AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 16 2021, Vol.373

致命的な連鎖 (A deadly cascade)

インドのUttarakhand州で発生した壊滅的な地滑りにより、2つの水力発電所が被害を受け、200人以上が死亡または行方不明になった。Shugarたちは、この災害につながった一連の事象について説明している。膨大な量の岩と氷の雪崩がヒマラヤの谷間を轟音をたてながら降下し、2つの水力発電所のうち1つ目のものの上流で致命的な土石流に変わった。この一連の事象は、温暖化と開発の進展によってヒマラヤにおけるリスクが高まっていることを浮き彫りにしている。(Wt)

Science, abh4455, this issue p. 300

クロマチン景観が再構成を指示する (Chromatin landscape dictates remodeling)

哺乳類のSWI/SNF(mSWI/SNF)クロマチン再構成複合体として知られる大きな多成分分子機械は、ゲノム構造を支配する上で非常に重要な役割を果たしている。これらの事物は、核内でクロマチン(タンパク質上に組み立てられたDNA)に結合し、DNAのどの領域、つまりゲノム内のどの遺伝子に接近できるかを指示する。この過程は適切な時と細胞内の適切な遺伝子に対して起こることが極めて重要である。それは、この混乱がガンや神経発達障害などの病気を引き起こすためである。Mashtalirたちは、いろいろなクロマチン状態や複合体との会合様式を組み合わせて、クロマチン上での複雑な活動を指示する分子的な手がかりを明らかにした。これは治療標的として受け入れられるかもしれない特異的な相互作用の情報を与えている。この組み合わせ論的方法は、mSWI/SNF活動を決定する際に関与する多くの要因を考慮しており、クロマチン再構成複合体の結合と活動を理解するための有用な情報源を提供する。(KU,MY,kh)

Science, abf8705, this issue p. 306

二酸化炭素を流路に通す (Channeling carbon dioxide)

吸着容量と選択性の間には多くの場合相反関係があるため、物理吸着剤による気体分子の分離が困難な場合がある。Zhouたちは、一部のケイ素が鉄に置き換えられた、1次元流路を形成するモルデナイト結晶構造型ゼオライトの、鋳型不要の水熱合成を報告している。さらなる成形を必要とする粉末を形成するのではなく、この機械的に安定した材料は、単一体に自己組織化する。四面体ゼオライト部位に結合した鉄原子は流路を狭め、窒素(N2)やメタンに対して、二酸化炭素(CO2)の粒径排除分離を可能にした。乾燥状態と高湿状態の両方で、高いCO2の取り込みと非常に効率的なCO2とN2の分離が実証された。(Sk,ok,kj,kh,nk)

Science, aax5776, this issue p. 315

自律的自己修復 (Autonomous self-healing)

自律的に形状復元さもなければ自己修復する能力は、金属や重合体を含むさまざまな材料に組み込まれてきた有用な特性である。Bhuniaたちは、これらの能力の両方が、圧電分子結晶、具体的にはビピラゾール有機結晶で達成できることを見出した。結晶が破壊されると、それらは互いに引き付け合う帯電した表面を発現させ、それらが互いに臨界距離内にある限り、2つの面を引き付けて自己修復を可能にする。この効果は、他の非中心対称圧電結晶においても見られる。(Sk,kj,kh)

Science, abg3886, this issue p. 321

過渡的な金属 (A transient metal)

二酸化バナジウムは、光、熱、あるいは電気的励起によって到達可能な構造的転移と電子的転移が合わさった転移を示すことが知られている。この絶縁体-金属転移の超高速光学的研究は、出発となる絶縁相の構造を維持した過渡的金属相の形成がこの転移を媒介していることを示している。Soodたちは、この物質が一連の電圧パルスによって電気的に励起された場合に同様の一連の事象が生じることを示している。研究者たちは、超高速電子回折を用いて、励起後の二酸化バナジウム試料の構造を追跡観測し、転移の間に現れる準安定金属相の証拠を見出した。(NK,MY)

Science, abc0652, this issue p. 352

遺伝的に保存された空間記憶機構 (Conserved spatial memory mechanisms)

