AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 7 2021, Vol.372

空高く飛ぶものたち (High fliers)

地球の半球からもう一方の半球への渡りは、多くの鳥種にとっての世界戦略である。鳥たちの繁殖のためには仕方ないとしても、これらの長距離の移動は、鳥たちを砂漠や海洋などの過酷な地域に関わらせる。Sjöbergetalたちは、ジオロケーターを用いてオオヨシキリ(Acrocephalus arundinaceus)の飛行を監視し、これらの類の地域を越える際には、この通常は夜行性である渡り鳥の種が日夜を問わず飛行することを見出した。その日中、この鳥たちは飛行する高度を上げ、5000メートル以上に上昇した。このような行動が、渡り中の熱ストレスや日中のその他の脅威を回避することを可能にしているのかもしれない。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • ジオロケーター:渡り鳥などの移動経路を調査するための小型装置であり、鳥の背中に装着して、光センサーによって日の出・日の入りの時刻を記録し、後に装置を回収して緯度・経度のデータを得る。
Science, this issue p. 646

太陽電池界面の強靭化 (Tougher solar cell interfaces)

ペロブスカイト太陽電池では、活性層の形成エネルギーが低いことが低公害で軟らかい低靭性材料をもたらすが、そのことが界面の安定性や長期信頼性を制限する。Daiたちは、表面水酸基(最終的には望まれない電荷トラップと空隙を生成する)と反応するヨウ素終端された自己組織化単分子膜での処理が、電子輸送層と混合組成のペロブスカイト薄膜との間の接着靭性を50%増加させることを示している。1-太陽照度に対する最大電力点で連続追随させた場合、ペロブスカイト太陽電池が初期の動作効率の80%以上を維持できる推計点は、約700時間から4000時間に増加した。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 618

量子もつれが拡大する (Quantum entanglement goes large)

量子もつれは、2つの別々の実体が古典物理では説明できない機構で強く相互作用した際に生じるものであり、量子系が持つ優れた能力を活かした量子情報通信プロトコルや先進技術での有力な技術基盤である。今日まで量子もつれは、概して、単一のイオン、原子、光子からなる量子対や量子多体の様なミクロな量子単位に限定されてきた。KotlerたちとMercier de Lépinayたちは、規模の大きなマクロ系に量子もつれを拡張できることを実証している(LauとClerkによる展望記事参照)。2つの機械式共振器による長さと質量のこれほど大きな規模でのもつれは、応用と基礎物理の両面での広い用途を見出して、古典的世界と量子的世界との境界を探ることが期待される。(NK,MY,ok)

Science, this issue p. 622, p. 625; see also p. 570

SARS-CoV-2を標的とする大規模選別 (A large-scale screen to target SARS-CoV-2)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のゲノム発現は、2つの巨大ポリタンパク質の発現から始まる。そのメインプロテアーゼ(Mpro)は、機能を有するウイルス・タンパク質を生じるのに不可欠であり、Mproを重要な薬剤標的にしている。Güntherたちは、X線結晶解析法を用いて、認可済みあるいは臨床治験中の薬剤である5000を越える化合物を選別した。この選別で、Mproに結合する37の化合物が同定された。高分解能構造は、ほとんどの化合物がMproの活性部位に結合することを示しただけでなく、薬剤の結合がMproの立体構造変化を引き起こしてその活性部位に影響を与える2つのアロステリック部位をも明らかにした。細胞に基づく試験で、7つの化合物が、毒性を示さずに抗ウイルス活性を示した。最も強力な化合物カルペプチンは活性部位で共有結合し、一方、2番目に強力な化合物ペリチニブは、アロステリック部位に結合する。(MY,kh)

【訳注】
  • ポリタンパク質:幾つかの機能タンパク質を含む1つの大きなタンパク質。
  • アロステリック:酵素の機能が他の化合物によって調節されること。
Science, this issue p. 642

絶滅種の行動の秘密を明らかにする (Revealing behavioral secrets in extinct species)

絶滅種は、現生種と全く同様に複雑な行動を持っていたが、化石は概してこれらの詳細をほとんど明らかにしない。行動に直接結びつける構造の研究を可能にする新しい取り組みは、絶滅動物の生活様式に対する我々の理解を著しく向上させている(Witmerによる展望記事参照)。Hansonたちは、archosauromorphの内耳の三次元計測を調べて、これらの骨を飛翔を含む複雑な動きに結びつける明確な形態様式上の特徴を見つけた。Choiniereたちは、内耳と強膜眼球輪を調べて、初期獣脚類の進化において、夜行性にかかわる形態様式が明瞭に出現していることを見つけた。これらの論文は共に、これらのグループにおける行動の複雑さと進化の様式を明らかにしている。(MY,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • archosauromorph:主竜様類に属する絶滅したトカゲ。
  • 主竜様類:双弓類に属する爬虫類の一群。
  • 強膜:眼球の外側の白色被膜。
  • 獣脚類:三畳紀から白亜紀に生息し、強靭な後脚と握力の強い前脚を持つ獣脚亜目に属する恐竜。鳥類はここから進化した。
Science, this issue p. 601, p. 610; see also p. 575

