AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 9 2021, Vol.373

小さいのに温かさを維持する (Keeping warm when small)

いくつかの哺乳動物種は冷水環境で暮らしており、それは脂肪の存在や大型化による適応により可能になっている。この通例の注目すべき例外はラッコであり、それは他の種よりも桁違いに小さく、痩せた種である。ラッコの異常に厚い毛皮が役立っていることが知られているが、Wrightたちは、骨格筋からの発生熱の漏出により内部的にも温められていることを示している。この過程は、代謝率を彼らの大きさから予想される3倍に高めている。この機構は、未熟な筋肉を持つ幼獣にも存在しており、これらの動物に誕生時から体内の温かさを提供している。(Sk,ok,kh)

Science, abf4557, this issue p. 223

変更を受けた火星の粘土鉱物 (Modified clay minerals on Mars)

火星の Gale craterに露出した堆積岩には、膨大な粘土鉱物が含まれている。Bristowたちは、Curiosity roverがクレーター内の堆積層を登坂した際に採取した掘削試料を分析した。彼らは、液体の水および硫酸塩溶液と過去に反応した証拠を見出した。これらは、上部を覆う硫酸塩堆積物から粘土を通して浸透した可能性がある。同様の硫酸塩堆積物は惑星全体に広がっており、惑星がその表面の液体の水を失う前に形成された最後の堆積岩の一部を表している。このため、この結果は、火星が乾燥する際に発生した地質学的過程についての理解を与えてくれる。(Wt,MY,kh)

Science, abg5449, this issue p. 198

河道横ずれの範囲 (The limits of channel offset)

横ずれ断層をまたぐ河川水路のずれは、長期間のずれ速度の記録を提供する。この過程はそれ自身興味深い景観の進化の事例である。なぜならこの河川はいくつかの地点で断層を真っ直ぐ突っ切って流れ出し、流路のずれを元に戻したりするからである。Dascher-Cousineauたちはこの過程に対するモデルを開発し、これをカリフォルニアのカリーゾ平原から得られた観察結果を用いて検証した。このモデルは、活動状態から放棄状態への河川道の移行を活用して、これらの地域での水路網がいつそしてどのように再編成されるのかを決定し、ずれと掃流土砂搬送の両方の定量化を可能にしている。(Uc,MY,nk,kh)

Science, abf2320, this issue p. 204

せん断の選択性 (Shear selectivity)

化学反応は通常、エネルギーを可能な全ての分子振動の間で統計的に分配することにより進行する。Liuたちは、外部せん断力がときに、近傍にある結合の回転にエネルギーを散逸させることなく、歪んだ炭素環をこじ開けることがあると報告している。著者たちは、重合体に組み込まれたシクロブチル環を注意深く設計・合成することにより、超音波処理でシクロブチル環の開環が生じる際に、置換基の特定の相対的幾何学配置が保たれることを示した。付随するシミュレーションは、エネルギーを限られた経路に伝えて、シクロブチル環のσ結合を開裂したあと素早く非環式π結合を形成する、「接近通過(flyby)」軌道の誘発を支持している。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • σ結合:共有一重結合の結合様式で、結合している2つの原子の軸に結合原子由来の電子が分布する結合。
  • π結合:共有二重結合をσ結合とともに構成する化学結合。結合軸に対して直交し、かつ互いに平行な結合原子由来の2つの電子軌道が重なって生じた結合の様式。
Science, abi7609, this issue p. 208

プロペン合成への限界に達する (Hitting the limits on propene synthesis)

シェールガス由来のプロパンがより豊富になることで、それをプロピレンの原料として使う取り組みが促されてきた。酸化アルミニウム上に担持された白金-スズ合金ナノ粒子からなる直接脱水素触媒は往々にして、水素希釈によって炭素蓄積を防ぎ、また、過剰のスズで合金偏析を妨げて動作させる必要がある。Motagamwalaたちは、白金-スズ・ナノ粒子が二酸化ケイ素の支持体とより弱く相互作用して、このため触媒金属が偏析しないことを報告している。未希釈プロパンを使って、99%以上のプロピレンへの選択性で、熱力学的な転化率限界である約67%に近い反応が可能であった。この触媒はまた炭素を蓄積せず、失活することなく30時間まで稼働させることが出来た。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • プロペン:CH2=CH-CH3で表される化合物で別名プロピレン。多くの化学材料の原料となる。
Science, abg7894, this issue p. 217

