AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 23 2021, Vol.373

ゴミ箱の中の鳥 (Birds in the bin)

人間が複雑な文化を有している唯一の動物ではないことは今では十分受け入れられていることであり、我々はまた、生態学上の新奇性が文化的革新に通じる可能性があることも見出している。Klumpたちは、人間が作り出した資源、具体的にはゴミ箱、に対応して進化している一連の振る舞いがキバタンで出現していることを報告している。この調査結果は、高水準の認知機能を持つ種族として知られるオウムたちの間の複雑な採餌文化の存在と広がりの双方について報告し、そして文化的革新の広がりが、どのようにして地域的に独特な変化を導きうるのかについて光を当てている。(Uc,nk,kh,kj)

【訳注】
  • キバタン:オーストラリアに広く分布する大型の白色オウム。
Science, abe7808, this issue p. 456

動的状態を捕まえる方法 (How to catch a dynamic state)

AMP活性化タンパク質キナーゼ(AMPK)は、真核生物におけるエネルギー状態の重要なセンサーである。その動的構造は、リン酸化とヌクレオチドと代謝物の結合を含むアロステリック因子によって調節される。Yanたちは、ドメイン・レベルの大きな回転を経験した完全に不活性な状態にあるAMPKを捕捉する立体配座特異的抗体を開発した。細胞および生体外での生物物理学的実験は構造研究と一致し、AMPKの活性化ループ部分が完全に露出してしまい完全に不活性な脱リン酸化状態になるモデルを支持している。これらの構造は、この極めて重要な代謝調節因子における複雑なアロステリック挙動に関する我々の理解に役立つ。(KU,MY,nk,kh,kj)

【訳注】
  • アロステリック:酵素機能などのタンパク質の活性が、タンパク質の活性部位以外に結合した分子によって大きく変化すること。
  • 活性化ループ:AMPKのキナーゼ触媒活性を担うAMPKαユニットに存在するループ構造。この構造では、ループ中に存在するスレオニン残基がリン酸化すると、アロステリック効果によりAMPKのキナーゼ活性が大幅に上昇することが知られている。
Science, abe7565, this issue p. 413

光ルミネッセンスを高めるためにひずませる (Straining for high photoluminescence)

遷移金属ダイカルコゲナイド単層膜の光ルミネッセンス量子収率は、発光強度が高い場合には励起子が非発光性の対消滅をしてしまうため低下する。Kimたちは、この過程がこれら材料の結合状態密度におけるファン・ホーベ特異点によって共鳴増幅されることを示している。しかし、わずかな機械的ひずみ(∼0.5%)を与えるとファン・ホーベ特異点が移動し、非発光性過程が抑制される。硫化モリブデン、硫化タングステン、セレン化タングステンの剥離単層に加えて、化学気相蒸着で成長させたセンチメートル規模の硫化タングステン単層においても、高励起子密度で1に近い光ルミネッセンス量子収率が観測された。(NK,kh)

【訳注】
  • ファン・ホーベ特異点:結晶の状態密度のエネルギー微分が発散する点で、状態密度が特異的に高くなる。
Science, abi9193, this issue p. 448

宿主細胞死に向かうカルシウム・シグナル伝達 (Calcium signaling for host cell death)

植物の中には、病原性微生物への応答で、自身の細胞を死なせて感染のさらなる広がりを制限するものがある。ヌクレオチド結合性ロイシン・リッチ・リピート受容体のうちのToll/インターロイキン1受容体/抵抗性クラス(TNLとして知られている)は、植物中で免疫受容体として機能する。これらのTNLは、専用のヘルパー・タンパク質群とともに働く。Jacobたちは、NRG1(N REQUIREMENT GENE 1)として知られているこれらのヘルパー・タンパク質のうちの1つの構造を明らかにしている。この構造は、動物の既知陽イオン・チャネルと類似している。著者たちは、ヘルパーNLRがカルシウム・イオンの流入を直接制御して宿主細胞死を開始することを実証している。これは、TNLが働く結果の仕組みを例示するものである。(MY,nk)

【訳注】
  • ヌクレオチド結合性ロイシン・リッチ・リピート受容体(NLR):植物の細胞内にある免疫受容体。中央部にヌクレオチド結合性部、C末端に、20-30残基からなるアミノ酸の繰り返し配列でロイシンの割合が多い構造(ロイシン・リッチ・リピート)を持つ。病原性微生物が植物内に分泌するエフェクターをロイシン・リッチ・リピート部が検出して、エフェクター誘導免疫と呼ばれる免疫応答を誘導し、また、感染した植物細胞を死に至らしめる。
  • Toll/インターロイキン1受容体/抵抗性クラス:NLRの主要2クラスの内の1つ。NLRのN末端側ドメインがToll/インターロイキン1受容体で構成されている。
Science, abg7917, this issue p. 420

酸素により消光される三重項状態の寿命 (Triplet-state lifetime quenched by oxygen)

