AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 30 2021, Vol.372

加速する生態系の混乱 (Accelerating ecosystem disruption)

海洋(大洋)島は、多くの場合わずか数千年前に人間が移住した地球上でもっとも新しい地域の一つである。それゆえに、海洋(大洋)島は自然界の植生や生物多様性への人為的影響の研究に関する重要な実験場である。Nogueたちは、人間の到着前後における植生構成の花粉記録に焦点を当てて、世界中の27の島々の定量的な古生態学的研究を提示している。著者たちは、人間の侵入後に植生の転換が加速しているという一貫したパターンがあることを見出し、それは中央値で6倍増加した変化速度をもっていた。このような変化は島の地理学的・生態学的様相に関わらず発生しており、どれほど急速に生態系が変化しうるか、そしてどのように島の生態系が新しい軌道に乗るかを示している。(Uc,KU,ok,kh)

Science, this issue p. 488

停止信号を変更する (Varying the stop lights)

トラフィック・ライト・プロトコルは、非在来型の石油生産による誘発地震の軽減に有用である。しかし、これらのプロトコルは、揺れが実際にどのように構造物の損傷につながるかを考慮して地理学的に調整されたものではない。Schultzらは、Eagle Ford shale play のトラフィック・ライト・プロトコルに損傷許容性を組み入れた。その結果、人口の多い地域ではより迅速な停止が必要と思われるが、人口の少ない地域ではマグニチュード5の地震まで問題なく対応できることが判った。このようなリスク・ベースの戦略は、誘発地震を調節するためのより機微な方法を与える。(Wt,ok,kh)

【訳注】
  • トラフィック・ライト・プロトコル:重要情報を (交通信号のように) 色分けで区分して、取り扱いを明確にする規約。元来は機密情報が対象だった
  • Eagle Ford shale play:米国南テキサス地域におけるシェール・オイル田
Science, this issue p. 504

アマゾン川流域におけるコロンブス以前の森林再生 (Pre-Columbian reforestation in Amazonia)

17世紀初頭の世界の大気中二酸化炭素(CO2)濃度の一時的な低下は、今のところ、ヨーロッパの侵略者によって持ち込まれた病気によって先住民の生命が壊滅的な喪失に続く、アマゾン川流域の森林再生に起因しているとされている。過去1000年にわたる、時間分解能を有するアマゾン川流域の湖沼堆積物の花粉化石のデータを用いて、Bushたちは、人口激減よりも300年前から600年前に森林の回復が始まったことを見出した。大気中のCO2濃度のより近年の最下点は、その時の急速な森林再生と関連していなかった。この植生の変化は、ヨーロッパ人がやってきてその結果として荒廃が起こる前の数世紀の間に土地利用の様式が変化したことによるものと思われるが、このCO2濃度の減少の原因は謎のままである。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 484

光学活性スパイラル (An optically active spiral)

酸化第二銅という物質は、磁気電気結合を示し、このことはその磁気特性が電界によって制御できることを意味している。そのスピン・スパイラル相では、酸化第二銅は右巻きまたは左巻き可能なスパイラル磁気秩序を有している。Masudaたちは電界を利用して、純粋に左巻きまたは右巻きの試料を作成し、次にその光学活性を調べた。その試料は自然な光学活性を示し、研究者たちは電界でその光学活性を制御することができた。(Wt,ok,kj)

Science, this issue p. 496

酸化グラフェン膜中のゲート制御されるイオン流 (Gated ion flow in graphene oxide membranes)

細胞は、目的にあった流路を通して、高速の、ゲート制御されるイオン流を巧みに用いており、それは多くの生物学的過程の鍵となっている。Xueたちは、還元型酸化グラフェン膜からなるイオン・トランジスタを開発し、そのイオンの電界増強された拡散係数を観察した(Hindsによる展望記事参照)。電気的なゲート制御を用いることにより、グラフェン層の平均表面電位が制御できた。それによりイオン流路へのイオン侵入のエネルギー障壁を変化させ、非常に高い拡散速度をもたらすことができた。著者らは、バルク水中のイオン拡散よりも2桁速い、選択的イオン輸送を観察した。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • バルク水:溶質を含まず、他の物質との界面にも触れていない水
Science, this issue p. 501; see also p. 459

