AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 4 2021, Vol.372

脳をもつれなしで発達させる (Keeping brain development untangled)

発達中に確立された脳回路は、必要に応じて重複したりまたは並列化したりすることがある。Pederickたちは、マウスの内側と外側の海馬における並列回路がもつれることなくどのように発達するかを分析した。細胞表面分子のテネウリン 3 (teneurin-3:Ten3) とラトロフィリン 2 (latrophilin-2:Lphn2) の調節された発現が、もつれを食い止めている。これらの因子は、一緒になって反発性の結果を伴う膜結合リガンド-受容体の対として作用し、それらは新生のしかし不正確な軸索-標的の相互作用を不安定にすることができる。個別的にはそれらの因子は、それぞれの軸索が自分の好みの標的を探すとき、同種親和性誘引力を仲介する。(KU,kh)

Science, abg1774, this issue p. 1068

酸中で二酸化炭素が競争するのをカリウムが助ける (Potassium helps CO2 compete in acid)

二酸化炭素の電気化学的還元は、この温室効果ガスを有益な燃料と化学品に転換する有望な方法である。しかし、2つの競争反応が、還元過程の効率を制限する。塩基中では、原料二酸化炭素の大部分は、還元される前に炭酸塩として捕捉される。一方、酸中では、陰極(カソード)から電子を受け取るのが、水素イオンの方が二酸化炭素よりも速い。Huangたちは、高用量のカリウム・イオンが、後者の問題の解決を助けることができると報告している。陰極でのカリウム・イオン濃度を高めることで、酸中で高電流にて高い選択性で二酸化炭素を還元することが可能になる。著者たちはこれを、所望の電子吸着物質 (CO2)の静電安定化によるものとしている。(MY,ok,kj)

Science, abg6582, this issue p. 1074

一緒に働いている肥満遺伝子 (Obesity genes working together)

肥満の生物学的原因は、よくわかっていない。Sobreiraたちは、ヒト患者における肥満との関連で知られている遺伝子座に存在する、主要遺伝子群のクロマチン相互作用を調べた。これらの遺伝子間の接続を直接調べ、かつそれらの活性を調節する機構を調べることに加えて、著者らはマウス・モデルを用いて、脂肪組織と食の好みの調節に関与する脳細胞の両方に対する標的遺伝子の影響を調べた。(Sk,kh)

【訳注】
  • クロマチン相互作用: 染色体上の遠隔した遺伝子座同士がプロモータ・エンハンサー相互作用などによって相互作用すること.
Science, abf1008, this issue p. 1085

応力がかかる場合はより丈夫(Tougher when stressed)

ヒドロゲルは、水で大きく膨潤する重合体物質をわずかな量しか含んでいないため、通常は脆弱な物質である。強度は、靭性を高めるための、余分の架橋あるいは幾つかの献身的結合を備えた相互貫入網目構造を追加することで向上できる。しかし、こうした特性は、延伸すると劣化し、また、弛緩後の回復が遅くなるかもしれない。Liuたちは、滑動する環を形成する適度な比率の重合体で架橋されたポリエチレン・グリコールからなるヒドロゲルを開発した。この滑動する環はヒドロゲルが延伸された場合に、ポリエチレン・グリコール鎖が平行に配向することを可能にし、急速で可逆的ななひずみ誘起結晶化を引き起こし、こうしてはるかに丈夫なヒドロゲルをもたらす。(MY,kh)

Science, aaz6694, this issue p. 1078

ガンマ線バースト固有の残光 (An intrinsic gamma-ray burst afterglow)

長期間にわたるガンマ線バースト(gamma-ray bursts:GRB)は、遠方の銀河の中で大質量星が崩壊する際に発生する相対論的なジェットによって放射される。GRBそのものは数秒しか続かないが、その後、数時間から数日間持続する残光が続く。H.E.S.S. Collaboration は、近傍の長期間GRBである GRB 190829A の残光を観測した。このバーストは近くで起きたため、遠方ならば銀河間物質中で吸収されてしまうであろうテラ電子ボルトのエネルギーで検出することができた。著者たちは、X線とガンマ線の波長でスペクトルと光度曲線を解析することにより、残光が標準的なモデルでは説明できないことを示している。(Wt)