三重項に励起された顔料発色団が遍在酸素と破壊的相互作用をする程度を軽減するのに自然が用いている原子レベルの機構についてはほとんど分かっていない。Pengたちは、この課題に対して、導電性原子間力顕微鏡(conducting atomic force microscopy)に基づく技術を発展させて、塩化ナトリウム表面に置かれたモデルπ共役系である単一ペンタセン分子に三重項状態を作り出し、それを追跡することで挑んだ(LiとJiangによる展望記事参照)。著者たちは、共吸着された近傍酸素による原子規模の操作によって、ペンタセンの三重項状態の寿命が制御可能なやり方でどのようにして消光されうるのかを示している。提示された単一分子分光法は、有機エレクトロニクス、光触媒、および光線力学療法などの多くの他の分野で重要な役割を果たしている三重項励起状態に対して、原子分解でのさらなる研究に道を開くものである。(MY,nk,kh,kj)

【訳注】
  • 導電性原子間力顕微鏡:導電性のカンチレバーに電圧をかけて、試料分子との間の1電子交換を行うことで、基底状態や励起状態を作り出して、カンチレバーの作用力変化により状態の変化や電子像を測定する方法。
  • 光線力学療法:光励起によって活性酸素種を生成する薬物を投与し、体内の有害組織や皮膚病などを治療する方法。生成活性酸素種は、酸素ラジカルか一重項酸素で、一重項酸素の場合は三重項励起状態の光増感剤と酸素分子間のエネルギー移動から発生する。
Science, abh1155, this issue p. 452; see also abj5860, p. 392

かに星雲からの高エネルギー光子 (High-energy photons from the Crab Nebula)

かに星雲にはパルサーがあり、そのパルサーが周囲の気体を励起して高エネルギーの放射線を放出している。パルサーが若いことと、その場所が私たちの近傍であることが相まって、この星雲は天空で最も明るいガンマ線源となっている。Caoたちは、テラ電子ボルト(1012eV)からペタ電子ボルト(1015eV)のエネルギーでのこのガンマ線源の観測結果を報告しており、これにより、この典型的な天体のスペクトルを拡張した。 彼らは、これらのデータを低エネルギーでの観測と組み合わせて、放射過程の物理をモデル化している。多波長にわたるデータは、シンクロトロン放射と逆コンプトン散乱の組み合わせで説明可能である。(Wt)

Science, abg5137, this issue p. 425

血液脳関門を迂回する (Getting around the blood–brain barrier)

髄膜は、中枢神経系(CNS)を取り囲み保護する3枚の膜から構成されている。最近の研究では、そこに常在する骨髄系細胞の存在が言及されているが、それらの個体発生と機能についてはほとんど知られておらず、その他の髄膜免疫細胞群が重要な役割を果たしているかどうかは不明確なままである(NguyenとKubesによる展望記事参照)。Cugurraたちは、マウスにおいて硬膜で継続的に補充される骨髄系細胞の大部分が血液由来ではなく、特殊な経路を通って頭蓋骨骨髄から運ばれることを見出した。CNS損傷と神経炎症のモデルにおいて著者たちは、これらの骨髄系細胞が、より炎症を引き起こしやすい血液由来の類似細胞と比較して、免疫調節性の表現型を有することを立証した。同様にBrioschiたちは、髄膜が、同様に頭蓋骨骨髄に由来し、髄膜で成熟し、おそらく免疫寛容原性の表現型を獲得するB細胞を内在させていることを示している。彼らはさらに、末梢血管由来でCNS抗原との出会い後に自己抗体を分泌する形質細胞に分化する可能性がある第二の群の加齢性B細胞によって、老化したマウスの脳が浸潤されることを見出した。これらの2つの研究は共に、神経疾患の将来の治療に情報を提供するかもしれない。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • 免疫調整性:正常な免疫能には影響せずに異常な免疫機能を正常化する性質。
  • 寛容原性:特定抗原に対する特異的免疫反応の欠如や抑制状態を引き起こす能力。
  • 自己抗体:自分の体を攻撃する抗体。
Science, abf7844, abf9277, this issue p. eabf7844, p. eabf9277; see also abj8183, p. 396

鼻腔内ワクチン (Intranasal vaccines)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する多くのワクチンの中で、鼻腔内方式が重要な空白を埋める。ほとんどのワクチンは筋肉内に投与され、全身の免疫応答と中枢の免疫記憶を引き出す。しかし、呼吸器ウイルスは主にまず鼻腔に入ることになり、そのことは、鼻腔内ワクチンによって引き起こされるような鼻腔内の強い粘膜免疫応答が有益であるかもしれないことを示唆している。展望記事において、LundとRandallは、臨床試験中のSARS-CoV-2鼻腔内ワクチン、それらを使用する理論的根拠、およびそれらが免疫付与を実現できるかもしれないのか、あるいは(筋肉内ワクチンの)効能促進剤としてSARS-CoV-2からの防御能を高めるのかどうかについて論じている。(Sk)

Science, abg9857, this issue p. 397

腸の高密度リポタンパク質は肝臓を保護する (Intestinal HDL is hepatoprotective)