貯食行動をとる鳥は、何千もの隠した食物を思い出すことができる記憶の専門家である。自由に行動する鳥からの電気生理学的記録を用いて、Payneたちは、エボシガラとキンカチョウの2つの鳥種(ともにスズメ目)の海馬相同部位の神経活動を分析した。彼らがこれらの2種を選択したのは、貯食行動を示す鳥と示さない鳥のそれぞれを比較するためである。げっ歯類の神経細胞活動に似た場所細胞と典型的な海馬の発火様式が、極端な記憶の専門家であるエボシガラの中で発見できた。しかしながら、エボシガラと比較して、キンカチョウでは空間的活性が著しく弱く、豊かではなかった。これらの発見は、空間記憶の根底にある神経処理が、数百万年の進化によって隔てられて大きく異なった海馬回路にわたって、非常によく遺伝的に保存されているという証拠を提供している。(Sk,ok,kh,nk)

Science, abg2009, this issue p. 343

胚中心の縮小過程を調節する (Regulating germinal center contraction)

二次リンパ器官における胚中心(GC)は、成熟したB細胞が増殖して分化する場所である。GC形成はよく研究されているが、GCの持続時間と縮小過程の制御はあまりよく理解されていない。マウスGCの生体内可視化と単一細胞RNA配列決定を用いて、Jacobsenたちは、T濾胞ヘルパー(TFH)細胞がこの過程における重要な関与者であると報告している。彼らは、いくつかの後期GC TFH細胞が転写因子FOXP3を増加させ、調節性T細胞様表現型を獲得することを見出した。これらの細胞はT濾胞調節性(TFR)細胞とは違ったものであり、TFR細胞と違って、GC反応を停止するために必要とされる。この過程の微調整は、GCの寿命を延ばし、ワクチン接種の状況下において抗体応答を高めるための鍵となるかもしれない。(KU,kh)

【訳注】
  • 胚中心:免疫応答の際に二次リンパ器官のような二次免疫組織につくられる微小構造。抗体を産生するB細胞の活発な増殖、選択、成熟と消失がみられる部位。
  • FOXP3:調節性T細胞(制御性T細胞とも言う)内で特異的に発現している転写因子で、調節性T細胞の発生・分化と、それが持つ免疫抑制機能を制御する。
Science, abe5146, this issue p. eabe5146

細胞質ゾルを清浄にする (Cleansing the cytosol)

ほとんどのヒト細胞は、免疫系に属する細胞にとどまらず、免疫サイトカインであるインターフェロン・ガンマ(IFN-γ)によって活性化されると、感染に対する防御応答を準備する。IFN-γが非免疫細胞と組織にこの機能をどのように与えるかは、よく分かっていない。Gaudetたちは、ゲノム規模でのCRISPR/Cas9遺伝子編集を用いて、アポリポタンパク質L-3(APOL3)を、ヒトの上皮、内皮、および線維芽細胞を感染から保護するIFN-γ誘発性殺菌タンパク質として同定した(Nathanによる展望記事を参照)。APOL3は、宿主細胞の細胞質ゾル内の細菌を直接標的とし、細菌の陰イオン性膜をリポタンパク質複合体に溶解することによって細菌を殺す。この研究は、細胞内病原体と戦うためにヒト細胞の自主的免疫の間に駆けつける界面活性剤のような機構を明らかにしている。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • アポリポタンパク質:脂質を取り囲むことにより、生物体内の環境である水性環境では溶解しない脂質の溶解性を向上させるタンパク質のこと。
Science, abf8113, this issue p. eabf8113; see also abj5637, p. 276

卵胞を再構成する (Reconstituting the ovarian follicle)

最近の進歩により、多能性幹細胞から卵母細胞の生体外での生成が可能になってきた。しかし、卵母細胞は、生殖細胞として十分に発達するのに体細胞の環境を必要とする。Yoshinoたちは、生体内の分化過程について知られているものを適用して培養条件を決定し、胚性幹細胞を生殖腺体細胞様細胞へと分化させた(YangとNgにようる展望記事参照)。胚性幹細胞が生成した卵巣生殖腺組織を、初期の始原生殖細胞あるいは生体外で誘導された始原生殖細胞様細胞と組み合わせると、再構成された卵胞の内部で生殖細胞が生存可能な卵母細胞へと発達し、そして受精して成育可能な子にすることが出来た。この系はマウスの配偶子産生の代替法を可能にし、また、哺乳類の生殖と発生に対する我々の理解を前進させる。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 卵胞:卵母細胞または卵子を卵胞上皮細胞などの生殖腺体細胞が包み込んだ組織のこと。
  • 卵母細胞:卵子になる前の雌性生殖細胞で、減数分裂して卵子となる。
  • 体細胞:生殖細胞以外の細胞で、染色体が対になっている(2倍体)細胞。
  • 始原生殖細胞:卵子や精子のもととなる細胞。胎児の卵巣で雌性ホルモンにさらされて卵原細胞に分化する。卵原細胞が卵母細胞に成長して卵胞が形成される。
  • 配偶子:卵子や精子のことで染色体が対になっていない(1倍体あるいは半数体)細胞。
  • ※本論文に関する九州大学の発表:https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/636