Science, abe8560, this issue p. 1081

南極の古水温 (Antarctic paleotemperatures)

東部南極は最終氷期極大期の間今よりも約9°C温度が低く、これは西部南極について独立して計測された当時と今日の間の約10°Cの差異に近い、と広く考えられてきた。Buizertたちは掘削孔の温度測定、万年雪比重の再現結果、そして気候モデルを用いて、東部南極の気温が最終氷期極大期の間は実際にはたった約4°から7°C低温であったことを示した。この結論は、南極の気候や極域増幅そして地球気候の変化に関する我々の理解に関する重要な意味合いを有している。(Uc,kj,kh,nk)

Science, abd2897, this issue p. 1097

学校に戻ろう、安全に (Back to school?safely)

子供たちの中での深刻な COVID-19 はまれだが、学校内での接触が大人やより広い地域社会にもたらす伝播の危険性が不明であるため、多くの学校は閉鎖されたままである。米国の諸学区で取られた取り組みの多様性を観察して、Lesslerたちは、カーネギー・メロン大学とフェイスブックからの COVID-19 兆候調査データを用いながら、さまざまな方策が幅広い地域社会での COVID-19 の伝播速度にどのように影響するかを調査した。著者らは、学校閉鎖を緩めた場合、学校内での伝播は限定的であり、感染率はその周囲の地域社会の感染率と酷似していることを見出した。(Sk,ok,kj,kh)

Science, abh2939, this issue p. 1092

パンデミックの間の呼吸器系ウイルス (Respiratory viruses during the pandemic)

COVID-19のパンデミックは多くの変化をもたらしたが、これはインフルエンザ・ウイルスやRSウイルス(RSV)のような呼吸器系ウイルスの周年流行パターンの転移を含む。多くの国では、症状緩和手法が楽にできるようになったりワクチン接種が増加したりするのに伴い、インフルエンザやRSVの典型的な流行期が短くなったり、その時期が変わったりしている。展望記事において、Gomezらは、COVID-19パンデミックが今後の呼吸器系ウイルスの季節感染に与える影響について考察している。2020年から2021年における流行の減少による集団感受性の変化は、インフルエンザによるパンデミックの機会を増やすか、ウイルスの進化を押さえて、ワクチン接種をより効果的にするかもしれない。これらの可能性を理解し、将来の流行に備えるためには、ゲノム解析と臨床データを結びつけた世界的な監視が必要であると著者らは主張している。(ST,kj,kh,nk)

Science, abh3986, this issue p. 1043

時空のさざ波で天文学をする (Doing astronomy with ripples in spacetime)

一般相対性理論は、運動する巨大な物体が、光速で伝わる時空のさざ波である重力波を発生すると予測する。重力波の直接的検出は、2016年2月に初めて発表された。Vitaleは、その後の5年間にわたる重力波天文学の科学的成果を概説している。約50の事象が検出され、そのほとんどが連星ブラック・ホールの合体である。これらの事象の質量分布は、これまで知られていたブラック・ホールとは異なり、大質量星の進化に制約を課している。中性子星連星の合体は、重力波と電磁波の両方で検出され、マルチ・メッセンジャー天体物理学の一形態となった。一般相対性理論のテストと宇宙論的な測定も行われてきた。(Wt,kh)

Science, abc7397, this issue p. eabc7397

完全なPIC-Mediator構造 (A complete PIC-Mediator structure)

極めて重要な転写活性化補助因子として、多サブユニットからなるMediator複合体は RNAポリメラーゼII (Pol II) に結合し、転写開始前複合体 (PIC) の組み立てを促進し、転写とPol II C末端領域 (CTD) のリン酸化を刺激する。しかしながら、これらの極めて重要な転写事象が、Mediatorによってどのように調整されているかは十分には理解されていない。Chenたちは、ヒトMediatorと異なる高次構造状態におけるMediator結合PICの構造を決定したが、後者の構造は、14-サブユニット転写因子IID (TFIID) 上に組み立てられた完全なPIC-Mediato複合体である。この構造は、Mediatorが PIC-Mediator組み立て中に再編成され、サンドイッチ状になり、Pol II CTDのリン酸化を促進し、TFIIDと連携して転写開始のためにTFIIHをPICに組織化することを示している。(KU,kh)

