AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 25 2021, Vol.372

底生域で繁栄する (Thriving in the benthic zone)

ロブスターは、海洋底生の生態系で最もうまく適応した生物の1つである。適応可能な免疫応答が欠如していることにもかかわらず、ロブスターは最大100年の長い寿命を示す。彼らの長寿の秘密を明らかにする一助として、Polinskiたちは、アメリカン・ロブスターのゲノム配列を決定し、化学感覚機構、自然免疫、細胞防御に関連する遺伝子の全ゲノムでの革新点を特定した。これらには、神経細胞と免疫感覚系を統合する可能性のある、新しい部類のキメラ受容体が含まれている。この結果は、この底生捕食者の生態学的成功をもたらしている機構に関する洞察を提供している。(Sk,ok,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abe8290 (2021).

エキゾチックな状態を可視化する (Imaging an exotic state)

銅酸化物超伝導体のさまざまな相の中でも特に興味深いのが、いわゆるペア密度波(pair density wave: PDW)と呼ばれる状態である。PDWは、クーパー対の密度が空間的に変調されていることが特徴で、超伝導チップを備えた走査型トンネル顕微鏡で検出することができる。Liuたちは、このために改良を加えたジョセフソン型トンネル顕微鏡を用いて、層状の六方晶構造をもつ超電導体である二セレン化ニオブのPDWを検出した。PDW状態は、他の遷移金属の二カルコゲン化物にも現れると予想されている。(Wt)

Science, abd4607, this issue p. 1447

転写を抑制するメチル読み取り装置 (Methyl readers that repress transcription)

DNAメチル化は、多くのさまざまな生物体の遺伝子サイレンシングに必要な、進化的に保存された後成的標識である。しかし、このメチル標識がどのようにして遺伝子をサイレンシングできるのかは、いまだほとんど分かっていない。Ichinoたちは、メチル化を直接認識することによりDNAに動員される、MBD5およびMBD6と名付けられた2個のシロイヌナズナのタンパク質を発見した。これらのメチル読み取り装置は、クラスCのJ-ドメイン・タンパク質SILENZIOをクロマチンに動員して、メチル化された遺伝子とトランスポゾンをサイレンシングする。SILENZIOは、熱ショック・シャペロンタンパク質との相互作用により作用するものとみられる。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • J-ドメイン:産生したタンパク質の折り畳みを助ける分子シャペロンの中で中心的な役割を担っているHsp70(熱ショック・タンパク質でもある)が機能するのに必要となるHsp70と相互作用する特定ドメイン構造のこと。
Science, abg6130, this issue p. 1434

酸素をアレーンにそっと入れる (Easing oxygen into arenes)

金属酸化物上に分散されたロジウムのナノ粒子は、その反応物がロジウムに非常に強く結合するため、一般にアルカン脱水素反応の触媒としては不満足なものである。Hannaganたちは第一原理計算を行って、銅表面に存在する単一のロジウム原子が、プロパンからプロペンと水素への変換に対して安定でかつ選択的に作用するはずであることを示した。銅(111)表面に埋め込まれた単一のロジウム原子のモデル研究は、プロペンに対する非常に高い選択性と触媒を失活させるであろう表面炭素の形成に対する高い抵抗性を明らかにした。(Wt,KU,ok,kj)

【訳注】
  • アレーン:単環式または多環式の芳香族炭化水素。このアレーンの環に結合している水素原子が1個離脱して生じる基の一般名をアリール基またはアリール環という。
Science, abg2362, this issue p. 1452

アルカン脱水素に向くロジウム原子(Rhodium atoms for alkane dehydrogenation)

金属酸化物上に分散されたロジウムのナノ粒子は、その反応物がロジウムに非常に強く結合するため、一般にアルカン脱水素反応の触媒としては不満足なものである。Hannaganたちは第一原理計算を行って、銅表面に存在する単一のロジウム原子が、プロパンからプロペンと水素への変換に対して安定でかつ選択的に作用するはずであることを示した。銅(111)表面に埋め込まれた単一のロジウム原子のモデル研究は、プロペンに対する非常に高い選択性と触媒を失活させるであろう表面炭素の形成に対する高い抵抗性を明らかにした。(Wt,KU,ok,kj)

