AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 11 2021, Vol.372

RNAパッケージング・カプシドの革命 (Revolution in an RNA-packaging capsid)

ウイルスが自らのゲノムを封入するために使用するものと類似している可能性のある、人工ヌクレオカプシド・タンパク質はRNAを保護し、送達するための有望な方法である。Error-prone PCRによる変異導入とヌクレアーゼを段階的に強める選抜を繰り返し、Tetterたちは、多量体の、球状の籠(cage)を高度に効率的なカプシドになるようにタンパク質を進化させた。このカプシドはカプシド自身をコードしたRNAを選択的に封入する。最終の進化カプシドと中間体の低温電子顕微鏡法は、段階的な大きさの拡大を明らかにした。これは、最初に不安定なアミノ酸に置換したことと籠の基本構造ユニットのオリゴマーの界面変化をもたらすドメイン・スワップによって可能になった。タンパク質の変化に加えて、指向進化法はコードしたRNAのパッケージング構造の変化をもたらし、他の細胞RNAよりも効率的な取り込みを可能にした。(KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • カプシド:ウイルスゲノムを取り囲むタンパク質の殻
  • ヌクレオカプシド:ウイルスゲノムとカプシドの複合体
  • ドメイン・スワップ:タンパク質分子がその構造領域を分子間で交換して多量体を形成すること
Science, abg2822, this issue p. 1220

アンモニア合成においてプロトンを輸送する (Shuttling protons in ammonia synthesis)

アンモニアを作る電気化学的方法は、現在のの加熱によるハーバー・ボッシュ法に伴う温室効果ガスの排出を大幅に低減できるかもしれない。研究中の比較的有望な選択肢の1つは、窒化リチウムの還元形成が関与するもので、形成された窒化リチウムにプロトンを付加することで、アンモニアにすることができるというものである。しかし、これらの研究において局所プロトン源としてこれまで用いられたエタノールは、それらの反応条件の下で分解する可能性がある。Suryantoたちは、エタノールの代わりにテトラアルキル・ホスホニウム塩を使うことを報告している(Westheadたちによる展望記事参照)。このホスホニウム・カチオンは脱プロトン化-再プロトン化の繰り返しを安定して起こすことができ、また追加の利点として、このカチオンは媒質のイオン伝導性を高める。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • ハーバー・ボッシュ法:窒素と水素を高温・高圧(約500℃・300気圧)のもと固体触媒上で直接反応させてアンモニアを合成する方法。この方法による二酸化炭素の排出量は全二酸化炭素排出量の約1.8%にもなる。
  • テトラアルキル・ホスホニウム塩:R1R2R3R4PXで表される化合物。ここでXは1価のアニオン。
Science, abg2371, this issue p. 1187; see also abi8329, p. 1149

ポラリトンの挙動を撮る (Imaging polariton dynamics)

2次元物質は、光の波長よりもはるかに短い領域に光を閉じ込めることができ、かつ長い伝播距離と相まって、2次元物質をナノフォトニクス技術基盤開発ための魅力的な材料としている。2次元ポラリトン波束の時空間的制御はその応用が大変有望であるのと同じ理由、すなわち波長が極端に短くまた材料内に強く閉じ込められている、によりその解明が妨げられている。Kurmanらは、電子放射を用いた新らしいポンプ・プローブ技術を開発し、2次元ポラリトンの時空間的挙動を調べた。ナノメートル級の空間分解能とフェムト秒級の時間分解能は、これらの物質の励起挙動を調べるのに役立つであろう。(NK,KU,nk,kh)

【訳注】
  • ポラリトン:分極と電磁波の混合状態のことで、光学フォノンとフォトンとのカップリングによって生成されるボーズ準粒子
Science, abg9015, this issue p. 1181

細胞周期の調整によって一定となる細胞の大きさ(Cell size set by cell cycle regulation)