古代アフリカの景観に対する人類の影響 (Human impact on landscapes in early Africa)

火は、生存に必要な資源の活用性を向上するために多数の文化で使用されてきたが、火の使用がどのくらい古いのかは殆ど解明されていない。Thompsonたちは考古学、地形学と古生態学データを用いて、南部中央アフリカのマラウイ湖の北部盆地を調査し、約92,000年前のこの地域に住んでいた中石器時代の狩猟採集民の環境状況を再構築した。これらの人々は森林を切り開き、下層植生の成長を弱めるために火を使っていた。これらの火の特徴は、自然現象で発生したものとは異なっており、より古い時代と比較すると、地域の生態系が急激に変化したことを示している。人為的起源の燃焼のこの記録は、先史時代のこれまで知られていた同様の火の使用よりもよりもずっと古い。(Uc,MY,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abf9776 (2021).

肥満におけるインスリンを再考する (Rethinking insulin in obesity)

肥満の原因は不明なままであり、体重増加の防止にあるいは痩せるのに役立つ幾つかのモデルが提案されてきた。炭水化物-インスリンのモデルは、肥満を促進し、また、炭水化物摂取に応答して満腹感を制限する、インスリンの役割に重点を置いている。このため、低炭水化物で高脂肪の食事(ケトン食)を用いて、インスリンの食後効果を制限できるかもしれないことが提案されてきた。SpeakmanとHallは展望記事で、インスリンのこの役割が、体重増加を規制する重要な要因ではないかもしれないという蓄積しつつある証拠について議論している。その代わり彼らは、食事の構成自体よりは、エネルギーの摂取と消費の釣り合いに応じたインスリンの基礎レベルがより重要であると提案している。(MY)

Science, this issue p. 577

独自の祖先 (A distinctive ancestor)

霊長類の進化および特に人間がこの過程においてどこでどのように分岐したかに、多くの関心が集められてきた。人間と他の類人猿、特に私たちの最も近い親戚であるチンパンジーの間の最後の共通の祖先は、類人猿またはチンパンジーのようなものであることがしばしば示唆されてきた。Almécijaetalたちは、この分野を総説し、化石の類人猿の形態は多様であったことを、そして最後の共通の類人猿の祖先は現生の人間および現生の類人猿の形質群とは異なる独自の形質群を持っていて、現生の人間と現生の類人猿の両者は、個別に、類似した選択圧の組み合わせを受けてきた可能性が高いことを、結論付けている。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. eabb4363

祖先となる細菌を再構築する (Reconstructing ancestral bacteria)

真正細菌の起源と亜群の間の系統発生的関係を解決することは困難であった。メタゲノム解析から得られた細菌配列の多様性拡大に対して系統発生分析と最近のコンピュータによる方法を適用することで、Colemanたちは真正細菌系統樹の樹根を推論している(Katzによる展望記事参照)。長枝誘引による誤った結果への可能性を回避するために、古細菌を外群として使用することなしにその樹根が決定された。この方法は、真正細菌の樹根をフソバクテリオタ(Fusobacteriota)の近傍に位置付けた。この情報を用いて、著者たちは真正細菌の祖先を再構築し、その祖先が二重膜細胞エンベロープ、鞭毛仲介の運動性、抗ファージ防御機構、および多様な代謝経路を持っているらしいことを明らかにした。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • メタゲノム解析:環境から回収されたゲノムの総体からゲノム配列を解析し、どのような微生物種が存在しているのかを調べる方法。
  • 樹根:系統が2つに分岐する系統樹中の位置を指す。
  • 長枝誘引(long branch attraction):分子や形態の変化速度が速い分類群が、遠縁の系統なのに誤って近縁と推測されてしまう現象のこと。
  • 外群:生物の単系統群の系統関係を決定するときに参照するグループのことで、既に一番古いとわかっているグループ。
  • フソバクテリオタ(Fusobacteriota):細菌の門(フソバクテリウム門)で、大半が動物の消化器官に寄生する。
Science, this issue p. eabe0511; see also p. 574

環境の遺伝子ネットワークへの影響 (Environmental impacts on gene networks)

表現型は、他の遺伝子、環境と相互作用する遺伝子、または他の遺伝子と環境の両方と相互作用する(特異相互作用)遺伝子により影響を受けることがある。これらの相互作用が酵母においてどのように機能しているかをよりよく理解するために、Costanzoたちは、14の環境条件下で、単一および二重の欠失変異体と温度感受性対立遺伝子を用いて、遺伝子間相互作用を地図化した。多くの除去された遺伝子または温度感受性の非必須遺伝子は、試験された環境条件の少なくとも1つの下で、酵母の適合性に正負両方の影響を及ぼした。これらの場合に、酵母遺伝子の最大24%が影響を受けていた。これらの少数の異なる相互作用は、機能的ネットワーク全体のこれまで知られていなかった遺伝子接続を示し、このことは遺伝子構造が環境変動にどのように応答するかの情報を与える。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eabf8424

