AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 14 2021, Vol.372

閃光でのお掃除 (Cleaning in a flash)

ヒドロキシル・ラジカル(OH)は、大気中で最も重要な酸化種であり、大気の自浄作用の多くを担っている。雷による一酸化窒素の生成により、さまざまな化学反応を経て、OHやオゾン、ヒドロペルオキシルラジカル(HO2)などの大気酸化物質が生成されることが知られている。Bruneたちは、上空大気中のOHとHO2 の測定値を用いて、雷が直接的にOHや大気酸化物質を生成し、その量が予想をはるかに上回ることを示した。彼らは、この機構が地球大気の酸化力の6分の1をも担っている可能性があることを見出した。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 711

代謝経路は細胞の運命を調節する (Metabolic pathway regulates cell fate)

細胞系列特異的な調節因子は、細胞運命の決定を指示するが、その正確な機構はよく知られていない。赤血球を作らないゼブラフィッシュ変異体の生体内における化学的抑制因子選別を使用して、Rossmannたちは、細胞系列特異的なクロマチン因子であるtif1γ が、ミトコンドリア遺伝子を直接調節して、赤血球の分化を促していることを示している。tif1γ の欠失は、コエンザイムQの合成と機能を減少させ、結果としてミトコンドリア呼吸を妨げ、赤血球生成の後成的変化と抑制に導く。変異魚における赤血球の欠損は、コエンザイムQの付加により救うことが出来る。この研究は、クロマチン因子が組織特有の方法で代謝経路を調整しているという機構を立証する。(KU,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • コエンザイムQ(補酵素Q):別名ユビキノンともいい、ミトコンドリア内膜に存在し、電子伝達系において呼吸鎖複合体との間の電子の仲介を行う。
Science, this issue p. 716

超新星からの天然プルトニウム (Natural plutonium from supernovae)

中性子の急速な捕獲過程(rプロセス)は、重元素の多くを生成するが、それがどのような天体物理学的環境で起こるのかは不明である。有力な候補は、中性子星の合体や、ある種の超新星である。Wallnerたちは、深海の地殻試料に含まれるプルトニウムの含有量を分析し、過去数百万年以内に地球に運ばれてきた rプロセスの同位体プルトニウム244の原子を数十個特定した。また、同時に鉄60の信号も観測した。これは、超新星で生成されることが知られている。これらの同位体の比率を比較することで、rプロセスによる元素合成に対する超新星と中性子星合体の相対的な寄与に制限がかけられる。(Wt)

Science, this issue p. 742

抗コロナウイルスB細胞で武装した子供たち (Kids armed with anti-coronavirus B cells)

コロナウイルスや他の病原体に対するB細胞レパートリーが大人と子供の間で異なるのかどうか、そしてこれらの差異がどれほど重要であるかは不明なままである。Yangたちは、幼児と成人の血液試料、および死亡した臓器提供者の組織を分析し、6つの一般的な病原体と、以前遭遇しなかった2つのウイルス(エボラ・ウイルスと重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2))に特異的な、B細胞受容体(BCR)レパートリーを明らかにした。子供は、以前に遭遇した病原体に対する収束性BCR重鎖を持つB細胞の頻度がより高く、また、SARS-CoV-2および近縁コロナウイルスに対するクラス・スイッチ収束性B細胞クローンの頻度がより高かった。これらの知見は、幼少期のコロナウイルスとの遭遇が、多様な(変異する)COVID-19罹患性に寄与する、交差反応性の記憶B細胞集団を作り出すかもしれないことを示唆している。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • B細胞レパートリー:それぞれ異なる特異性を持ったB細胞受容体によって特徴づけられた多様なリンパ球の種類。
  • B細胞重鎖:B細胞受容体を構成する2種類のポリペプチド鎖の一方(他方はB細胞軽鎖)。
  • クラス・スイッチ:免疫反応で生産される免疫グロブリンの定常領域が、抗原などの刺激により可変部を変えずにIgM(最初にB細胞で産生される抗体)からIgGやIgEなどへと変換されること。
  • 記憶B細胞:記憶していた抗原の再刺激を受けると極めて短い期間で抗体産生細胞へと分化して、多量の抗体を作るB細胞。
Science, this issue p. 738