シロイヌナズナの分裂組織では、非対称細胞分裂にもかかわらず、細胞の大きさは一定となる。D'Arioたちは、DNA合成に先行する細胞周期の成長期の期間を制御する平衡調整系について述べている。KIP関連タンパク質4(KRP4)はDNA合成に進むことを阻害する。KRP4は有糸分裂染色体に結合するタンパク質であるが、KRP4の量が染色体DNAの量で決定されるので、非対称細胞分裂の可能性があっても、2つの娘細胞は同じ様な量のKRP4を持って開始する。過剰なKRP4が分解されるにつれて細胞の大きさのずれが調整され、正規の大きさとなる。(MY,kh)

【訳注】
  • 非対称細胞分裂:ここでは、互いに大きさの異なる娘細胞が生じる細胞分裂のことを言っている。
Science, abb4348, this issue p. 1176

量子囲い柵に結合する (Bonding to a quantum corral)

化学結合は通常、原子の電子状態間で形成されるが、原理的には他の電子状態でも結合を形成できるかもしれない。Stilpたちは、銅表面上の鉄原子の大きな輪である「量子囲い柵(quantum corrals)」の内部で生じた電子状態が、原子間力顕微鏡の先端にある金属原子と化学結合を形成可能なことを見出した。量子囲い柵の状態は多くの電子から形成されるが、原子軌道に比べて空間的な広がりが大きい。48個の鉄原子の量子囲い柵の状態への共有結合のエネルギーは、わずか5ミリ電子ボルトであった。(Wt,KU)

Science, abe2600, this issue p. 1196

初期宇宙の渦巻き模様 (Spiral features in the early Universe)

初期の銀河集合体は、乱れた非対称な天体を生み出したと考えられている。近傍の銀河に見られる、恒星円盤やバルジ、渦状腕などの形態的特徴は、形成に時間を要して、初期に頻繁に起こった銀河の合体によって乱されるだろう。TsukuiとIguchiは、渦巻き状でガスの円盤を含む遠方の銀河を同定した。この銀河には、超大質量ブラックホールと、存在がありうる恒星バルジとの組み合わせによるコンパクトな質量集中が存在する。これらの特徴は、ビッグ・バンから14億年以内に形成されたに違いない。(Wt,kj,kh)

Science, abe9680, this issue p. 1201

大気中オゾンとパンデミックによるロックダウン (Atmospheric ozone and pandemic lockdowns)

COVID-19の世界的流行への対応として、多数の国々が移動を制限する措置を実施し、結果として経済活動の減少を引き起こした。Miyazakiたちは、自由対流圏オゾンに対するこれらのロックダウンの地球規模の影響を調査した。この対流圏オゾンは大気の酸化能力の制御と気候に強制的影響を有する作用要素として重要である。彼らは、とりわけアジアとアメリカにおいてパンデミックに関連する産業活動と輸送活動の減少が、大気への活性窒素酸化物の放出速度を減少させ、そしてより少ないオゾン量の生成につながったことを見出した。この研究は、汚染物質排出とその結果としての大気組成と気候における影響との間の関係性を説明するものである。(Uc,KU)

【訳注】
  • ロックダウン:感染症拡大防止等のため外出や行動を制限する措置
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abf7460 (2021).

天文学が腫瘍の画像診断を促進する (Astronomy accelerates tumor imaging)

数十年前に、個々の標識に対する免疫組織化学染色法は診断病理学に革命をもたらしたが、免疫療法への反応を正確に予測するための十分な情報を得ることはできていない。新しい多項目同時免疫蛍光技術は、機能的に関連する多くの分子の発現様式を視覚化する可能性を提供するが、特に大腫瘍の領域では、正確な画像分析とデータ処理において多くの課題を示している。天文学の分野、そこではペタバイト規模の画像データが広いスペクトル範囲にわたって日常的に分析されるのだが、を利用して、Berryたちは、高忠実度の単一細胞解像度で腫瘍全体の断面のマルチスペクトル画像診断のための基盤技術を開発した。結果として得られた AstroPath 基盤技術を使用して、免疫療法を受けている悪性黒色腫患者の反応と結果を高度に予測する多重免疫蛍光分析法を開発した。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • AstroPath:高感度の反射望遠鏡で宇宙の広範囲での精密な地図をつくるために得られた映像を解析する目的で作られた方法で、6色異なるスペクトラムの蛍光色素で染色した免疫組織の解析に使えるようにしている。
Science, aba2609, this issue p. eaba2609

