AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 18 2021, Vol.372

ほんとうひんやりとした鏡(Really cool mirrors)

物体を低温に冷却すると、センサーの感度やほとんどの素子の動作性能を向上させることができる。熱振動、すなわちフォノンの大部分を、物体がその運動量子基底状態に達するまで除去することはこれまでも達成されてきた。しかし、それは通常は小さなナノスケール物体に関してであったWhittleたちは、10 kgのオプトメカニカル発振器を形成する Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory (LIGO)の吊り下げミラーを使用して、このような大規模な物体を運動基底状態近くまで冷却できることを実証した。このような改造による LIGO の改修は、重力波に対する感度とその範囲を向上させるだけでなく、量子力学に関する研究を大規模な物体にまで広げることができるのかも知れない。(Wt,kh)

Science, abh2634, this issue p. 1333

エピゲノム再プログラミングの契機 (Timing cues epigenomic reprogramming)

転写因子である核内因子κB(NF-κB)の活性化の異なる時間的動態は、活性化されるマクロファージの炎症応答に影響を与えることがある。Chengたちは、振動的NF-κBシグナル伝達と持続的NF-κBシグナル伝達が異なる転写応答を生み出す機構を報告している(Nandagopalたちによる展望記事参照)。NF-κBの振動的活性化は、マウスのマクロファージにおいて休止中のエンハンサーを活性化し炎症遺伝子を転写した。しかしながら、他の刺激によって活性化された細胞で産生されたNF-κBの持続的活性化は、エピゲノム上で作用した。これらの刺激は、エンハンサーでのクロマチン・サイレンシングを軽減し、付加的な遺伝子の調節を可能にした。(KU,kh,kj)

【訳注】
  • NF-κB:免疫反応において中心的役割を果たす転写因子の一つであり、急性および慢性炎症反応などの数多くの生理現象に関与している。
  • エピゲノム:DNAの塩基配列は変化せず、ゲノムに加えられた修飾(例えばヒストンのメチル化等の修飾)。後天的な環境要因によって遺伝子発現を制御する
  • エンハンサー:特定の遺伝子の転写の可能性を高めるためにタンパク質(アクチベーター)が結合する、DNA領域。
Science, abc0269, this issue p. 1349; see also abj2040, p. 1263

反応をファセット相互に画像化する (Imaging reactions across facets)

不均一系触媒に用いられる金属ナノ粒子は、さまざまな反応速度を有する、さまざまなファセットを持つことが可能である。Suchorskiたちは、高い空間(?2ナノメートル)および時間(?2ミリ秒)分解能を有する電界電子顕微鏡(電界放射顕微鏡)を用いて、特有のナノファセットを呈する、湾曲したロジウム結晶上での水素の酸化反応を研究した。彼らはまた、水生成物の電界イオン顕微鏡観察を行った。表面下の酸素の周期的な生成と喪失は、それぞれ水素吸着を阻止または許容して振動的な反応変化をもたらした。この変化はファセット間の弱い相互作用により、互いに生成と喪失の振動はさまざまな周波数での周波数同期が可能なファセット間の振動動態をもたらした。表面の再構成もまた、振動の空間的結合の消滅を引き起こすかもしれない。(Sk,kj,nk)

【訳注】
  • ファセット:不均一系触媒の表面に存在する、特定の結晶面でできた平坦面。
  • 不均一系触媒:固体のまま直接用いることができる触媒で、固体表面で反応を生じる。
Science, abf8107, this issue p. 1314

AIによる疾病追跡の改善 (Improved disease tracking with AI)

強力な機械学習手法は、COVID-19やインフルエンザなどの疾病活動性の実時間推定を改善する可能性を有している。Aikenたちは、疾病患者の動的な毎週のかつ都市レベルの予測を作成し、そしてウェブ検索からの実時間データを使用する技術を含む、既存の技術よりももっと正確な方法を開発した。研究者たちのニューラル・ネットワークは都市全体と時間にわたる疾患活動データを統合して、向後8週間先までの活動性に関する非常に正確な予測を作成する。これらの知見は、現代の人工知能(AI)が、今日の保健医療に基づく監視システムを上回る数週間先までの地域の流行動態をより適切に追跡して予測する可能性を示しており、このことはより優れた公衆衛生上の政策と個別措置を支援するだろう。(KU,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abb1237 (2021).