Science, abe0237, this issue p. eabe0237; see also abj8347, p. 282

COVID-19のPCR検査の付加価値 (Added value of PCR testing for COVID-19)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のパンデミックの間、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査は、一般に陽性かまたは陰性かという二者択一の結果としてのみ報告された。しかしながら、これらの検査結果は、それよりもはるかに多くの情報を含んでいる。ウイルス量が指数関数的に減少すると、PCRサイクルの閾値(Ct)は直線的に増加することになっている。Hayたちは、さまざまな設定に対する調査に用いられたPCR検査から得られたCt値から疫学的情報を抽出するための方法を開発した(LopmanとMcQuadeによる展望記事参照)。個人のウイルスレベルの判定に対して単一のCt値に依存することには問題があるが、母集団からの限られたデータの集約でさえ、パンデミックの軌跡を知ることができる。したがって、母集団全体で、集約されたCt値の増加は、伝播状況の減退が起こりつつあることを示している。(KU,kj,kh,nk)

【訳注】
  • PCRサイクルの閾値:PCR検査は熱変性、アニーリング、伸長反応の3つのステップを1サイクルとしておこない、このサイクルを繰り返すごとにDNA量が指数関数的に増加する(蛍光シグナルで測定)。蛍光シグナル・レベルがある閾値に達するところのサイクル数をThreshold Cycle(Ct)という。詳しくは以下を参照:https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/qpcr-basic37
Science, abh0635, this issue p. eabh0635; see also abj4185, p. 280

ラジカルを囲い込む (Fencing in radicals)

ゼオライト触媒作用は、メタンからメタノールへのより直接的な経路を提供する可能性がある。しかし、現状の触媒は、実際の使用に対してあまりに速く失活しがちである。Snyderたちは、メスバウアー分光法とラマン分光法、および付随するシミュレーションを用いて失活機構を調べた(Scottによる展望記事参照)。それらの結果は、開口部が大きなゼオライトでは、鉄活性部位がメタンから水素を奪った後に、生じたメチルラジカルが漏れ出て他の鉄中心を不活性化する可能性があること示唆している。開口部がより狭いゼオライトは、メチルラジカルを近傍でより長い間保つことが出来、メタノールの形成に有利となる。(MY,kj)

【訳注】
  • メスバウアー分光法:原子核の共鳴励起現象を使って、特定の原子核周辺の電子構造や磁性についての情報を得る分析方法。
  • ラマン分光法:入射光と異なった波長の散乱光(ラマン散乱光)を測定することにより、分子構造や結晶構造などの情報を得る分析方法。
Science, abd5803, this issue p. 327; see also abj4734, p. 277

形状とナノ結晶相転移 (Shape and nanocrystal transformations)

穏和な条件でナノ結晶(NC)の組成を変化させるカチオン交換反応では、通常、より大きなアニオンの副格子が保たれる。Liたちは、歪んだ六方最密充填の硫化物アニオン(S2−)副格子を持つロクスビー鉱(Cu1.8S)ナノ結晶の形状が、コバルト・イオンとの交換反応の結果に影響を及ぼすことを見出した。平らなナノ板はこのアニオン格子を保って硫化コバルトを形成したが、背の高いナノ棒は、立方最密充填構造を持つCo9S8ナノ結晶へ相転移した。背高の方のナノ結晶中の動きやすい結晶面の滑動が、硫化物アニオンの異層積み重ねを促進したらしい。(MY,kh)

Science, abh2741, this issue p. 332

圧電性の生体有機薄膜 (Piezoelectric bioorganic thin films)