細胞壁の計算的解析 (Computational analysis of cell walls)

絡み合った繊維の層が植物の細胞壁を作り上げる。さまざまな型の繊維は変形に対してさまざまに応答する。例えば、セルロースの微小繊維は伸びたり曲がったりできて、両端間距離を変え、また、互いにずれることができ、相対的な向きを変えることができ、隣接微小繊維と束になることができる。Zhangたちは、タマネギの皮の表皮に対する観察に基づき、空間中でのこれらの複雑な変化がどのようにして細胞壁の力学を支配しているのかを記述する計算モデルを開発した。これらの結果は、多機能の繊維状材料を作る方法についての情報を提供するものである。(MY,kh)

Science, this issue p. 706

界面超伝導性を制御する (Controlling interfacial superconductivity)

アルミン酸ランタンLaAlO3 とタンタル酸カリウムKTaO3(111)面との界面では、最大2ケルビンの温度で超伝導性を示すことが知られている。Chenたちは、この超伝導性が電場によって制御されうることを報告している。彼らは、ゲート電圧の調整に応じて超伝導臨界温度がドーム状に変化することを観測した。この変化は、キャリア濃度の変化に起因するものではなく、むしろキャリア移動度の変化を反映しているようであった。(NK,ok,kh)

Science, this issue p. 721

RSV予防の進展 (Progress in RSV prevention)

呼吸器合胞体ウイルス(RSV)は、特に低・中所得国において、子供たちにかなりの罹患率と死亡率を引き起こしている。1960年代の、RSV株に対するワクチンを開発する最初の取り組みは、特定の子供たちにおいてはウイルス感染により引き起こされる下気道の病気を悪化させた。しかしながら、RSV誘発性の病気を予防するための更新された取り組みは、妊娠中の女性、乳児、幼児で試験されつつある有望な抗体治療とワクチンにつながった。展望記事において、Karronは、RSV感染の負担を大幅に軽減するかもしれない、RSV疾患予防に向けた変わりつつある戦略について論じている。(Sk,MY)

Science, this issue p. 686

アレーンの離れたC-H結合を狙う (Targeting distal C–H bonds in arenes)

フリーデル・クラフツ反応は有機化学における最も古い反応の1つである。過去1世紀以上の間、化学者たちはアリール環に固有の電子的効果に依存して、アリール環の周に沿った特定の位置に置換基を付加してきた。しかしこの10年間でようやく、化学者たちは、新規な基が通常は既存置換基の隣接位置に優先的に取り込まれるというフリーデル・クラフツ反応の特性をくつがえし、そうではなく2つか3つ離れた炭素に結合する触媒技術を考案してきた。Duttaたちは、この分野での進歩を概説し、精巧な配向性基と媒介物質、および高性能の配位子設計に光を当てている。(MY,nk)

【訳注】
  • アレーン:ベンゼン環あるいは縮合芳香族環を有する芳香族炭化水素化合物やアズレンなどの非ベンゼン系芳香族炭化水素化合物の総称。
  • フリーデル・クラフツ反応:酸触媒を用いて、芳香環にアルキル基を導入する反応。
  • 配向性基(directing group):芳香族環の特定位置(オルト・パラ位、あるいはメタ位)の反応を起こりやすくさせる芳香族環上の置換基。
  • 媒介物質(mediator):ここでは反応中に遷移金属触媒の受け渡しを行う化合物のことを言っている。
Science, this issue p. eabd5992

ガンのスプライセオソームを特徴づける (Characterizing a cancer spliceosome)