水を求めて掘る (Digging for water)

乾燥地の生態系では水が不足している。これらの地域に住むある種のより大きな動物は、他の種に水を提供するかもしれない井戸を掘る。この行動は、今は絶滅した巨大動物の間で一般的だったかもしれないが、南北アメリカにおいて格別で, そこでは巨大動物の絶滅が最も深刻だった。Lundgrenたちは、北米南西部の砂漠地帯に再導入された野生のウマ類(馬とロバ)が、生態系水準の利益をもたらすような井戸を掘るかどうかを試した。彼らは、ウマ類の掘った井戸が水の入手可能性を高め、多くの種によって使用され、水源間の距離を減少させていることを見出した。放棄された井戸はまた、重要な水辺の樹木種の発芽の増加につながった。そのようなウマ類の掘った井戸は水の入手可能性を改善し、おそらくいなくなった巨大動物の機能に取って代っている。(Sk,nk,ok,kh)

Science, this issue p. 491

工業化における腸内細菌 (The gut microbiota in industrialization)

腸内細菌は人類とともに進化し、人類の健康に寄与する重要な機能を発揮してきた。しかしこの細菌群集は、社会の工業化と、加工食品や抗生物質のような細菌組成に影響する要因への露出とともに変化してきた。これらの変化への意識の向上が、腸内細菌を工業化前の状態に戻して非感染性疾病の負荷を減らそうとする提言を促した。Carmodyたちは展望記事で、この取り組みが、工業化に伴う腸内細菌の進化のさらなる考察を何故必要とするのかについて議論している。例えば、腸内細菌の変化が、工業化社会の生活様式への適応を反映しているのかどうかは分かっていないままである。もしそうならその時、「再野生化」は問題となるかもしれないし、あるいは無駄なことかもしれない。著者たちは、工業化社会の人々の生活様式と環境に合う健康増進腸内細菌とは何であるかを、私たちがよりよく理解する必要があると主張している。(MY,KU,nk,ok)

【訳注】
  • 非感染性疾病(noncommunicable disease:NCD):不健康な食事や運動不足、喫煙、肥満等による循環系疾病、糖尿病、呼吸器系疾病を含む世界の死因の第1位。
Science, this issue p. 462

転写開始のための組み立て (Assembling for transcription initiation)

RNAポリメラーゼII(Pol II)による真核生物の転写開始は、コア・プロモーター上での開始前複合体(PIC)の組み立てを必要とする。TATAボックス結合タンパク質(TBP)のTATAボックス・プロモーターへの結合は、PIC組み立てと転写開始における原則であると考えられてきた。しかしながら、ほとんどのコード遺伝子はTATAボックスを欠如しており、ほぼすべてのPol IIを介した遺伝子転写は、TBPを含む多サブユニット複合転写因子IID(TFIID)を必要とする。Chenたちは、一連の組み立て状態でのヒトTFIIDに基づくPICの構造を決定し、TFIIDがTATAを含むプロモーターとTATAを欠くプロモーター上で異なるPIC組み立てを支持することを明らかにした。この知見は、一組の一般的な転写装置がどのようにして多様なプロモーター上で転写を開始するかの長年の謎を解決する。 (KU,kj)

【訳注】
  • TATAボックス:RNAポリメラーゼIIによる転写開始位置の上流25塩基対の位置に存在する、共通した(チミン(T)とアデニン(A)が繰り返すことから命名された)塩基配列。遺伝子の転写においてプロモーターとして機能する。
Science, this issue p. eaba8490

農業の日々のリズム (The daily rhythms of agriculture)

