピンが、いわゆるアイス・ルールに従う磁気系であり、天然の物質中で発生することがあったり、パターン化された配列の中で作ることができる。King たちは、超伝導量子ビットを用いて2次元の人工的なスピン・アイスを実装した。彼らは、スピン結合の強さと比率を変えることで、さまざまな基底状態を利用可能にすることができた。境界のスピンを反強磁性配置に並べて、それらスピンの1つを反転させると、系の内部に磁気単極子が生成した。(Wt,MY)

【訳注】
  • アイス・ルール:正方格子状に配列したスピンの向きが、1つの格子において2つが内向き、2つが外向きとなる規則(two-in-two-out “ice rule”)。
Science, abe2824, this issue p. 576

より高次元におけるトポロジー (Topology in higher dimensions)

凝縮系では、物質のバンド構造と機能性がしばしば同一視されてきた。しかし、バンド構造のトポロジーを考慮することで、その物質に期待される特性をはるかに超える機能性を発揮する道筋が与えられる。Maたちは、電磁メタマテリアルを構成要素として用いて、トポロジカルなWeyl半金属の5次元的な一般化を実現した。これらは、実世界の3つの運動量次元に加えて、合成次元として2つの双異方性材料パラメータを含んでおり、連結されたWeyl面とYang単極子の両方を実証した。このメタマテリアル技術基盤は、より高次元のトポロジカル現象に関連するエキゾチックな物理を探るための強力な道筋を与える。(Wt,ok,kh,nk)

【訳注】
  • メタマテリアル:光を含む電磁波に対する構造設計により、自然界にはない振る舞いをとるようにした材料や物質構成のこと(たとえば負の屈折率物質など)。
  • Weyl半金属:スピン軌道相互作用の強い系において、伝導バンドと価電子バンドが点で交わり、交差点の周りで縮退のない線形分散を有するバンド構造を持つ物質。
Science, abi7803, this issue p. 572

よりクールなセレン化スズ (A cooler tin selenide)

熱電材料は、熱を電気に変換するか冷却装置の基礎として用いることができる。Qinたちは、セレン化スズ熱電材料への鉛とナトリウムの不純物添加が、室温での熱電特性を改善することを見出した。これは、電子バンド構造の操作によって生み出された効果である。著者たちは、この材料が発電だけでなく冷却にも使用できることを示した。もし最適な接触材料が突き止められれば、この手法は将来の応用にとって魅力的であるかもしれない。 (Sk,kj)

Science, abi8668, this issue p. 556

金属間化合物ナノ結晶をアマルガム化する (Amalgamating intermetallic nanocrystals)

金属間化合物ナノ結晶は、多くの分野で広範な応用を持つ大きな新たな材料群であるが、それらを合成する一般的な方法に欠けている。Clarysseたちは、単一金属のナノ結晶シードと低融点金属とのアマルガム化に基づくコロイド合成法の開発を報告している。研究者たちは、結晶性で組成均一な広範囲の金属間化合物ナノ結晶をうまく合成し、組成の均一性と、粒径の均一さに加えて粒径の可変性を実証した。このアマルガム化シード成長法は、多くの潜在用途で関心の高い他の多くの金属間化合物を実現するのに用いることができる。(MY,ok,kh,kj)

【訳注】
  • 金属間化合物:元素比が整数の2種以上の金属元素からなり、構成金属原子が固溶体化するとともに規則正しく配列した構造をもつ化合物。構成元素とはまったく異なる特性が発現する。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abg1934 (2021).

ウイルスが寄生から守る (Protection from parasitism by a virus)

寄生バチは、寄生標的種の体内や卵に自身の卵を産みつける際の、宿主の防御機構に打ち勝つ多種多様な方式を発達させてきた。Gasmiたちは、宿主が寄生者に対する抵抗性を与えるタンパク質を発現するウイルスに感染する時には、どのように宿主が寄生者に応戦しうるのかについて報告している。チョウ・ガ類の成員が寄生バチの標的になる時には、抵抗性タンパク質を与えるウイルスから水平伝播でもたらされたタンパク質群が進化してきており(時には宿主のゲノムに組み込まれており)、これらのタンパク質群が、寄生者の子が十分育ち成虫となって宿主から出てくる能力を害する。著者たちは、特定の寄生生物から宿主を守るこのタンパク質の能力の特性を明らかにし、進行中の宿主-寄生生物間の武器進化競争に証拠提供している。(MY,ok,kh,kj,nk)

Science, abb6396, this issue p. 535

TSLPで脂肪を汗として除こう! (Sweat out the fat with TSLP!)