細胞は、転移性ガンに向かって進行するにつれて多くのゲノム変化を引き起こす。この変化の1つの側面は、RNA発現とスプライシング・アイソフォームに対する変化であるが、これらの違いが腫瘍の進行にどのように影響するかは十分に特徴づけられていない。Fishたちは、さまざまな型のRNA調節を制御する構造的シス調節エレメントを同定する、pyTEISERと呼ばれる計算枠組みを開発した。彼らはpyTEISERを乳ガン転移のモデルに適用して、RNAの短いステム・ループ・エレメントを発見した。このエレメントは、RNA転写物の選択的スプライシングを調節するようシスで作用する「構造的なスプライシングエンハンサー」を形成する。これらの相互作用の1つは、RNA結合タンパク質SNRPA1を取り込んで、異種移植モデルでの転移能上昇をもたらすエクソンの選択的組込みという結果となる。このように、RNAエレメントとSNRPA1との結合はスプライシング調節に役割を果たしている可能性があり、シス・スプライシング暗号の重要な成分である。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • スプライシング・アイソフォーム:選択的スプライシングにより産生された複数のmRNA。
  • スプライセオソーム:タンパク質とRNAの複合体で、転写されたmRNA前駆体からイントロンを取り除いてmRNAにする機能を持つ。
  • 構造的シス調節エレメント:mRNA前駆体のスプライシングに影響を与える、ある種の立体構造を持つ同一mRNA前駆体鎖内の塩基配列。
  • ステム・ループ:mRNA前駆体の一部の領域が作るペアピン状の構造。
  • 選択的スプライシング:mRNA前駆体から特定のエクソン(タンパク質をコードしている領域)を飛ばしてスプライシングが行われること。同一遺伝子から異なる組み合わせのエクソンが結合した、異なるmRNAが生成される。ヒトではスプライシングを受ける遺伝子のうち92~94%が選択的スプライシングを受けている。
  • スプライシング暗号:選択的スプライシングの制御ルールを表す言葉。
Science, this issue p. eabc7531

ストレスに対するT細胞スリーパー・エージェント (A T cell sleeper agent against stress)

T細胞が休止状態から活性化状態に移行すると、細胞代謝にかなりの変化が生じる。この過程の副作用の1つは、活性酸素種(ROS)の増加である。これらの分子はT細胞受容体(TCR)シグナル伝達を増強するが、有害な酸化ストレスを引き起こすことがある(SuとDuttaによる展望記事参照)。Yueたちは、T細胞がこの矛盾を解決できる1つの機構を説明している。Schlafen2(SLFN2)にT細胞特異的な欠損を有するマウスを用いて、彼らは、このタンパク質が転移RNAに結合して、RNA分解酵素アンギオゲニンによる酸化ストレス誘発性切断から転移RNAを保護することを見出した。この過程はROS生成の下流にあり、もしこの保護過程がなければ翻訳を抑制するであろうROSの存在にもかかわらず、活性化T細胞のタンパク質合成維持を可能にする。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. eaba4220; see also p. 683

好奇心を駆り立てたり閉じたりする脳回路 (A brain circuit that drives and gates curiosity)

好奇心とは、生物がお互いや環境を調べようとする原動力である。多くの人により、好奇心は空腹や喉の渇きと同様に内在性のものだと考えられているが、好奇心の神経生物学的な機構はまだ解明されていない。Ahmadlouたちは、マウスにおいて、不確帯と呼ばれる脳領域に存在する、遺伝子同定されたγ-アミノ酪酸(GABA)作動性ニューロンの特定集団が、縁前方皮質から新規の情報および/または覚醒の情報という形の興奮性入力を受け取り、これらのニューロンが中脳水道周囲の灰色領域に抑制性投射を行うことを見出した(FarahbakhshとSicilianoによる展望記事参照)。この回路は、新しい物体や同種の生物を探索するために必要である。(ST,MY,nk,kh)

Science, this issue p. eabe9681; see also p. 684

放射線誘発による損傷のゲノム学 (Genomics of radiation-induced damage)