フレームシフトがより多くのタンパク質を作る (Shifting frames to make more proteins)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2は、リボソーム・フレームシフトに決定的に依存しており、このフレームシフトはウイルス複製酵素の発現のために自らのゲノムRNAにおける2つの大きなオープン・リーディング・フレーム間で生じる。プログラム化されたフレームシフトは、翻訳中に、リボソームがフレームシフト促進性のシュードノットRNA折り畳みに遭遇したときに生じる。低温電子顕微鏡法と生化学の組み合わせを使用して、Bhattたちは、シュードノットがリボソームのメッセンジャーRNAチャネルの入口に留まるため、巻き戻しに抵抗することを明らかにした。これがウイルスRNAの逆滑りをもたらし、翻訳のリーディング・フレームのマイナス1の移動を引き起す。部分的に折り畳まれた新生のウイルス・ポリタンパク質は、リボソーム・トンネル内で特異的相互作用を形成し、フレームシフトの効率に影響を与える可能性がある。(KU,ok,kh,kj)

【訳注】
  • フレームシフト:塩基の欠失または挿入が起こって三つ組み(コドン)の読み枠がずれること、そして翻訳途中でフレームシフトして異なる遺伝子産物をつくることをリボソーム・フレームシフトという。
  • シュードノット(pseudoknot):2つのステム・ループ構造を含む核酸の二次構造で、一方のステムの片側が他方のステムの間に位置している。
  • オープン・リーディング・フレーム(ORF):翻訳される能力を持つリーディング・フレームの部分のことで、開始コドン(通常はAUG)で始まり終止コドン(通常はUAA、UAG、UGA)で終わるコドンの連続した一続きである
Science, abf3546, this issue p. 1306

回転する量子ガス (A spinning quantum gas)

極低温原子気体は、固体中の電子をシミュレートするのに非常に適しているが、肝心の特性である電荷を有していない。原子の非荷電性が量子ホール効果の様な現象をシミュレートすることを困難にしている。荷電電子の場合には量子ホール効果が、外部磁場によって容易に誘発される。非荷電性の系において類似した現象を作る方法の一つは、系を回転させることであるが、 強力な磁場の同等を達成するのは未だ困難である。Fletcherらは、捕捉されたナトリウム原子ガスを回転させ、単一の最低ランダウ準位波動関数で記述できる準位に到達させた。この系は、強く相互作用する多体状態の挙動を研究するためのたたき台して有望である。(NK,KU,ok,kh,nk)

Science, aba7202, this issue p. 1318

エキゾチックな磁性を捉える (Capturing exotic magnetism)

強磁性は、時間反転対称性の破れと関連しており、最も頻繁に起こるのはスピンの自由度によるものである。電子の軌道運動も強磁性に寄与するが、ほとんどの物質では、スピンの寄与に比べて小さい。Tschirhartたちは、ねじれた二層グラフェンが与える特異な磁気状態では、その逆が当てはまることを示した。走査型磁力測定の結果は主に軌道に起因する強磁性と一致した。(Wt,nk)

Science, abd3190, this issue p. 1323

白質上の点を結び付ける (Connecting the dots on white matter)

脳の白質は、異なる脳領域をつなぐ軸索路でできているが、正常な脳機能と種々の神経障害の両者において、重要な役割を果たしている。Zhaoたちは、ほぼ44,000人から得られた詳細な磁気共鳴画像に基づく脳構造の評価と遺伝子データを組み合わせて分析した(Filleyによる展望記事参照)。著者たちは、この包括的な分析に基づき、神経障害と精神障害に関係する構造的で遺伝的な異常を突き止め、同様に幾つかの病気ではない形質を突き止めた。このようにして彼らは、基礎となる神経生物学に対して、有益な資料を作り出すとともにかなりの洞察を提供している。(MY,kh,nk)

Science, abf3736, this issue p. eabf3736; see also abj1881, p. 1265

反響定位をする新たな生物種 (New echolocator)

反響定位は、コウモリやハクジラで十分に実証されている収斂的な感覚様式である。これらの(種の)系統は密接な類縁関係になく、この感覚機能は我々が認識しているよりも広く分布しているかもしれない。一連の手法を用いて、Heたちは、soft-furred tree mice(Typhlomys 属)の系統が、多数の反響定位種を含むことを示している。完全に暗い条件下で反響定位を行動に用いているという明確な証拠は、耳の骨の形態と聴覚関連遺伝子の、他の反響定位哺乳類との収斂によって裏付けられた。(Sk,ok,kh)

Science, aay1513, this issue p. eaay1513

大面積にわたって核生成を抑制する (Suppressing nucleation over large areas)