太陽光は農業を促進し、植物の概日リズムは毎日の明暗周期に対する植物の応答を調整する。Steedたちは、環境によってもたらされる挑戦に対して、植物の概日リズムが植物の反応をどのように変化させるかを考慮することで、農業生産性がどのように改善されるかについて考察している。(KU)

Science, this issue p. eabc9141

短鎖RNAがCRISPR-Casを保護する (Small RNAs guard CRISPR-Cas)

細菌の獲得免疫系であるCRISPR-Casは、遺伝子を持つ侵入者を撃退することにより、細菌に恩恵をもたらすが、それはまた、時折生じる自己免疫反応のために、適応コストを課すことになり、CRISPR座位を進化的に不安定にする。Liたちは、多様なCRISPR-Cas座位内に組み込まれた、これまで気づかれずにいた毒素-抗毒素RNA対を同定した。抗毒素RNAはCRISPR RNAの真似をして、CRISPR免疫エフェクターを転用して毒素RNAの転写を抑制する。この毒素RNAは、転写抑制されなければ、希少転移RNAを隔離することにより細胞増殖を停止させるであろう。これらの短鎖RNAは、そのためCRISPRと共生関係を形成し、その適応コストにもかかわらず宿主がCRISPRに依存することになるのである。これらの知見は、CRISPR-Casがどのようにして利己的な遺伝子要素として動作しうるのかを明らかにしている。(MY,kh)

【訳注】
  • CRISPR RNA:CRISPR-Cas系において、切断標的となる外来性DNAへCasを先導する短鎖RNAのこと。
  • > エフェクター:CRISPR系における標的DNA切断酵素であるCas(CRISPR-associated)タンパク質のこと。
  • 希少転移RNA:1つのアミノ酸をコードするゲノム中のコドンは、各アミノ酸に対して通常複数のコドンが存在するが、そのうちの出現頻度が少ないコドンに対応する転移RNAのこと。このようなコドンがあると転移RNAの数が少ないために翻訳に影響が出ることが報告されている。
Science, this issue p. eabe5601

ウイルス・ペプチドはT細胞プライミングに重要である (Viral peptide is key to T cell priming)

株68-1アカゲザルサイトメガロウイルス(RhCMV)ベクターを含むサル免疫不全ウイルス(SIV)ワクチンは、SIV感染を制御しかつ除去できる強力なCD8陽性T細胞応答を誘発する。これらのT細胞が標的とするSIVペプチドは、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)IIおよびより一般的なMHC-Iaではなく非古典的MHC-Ib分子MHC-Eに提示される。Verweijたちは、68-1 RhCMVにコードされたペプチドVL9が、MHC-Eの細胞内輸送と、MHC-Eに制限されたCD8 陽性T細胞によるRhCMVに感染した標的の認識を駆動することを示している。VL9を欠く変異体68-1RhCMVでワクチン接種されたアカゲザルは、MHC-E制限CD8陽性T細胞のプライミングおよびSIVに対する保護を示さなかった。この研究は、ヒトにおける将来の効果的なCMVに基づくHIVワクチンも、MHC-Eに制限されたCD8陽性T細胞のプライミングを必要とすることを強く示唆している。(KU)

Science, this issue p. eabe9233

病原体の進化を開始する跳躍 (Jump starting pathogen evolution)

マイコバクテリアは大抵は環境老廃物分解者であるが、人類の歴史の中で、ヒトの病原体になったものもある。過去50年間かそこらで、嚢胞性線維症の人々の間に、Mycobacterium abscessusによる難治性で悪性の感染症が出現した。Bryantたちは、これらのマイコバクテリアがどのようにして非常に速くヒト病原体へと進化したのかを調べた(BrughaとSpencerによる展望記事参照)。肺の慢性感染は、遺伝子の水平伝播および高頻度変異の後の悪性分岐系出現に対する多くの進化的機会を提供する。病原体は環境の汚染物から獲得されるが、最も悪性な分岐系は体外ではほとんど生き残らないので、臨床的制御に好機を残す。そのため、M. abscessus症例に対する速やかな治療と感染管理対策の強化は、ヒトからヒトへの直接伝播が進行する機会を低減できるかもしれない。(MY,nk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 水平伝播:母細胞から娘細胞への遺伝ではなく、個体間において起こる遺伝子伝播のこと。
Science, this issue p. eabb8699; see also p. 465

