AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 2 2021, Vol.373

素子ベースの周波数コム (Chip-based frequency combs)

広範囲の波長帯にわたり正確な間隔の周波数を有する光源である光周波数コムを、誘電体微小共振器において実現することは、撮像および測距から正確な時間計測および計測学に至る幅広い応用に影響を与えてきた。Xiangたちは、レーザー励起系とコム発生微小共振器からなる全体系をシリコン集積素子に組み込めることを実証している。この技術革新は、現在の半導体集積回路の製造方法に適合しているため、コヒーレント通信、光インターコネクト、および低雑音マイクロ波生成に大きな影響を与えることになるだろう。(Wt,MY,nk,kh)

【訳注】
  • コヒーレント通信:光搬送波の強度に情報を載せる従来の方式に対し、周波数あるいは位相の変調を利用する通信方式。伝送容量や伝送距離の拡大が達成できる。
  • 光インターコネクト:半導体集積回路間や複数のCPU基板間など、ごく短い距離での光によるデータ伝送。
Science, abh2076, this issue p. 99

遺伝子発現の局在化 (Localizing gene expression)

単一細胞RNA配列決定法は、共通するトランスクリプトームに基づいて細胞間の関係についての情報を提供できるが、ほとんどの方法は空間情報を失う。空間情報を残す方法は、特定の遺伝子セットおよび/または小さな領域の場合に限定されている。Srivatsanたちは、空間的トランスクリプトーム手法であるsci-Space法を導入している。これは、重ねられた凍結組織切片の核に移すことで核の標識が可能となるスライドガラス上の格子状バーコード化オリゴヌクレオチドを用いるもので、スライドガラスあたり数千個の単一細胞の空間的起源とトランスクリプトームの両方を得る方法である。研究者たちはsci-Space法を用いて、マウスのE14矢状面切片の空間地図を作成し、細胞型全体にわたって、空間的に発現した遺伝子を明らかにした。この応用は、空間的ゲノム科学においてsci-Space法が既存の方法をどのように補完するかを示している。(KU,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • オリゴヌクレオチド:20塩基対以下の長さの短いDNAまたはRNA。本文ではDNA。
  • E14:胎生14日。
  • 矢状面:体を左右対称に切る面、およびこれに平行な面のこと。
Science, abb9536, this issue p. 111

高分子の直接光パターン形成 (Direct optical polymer patterning)

電子素子の構築基盤として、高分子材料は、硬質材料素子と比較して、本質的に柔軟で伸縮可能という利点がある。しかし、シリコンなどの材料とは異なり、大規模にパターン形成されたモノリシック素子を作る手段はほとんどない。Zhengたちは、伸縮可能な基板上に、高生産性でトランジスタ回路を製造するための光リソグラフィ技術を開発した。この方法では、紫外線を用いて高分子の局所的な溶解性を制御することで、マイクロメートル規模でトランジスタを作製することができる。これらの素子は、電子特性と機械特性を損なうことなく、高い歩留まりと優れた均一性で製造できる。(Wt,nk,kh)

Science, abh3551, this issue p. 88

マヨラナに似ている (A Majorana look-alike)

トポロジカル量子計算の礎になると期待されている特異な準粒子であるマヨラナ束縛状態の実験的主張の多くは、トンネル・スペクトルにおける不変のゼロ・バイアス・ピーク(ZBP)の観測に基づいている。半導体-超伝導体ヘテロ構造においては、この特徴はトポロジー的に自明なAndreev束縛状態によっても引き起こされるかもしれない。Valentiniたちは、超伝導性の外殻に完全に覆われた半導体ナノワイヤの実験において観測されたZBPが、以前の類似実験の解釈とは異なり、確かにこのトポロジー的に自明な起源によることを示す包括的な証拠を提供している。研究者たちは、それらの素子のトンネル接合の長さが極めて重要な実験パラメータであることを突きとめている。(NK,kh)

Science, abf1513, this issue p. 82

いかに酵素へエチレンを供給するか? (How to feed an enzyme ethane)

海底の浸出域から放出されると、小さな炭化水素は微生物によって急速に消費される。メタンは非常に豊富であり、よく理解されている生化学的経路を通じて、微生物により生成も消費もされる。気体炭化水素の同じく主要な天然成分であるエタンがどのように代謝されるかについては、あまりよく分かっていない。微生物がこのエネルギーと炭素の源をどのように活用するかを理解するために、Hahnたちは、彼らがエチル補酵素M還元酵素と呼ぶ、酵素のX線結晶構造を解明した。この酵素は、異化作用の最初の段階として、エタンをチオエーテル化合物であるエチル補酵素Mに変換する。彼らは、拡張された活性部位を発見し、キセノン気体の誘導実験を用いて独特のタンパク質のトンネルを見つけ、それを通して気体基質であるエタンの取込みを可能にしていると提案した。(Sk,nk,kj,kh)

Science, abg1765, this issue p. 118

星状細胞がどのように臨界期を閉じるか (How astrocytes close a critical period)