ホルムアミジニウム系のヨウ化鉛(PbI2)ペロブスカイトは、好ましい禁制帯幅と良好な熱安定性を有しているが、メチルアンモニウム系の対応物と比べ、核生成を制御することが困難であるため、高品質で大面積の薄膜を成長させることが難しい。Buたちは、このペロブスカイト前駆体にN-メチル-2-ピロリドンを添加することで、PbI2との付加体が生じ、それにより、所望の黒色α相の室温形成が促進されることを示している。六フッ化リン酸カリウムを添加すると、界面欠陥が不動態化されることによりヒステリシスが除かれ、非封入素子の中で85°Cでの長期熱安定性が増進された。大面積モジュール(17平方センチメートル)は、20.4%の電力変換効率を達成した。(MY,kh)

【訳注】
  • ホルムアミジニウム系:(NH2)2CH+で表される化合物。
  • 核生成: 熱力学的な相あるいは構造を、自己集合化あるいは自己組織化によって新しく形成する最初の段階。
Science, abh1035, this issue p. 1327

氷崖の崩壊 (Cliff collapse)

氷床端部の高い氷崖は、それ自身の重量で劇的な様相で崩壊する可能性があり、これは氷床の質量損失を大きく促進しうる過程である。Bassisたちは動的な氷のモデルを使用して、この種の崩壊が氷床の上流の氷を薄くしたり、もしくは海氷と分離氷塊からの抵抗力によって緩慢にすることが出来ることを示した(GolledgeとLowryによる展望記事参照)。逆に言うと、上流の氷が厚くなると、破滅的な崩壊への移行が発生する可能性がある。(Uc,KU,ok,kj)

Science, abf6271, this issue p. 1342; see also abj3266, p. 1266

発明と身元 (Invention and identity)

社会集団のメンバーは、自分の集団の必要性と利益を対象とした発明の特許を取得する可能性が高そうに思われる。Koningたちは、米国の生物医学特許を調べ、男性に比べて商業特許を取得している女性は少ないものの、彼女たちの特許は女性の健康に焦点を当てている可能性が高いことを見出した(Murrayによる展望記事参照)。生物医学論文の評価において、この研究者たちは、女性が、女性の健康関連の特許につながるかもしれない科学的発見をする可能性も高いことを見出した。これらの知見は、一般的発明者の中の(女性の)代表の欠如が発明の幅の不足につながることを示している。(Sk,ok,kh,nk)

Science, aba6990, this issue p. 1345; see also abh3178, p. 1260

SARS-CoV-2へのCD4T細胞による免疫を調べる(Probing CD4 T cell immunity to SARS-CoV-2)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)へのCD4陽性T細胞の応答をよりよく理解することは、有効な次世代のワクチン設計に不可欠である。Lowたちは、回復期にあるCOVID-19患者のCD4陽性T細胞レパートリーを定義して評価した。彼らは、さまざまなCD4陽性T細胞亜群を選り分けた後に、SARS-CoV-2の棘突起タンパク質に反応する数多くのT細胞クローンを作り出した。全てのクローンのうちのおよそ三分の一およびほとんどの評価患者において、これらのT細胞は、棘突起タンパク質の受容体結合性ドメイン(RBD)内の保存された小さな主要抗原領域を認識した。研究者たちは、他のコロナウイルスの棘突起タンパク質に広く反応するT細胞クローンを単離し、SARS-CoV-2への感染後に既存の交差反応性記憶T細胞が呼び起こされる証拠を提供した。(MY)

【訳注】
  • 交差反応:産生した抗体が、その抗体産生反応を引き起こした抗原ではない別の抗原に結合すること。
Science, abg8985, this issue p. 1336

群れを止める(Stopping the swarm)

好中球は、初期の免疫応答において主要な役割を果たし、炎症を起こした組織と感染した組織に大量に動員される。隣接する細胞上のGタンパク質共役型受容体(GPCR)に結合する走化性物質を分泌することにより、好中球は一個の群れとしてのその行動を調整する。この自動増幅する群行動活性が最終的にどのように終わるかはあまり明確ではない。Kienleたちは、GPCRリン酸化酵素2(GRK2)による同じ走化性物質に対するこれらGPCRの感度低下が、これらの群れを止める1つの方法であることを示している(Rocha-GreggとHuttenlocherによる展望記事を参照)。予想外にも、GRK2不足好中球を有するマウスは細菌排除機能の増強ではなく損なうことを示した。これは、GRK2欠損の好中球が分散して細菌の探査能力を向上させ、准最適の食作用と細菌の封じ込めという犠牲を伴うのかも知れない。(Sh,ok,kh,kj,nk)

Science, abe7729, this issue p. eabe7729; see also abj3065, p. 1262