汚れたDNAの価値 (The value of dirty DNA)

環境DNAは、遠い過去からのものであっても、種の存在を同定することができる。Vernotたちは、西部ヨーロッパと南部シベリアの3つの洞窟遺跡を調査して、核DNAを同定し、これが解剖学的に現生人類の近縁であるネアンデルタール人とデニソワ人の個体由来であることを確認した。系統発生による解析とモデル化は、幾つかの層からの堆積物試料中のDNAが、以前研究された骨格化石に対応したものであることを示している。これらの結果は、環境DNAデータが、絶滅したネアンデルタール人とデニソワ人の系統に対する集団遺伝学の研究に適用できることを実証し、約10万年前に起きたネアンデルタール人集団の入れ替わりを明らかにしている。(MY)

【訳注】
  • 環境DNA:環境中に放出された生物由来のDNAのこと。
Science, this issue p. eabf1667

ヒト線条体の発生が明らかにされる (Development of the human striatum revealed)

脳の奥で、線条体は脳の別々の領域からの入力を受け取り、調整する。Bocchiたちは、線条体がヒト脳で発生するときの分子的特徴を観察した。遺伝子間長鎖非コードRNAの単一細胞での観察は、中型有棘神経細胞の前駆細胞を明らかにし、脳のこの重要な部分の進化的分岐への洞察を与える。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 遺伝子間長鎖非コードRNA(long intergenic noncoding RNA:lincRNA):遺伝子間領域から転写されたRNA。塩基の数200以上のRNAを指し、翻訳や転写等多様な生体プロセスに関与している。
Science, this issue p. eabf5759

謎は解けたのか? (Mystery solved?)

染色体の性決定は、常染色体上の遺伝子座が性決定機能を獲得したときに起こる。いくつかの分類群ではこの過程がしばしば発生する。ただし哺乳類のXYシステムは、さまざまな種にわたって進化的に安定している。50年前この規準の変形がオレゴン・ハタネズミ(Microtus oregoni)で記載されたが、詳細はほとんど不明のままだった。Cougerたちは、この種の性染色体を配列決定し、Y染色体が失われており、雄性決定染色体が雌性のXとほぼ相同であるもう1つのXであり、これら母性遺伝染色体Xと雄性特異的性染色体Xの両方が祖先のYの痕跡を持つことを見出した。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 常染色体:性染色体以外の染色体。
Science, this issue p. 592

空孔の役割 (A role for vacancies)

酸化ハフニウム系材料は、マイクロエレクトロニクス部品への活用の可能性があるため、興味深い材料である。酸化ハフニウムは強誘電体であるが、その分極スイッチングが極性結晶相に由来するのか、酸素空孔の移動に由来するのかは未解決の問題であった。Nukalaたちは、この論争を解決するために、ハフニウム・ジルコニウム酸化物コンデンサの動作中に電子顕微鏡観察を行った。その結果、著者たちは、強誘電体のスイッチングに空孔の移動が絡み合っていることを見出した。これは、さまざまなマイクロエレクトロニクス応用にこの材料を利用するできることを示唆している。(Wt)

Science, this issue p. 630

可逆的な、繊維の融合と分裂 (Reversible fiber fusion and fission)

状態間を循環可能な材料は、駆動装置、やわらかいロボット、あるいは復元可能な分離用膜にとって興味深いものである。Changたちは、酸化グラフェン繊維の束が、溶媒への浸漬、そこからの引き出し、および張力下での乾燥により、単一のより強力な繊維に融合できることを示している(Cruz-SilvaとElíasによる展望記事参照)。乾燥進行中および膨潤進行中の繊維の幾何学的変形が可逆サイクルで重要な役割を果たすが、それは乾燥繊維と膨潤繊維の間での大きな体積変化を伴うためである。さらに、高分子材料、ガラス、金属、または絹で作られた繊維は、ミクロン厚の酸化グラフェン層で被覆すれば、これらの能力を付与されることが可能である。(Sk,MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 614; see also p. 573

スロバキアのテスト・ケース (The Slovakian test case)

2020年の末近くに、スロバキアは、全人口~550万人の重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)検査を実施し、陽性の患者を隔離すると決定した。50,000を超える陽性の患者が迅速抗原検査運動(rapid antigen testing campaign)で見つかった。Pavelkaたちはデータを解析し、2回の検査の前後で41の郡において、感染率が約80%低下したことを見出した(Garcia-FinanaとBuchanによる展望記事参照)。彼らはまた、そのデータを用いて、1つの郡に対してマイクロシミュレーション・モデルを試験した。有病率の大幅な減少を達成するには、陽性と判明した人の世帯全体の隔離が必須であった。2020年の秋以降、スロバキアでの伝播は、他の介入にもかかわらず、強力な検査を続けられなかったために、元に戻った。(KU,ok,nk,kj)

Science, this issue p. 635; see also p. 571