胸腺間質性リンパ球新生因子(TSLP)は、アレルギー疾患を特徴付ける免疫応答を促進することがあるサイトカインである。Choaたちは、TSLPの産生を増加するよう作られたマウスが、肥満、インスリン抵抗性、脂肪性肝炎からマウスを保護する、選択的白色脂肪組織喪失を示すことを見出した(Schneiderによる展望記事参照)。保護は、好酸球、調節性T細胞、または自然リンパ球によって影響されなかった。むしろ、TLSPは通常のT細胞の皮膚中の皮脂腺への移動を誘発した。いったんそれが起こると、これらのT細胞は、皮膚のバリア機能を増強する脂質に富む物質である皮脂の過剰分泌による白色脂肪組織の喪失を促進した。この機構は、皮膚の抗菌防御を強化するために進化したようだが、肥満に対する将来の治療標的となる可能性がある。(KU,kh,kj,nk)

【訳注】
  • 白色脂肪組織:通常の脂肪組織で、ミトコンドリアに富み積極的に脂肪を消費する褐色脂肪組織から区別される。脂肪の貯蔵、レプチン(脂肪細胞で分泌されるホルモン)などの分泌機能がある。
Science, abd2893, this issue p. eabd2893; see also abg9079, p. 487

コロナ後遺症という大災害 (The Long Covid pandemic)

COVID-19に起因する死亡や入院への注目は、公衆衛生対策において罹患率が十分に監視もしくは考慮されてはいないことを意味する。「コロナ感染症の後遺症:Long Covid」(急性COVID-19罹患後に複数の内臓系に影響を及ぼし、症状が長期化し変動する)に苦しむ人々が、市民科学の活動の中で一体となり、COVID-19と診断された人々の38%に影響を及ぼしていることが知られているこの状態を認識し注意を払うことを促した。展望記事においてAlwanは、Long Covidの課題と潜在的な意味について議論している。機構と予後について依然あまり分かっておらず、また見込みある治療法がほとんどないため、この蔓延性で衰弱性の症候群を報告・認識・研究する一貫した体制が、世界大流行の中でこの健康危機へ対処するために不可欠である。(Uc,MY,ok,kh,kj,nk)

Science, abg7113, this issue p. 491

VEGFを増やせば平均寿命も健康寿命も伸びる (More VEGF, more life span and health span)

高齢になることはめでたいが、細胞、組織、臓器レベルが劣化する悪影響はめでたくない。Grunewaldたちは、血管機能が加齢によって低下することが生体全体の老化の原因であるとする血管理論に対する証拠を示した(AugustinとKipnisによる展望記事参照)。血管内皮増殖因子(VEGF)のシグナル伝達不全は、老齢マウスの血管機能低下の原因となっている。シグナル低下を代償するような適度の循環VEGFの増加は、若年層のような血管の恒常性を維持し、複数の有害な加齢に関する過程を緩和し、マウスの加齢に伴う多数の病状を改善するのに十分だった。(ST,kh,nk)

Science, abc8479, this issue p. eabc8479; see also abj8674, p. 490

バック・トゥ・ザ・フューチャー・ファージ (Back to the future phage)

細菌とそれらの寄生ファージの間で広く見られる相互関係は、微妙で進化的に動的である。バングラデシュでは、コレラは風土病のまま現在も存在しており、自然に発生し臨床的に関連する感染症が数十年にわたって監視されてきた。LeGaultたちはヒト・コレラ菌患者で、抗ファージ防御とファージの対抗応答との関係を調べた。これらの細菌は、SXT-ICEと呼ばれる統合的共役要素(integrative and conjugative element:ICE)を持っている。これは、抗生物質耐性遺伝子を運ぶことで悪名高いだけでなく、ファージから細菌を守る遺伝子をも含んでいる。ファージは独自の対抗防御機構を持っている。その1つは、あるファージ系統では44個のアミノ酸からなるペプチド産物で構成され、細菌のSXT-ICE防御を抑制する。さらに複雑なことに、SXT-ICEは、コレラ毒素を含むビブリオ病原性因子を伝播する溶原性ファージをも抑制する。それゆえに、この過程は、抗生物質耐性だけでなく細菌の多様性をも促す。(KU,MY,kj,nk)