過去と未来の空間を表現する (Representing space in past and future)

生物が空間を移動するとき、その脳は世界における現在の場所だけでなく、その直近の位置を覚えていて、その将来の位置を予測する必要がある。以前の研究は、ラットが直線走路に沿って走っている間の、ラット内でのいわゆる、回顧的と予見的な場所符号化を報告していた。しかしながら、3次元空間を高速に移動する動物を高精度で研究することはより有益であろう。DotsonとYartsevは、飛翔しているコウモリから記録をとり、海馬領域CA1中の場所細胞の活動が、局所位置(現在)あるいは非局所位置を表現しているかどうかを調べた。彼らは、海馬がコウモリの現在の位置を符号化するだけでなく、過去と未来の位置をも符号化していることを発見した。(KU,MY,nk,kh)

Science, abg1278, this issue p. 242

生物発光の光の芸術はどのように上演されるか (How to put on a bioluminescent light show)

同期して点滅するホタルの群れは、自然の驚異であり、協調した集団行動の正準的な例である。グレート・スモーキー・マウンテンズ国立公園における記録映像からの3次元再構成を用いて、Sarfatiたちは、活動的なホタルの群れの密度がひとたび集団の点滅歩調を伝えることができるようになる臨界値に達すると、ばらばらの個々の閃光が巨視的な驚異的状態に移行することを明らかにしている。点滅は驚くほど広範囲の距離(何メートルにも及ぶ)で同期されており、この局所的相互作用が、距離や最近接個体により厳しく限定されるものではなく、ホタルの群れでは視線到達距離によって決められているという仮説につながる。この結果は、集団行動の根底にある短距離と長距離の相互作用の複雑な混合を明らかにしている。(Sk,nk,ok,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abg9259 (2021).

伝播リスクに焦点を当てる (Focusing on transmission risk)

下流の感染を止めることは、COVID-19のパンデミックを緩和するための重要な見地である。伝播様式を理解するために使用されるモデル化の多くは、誰もが同じリスクを持っているということを仮定しているが、そうではない。職業、住居、および経済状況に関連する曝露の不均一性は、感染するリスクと他の人を感染させるリスクにかなりの影響を与える可能性がある。展望記事において、CevikとBaralは、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2の伝播を促がす要因について検討し、そして経済的に恵まれない地域に住む人々、大家族に住む人々、および在宅勤務ができない人々など、最も高いリスクを持つ人々が、接触を減らして伝播の連鎖を断ち切ることが出来るように的を絞った支援を受けるべきであると論じている。このような支援がなければ、これらの地域社会は感染、死亡、経済的苦難の最も高いリスクのまま取り残される。(KU,kh)

Science, abg0842, this issue p. 162

魅惑的な共振器 (Captivating cavities)

レーザー技術は、2枚の鏡の間に光を閉じ込めることでその特性を調整できることの身近な事例である。量子力学はまた、外部からの光がない場合でさえも、共振する空洞に、自分の電子遷移や振動遷移を持って閉じ込められた物質が、真空電磁場のゆらぎと結合しうると規定している。Garcia-Vidalたちは、注目に値するが未だにやや不可思議な、この「強結合(strong-coulpling)」型の共振について概説している。その中でこの型の共振が、さまざまな分子材料および固体材料にわたり、電荷輸送の増大から位置選択的化学反応まで及ぶことを明らかにしている。(NK,MY,nk,kj,kh)

Science, abd0336, this issue p. eabd0336

感染力と相関するもの (Correlates of infectiousness)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2に感染し無症状あるいは軽い症状である人たちの、このウイルスの伝播に果たす役割はよく分かっていない。Jonesたちは患者のウイルス量を調べ、もしあっても症状がごくわずかである人々と入院患者を比較した。およそ40万の人々(ほとんどがベルリン)が、2020年2月から2021年3月に検査され、その約6%が検査陽性だった。25,381人の陽性被験者のうち、約8%が大変高いウイルス量を示した。人々は、感染2日以内に感染力を示すようになり、そして、入院した人々では、ウイルス排出の開始からウイルス量が最大となる時期までの期間はおよそ4日であり、このウイルス量最大は、症状が出る1から3日前に起きた。全体として、ウイルス量は大きく変動したが、B.1.1.7変異株(イギリス株)に感染した人たちでは、ウイルス量は約10倍高かった。子供は大人よりもウイルス量はやや少なかったが、この差は臨床的には重要ではないかもしれない。(MY,ok,kj,kh)