視覚の臨界期の間に、脳回路は感覚入力に適応するように再配線される。臨界期の終結は回路を安定させる。マウス視覚野における発達を調べることで、Ribotたちは、星状細胞がギャップ結合チャネル・サブユニット・コネキシン30の発現を増加させ、それが次にマトリックス分解酵素の発現を抑制することを見いだした(KofujiとAraqueによる展望記事参照)。マトリックスが安定すると、抑制性介在ニューロンが成熟し、臨界期に独特の可塑性がなくなる。(KU,ok,kh)

【訳注】
  • 視覚の臨界期:視覚機能の発達は1歳前後がピークで8歳ごろまでで終わる。この期間を視覚における臨界期と言う。
  • ギャップ結合チャネル・サブユニット・コネキシン:コネキシンと呼ばれるタンパク質が6つ集合した複合体でもって隣接した細胞間をつなぐギャップ結合の孔を形成する。
Science, abf5273, this issue p. 77; see also abj6745, p. 29

遺伝子はどのように人の肥満に影響するか (How genes affect human obesity)

肥満は、糖尿病、ガン、心臓病など、多くの人の病気に関連している。したがって、遺伝子がどのように人を肥満になりやすくするか、または人が肥満になるのを防止するかを理解することに大きな関心が集まっている。Akbariたちは、英国、米国、およびメキシコからの600,000を超えるエクソームの配列決定を行い、16のレア・コーディング・バリアントを特定した(YeoとO'Rahilly による展望記事参照)。ボディ・マス指数(BMI)に関連する対立遺伝子のいくつかは、脳で発現するGタンパク質共役型受容体であった。1つのバリアントの対立遺伝子は、メキシコの集団で低頻度で発見され、BMIのより低い人と関連していた。マウスにおけるこの遺伝子の欠失は体重増加に対する抵抗性をもたらし、この遺伝子が肥満の予防または治療のための研究の道を提供することを示唆している。(Sk,nk,kj)

【訳注】
  • エクソーム:ゲノムのうちタンパク質に翻訳されるエクソンと呼ばれる離散した領域(残りの部分はイントロンと呼ばれる)の全体を表す概念。
  • レア・コーディング・バリアント:頻度は低いが効果が大きな遺伝子変化のこと。
  • ボディ・マス指数(BMI):体重と身長から算出される肥満度を表す体格指数。
Science, abf8683, this issue p. eabf8683; see also abh3556, p. 30

マクロファージ:脂肪貯蔵の重要な仲介役 (Macrophages: key mediators of fat storage)

マクロファージが脂肪過多を調節しているかもしれないことを最近の研究が示唆しているが、この過程の根底にある機構は未解明のままである。Coxたちは、ショウジョウバエの幼虫が脂肪を貯蔵するのに、マクロファージ由来の成長因子であるPvf3とその脂肪体細胞上の受容体が必要であることを報告している(O'BrienとDomingosによる展望記事参照)。Pvf3のマウスにおけるオーソログであるPDGFccは、新生および成体のマウスが脂肪を貯蔵するのに同様に必要であった。PDGFccを遮断あるいは欠失させると、食物の摂取と吸収は正常だったが、褐色脂肪組織からの熱発生が増加することにもより、マウスのエネルギー消費が高まった。PDGFccは、炎症およびインスリン抵抗性を仲介するマクロファージによるのではなく、脂肪組織常在のマクロファージによりもっぱら産生された。この研究は、脂肪萎縮症、悪液質、および肥満に対するこれからの治療に情報を与えるかもしれない。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • マクロファージ:白血球の1種。生体内をアメーバ様運動する遊走性食細胞で、死んだ細胞やその破片、体内に生じた変性物質や侵入した細菌などの異物を捕食して消化する。
  • 成長因子:特定の細胞の増殖や分化を促進する内因性タンパク質。
  • オーソログ:異なる種に存在し、種分岐によって共通の祖先遺伝子から生じた類似の遺伝子やタンパク質。
  • 褐色脂肪細胞:脂肪を分解し熱を産生する細胞。ミトコンドリアを多く含む。
  • 脂肪萎縮症:脂肪組織が顕著な退縮を呈する疾患。
  • 悪液質:体を衰弱させる慢性疾患による身心の全身的な消耗。
Science, abe9383, this issue p. eabe9383; see also abj5072, p. 24

合成タンパク質に基づくスイッチを組み立てる (Building synthetic protein–based switches)

合成回路は複雑な生物学的過程を制御するのに役立つ可能性があるが、遺伝子発現の調節に基づく系は、分から時間の時間規模で刺激に応答する。Mishraたちは酵母細胞で研究し、入力に対して数秒以内に応答するタンパク質リン酸化反応に基づく合成調節回路を報告している(KholodenkoとOkadaによる展望記事参照)。多構成要素からなる論理ゲートは、超高感度かつ安定な状態間切替えを可能にした。著者たちは、それらの効率的な合成回路を検証後、類似した調節構造様式を探して酵母の既知のタンパク質相互作用回路網を調べ、酵母中で先天的なトグル・スイッチとして機能する、これまで認識されていなかった回路を見つけた。(MY,kh)

