AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 28 2021, Vol.372

海鳥の試料を集める (Sampling seabirds)

世界の海洋の広さが、海洋を監視することを難しくしている。世界中の海を渡って餌を探し繁殖を行う海鳥は、海洋の健全さの見張り役として認められてきている。Sydemanたちは、北半球と南半球両方のいろいろな海鳥の種を調査し、異なるパターンを見出した。北半球の種は、より大きなストレス兆候を示し、また、繁殖の成功が低下していた。これは魚資源が少ないことを示している。南半球の種は、生殖生産への影響がより少ないことを示していた。これは、そこでの魚の数がこれまでのところ、それほど乱されていないことを示唆している。両半球間の違いは、北半球では積極的な回復が必要で、南半球では保護の強化が必要という、異なる保全戦略を指し示すものである。(Uc,MY,kh)

Science, abf1772, this issue p. 980

広範な臨界性 (Pervasive criticality)

鉄系超伝導体は、相図上で超伝導相を描く「ドーム」の下方にて、ゼロ温度相転移を示す量子臨界点(QCP)に場を提供すると考えられている。しかしながら、このQCPの特性を解明することは容易ではない。Worasaranたちは、原型的な鉄系超伝導体であるバリウム砒化鉄でこの特性解明を試みた。研究者たちは、試料にひずみを与えたところ、ネマチック量子臨界の特徴である、べき乗的挙動を見出した。付随する量子揺らぎは、相図の広い範囲に現れた。本手法は、他の材料系の量子臨界性を調べるのに役立つかもしれない。(NK,ok,kh,nk,kj)

Science, abb9280, this issue p. 973

三次元ゲノムの個々の生物体での進化 (Organismal evolution of the 3D genome)

核内での染色体の立体構造は、細胞の型や状態を反映することがある。しかし、種間でゲノム構造を調節する機構の保存と進化の歴史に対する研究は不足している。Hoencampたちは、動物、真菌、植物を含む24の真核生物種で、三次元ゲノム構成を調査した。細胞分裂の間期において、種のテロメアとセントロメアは、染色体間でクラスターを形成するか、それとも個々の染色体テリトリーを維持する分極状態で配向しているかであり、この違いはコンデンシンIIによるものだった。ヒト細胞では染色体テリトリーが形成されるが、実験的にコンデンシンIIを消失させると、染色体テリトリーが弱まり、セントロメア・クラスターの形成が促進される。しかし、クロマチン・ループやコンパートメントの形成には影響しない。三次元ゲノム構造が種間で異なるのかは、このように種が機能性のコンデンシンII遺伝子を持っているかどうかに依存しているのかもしれない。(MY,kh,kj)

【訳注】
  • セントロメア:2本の姉妹染色体が繋ぎとめらる染色体の中心部分のこと。姉妹染色体がX字型を形成する場合には交点部となる。
  • テロメア:セントロメアから伸びている染色体の末端領域部。
  • コンデンシン:細胞分裂の分裂期における染色体凝縮と分離に中心的な役割を果たすタンパク質複合体。IとIIが知られていて、IIは間期から核内に局在する。
  • 染色体テリトリー:細胞分裂の間期に、不定形の各染色体が占有する核内の領域。
  • セントロメア・クラスター:2本の姉妹染色体がセントロメアで繋ぎとめらている構造状態。
  • クロマチン・ループ:染色体中で生じるループ状構造。
  • コンパートメント:核内で1本の染色体が数Mbの単位のゲノム領域(トポロジカルドメインと呼ばれる)同士で集まり形成された区画のこと。転写活性の高いゲノム領域同士、低いゲノム領域同士でコンパートメントが形成される。
Science, abe2218, this issue p. 984

細菌のエフェクターが膜を操作する (Bacterial effectors manipulate membranes)

多くの病原性細菌は分子注射器を使って、エフェクターと呼ばれるタンパク質を宿主細胞の中へと移し、細菌増殖のために細胞機構を奪い取る。レジオネラ症の原因細菌であるレジオネラ菌は、大きなエフェクター武器庫を使って宿主の膜系を利用し、複製場所となる専用の液胞を作り上げる。Hsiehたちは、このエフェクター武器庫の内部で、リン脂質のリン酸化酵素MavQと脱リン酸化酵素SidPが共同で働いて、この菌の真核生物宿主が作る細胞内膜のネットワーク上で自己組織化し、細胞内膜の再構成を促進することを示している。MavQとSidP間の相互作用は、それぞれ、正負の帰還ループを構成し、このループが感染期の時間的空間的な振動を調整する。(MY,kj)