原子力事故による放射線曝露の潜在的な有害事象には、放射線障害などの急性の効果と、ガン罹患可能性の増加などの長期的な後遺症が含まれることがある。放射線被曝の世代を超えた危険性を調査したいくつかの研究があったが、結果は決定的ではなかった。Mortonたちは、チェルノブイリ原発事故の数百人の生存者からの甲状腺乳頭ガン、正常な甲状腺組織、および血液を分析し、それらを非曝露患者のものと比較した。調査結果は、放射線誘発の発ガン過程と環境放射線被曝に関連するDNA損傷の特徴的様式への洞察を提供する。別の研究でYeagerたちは、チェルノブイリ事故に関連して片方または両方の親が生殖腺への放射線被曝を経験し、1987年から2002年の間に子供を妊娠した家族からの130人の子供と親のゲノムを分析した。安心したことに、著者たちはこの集団で新しい生殖細胞変異の増加を見いださなかった。(Sh,nk)

【訳注】
  • 甲状腺乳頭ガン:甲状腺癌ガンの中で約90%を占め、ガン細胞が乳頭形状で観察されるためこの名がある。原因は不明で、痛みなどの症状はほとんどなく、症状があったとしても甲状腺のしこりや、リンパ節の腫れ程度である。
Science, this issue p. eabg2538, p. 725

何がものにねじれを起こすのか? (What makes things twist?)

結晶化と鏡像異性は、パスツールによる酒石酸の不斉結晶の観察以来、ずっと絡み合った関係にあるが、不斉化合物がどのようにして不斉結晶形態を作るのかは、いまだ理解が限られている。たとえば、不斉種結晶は特定の掌性を成長させることができるが、そのような種結晶が何故100%の効率で特定掌性を成長させないのかは明確でない。Ben-Mosheたちは、さまざまな電子顕微鏡と回折手法を用いて、不斉配位子持つ酸化テルルの溶液から脱配位子還元により成長させたテルルの不斉ナノ結晶を調べた(Popovによる展望記事参照)。彼らは、らせん転位を介した成長が不斉多面体形状を形成する原因であることを見出した。そのため、不斉結晶は非不斉配位子がある場合でさえも形成しうる。(MY,kh)

Science, this issue p. 729; see also p. 688

生態学的ネットワークの進化 (The evolution of ecological networks)

植物とそれらの果実を食べて種をまき散らす動物は、共生相互作用の複雑なネットワークを形成している。多くのそのようなネットワークの構造とそれらを形作る生態学的影響力はよく知られているが、それらのより深い進化の歴史はほとんど注目されていない。Burinたちは、文書化された世界中の種子散布ネットワークに記載された果実食鳥類の研究におけるこの知識の隔たりを扱っている(BelloとBarretoによる展望記事参照) 。果実食ネットワークの中心的な位置を占める種は、それゆえに多くの植物種と相互作用し、大進化の時間尺度にわたってより安定した系統に属している傾向にある。これらの様式は、温暖で湿潤な気候の地域でより明白であり、進化の過程が現在の生態学的ネットワークの構造に痕跡を残すことができるという証拠を提供している。(Sk,ok,nk)

Science, this issue p. 733 see also p. 682

乾いたまま (Staying dry)

河川流域が干ばつから元に戻るには降雨だけで十分なのだろうか? 従来の知見では答えはYesである、しかしこれはあながち真実ではない。Petersonたちはミレミアム干魃の領域にまたがる南東部オーストラリアにおける161の河川流域で、河川流と降雨について調査した(Tauroによる展望記事参照)。ミレミアム干魃は、21世紀の最初の10年間にこの地域を襲った干ばつである。彼らは、降雨量が平常以上に回復したにもかかわらず、河川流域の3分の1の流水が、7年たった後でさえも干ばつ前の水準に戻っていなかったことを見出した。著者たちは、これらの長期変化が、蒸散の増加による水損失によるものであると示唆している。河川流域はこのように多重の状態をとっていて、一時的な外乱に対して回復力が限定されているのかもしれない。そして水文学的干ばつは気象学的干ばつの後も長く続く可能性がある。(Uc,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 745; see also p. 680