Science, aav0780, this issue p. eaav0780; see also abj5028, p. 25

トランスポゾンに対する生殖系列の防御 (Germline defense against transposons)

生殖細胞のゲノムは、生殖細胞の変異が次世代に伝搬するものであるために、存在の根幹に関わる脆弱性を生物体にもたらす。転移因子はそのような変異の出所の1つである。Longたちは、小さな顕花植物であるシロイヌナズナでは、雄株生殖系列でのゲノム・メチル化が、トランスポゾンから不完全に転写された低分子干渉RNA(siRNA)により導かれることを見出した(Mosherによる展望記事参照)。これらの生殖系列siRNAは、生殖系列トランスポゾンを発現停止させて精子内の遺伝性メチル化パターンを達成し、このようにして世代間にわたる植物ゲノムの一貫性を維持するのである。(MY,kh)

【訳注】
  • トランスポゾン、転移因子:ゲノム上の位置を転移することのできる塩基配列。
Science, abh0556, this issue p. eabh0556; see also abj5020, p. 26

大きな細孔の安定化 (Stabilizing large pores)

ゼオライトYのような非常に大きなケージを持つゼオライトは種類が少ないが、石油中の大きな炭化水素を処理するのに非常に有用である。Leeたちは、大ケージのリン酸塩系分子篩であるUCSB-6およびUCSB-10の熱的に安定な形態を作製する経路を報告している(Xieによる展望記事参照)。彼らは、電荷密度の不一致を利用した方法で、主にナトリウム・イオンとセシウム・イオンを無機構造誘導剤として有機分子と一緒に用いた。これらのゼオライトは、600℃でディーゼルを接触分解する触媒として使用された。(ST)

【訳注】
  • ディーゼル:ここでは特定の市販ディーゼルエンジン用燃料(軽油)を指している。
Science, abi7208, this issue p. 104; see also abj1834, p. 28

単一分子のナノ分光 (Single-molecule nanospectroscopy)

単一分子の個々の電子の量子状態の微視的理解と分子レベルでの制御は、分光法における長年の課題である。Imadaたちは、走査型トンネル顕微鏡と組み合わせた狭線幅波長可変レーザーが、マイクロ電子ボルトのエネルギー分解能と分子以下の空間分解能で、単一分子の電子状態と振動状態のフォトルミネッセンスのスペクトルを生成できることを見出した。著者たちはまた、トンネル接合部での線形シュタルク効果とプラズモン・励起子結合を通して、エネルギー準位を調整する方法を発見した。提案された技術は、電子励起状態でのエネルギー変換の動態の効率的な活用への道を開く。この励起状態は、LED、太陽光発電、光合成細胞などの系の基本原理を構成している。(Sk)

【訳注】
  • シュタルク効果:分子や原子に外部電場をかけたときに、量子状態のエネルギーが変化する効果。
  • プラズモン:金属中の自由電子による集団的な振動(プラズマ振動)を量子化したもの。
Science, abg8790, this issue p. 95

ミッシング・シンクなど無い (No missing sink)

海洋で観測されてきたプラスチックの質量と関連して、微小プラスチック粒子の河川からの流出の推定値からは、巨大で未確認のプラスチック吸収源が海洋に存在しなければならないように見える。Weissたちは、結局のところ「ミッシング・シンク」が存在しない可能性があることを示している。彼らは粒子数の観測結果から質量流束を計算する方法を再検討した結果、そのような質量流束が2桁から3桁過剰に見積もられていたことを示している。これは海洋中でのプラスチックの滞留時間が何故不可解にそんなに短いと思われたのかを説明し、また海洋のプラスチックの存続時間・分解時間が、従来考えられていたよりもより長期間である可能性を示唆している。(Uc,nk,kh)

【訳注】
  • ミッシング・シンク:間接的に存在が示されているが、未確認の特定物質吸収源。
Science, abe0290, this issue p. 107

膜挿入機構 (Mechanism of membrane insertion)

ヒトのガンの最大5%の原因であるヒト・パピローマ・ウイルス(HPV)は、レトロマーと呼ばれる細胞タンパク質輸送に専門化した複合体を使って、エンドソームから細胞に入り核に移行する。Xieたちは、細胞膜透過ペプチドがウイルスのカプシド・タンパク質の一部のエンドソーム膜内への移動を促進することを、以前に見出した。今回彼らは、それぞれが侵入過程の異なる段階でHPVの侵入を阻害する、“traptamer”と彼らが名付けた複数の膜貫通アプタマーを単離した。この発見により、ウイルス侵入に必要な一連の段階を解明することができた。(Sh,MY,kh)

【訳注】
  • エンドソーム:細胞のエンドサイトーシス(飲食作用)によって細胞内に取り込まれた物質の輸送や代謝に関わる一重の生体膜からなる小胞。
  • カプシド:ウイルスゲノムを取り囲むタンパク質の殻。
  • 膜貫通アプタマー:膜貫通タンパク質に結合するように設計されたタンパク質。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abh4276 (2021).