Science, abg8389, this issue p. 1444

一枚石の作製 (The making of a monolith)

無定形の炭酸カルシウムは硬質材料で、大きくて透明なかたまりにすることが困難である。それは加熱にも敏感で、出発となるナノ粒子を圧縮しすぎると結晶化しがちである。Muたちは、無定形炭酸カルシウムにおける最適水量を決定して、透明で固体の一枚石を圧縮で作った。重要なことは、試料全体の結晶化を引き起こすことなく粒子境界を融合するよう、系中の水の拡散量を調節することである。この融合手法は、類似の無定形無機イオン化合物に対しても機能するかもしれない。(MY,kj)

Science, abg1915, this issue p. 1466

空気の共用をマスクで遮断する (Masking out air sharing)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2の伝播予防におけるマスクの有効性は、COVID-19の世界的流行当初から議論されてきた。重要な問題の1つは、咳やくしゃみの際に呼吸器系の物質が勢いよく排出されても、マスクが効果的かどうかである。Chengたちは、ほとんどの人が空気中のウイルス量が少ない状態で生活していることを、説得力をもって示している。感染の確率は、人がさらされる呼吸器系の物質の量に応じて非線形に変化する。より広い地域社会のほとんどの人々が簡単であっても医療用マスクを着けていれば、ウイルス粒子との遭遇の可能性はさらに制限される。屋内環境では、他の人が吐き出した空気の呼吸を避けることは不可能であり、ウイルス濃度が最も高い病院の状況では、化学防護服などの他の保護具無しに用いられれば、最高性能のマスクでさえ適正な防御とはならないだろう。(Sk,ok,kj,kh,nk)

Science, abg6296, this issue p. 1439

感染後のワクチン接種は命を救う (Boosterism could save lives)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2の再感染に対する感染後の免疫防御は、十分には理解されていない。もし、自然な免疫防御を損なうような新しい亜株の波が出現すれば、壊滅的な打撃を受けることになるだろう。Stamatatosらは、武漢のオリジナル亜株用に開発されたメッセンジャーRNAベースのワクチンを、過去に感染があった人に接種して、4~8カ月後の免疫反応を調べた(Crottyによる展望記事参照)。ワクチン接種前は、感染後の血清抗体中和反応は不安定で、弱かった。ワクチンを接種すると,Wuhan-Hu-1株やその他の株に対する感染後の血清中和能が約1000倍に上昇し、B.1.351変異株(南アフリカ株)に対する血清中和能も向上した。B.1.351変異株に対しては反応は比較的弱かったものの、特徴的な記憶反応が見られた。このようにして、Wuhan-Hu-1変異株を使ったワクチンを接種することは、その後の変異株ウイルスの感染に対する防御反応を高めるかもしれない。(ST,kj,kh)

Science, abg9175, this issue p. 1413; see also abj2258, p. 1392

新常態への適応 (Adapting to the new normal)

気候変動の影響にうまく対応することは、多くの共同体、特に都市にとっての課題である。米国の現況の考察により、ShiとMoserは、連邦行政の指導力不在でも利害関係者がどのように都市の回復力を構築することに役立てられるか調査している。彼らは、どうやって地方・州政府、民間企業そして市民組織が、将来起こりうる異常な気象事象と気候変動の他の結果に適応することに関与可能かについて議論している。このような今後浮上してくる問題への備えは、社会の全ての規模そして地区において 首尾一貫・団結的かつ協働的な対応を必要としている。(Uc,kj,kh)

Science, abc8054, this issue p. eabc8054

ストレス応答を個別に調整する (Tailoring stress responses)

環境ストレスに直面すると、細胞は翻訳や核細胞質輸送などの細胞プロセスを止めることで応答する。同時に、細胞はストレス顆粒として知られる構造体に細胞質メッセンジャーRNAを保存し、多くの細胞タンパク質はユビキチンの共有結合的付加によって修飾されるが、これはストレス損傷タンパク質の分解を反映すると長い間推定されてきた(Dormannによる展望記事を参照) 。Maxwellたちは、細胞が異なるストレス要因に応答してユビキチン化の様々なパターンを生成することを示している。このユビキチン化は、ストレスで損傷したタンパク質の分解を反映するのではなく、細胞がストレス顆粒を解体し、ストレスが取り除かれた際に通常の細胞活動を再開するように仕向けている。Gwonたちは、残留のストレス顆粒がオートファジーによって分解されるのに対し、短命のストレス顆粒はオートファジーに依存しない解体プロセスを受けることを示している。この解体の機構は開始ストレスに依存する。(KU,kj,kh,nk)