薄い物質の仲間 (A family of thin materials)

二次元(2D)物質は、これらの閉じ込められた構造に現れる異常な特性のために関心を集めてきた。金属(M)が炭素または窒素の(X)層を挟む形で(交互になった)奇数層を構成する、MXeneとして知られる2Dの金属炭化物および金属窒化物の仲間が増えている。VahidMohammadiたちは、この増えつつある物質ライブラリの合成の進捗状況を概説している。混合金属の組み合わせおよびさまざまな表面終端が使用可能であり、特性の調整を可能にしている。しかしながら、合成方法の改善と生産規模拡大可能な技術の開発にはまだ課題がある。(Sk,nk,kh)

Science, abf1581, this issue p. eabf1581

Xist RNAの動態を可視化する (Visualizing Xist RNA dynamics)

非コードRNAであるXistは、哺乳類におけるX染色体不活性化の過程を制御しており、Xistが転写される染色体上に蓄積し広がる。この異常な挙動を作り出す基盤はほとんど分かっていない。Rodermundたちは、RNA-SPLITと呼ばれ、Xist RNA分子を超解像で時間分解分析する新規な画像化手法を用いて、正常な細胞中とXist RNA機能に関与する因子を乱した後の細胞中で、Xist RNA挙動に対する基礎的な要因を解析した。著者たちは、1本のX染色体テリトリーの内部でXist RNAが局在して閉じ込められる原理への新規な洞察を提供している。(MY,nk)

【訳注】
  • 染色体テリトリー:細胞分裂の間期に、不定形の各染色体が占有する核内の領域。
Science, abe7500, this issue p. eabe7500

複雑系の回復力を推定する (Estimating resilience in complex systems)

回復力は、複雑系の臨界的な変化と転換点の研究における重要な概念であり、別の安定状態に転換する前に系が耐え得る擾乱の大きさによって定義される。それにもかかわらず、回復力は測定困難であると知られている。Araniたちは、系が閾値を通過するのに要する時間である平均出口時間(exit time)という数学的概念が、どのようにこの問題を解決して複雑系の回復力の特性を明らかにするのに役立つのかを示している。彼らは、時系列データから出口時間を推定するためのモデル手法を導き出し、それを放牧用植物の個体数モデル、湖の藍色細菌データ、更新世から完新世の気候データの例に適用した。この手法は、脅威にさらされている複雑系の動力学的特性に関する、我々の理解を深めてくれるかもしれない。(Sk,ok,nk,kj,kh)

Science, aay4895, this issue p. eaay4895

耐性を下げる(Turning down tolerance)

生残菌細胞(persister cell)は、バイオフィルム(菌膜)に豊富に見られるものだが, 休眠状態をとって抗菌治療に生き残り、結果として病気再発の種をまき、新しい耐性変異を育てている。抗生物質に対する細菌防御における反応性小分子硫化水素の関与を示す研究に基づいて、Shatalinたちは、細菌の硫化水素生成酵素の阻害剤を得るために構造に基づく選別を実施し、アロステリック機構を介して作用する阻害剤のグループを見出した(Mahによる展望記事を参照)。これらの阻害剤は、in vitroおよびマウス感染モデルで殺菌性抗生物質の効果を強めた。それらはまた、生残細菌を抑制してバイオフィルム形成を妨害した。生残菌細胞を取り除くこの戦略は、難治性の感染症を治療し、薬剤耐性菌に対して現状を維持するうえで有望となるかもしれない.(KU,nk,kj,kh)

Science, abd8377, this issue p. 1169; see also abj3062, p. 1153

前熱化状態の時間結晶 (Prethermal time crystal)

平衡状態にある物質のさまざまな相の特徴付けと理解は、通常、その系が平衡化する熱化の過程に関連している。非平衡系を探る最近の取り組みは、系を周期的に駆動することで、平衡化の自然な傾向を抑制しながら、新しい非平衡相を形成できることを明らかにしてきた。Kyprianidisたちは、25個のトラップされたイオン・キュービットとスピンで構成される量子シミュレータを用いて、このような物質の非平衡相(乱れの無い前熱化状態の離散時間結晶 )を観察した。彼らの量子シミュレータの柔軟性と調整可能性は、物質のこのエキゾティックな相を研究するための強力な基盤技術を提供する。(Sk,kj,kh)