Science, abi5273, this issue p. eabi5273

ヒヒがヒトの腸内細菌について情報を与える (Baboons inform on human gut microbiota)

共生細菌は1つの生物のあらゆる場所で見つかっているが、腸内細菌とその宿主の間の関係が遺伝性であるのかは知られていない。Grieneisenたちは、585頭の野生ヒヒの細菌叢の変化を、14年にわたって収集された糞便試料から調べた(Cortes-OrtizとAmatoによる展望記事参照)。検査されたほとんどすべての細菌叢の特徴は、統計的に有意なある程度の遺伝率を示した。ほとんどの遺伝率の値は低かったが、宿主の年齢に相関して経時で変化した。ヒヒは、初期人類に対して想定されているのと類似した環境に棲息しており、ヒトのものと似た細菌叢を持っている。このため、このヒヒ細菌叢の遺伝率は、それに対する同様のデータ群が利用できないヒトにおける同様の遺伝的決定要因を映し出しているかもしれない。(MY,nk,ok,kj)

Science, aba5483, this issue p. 181; see also abj5287, p. 159

氷が曲がりやすくなる (Ice goes bendy)

氷のよく知られた特徴の1つは、ひずみが生じた場合に曲がらずに破断されてしまうことである。この特性は、凝固中に氷の構造にもたらされる、避けられない欠陥によって引き起こされる。Xuたちは、非常に細い、注意深く成長させた氷の微小繊維が、最大約11%まで大きく曲がることが可能であり、それでも弾力性を持ち続けることを示している(Schulsonによる展望記事参照)。 この値は、以前に推定された理論上の限界にかなり近い値である。繊維はまた非常に透明で、効率的な光透過を可能にしている。(Sk,ok)

Science, abh3754, this issue p. 187; see also abj4441, p. 158

ダウン症の白血病を倒せ (Down with leukemia)

ダウン症は、21番染色体のトリソミーによって引き起こされる先天性障害で、胎児発生に起源をもつ白血病のリスクの大幅な増加と関連している。ダウン症の乳児は前白血病状態で生まれることが多いが、ほとんどの場合、後で解消する。マウス・モデル中に移植された遺伝子編集されたヒト細胞を用いることで、Wagenblastたちは、ダウン症との関連で前白血病と白血病の発症を再現した(RobertsとVyasによる展望記事参照)。特定の変異は、予想通り21トリソミーに関係する前白血病状態を引き起こしたが、本格的な白血病への進行には異なる遺伝的経路を必要とし、21トリソミーに依存していなかった。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • トリソミー:ある染色体が1本余分に存在し、合計で3本になった状態のことをいい、ダウン症は21番染色体が3本ある。
Science, abf6202, this issue p. eabf6202; see also abj3957, p. 155

磁気の手がかりを求めて (Looking for magnetic clues)

最近、ストロンチウムをドープしたニッケル酸ネオジムNdNiO2 の薄膜が超伝導性を示すことが判った。この材料のクラスは、構造的にも電子的にも、有名な銅酸化物超伝導体と類似しているが、どこまで類似しているのかは明確ではない。Luたちは、共鳴非弾性X線散乱法を用いて、Nd1-xSrxNiO2 薄膜中に、銅酸化物には存在する磁性を探った(Benckiserによる展望記事参照)。著者たちは、そのドープされていない化合物において、ドープされたモット絶縁体の挙動と一致するようなドーピングの進展を伴う磁気モードを観測した。(Wt)

Science, abd7726, this issue p. 213; see also abi6855, p. 157

旨さから甘さへ (From savory to sweet)