【訳注】
  • エフェクター:タンパク質(特に酵素)に選択的に結合してその機能を促進または阻害する分子のこと。
Science, aay8118, this issue p. 935

表面的特徴がT細胞応答を制御する (Topography controls the T cell response)

生体材料は通常、身体のあちこちに移植され、生体材料の構造特性が移植片周囲での付随する組織治癒応答を変えることがある。この過程をよりよく理解するために、Huたちは電界紡糸法を用いて、さまざまな表面的特徴を備えた生体材料膜を作製した。彼らはげっ歯類における単一細胞レベルで各膜の周囲の微小環境を調べたとき、糸が最もよく整列した足場構造の膜でT細胞応答がより早く起こり、それが全体的な治癒応答を調節するようであった。関与するシグナル伝達経路をよりよく理解するには、これらの材料のさらなる評価が必要であるが、この研究で使用された単一細胞解析方法は、創傷治癒と組織統合を改善するための将来の生体材料の設計に役立つかもしれない。(KU,ok,kh,nk)

【訳注】
  • 生体材料(biomaterial):主にヒトの生体に移植することを目的とした素材。
  • 電界紡糸法:溶融状態のポリマーに高電圧をかけてノズルから射出し、ナノファイバーを製造する手法。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abf0787 (2021).

量子酔歩者のシミュレーション (Simulating quantum walkers)

量子酔歩とは、古典的な酔歩の量子力学的類似版であり、量子酔歩者が格子を伝搬する様子を描写するものである。これは、量子多体系をシミュレーションするアルゴリズムの開発に応用されている。Gongたちは、62個の機能的量子ビットを含んでいる8×8の二次元超伝導量子ビットの正方格子を用いて、複数の(2つの)酔歩者が干渉しながら二次元量子ビット配列を横断する様子を示した。著者たちは、量子酔歩者がたどる経路をプログラムすることもできた。それにより、マッハ・ツェンダー干渉計の中を、単一または複数の量子酔歩者が、干渉しあって単一のポートから出ていく前の、2つの経路をコヒーレントに横断する様子を示した。この結果は、大規模な量子系のシミュレーションにおいて、超伝導ベースの量子情報処理装置の可能性を示すものである。(Wt,kh)

Science, abg7812, this issue p. 948

酸化物を圧印する (Imprinting oxides)

転位は、機能性酸化物の特性にとって問題となることがあり、結果的にはしばしば回避される。Höflingたちは、チタン酸バリウムに転位ネットワークを導入すると、誘電特性と圧電特性を実質的に向上させることを見出した。著者たちは、一軸圧縮によって転位ネットワークを導入したが、これはその材料に圧電係数を19倍に向上させる分域構造を持たせた。この戦略は、他の機能性酸化物の特性を最適化するための有用な手段となるだろう。(Wt,kh)

Science, abe3810, this issue p. 961

都市の社会経済と死亡率 (Urban socioeconomics and mortality)

チリのサンティアゴは、富裕層および極貧層の人々の住む別々の地域からなる、極めて分断された都市である。この状況は、高水準の所得格差のある経済的に脆弱な社会において、いかに社会的要因が重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の大流行を推進しているかを知る手段を提供する。Menaたちは、疾病負荷の場所による差異を理解するために、SARS-CoV-2に起因する罹患率と死亡率を分析した。併存疾患と医療利用の欠如のために、感染による致死率は低所得の自治体でより高かった。医療提供体制の質における自治体間格差が、検査の遅れと検査能力において明らかになった。これらの指標は、COVID-19の過少報告と死者数の違いの大部分を説明し、これらの不平等が若年者に偏って影響を及ぼしたことを示している。(Sk,kh,nk,kj)

Science, abg5298, this issue p. eabg5298

細胞内のRNAがCRISPR-Cas9をガイドする (Cellular RNAs guide CRISPR-Cas9)

ゲノム編集に広く用いられているCas9核酸分解酵素は、侵入ウイルスから身を守る、細菌の自然防御系に由来している。Cas9はRNAのガイドにより導かれ、適合するウイルスDNAを切断する。Jiaoたちは、RNAのガイドがウイルス防御と関連しない細胞RNAからも生じるうることを発見した(AbudayyehとGootenbergによる展望記事参照)。彼らはこの過程をプログラムで制御できるようにし、事実上どんなRNAであってもCas9による適合DNAの切断に結び付けた。この能力は、著者たちが開発した、多くの生物指標を一度に検出できる新規なCRISPR診断法の基礎をなしている。LEOPARDと名付けれらたこの方法は、例えば、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2由来および他のウイルス由来のRNAを検出でき、そのため、新規CRISPR法の発見を強力な診断道具へと結び付けるものである。(MY,nk)