Science, abg8102, this issue p. 1192

成体マウスの脳におけるグリア形成 (Gliogenesis in the adult mouse brain)

成体マウス脳における神経幹細胞は、神経細胞とグリア細胞の両方を生成することが出来る。個々の幹細胞の正確な位置、どの型の神経細胞を形成するかを決定しうる。Delgadoたちは、神経幹細胞がどのような種類のグリア細胞をいつ作るかについても選択性があることを示している (BaldwinとSilverによる展望記事参照)。幹細胞からの血小板由来成長因子受容体 β (PDGFRβ) の損傷または選択的欠失は、幹細胞を過熱状態にし、グリア形成に関しての幹細胞の選択性を明らかにした。異常な型のグリア前駆細胞である脳室内オリゴデンドロサイト前駆細胞は、PDGFRβ発現幹細胞の密集したクラスターに由来する上衣細胞の繊毛の間に囲まれていることがわかった。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • グリア細胞:神経系を構成する神経細胞ではない細胞の総称
Science, abg8467, this issue p. 1205; see also abj1139, p. 1151

ヘッジホッグ・タンパク質の脂質テイル入手方法 (How Hedgehog gets its lipid tail)

リン脂質膜は、異なる細胞環境間の障壁として機能するが、生合成やシグナル伝達、輸送のための重要な環境基盤でもある。動物では、発生シグナル伝達タンパク質であるヘッジホッグは、その受容体に認識されるためには、膜に埋め込まれた酵素であるヘッジホッグ・アシル基転移酵素(HHAT)によって、アシル基で修飾されなければならない。Jiangたちは低温電子顕微鏡を用いて、パルミトイル補酵素Aまたはパルミトイル化ペプチド生成物に結合したHHATの構造を決定した。2つの空洞が活性部位で接続し、膜の細胞質ゾル面からの脂質基質による小胞体内腔でのヘッジホッグのアシル化を可能にする。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • パルミトイル補酵素A:補酵素Aにパルミチン酸を反応させた化合物。補酵素Aはアシル基転移反応に関わる、酵素作用の発現に必須の低分子有機化合物。
Science, abg4998, this issue p. 1215

ヒトでの老化防止補助剤効果(Anti-aging supplement effects in humans)

ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド(NAD+)の合成は加齢で減少するが、このことは触媒活性にNAD+を必要とする酵素の活性を制限すると考えられている。動物での研究は、細胞内のNAD+を補充することが、老化および加齢性の病気に有益な効果をもたらしうることを示しているが、ヒトでの状況はあまり明確ではない。Yoshinoたちは、前糖尿病状態にある太りすぎや肥満の閉経後女性にNAD+の前駆体であるニコチンアミド・モノヌクレオチドを補給する効果について報告している(HeplerとBassによる展望記事参照)。この補給措置では、NAD+含有量の変化は検出されなかったが、筋肉内のインスリン感受性は改善した。この措置はまた、血小板由来増殖因子 bの発現を高めた。これらの結果は、ヒトにおけるNAD+補給の治療作用の可能性を支持するものであるが、さまざまなNAD+前駆体が特定の組織でどのように処理されるのかは、依然として十分調べられていない。(MY)

【訳注】
  • 血小板由来増殖因子:線維芽細胞や平滑筋細胞の増殖を促進する血清中の因子。
Science, abe9985, this issue p. 1224; see also abj0764, p. 1147

より良い理論を発見する (Discovering better theories)

人間の意志決定の理論は近年、急増している。しかしながら、これらの理論は互いに区別するのが困難な場合が多く、意志決定の方式の説明においては以前の理論をほんの少し改善して見せるに過ぎない。Petersonたちは機械学習を活用して、古典的な意志決定理論を評価し、それらの予測力を高め、意志決定の新しい理論を形成している(BhatiaとHeによる展望記事を参照)。この方法は、他の領域における理論形成に影響をもたらす。(KU,nk,kh)

Science, abe2629, this issue p. 1209; see also abi7668, p. 1150