鳥が花から花蜜を食べるのを見るのは、我々の世界では一般的な光景である。しかしながら、ほとんどの種が肉食性であった鳥の系統では、糖を探知する能力は先祖伝来ではない。Todaたちは、鳥の最大の群であるスズメ類すなわち鳴禽類の受容体を調べ、甘味の探知能力の出現には、旨味受容体における単一の変化が関与したことを見出した(Barkerによる展望記事参照)。この太古の変化は、花蜜を食べる鳥だけでなく鳴禽類の群全体において糖の探知能力を促進した。それはハチドリのそれとは異なる道筋であるが同じ能力に収斂した。 (Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 収斂:生物学で、系統の異なる生物どうしが、近似した形質をもつ方向へと進化する現象。
Science, abf6505, this issue p. 226; see also abj6746, p. 154

抗ウイルス・ダイサーは幹細胞を防御する (An antiviral Dicer defends stem cells)

幹細胞は、組織の構造、完全性、および再生を維持する上で極めて重要な役割を果たす。Poirierたちは、哺乳類の幹細胞が、抗ウイルスRNA干渉を増強するaviDと呼ばれる酵素ダイサーの、選択的スプライシングされたアイソフォームを発現することによって、いくつかのRNAウイルスから身を守ることができることを示している(ShahrudinとDingによる展望記事参照)。aviDは、長い塩基対のウイルスRNAを切断して、相同ウイルスRNAの配列特異的切断を指示する低分子干渉RNAを産生することによって機能する。このプロセスは、抗ウイルス防御にダイサー依存性RNA干渉を用いる昆虫と蠕虫のプロセスを彷彿とさせ、ウイルス感染と戦うのに一般にインターフェロン系に依存する哺乳類の分化細胞とは対照的である。(Sh)

【訳注】
  • ダイサー:複数の領域からなるRNA切断酵素。
  • RNA干渉:標的遺伝子と同じ配列を持つ2本鎖RNAを細胞に導入すると、いくつかのタンパク質と複合体を作り、共通遺伝子から派生した相同メッセンジャーRNA(mRNA)と特異的に対合して切断する。この過程によって、遺伝子発現を抑制する現象。
  • スプライシング:DNAから写しとった遺伝情報のなかから、不要な部分を取り除く分子的な編集作業。選択的スプライシングでは、異なるタンパク質コード領域やその一部を選択することによって、1種類のmRNA前駆体から異なるmRNAの配列を形成し、高度に類似した一連のタンパク質であるアイソフォームを発現する。
  • インターフェロン系:ウイルスに対して生体側がとる防御法の1つで、ウイルス感染の初期にウイルス増殖阻害タンパク質であるインターフェロンを産生し、生体の細胞を抗ウイルス状態にして、ウイルスの細胞内での増殖を抑制する。
Science, abg2264, this issue p. 231; see also abj5673, p. 160

野菜のフラクタル (Vegetal fractals)

カリフラワーは、ダリアやヒナギクと同様に、花の並びが螺旋状に成長する。Azpeitiaたちは、モデル化を実験的調査と組み合わせて、多数の未発達の花を並べてカリフラワーの未熟花部を形成する遺伝子調整ネットワークを明らかにした。機能不全の分裂組織と遅い節間伸長のもとで抑制の効かない花序形成遺伝子が不完全な花の積み重なりを形成する。もし、器官形成中に分裂組織の大きさが転々と変化すると、ロマネスコ型の円錐形の構造がフラクタル構造となって現れる。(ST,nk,ok,kj,kh)

Science, abg5999, this issue p. 192

金属に御注意 (Mind your metals)

鉄・硫黄クラスターは、代謝と電子移動に関与するタンパク質における重要な補因子であるが、DNAの転写と複製に関与する酵素にも見られることがある。このような酵素の人工的環境での発現は、誤ったクラスターの組立てと機能性酵素の組成に関する混乱をもたらす可能性がある。注意深い無酸素精製方式を用いて、Maioたちは、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2のRNA依存性RNAポリメラーゼが、亜鉛イオンに結合することが以前に観察された2つの部位で、実際は2つの鉄・硫黄クラスターを含むことを見出した。連結するシステイン残基の変異は、ポリメラーゼ活性の喪失をもたらした。亜鉛含有酵素においては、さほどの深刻な活性の喪失はみられなかった。ニトロキシド薬TEMPOLによる処置は、クラスターの分解、酵素抑制、および細胞培養中でのウイルス複製の抑制をもたらした。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • RNA依存性RNAポリメラーゼ:RNAを鋳型に相補的RNAを合成する酵素。
Science, abi5224, this issue p. 236