Science, abc3593 and abf6548, this issue p. eabc3593 and p. eabf6548; see also abj2400, p. 1393

MeCP2はヒドロキシメチル化CA反復に結合する(MeCP2 binds hydroxymethylated CA repeats)

レット症候群タンパク質MeCP2に関する数十年の研究にもかかわらず、その機能は不明なままである。Ibrahimたちは、MeCP2がヒドロキシメチル化シトシン-アデノシン(CA)反復結合タンパク質であり、転写開始部位から離れた場所でクロマチン構造を調節することを示している(ZhouとZoghbiによる展望記事参照)。MeCP2は修飾されたCA反復の周りに蓄積して広がり、ヌクレオソームの占有をめぐって競合する。MeCP2の喪失は、ラミナ関連ドメイン内にヌクレオソーム密度の広範な増加をもたらし、そしてCAリピートの豊富な遺伝子の転写調節不全を引き起す。これらの結果は、MeCP2における変異に関連する重篤な疾患であるレット症候群の根底にある分子機構を明らかにする。(KU,kh)

【訳注】
  • レット症候群(Rett syndrome):1966年Andreas Rett(小児神経科医)により初めて報告された疾患。神経系を主体とした特異な発達障害。
  • ラミナ関連ドメイン:核膜内の核質側に存在する核ラミナ(繊維状のタンパク質ラミンから成る)がヌクレオソームを含むクロマチンと相互作用をして形成するドメイン
Science, abd5581, this issue p. eabd5581; see also abj5027, p. 1390

細胞死は病原菌を制限する (Cell death limits pathogens)

感染の間ずっと、エルシニア属菌1によるタンパク質キナーゼTAKの抑制は、膜孔形成タンパク質であるガスダーミンD(GSDMD)の開裂を引き起こし、パイロトーシスと呼ばれる一種の炎症性細胞死に導く。ゲノム全体の探索で、Zhengたちは、リソソームに繋留された調節性超複合体が、エルシニア誘発性パイロトーシスの重要な推進因子であると特定した。GTP分解酵素の一つであるRagの活性化とRag-Ragulator複合体のリソソーム繋留は必要で、それを介してキナーゼRIPK1とプロテアーゼ・カスパーゼ-8を動員し活性化してGSDMDを切断し、結果として細胞死を引き起し、次の感染を制限して防ぐ。対照的に、インフラマソームを介したパイロトーシスにRag-Ragulator複合体は必要なかった。このように、リソソームにおける代謝性シグナル伝達は、病原性細菌感染中に細胞死を調節することができる。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • エルシニア属菌:腸内細菌科に属するグラム陰性桿菌。細胞内に寄生しペスト、仮性結核、エルシニア腸炎などの感染症を引き起こす病原菌などが属する。
  • リソソーム:真核生物が持つ細胞小器官の一つで、体膜につつまれた構造体で細胞内消化の場。内部に加水分解酵素を持ち、膜内に取り込まれた生体高分子を加水分解する。
  • Ragulator:リソソーム膜に局在するタンパク質複合体で、Ragをリソソームに繋留するとともに、RagAのGDP?GTP交換因子として作用する。Ragを制御(regulate)することからRagulatorと名付けられた。
Science, abg0269, this issue p. eabg0269

強誘電体を積み上げる (Stacking a ferroelectric)

ファン・デル・ワールス積層構造体の物性は、構成層の積層配列に強く依存することがある。この現象は、超伝導性、相関絶縁体、磁性状態を制御するのに利用されてきた。今回、2つの研究グループが本現象を利用して強誘電性をも制御できることを、即ち立体的形状では強誘電性を発揮しない六方晶窒化ホウ素を平面積層2層膜化することで強誘電性を示すことを報告している(Tsymbalによる展望記事参照)。この現象を調べるために, Yasudaらは輸送測定を使用し、それに対してVizer Sternらは原子間力顕微法に注力している。(NK,kh)