Science, abg0635, this issue p. eabg0635

繰り返す太平洋の低酸素 (Recurring Pacific Ocean hypoxia)

今回、亜北極太平洋からの積層された深海堆積物は、過去120万年の間に27回の深刻な低酸素期間があったことを明らかにした。ベーリング海からの新たなドリル・コアを用いて、Knudsonたちは、これまで知られていた低酸素と最終退氷期(現在より20,000年から8,000年前)との結合が、大部分のそれ以前の更新世の低酸素事象の代表ではないことを見出した。著者らは、海面が高い時期に浸水した大陸棚から放出された鉄、(それによる)より効率的な栄養素の使用、そしてより高い海洋での一次生産性との間の因果関係が1000年から40,000年間続く繰り返される低酸素状態を説明することを示唆している。(Sk,KU,kj,kh)

【訳注】
  • ドリル・コア:地質調査を行うためのボーリングで採取した地質試料(コア)
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abg2906 (2021).

TCR-pMHC形態を理解する (Making sense of TCR-pMHC topology)

ほとんどの T 細胞はT 細胞受容体 (TCR) を用いて、自己と外来の抗原の両方に由来するペプチドに結合する主要組織適合抗原複合体分子 (pMHC) を認識する。自己と外来両方のパートナーの多様性のため、その接触領域には大きな可変性が存在するが、この相互作用により一つの正準的なドッキング形態を示すが、その理由については論争が続いている。Zareieたちは正準的TCRと逆極性のTCR(これらすべてでインフルエンザ A ウイルス (IAV) に由来するペプチドを運ぶ同じ pMHC-Iに対して特異的に認識する)の取り合わせをテストした (HorkovaとStepanekによる展望記事参照)。著者たちは、マウスがIAVに感染した場合、結合形態が生体内でのT細胞の活性化と動員の主要な要因であると確定した。正準的形態は機能的シグナル伝達複合体の形成に必要であり、このことはT細胞シグナル伝達の制約がTCRとpMHCがどのように合致するかを指示していることを示唆している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 逆極性TCR:TCRのサブユニットの標準配置を逆にしたもの
Science, abe9124, this issue p. eabe9124; see also abj2937, p. 1038

細菌の強大な力を設計する (Designing bacterial superpowers)

生体系は、DNA中の3つ1組からなる64のコドンを全て読み取って、20個の古典的アミノ酸からなるタンパク質合成にコード化する。Robertsonたちは、幾つかのコドンを読み取らない細胞を作り、これが完璧なウイルス抵抗性を与えることを示した(JewelとChatterjeeによる展望記事参照)。ウイルスは通常、ウイルス・ゲノム中の全てのコドンを読み取る宿主細胞の能力に頼って複製を行う。著者たちは、それぞれのコドンを幾つかの非古典的アミノ酸(ncAA)に再割り当てした。この進展は、3つの異なるncAAを含んだタンパク質の効率的な合成と、全て非古典的なアミノ酸からなる重合体と大員環のコード化された合成を可能にする。(MY)

Science, abg3029, this issue p. 1057; see also abi9892, p. 1040

圧力標準を押し上げる (Pushing a pressure standard)

極端な条件における系を理解するための課題の一つは、エキゾチックな挙動が生じる正確な圧力を知ることである。これは、標準圧力較正の為の絶対的な圧力-密度関係が存在していないからである。Fratanduonoらは、白金と金に関する一連の動的圧縮挙動を観測し、これらの金属に対してテラパスカル条件に至るまでの高圧力目盛りを構築した(Jeanlozによる展望記事参照)。本研究は、ダイヤモンド・アンビル・セルの様な高圧装置においてこの標準を用いる際のしっかりした圧力較正を与える。(NK,KU,ok,kh,nk)

【訳注】
  • ダイヤモンド・アンビル・セル:科学実験で高圧力を印加する装置
Science, abh0364, this issue p. 1063; see also abi8015, p. 1037

IgGのフコシル化からデング熱の重症度を予測する (IgG fucosylation predicts dengue severity)