Science, abe7106, this issue p. 941; see also abi9335, p. 914

イオン強度による反応の加速 (Speeding reactions through ionic strength)

ブレンステッド酸は、骨格を担うアルミニウムの添加により微細孔ゼオライト中に導入される。Pfriemたちは水の存在下では、ゼオライトH-MFIの微細流路内における狭められた容積が、アルミニウム部位で高濃度の水和ヒドロニウム・イオンをもたらすことを示している。結果として生じる高い電荷密度が、理想から著しく外れた溶媒和環境を作り、シクロヘキサノール脱水素化反応に対して、帯電したカルベニウム・イオン遷移状態が安定化された。同じ高いイオン強度を有する低い酸性度のナトリウム・イオン交換ゼオライトを用いて、より高い反応速度が維持された。(KU,kh,nk,kj)

【訳注】
  • H-MFI:アルミノシリケートゼオライトでMFIはその骨格構造コードの1つで、プロトン(H+) でカチオン交換されたもの。
  • カルベニウム・イオン:2価の炭素化合物であるカルベンに水素が付加した形の、炭素原子が正電荷を持つ化合物。
Science, abh3418, this issue p. 952

エネルギーを蓄えてエネルギーを節約せよ (Store energy and save energy)

歩行あるいは走行からエネルギーを得るために多くの装置が開発されてきたが、それらの使用はしばしば、増加する必要代謝量という形で着用者に対価を発生させる。Shepertyckyたちは、自然な歩き方から機械的エネルギーを収集してそれを使用可能な電気エネルギーに変換する一方で、使用者の代謝エネルギー消費を削減できる装置を設計した(Riemerたちによる展望記事参照)。「無から有を生む」を達成するための鍵は、膝の外骨格の抵抗についての筋肉中心の制御を用いて、歩行周期の後半に機能している筋力を減らすための装置を設計することである。(Sk,ok,kh,nk)

Science, aba9947, this issue p. 957; see also abh4007, p. 909

もつれた原子を作る高速スピン反転 (Fast spin flips for entangled atoms)

ポンプ・プローブ分光法と走査型トンネル顕微鏡(STM)手段の統合により、ナノ秒の時間尺度で原子のスピン緩和を調べることが可能となった。しかしながら、もつれたスピン対の自由な進化を追跡するには、マイクロ波パルスで励起するよりも高速の初期励起が必要である。Veldmanたちは、電子スピン共鳴STMと直流ポンプ・プローブ技術を連続的に組み合わせて、スピンの可干渉性を維持しながらスピンを瞬時に反転させた。彼らはこの方法を使用して、酸化マグネシウム表面上の2つの結合したスピン1/2の原子(水素化チタン原子二量体)の、可干渉なフリップ・フロップの自由進化を追跡した。(Sk,kh,nk,kj)

【訳注】
  • ポンプ・プローブ分光法:調べたいと思う現象を引き起こすためのポンプ・パルスレーザーと、タイミングをずらしながら瞬間の現象を切り出して記録するためのプローブ・パルスレーザーを組み合わせて、超高速現象の時間発展を得る(ストロボスコープのような)方法。
Science, abg8223, this issue p. 964

タンパク質合成の提供 (Providing for protein synthesis)

代謝過程を細胞内小器官に区分けすることは重要な結果をもたらすことがある。Zhuたちは、補酵素ニコチンアミド・アデノシン・ジヌクレオチドリン酸(NADP+)とその還元体(NADPH)が培養ヒト細胞で果たしている役割を調べた。彼らは、NADPHを作るのに必要な酵素であるNADリン酸化酵素2のない細胞では、ミトコンドリア中のNADPH存在量が減少し、また、栄養が制限された培地において、プロリンがないために増殖が遅いことを見出した。プロリンはミトコンドリア中で作られ、そのため、ミトコンドリア中のNADPHの重要な機能は、プロリンを合成して細胞のタンパク質合成を維持することであるように見える。(MY)

【訳注】
  • プロリン:アミノ酸の1つで、コラーゲン中に多く含まれる。二級アミノ酸であるため、タンパク質の立体構造に重要な影響を与える。
Science, abd5491, this issue p. 968

地球規模で考え、足元から行動せよ (Think globally, act locally)

過去数十年にわたる気候変動による気温の上昇は、繰り返されるサンゴの白化とその後の死を引き起こしてきた。この影響は非常に広範囲に及ぶため、気候変動の逆転しか地球規模でサンゴ礁を救うことができないと示唆されてきた。Donovanたちは、地域の条件とサンゴ礁の健全さの間の相互作用を調べ、悪条件が気候の影響を拡大させることを見出した(Knowltonによる展望記事参照)。さらに、乱獲や汚染などの人的ストレス要因が最小限に抑えられたサンゴ礁は、ずっとましであった。このような結果は、地域でサンゴ礁の手入れをすることが、サンゴ礁をこの温暖化の世界で存続させるのに役立つかもしれないことを示唆している。(Sk)