Science, abd3230 and abe8177, this issue p. 1458 and p. 1462; see also abi7296, p. 1389

地中海東部地域(レバント)における中期更新世のヒト属 (Middle Pleistocene Homo in the Levant)

初期の人類とその近縁者の起源、分布、進化についての我々の理解は、最近の新しい情報によって大幅に洗練されてきた。この傾向に加えて、Hershkovitzたちは、これまで知られていなかった古いヒト属集団である「Nesher Ramla Homo」の証拠を明らかにした(Mirazon Lahrによる展望記事参照)。著者らは、14万年前から12万年前のイスラエルの遺跡からの化石の包括的な定性的および定量的分析を提示し、ヨーロッパ、南西アジア、およびアフリカにおける中期更新世のヒト属の最後の生存集団に相当する、これまで認識されていなかったヒト族集団の存在を示している。姉妹論文において、Zaidnerたちは、放射年代、石器群集、動物化石群集、およびこれらの化石に関連するその他の行動および環境データを提示している。この証拠は、これらのヒト族が、つい最近までホモ・サピエンスまたはネアンデルタール人のいずれかと結び付けられていた技術を、完全に習得していたことを示している。「Nesher Ramla Homo」は、大小の獲物の有能な狩人であり、燃料に木材を使用し、肉を調理するか焼くかし、火を維持していた。これらの発見は、中期旧石器時代の異なる人間の系統間の文化的相互作用の考古学的支持を提供し、中期更新世のヒト属とホモ・サピエンスの間の混合がこの時までにすでに起こっていたことを示唆している。(Sk,kh)

Science, abh3169 and abh3020, this issue p. 1424 and p. 1429; see also abj3077, p. 1395

HIVの抗体治療 (HIV antibody treatments)

最近の臨床試験は、広域中和抗体による治療が、HIVの感染予防に効果を示さないことを報告していた。しかしながら、データのさらなる解析は、そのような受動免疫の達成を目指す今後の臨床試験と、ワクチン開発の両方を勇気づけるかもしれない、かすかな希望の光を与えるものだ。展望記事において、Burtonは、HIVからの保護が、より高用量の治療用抗体の注入により達成可能であることを示す試験におけるデータについて検討している。この試験は、動物実験からの推論を将来のヒト試験のためにどのように改善し得るかを強調し、より高い血清抗体価がHIVからの免疫保護のために何故に必要であるかを説明するのに役立つ。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 受動免疫:他の生体にできた抗体を投与することによって得られる免疫
Science, abf5376, this issue p. 1397

感染由来の追加免疫 (A boost from infection)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2ワクチンの臨床試験の際には、被験者にこのウイルスの感染から回復した人たちが含まれなかった。世界的流行の宣言から1年経ち、これまでこのウイルスに感染した人々へのワクチン接種が現実のものとなっている。Reynoldsたちは、ファイザー/ビオンテック社製ワクチンを接種したイギリスの医療従事者からなる被験者集団で、ワクチン接種がウイルス感染経験者にどう影響するのかについての知識空白に取り組んでいる(Crottyによる展望記事参照)。これらの被験者は、その半数がこの世界的流行の初期にコロナウイルス2への自然感染を経験している。遺伝子型解析により、ワクチンおよび自然感染への免疫応答の不均質性の根底に遺伝的要素があることが示された。未感染の被験者は、ワクチン接種後に、コロナウイルス2への自然感染者に見られるのと類似した抗体応答を持つようになったが、T細胞応答はより限られていて、時には見られなかった。しかし、コロナウイルス2感染後にワクチン接種を受けた被験者の抗体応答と記憶応答は、より感染力の大きなB.1.1.7変異株から1回のワクチン量で守られそうな程度まで大幅に増強された。このメッセンジャーRNAワクチンはアジュバント(免疫賦活剤)効果を持ち、応答を抗体産生の方向へ偏らせる可能性がある。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • B.1.1.7:イギリス型の変異株(アルファ株)。
Science, abh1282, this issue p. 1418; see also abj2258, p. 1392