デング・ウイルス(DENV)による二次感染は、二次感染前から存在するDENV反応性免疫グロブリンG1(IgG1)抗体が免疫細胞の感染を促進するとき、血小板減少症や出血性疾患などの生命を脅かす症状を引き起こすことがある。重度のデング熱症状は、非フコシル化IgG1グリコフォームの濃度上昇と関連しているが、これが単に感染の結果なのか、それともこの病気への感受性に影響を与える既存の現象なのかは不明である。Bournazosたちは、感染前後のかつ様々な疾患結果を有する患者からの抗DENV抗体のFabとFc構造を研究した (deAlwisとOoiによる展望記事を参照)。彼らは、DENV感染がIgG1の非フコシル化における特異的な増加を誘発することを、そして非アフコシル化IgG1の濃度が実際にデング熱疾患の重症度を予測できるかもしれないことを見い出した。このことは、IgG1のフコシル化の状態がデング熱患者の治療のための潜在的に有用な予測手段となる。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • フコシル化:タンパク質や脂質のような生体高分子に、糖類の一つであるL-フコースを酵素的に付加する糖鎖付加反応。また非フコシル化IgG1はL-フコース糖鎖量が少ないIgG1。
  • グリコフォーム:タンパク質部分の一次構造が同一で糖鎖部分のみが異なる糖タンパク質。
  • Fab、Fc構造:免疫グロブリンは構造や機能の違いから、FabとFcの二つの部位に分けられ、Fabは抗原結合部位を含みアミノ酸配列は抗体ごとに異なる。Fcは免疫細胞の表面にあるFc受容体への結合などによって免疫系のシグナル伝達に重要な役割を果たす部位で、同じクラスであれば同じ配列を持つ。
Science, abc7303, this issue p. 1102; see also abj0435, p. 1041

謎の大量絶滅(Mysterious mass extinction)

「サメ」という用語は、まず第一に忍び寄る流線型の、現代の生態系の重要な構成要素となっている海洋捕食者の姿を想起させる。SibertとRubinは、深海の堆積物に埋もれていたサメの歯を研究し、現在のサメの多様性が、これまで確認されていない大規模な海洋絶滅事象によって絶滅したはるかに多様な形態の、わずかな名残であることを明らかにした(PimientoとPyensonによる展望記事参照)。この絶滅は、サメの多様性の70%以上の減少と、総個体数のほぼ完全な喪失を引き起こした。この絶滅の気候および/または環境的な要因は分かっておらず、その原因は謎のままである。現代のサメの形態は、絶滅後200万年から500万年以内に多様化し始めたが、それらはかつてのサメたちのほんの一部を再現しているにすぎない。(Sk,ok,kh,nk)

Science, aaz3549, this issue p. 1105; see also abj2088, p. 1036

公衆の抗COVID抗体目録(A public anti-COVID antibody repertoire)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染によって引き起こされる抗体応答に対して、記憶B細胞からクローンとして作られる抗体に注目した分析がもっぱらなされてきた。この取り組みは、中和抗体(nAb)が主にこのウイルスの棘突起タンパク質に含まれる受容体結合ドメイン(RBD)を標的にしているとの結論を研究者たちにもたらしてきた。Vossたちは異なるやり方で取り組み、回復期にある4人のCOVID-19患者から得られた血清免疫グロブリンGの抗体目録をプロテオミク・デコンボリューション(proteomic deconvolution)する方法を用いた。彼らは、中和抗体応答が主に、RBDの範囲外に存在しているN末端ドメイン(NTD)のようなエピトープに向けられていることを見出した。これらの中和抗体の幾つかは、血清提供者間で共通しており、懸念される変異株によってしばしば変異が生じるNTDエピトープを標的にしていた。(MY,kh)

【訳注】
  • 血清免疫グロブリンG(IgG):5種ある免疫グロブリンの1つ。ヒトの血液では最も多く含まれる免疫グロブリンで、長期間にわたって存在し抗原に対する免疫応答を担う。
  • プロテオミク・デコンボリューション:注目しているタンパク質(ここではIgG)の質量分析と、免疫グロブリンを発現するRNAをもとにした免疫グロブリンの配列解析を組み合わせて、血清中の多くの免疫グロブリンの中から、注目しているIgGを同定するやり方。
  • エピトープ:抗体が認識する抗原の一部分のこと。
Science, abg5268, this issue p. 1108