高密度リポタンパク質(HDL)はコレステロール代謝にとって重要で、また、抗炎症特性と抗菌特性を持つ可能性がある。HDLは主として肝臓で産生されるが、腸も産生源である。Hanたちは、マウスでは、腸HDLが体循環に送られていないことを示している。むしろ、腸HDLはHDL3の形で、肝門静脈を通って肝臓へ直接輸送される。HDL3は肝臓で、炎症と肝損傷を引き起こすことがある腸由来の細菌性リポ多糖を捕捉する。肝障害に対するさまざまなモデルで、腸HDLの損失が病状を悪化させた。それに対し、腸HDLを上昇させる薬剤は病気の結果を改善した。HDL3はヒト門脈血で豊富であり、腸HDLが肝臓疾患の治療に対して標的になりうるかもしれないことを示唆している。(MY,nk)

【訳注】
  • 肝門脈、門脈:静脈血を消化管から肝臓に送る血管。
Science, abe6729, this issue p. eabe6729

広くやれ、さもないと迷子になる (Go big or you'll get lost)

合理的変異誘発は、生体外での酵素機能を研究したりまたは操作するための一般的な方法であるが、タンパク質配列を操作できるその容易さが、まばらな活性データを酵素の真の機能的全体像に結び付ける際に多くの潜在的な危険性をはらんでいる。大量・高処理技術基盤を用いて、Markinたちは、発現、精製、および標的エステラーゼに関する一連の反応速度測定を実行し、タンパク質全体にわたる1000を超える変異からデータを収集した(BaumerおよびWhiteheadによる展望記事参照)。平衡安定性の低下ではなく、不活性状態へのタンパク質の誤った折り畳みが、タンパク質全体に広がる悪影響を受けた変異体の極めて重要な要因であった。以前の機構上の理解と構造とを結びつけると、4つの「機能成分」が、酵素機能のさまざまな側面に及ぼす変異の影響に関する複雑な空間パターンを合理化するのに役立つ。これらのすべては、わずか数残基の変異誘発からは見ることが出来ないだろう。(KU,nk,kh)

Science, abf8761, this issue p. eabf8761; see also abj8346, p. 391

発達中のニューロンが実生活に向けて実習する (Developing neurons practice for real life)

マウスが林床を前方に向かって走るとき、マウスが通過する風景は後方に流れる。Geたちは、マウスが動くときに目が後で処理しなければならないことを、発達中の網膜は事前に実行していることを示している。網膜活動の自発的な波は、環境を通過する実際の移動により数日後に生成されるであろう同じ様式で流れる。この様式化された自発的活動は、脳の上丘(網膜から神経信号を受信して方向情報を処理する)における細胞の応答性を精緻にする。(KU,MY,kh)

Science, abd0830, this issue p. eabd0830

超伝導スピン量子ビット (Superconducting spin qubit)

これまで、量子情報処理系を開発するための最も有望な固体素子化手法は、循環する超伝導回路の超伝導電流と半導体量子ドット中の電子のスピン特性の操作に基づいてきた。Haysたちは、両方の手法の望ましい側面である、超伝導回路の拡張可能性と量子ドットの小さな設置面積を組み合わせて、超伝導スピン量子ビットを設計・製作した(WendinとShumeikoによる展望記事参照)。このいわゆるアンドレーエフ・スピン量子ビットは、新しい量子情報処理基盤技術を開発する機会を提供する。(Sk)

Science, abf0345, this issue p. 430; see also abk0929, p. 390

たった1つの地震計が与える構造 (Single seismometer structure)

直接的な地震観測が行われていないため、火星の内部構造は謎に包まれていた。Khanたちや Knapmeyer-EndrunたちとStählerたちは、最近、InSight の飛行任務で配備された地震計によって検出された火星の地震を用いて、火星の内部を図化した(CottaarとKoelemeijerによる展望記事参照)。火星には、厚さ24~72kmの地殻と、500km近い非常に深くまである岩石圏があると考えられる。地球と同様に、おそらく岩石圏の下には低速度層が存在している。火星の地殻は、この層を内部の負担で暖めるのを助ける放射性元素に富んでいるようだ。また、火星の核は、液体で約1830km と大きいため、マントルには地球のような2つの岩石層ではなく、1つの岩石層しかないことになる。これらの結果は、火星の化学と内部の動態を説明するさまざまな理論を制約するのに役に立つ、火星の暫定的な構造を与えている。(Wt,MY,kh)

Science, abf2966, abf8966, abi7730, this issue p. 434, p. 438, p. 443 see also abj8914, p. 388

地球の水の起源を理解する (Understanding the origin of Earth's water)

地球の海洋における重水素と水素(D/H)の比率は、原始太陽星雲の全体組成と異なっている。これは、地球の水の一部が彗星や小惑星によって堆積されたか、D/Hの大きな空間変動が初期の星雲に存在していたことを示唆している。Luoたちは、調整可能な紫外線レーザーと半重水(HOD)分子との相互作用に対する詳細な実験室測定を実行した。理論的な予想はH+OHへの解離がより起こりやすいだろうというものであったが、彼らは、そうではなくD+OHへの解離がより起こりやすく、H+OHとD+OHの反応の比率が波長に大きく依存することを見出した。この現象は、地球を形成した物質の化学構造を決める上で、重要な役割を果たしたのかもしれない。(Sk,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abg7775 (2021).