【訳注】
  • ファージ:細菌に寄生して増殖するウイルスで、タンパク質の外殻と遺伝情報を担う核酸からなる。
  • 統合的共役要素(ICE):細菌の染色体から切り出されて環状の中間体となり、接合伝達(細菌同士が接合して遺伝子の一部やプラスミドを相互にやり取りする)によって別の細菌に伝播する可動性遺伝因子。細菌の薬剤耐性に関与する。
  • SXT-ICE:細菌内での葉酸の生合成とその活性型分子種への変換を阻害する薬剤(抗菌剤)であるスルファメトキサゾール/トリメトプリム(SXT)に対する耐性を備えた統合的共役要素。
  • 溶原性ファージ:感染ファージの核酸が宿主細菌の染色体に組み込まれ、細菌の増殖とともに組み込まれたファージ核酸が増殖した後、ファージ核酸が離脱して宿主の中で複製が行われて増殖するファージ。
Science, abg2166, this issue p. eabg2166

効かない薬剤の選別 (Screening for drugs that don't work)

COVID-19との戦いにおいて、転用選別で発見された薬剤は、治療用としてすぐにも実施できるため、特に関心が高い。しかしながら、Tumminoたちは、そのような選別からの多くの主要な薬剤が、カチオン性両親媒性薬剤によって誘発されうるリン脂質蓄積障害である、リン脂質症を介して細胞に抗ウイルス効果を持つことを見出し、注意を喚起している(EdwardsとHartungによる展望記事参照)。細胞における薬剤誘発性リン脂質症と重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2複製の抑制との間には強い相関がある。残念ながら、リン脂質症を介して細胞に抗ウイルス効果を持つ薬剤は、生体内では有効でありそうにもない。そのような薬剤を選別して除くことは、より良い臨床的に可能性のある薬剤に集中できるかもしれない。(KU,kj)

Science, abi4708, this issue p. 541; see also abj9488, p. 488

加熱を一様にする (Evening out the heat)

前駆体のペロブスカイト太陽電池活性層への変換は、通常、土台となる基板を加熱することによって生じている。変換は溶媒が失われる膜の表面近くで発生する傾向があり、反応物の不要な予熱が基板の近くで反応前に生じる。Liたちは、前駆体膜を形成した基板を浸漬する伝熱油(アニソール)の使用が、より迅速で均一な加熱を可能にし、溶剤を除去し、空気や水による汚染の影響を回避することを示している。より大きな粒子とより均一な膜は、小面積から大面積のデバイスへの移行において、はるかに大きな効率維持をもたらした。(Sk,ok,kh)

Science, abh3884, this issue p. 561

核小体を凝縮液体のままにする (Keeping the nucleolus a liquid condensate)

核小体は、その中の線維状中心部・高密度線維状部(FC/ DFC)ユニット内でDNAポリメラーゼI(Pol I)を介したリボソームDNA(rDNA)からの転写とrRNA前駆体プロセシングが起きている、多層状で膜のない核内の凝縮物である。核小体の生物物理学的特性がどのように調節されているかは、とらえどころのないままである。Wuたちは、RNAヘリカーゼDDX21が、核小体内の個々のFC/DFCユニットを覆う外被を形成することを見出した(YamazakiとHiroseによる展望記事参照)。著者たちは、SLERTと呼ばれる長い非翻訳性RNAが、シャペロンのような機構を使用して、ヘリカーゼの開放型から閉鎖型の立体配置の移行を促進することを見出した。閉鎖型立体配置のDDX21は、FC/DFCユニットにPolIの処理能力に必要な十分な流動性と空間を与える緩いクラスターを形成する。加えて、緩いクラスター中のDDX21はrDNAに接近して包むことができず、このようにrDNAは転写が可能となる。(Sh,kh)

【訳注】
  • リボソーム:タンパク質とリボソームRNA(rRNA)から構成され、細胞内でタンパク質やペプチド鎖の合成を行っている顆粒状の小器官。rDNAから転写されたrRNA前駆体にリボソーム・タンパク質が結合すると同時に、rRNA前駆体が様々な加工(プロセシング)を受けリボソームが合成される。
  • ヘリカーゼ:核酸のリン酸エステル骨格に沿って、動きながら絡み合っている核酸をほどく酵素。
  • シャペロン:他のタンパク質が、正しい過程に従って折り畳まれるのを誘導するタンパク質。
Science, abf6582, this issue p. 547; see also abj8350, p. 486

熱的特徴 (A thermal signature)

α-塩化ルテニウム材料はキタエフ・スピン液体に起因する物理的性質のいくつかを示すが、このモデルの完全表現ではない。Yohoiたちは、同材料の熱ホール効果を調べることでキタエフ模型がどこまで適用可能かを探求した。研究者たちは、試料に対して平面内およびそれに角度を付けて外部磁場を印加して、熱ホール信号が半整数で量子化することを観測した。この結果は、キタエフ模型と一致するトポロジカル状態が形成されていることを示唆している。(NK,MY,ok,kh,kj,nk)

【訳注】
Science, aay5551, this issue p. 568