圧電材料は、機械的圧力と電圧との可逆的な変換を可能にし、センサーやアクチュエーター、高精度モーターに有用である。Yangたちは、ポリビニルアルコール(PVA)層の間で成長し精製される、圧電性のγ-グリシン結晶の高品質結晶薄膜を作製する方法を開発した(Bergerによる展望記事参照)。PVA層は、PVA-グリシン界面で水素結合が生じることにより、極性軸がフィルム平面に対して垂直に配向した好ましい結晶相の結晶化を促進するのに不可欠である。この薄膜は、巨視的な圧電応答を示し、生分解樹脂でパッケージすると水性環境で数日間高い安定性を示す。この薄膜は水溶性で、適切にパッケージ化すれば、生分解性をもったエネルギー採取素子の中に埋め込むことができる。(Wt,MY,ok,kh,nk)

Science, abf2155, this issue p. 337; see also abj0424, p. 278

お母様はあなたの味方 (Mother knows best)

社会的地位の継承とそれに付随する費用と便益は、人間の社会においては十分実証されている。このような世代間の体制が他の種でも起こっているかどうかについては、実証するのがより困難である。Ilanyたちは高度に構造化された社会を有する雌優位の体制であるブチハイエナにおける約30年間の社会的相互作用のデータをよく調べ、地位の継承が同様に顕著であることを見出した(FirthとSheldonによる展望記事参照)。年の若いハイエナは、彼らの母親たちに似た社会的関係性を有しており、その関係性の強度は母親の地位が高い方が高かった。重要なこととして、寿命は社会的継承と関係が深かった。このことは、このような社会的役割がハイエナの生活に決定的な意味を持つことを示唆している。(Uc,MY,kj,kh,nk)

Science, abc1966, this issue p. 348; see also abj5234, p. 274

毒液にヒントを得た止血性生体接着剤 (A venom-inspired hemostatic bioadhesive)

生体接着剤は、手術時間と合併症を減らすことができるが、重大な出血があるとその有効性が低下する。Guoたちは、効率的に血液を凝固させ、重傷を負った組織や臓器を封着する血液耐性のある止血性外科用生体接着剤について記述している。ゼラチンを基材とした生体接着剤は、ヘビ毒に由来する凝固促進酵素であるレプチラーゼを組み込んでおり、可視光を用いて必要に応じて有効化することができる。彼らの結果は、光硬化性レプチラーゼを含有した止血性生体接着剤が、圧迫止血ができない出血組織の治療に有効である可能性があることを示唆している。(Sh,ok)

Sci. Adv. 10.1126/abf9635 (2021).

撥液の恩恵 (The benefits of being repellent)

窓の汚れであれ、飛行機の翼の氷であれ、表面に異物が蓄積すると、危険な状態を招く可能性がある。多くの表面は、特定の状態の1類型の流体または物質の蓄積に抵抗するように設計されてきたが、より広い抵抗力を設計することは課題のままである。たとえば、水滴をはじく表面は、依然として霧滴の蓄積の影響を受けやすいかもしれない。Dhyaniたちは、超疎水性、超オムニフォビック、潤滑剤含有、および液体類似の表面に焦点を当てて、さまざまな撥液被膜の濡れ性能と耐ファウリング性を総説している。2つの重要な側面は、種々のファウラントに対する表面の性能と、さまざまな長さスケールを適切に考慮しているかである。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • オムニフォビック:蓮の葉の表面のように、表面のナノ構造形状により液体をはじくこと。
  • ファウリング:液体と接する面に有機化合物、タンパク質、微生物、塩などが付着して、表面の機能性低下を引き起こす現象であり、付着物をファウラントと呼ぶ。
Science, aba5010, this issue p. eaba5010

老化細胞がCOVID-19を悪化させる (Senescent cells exacerbate COVID-19)

細胞の老化は、ストレス信号に反応して誘発される状態であり、有害な分泌表現型を伴う。老化細胞の数は、年齢を重ねるとともに増加し、これがその後、加齢関連疾患を引き起こす。Camellたちは、老化細胞が急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対して増幅炎症反応を示すことを示している(CoxとLordによる展望記事参照)。この反応は非老化細胞に伝えられ、ウイルス防御機構を抑制してウイルス進入タンパク質の発現を増大させる。SARS-CoV-2関連ウイルスに感染した老齢マウスでは、老化細胞の負荷を低減させる老化細胞除去薬による治療は、死亡率を下げ、抗ウイルス抗体を増やした。(MY)

【訳注】
  • 有害な分泌表現型:細胞が、炎症性やタンパク質分解性などの生物活性を有する一連の因子を分泌する状態であること。組織に慢性的な障害をもたらしたり、ガン細胞の増殖をもたらしたりすることがある。
Science, abe4832, this issue p. eabe4832; see also abi4474, p. 281