Science, abd9464, this issue p. 977; see also abi7286, p. 908

地域のウイルス監視 (Community virus surveillance)

たとえ効果が高いワクチンがあっても、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の感染状況を監視する必要性は、おそらく今後何年もなくならないだろう。公衆衛生機関は、必要に応じて介入策を準備し展開するために、患者数増加の早期警告を必要とするだろう。Rileyたちは、低い有病率での再流行を検出する、地域全体を対象としたプログラムを開発した。そのプログラムはイギリス全土でSARS-CoV-2ウイルスを追跡するために使用されてきている。2020年5月から9月までに行った4回のサンプリングで、すべての地域を代表する約60万人を調べた。その結果は、18歳から24歳の間で最も多くの人が感染しており、併せて高齢者の罹患率が上昇し、一部の地域では感染の確率が高まっていることを明らかにした。この検査方法は、リアルタイムで、国全体を対象とした集団に基づいて監視する作業の模範となっており、SARS-CoV-2の監視が実施されるために必要である。(ST,kh)

Science, abf0874, this issue p. 990

二重特異性抗体の多くの才能 (The many talents of bispecific antibodies)

二重特異性抗体(bsAb)は2つの異なる分子に結合し、この二重特異性は治療標的化への多数の方法を提供する。臨床開発中の100を超えるbsAbが存在する。それらは主にガンに対するものであるが、神経変性疾患、炎症疾患、自己免疫疾患、および血管疾患は、bsAbsが治療的解決を提供できるかもしれない領域としてますます期待されている。展望記事において、BrinkmannとKontermannは、これらの生物製剤の一般的な作用機序とさまざまな疾患における臨床上の進歩について論じている。安全性の確保や有効性を高めるための工学技術など、克服すべきハードルは高い。多数のbsAb設計と作用機序が得られるようになった現在では、何を標的にして、そしてどのようにそれを行うのが最善かということが焦点となりつつある。(KU,kh,nk)

Science, abg1209, this issue p. 916

クロス・スケール連携 (Cross-scale coordination)

レーザーによる積層造形技術は、部品の設計方法に革命をもたらす可能性がある。Guたちは、部品を遂次に設計して組み立てる戦略を離れて、金属製部品向きの、より包括的な最適化方法へと移行することを提案している。著者たちは、粉末床レーザー融解法(laser powder bed fusion:LPBF)とレーザー指向性エネルギー堆積法(laser-directed energy deposition:LDED)におけるいくつかの重要な開発を要約し、まだ克服する必要のあるいくつかの問題を概説している。より統合された方法は、製造に必要な工程の数を減らし、最終用途部品に利用できる構造の型を拡大するのに役立つだろう。(KU,MY,kh,kj)

【訳注】
  • クロス・スケール連携:材質や機能性の精度の異なる製造技術(ここでは粉末床レーザー融解法とレーザー指向性エネルギー堆積法)の利点を相互作用させて構造部品の製作に生かすこと。
Science, abg1487, this issue p. eabg1487

哺乳類の脳の中での空間の符号化 (Coding for space in the mammalian brain)

ほぼすべての哺乳類は、数百メートルから数キロメートルに及ぶ環境の大きな空間規模を動きまわる。ただし、そのような大きな空間の符号化の根底にある神経表現についてはほとんど知られていない。Eliavたちは、コウモリが非常に長い通路を往復して飛ぶ間に、コウモリの海馬の場所細胞から無線で記録した(WoodとDudchenkoによる展望記事を参照)。多くの場所細胞は、コウモリが飛んだ長い通路の環境内に多重の場所受容野を持っていた。場所受容野の大きさは1メートル未満から32メートルまでの範囲であり、1個の場所細胞でも異なる複数の場所受容野を持ちその大きさは20倍も異なった。自然な条件下での動物の研究は、動物の環境を脳で表現するための新しい符号化原理を明らかにすることを可能にする。(Sh,kh,kj)

【訳注】
  • 場所細胞:個体が、空間的に特定の位置にいるときのみ発火する神経細胞。
  • 場所受容野:動物個体がそこに入ると場所細胞が発火する自然環境中の空間領域のことで、大脳皮質の区画である感覚野とは別の概念。ここではその領域を1~32mの分解能で認識する複数の場所受容野を1つの場所細胞が持っていると言っている。
Science, abg4020, this issue p. eabg4020; see also abi9663, p. 913