アルミニウムよ、脇によれ (Move aside, aluminum)

量子情報処理の実現に最も有望な計画のいくつかは、超伝導体を含んでいる。確立された超伝導量子ビットに加えて、トポロジカル量子ビットも半導体ー超伝導ヘテロ構造においていつか実現されるかもしれない。この文脈で最も広く用いられている超伝導体はアルミニウムであり、デコヒーレンスを引き起こす過程が抑制される。Pendharkarらはこの枠組みを越えて、アルミニウムの代わりに超伝導スズを用いることができることを示している (FatemiとDevoretによる展望記事参照)。著者らは、半導体アンチモン化インジウムのナノワイヤーを成長させ、複雑なエピタキシャル成長技術を用いることなくナノワイヤーをスズ薄層で被覆した。この過程がナノワイヤー内に明確な超伝導「ハード」ギャップを形成した。このギャップは、可能性段階にあるトポロジカル量子ビットの基盤としてナノワイヤーを用いるための必須条件である。(NK,KU,nk,kh)

【訳注】
  • デコヒーレンス:量子コンピューターで, 量子ビットの重ね合わせ状態が擾乱により特定の状態に移行し, 情報が失われること
Science, this issue p. 508; see also p. 464

アデニン(A)からジアミノプリン(Z)への、生合成と複製 (Biosynthesis and replication, from A to Z)

4つの核酸塩基、アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)およびチミン(T)は、通常、DNAでは不変であると考えられている。しかし、細菌ウイルスでは各DNA塩基には、細菌の制限酵素による分解から回避するのに役立つ変化がある。シアノファージS-2Lのゲノムでは、Aはジアミノプリン(Z)に完全に置換され、Tと3つの水素結合を形成するため、このウイルスのDNAに非ワトソン・クリック塩基対が形成される(GromeとIsaacsによる展望記事を参照)。ZhouたちとSleimanたちは、Zを生成する生化学的経路を決定し、これにより環境と系統樹に広く分布する細菌を宿主としているウイルスにより多くのZゲノムを明らかにした。Pezoたちは、Aを受けつけずZをDNAに組み込むDNA合成酵素を同定した。これらの知見は、生物多様性の理解を深め、合成生物学の遺伝子絵の具を拡張する。(Sh,kj)

【訳注】
  • 制限酵素:特定の塩基配列をもつDNAを特異的に切断する酵素で、細菌がウイルスなどの外来DNAを見つけて切断する一種の生体防御機構として働く。
  • 非ワトソン・クリック塩基対:ワトソンとクリックのDNA二重らせんモデルで形成されるA-TとG-Cの塩基対以外の、DNAに存在する塩基対。
Science, this issue p. 512, 516, 520; see also p. 460

初期の変異体が成功した方法 (How an early variant got ahead)

COVID-19のパンデミックを通じて、疫学者たちは、特に棘突起タンパク質に焦点を当てて、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の進化を監視してきた。614の位置におけるアスパラギン酸(D)からグリシン(G)への変異を持つ初期の変異体であるD614Gは、急速に優勢になり、しかも現在流行の懸念される変異体であり続けている。Zhangたちは、この変異体のさらなる拡散に対する構造的基礎を研究した。この変異体は、宿主受容体への結合が強くなくても蔓延している(ChoeとFarzanによる展望記事を参照)。完全長G614棘突起タンパク質三量体の構造的および生化学的研究は、D614には存在しない相互作用がG614には存在し、アンジオテンシン変換酵素2に結合するS1サブユニットの早期喪失を防ぐことを示した。この安定化により、感染を促進させる突起の数が効果的に増加する。(KU,nk,ok,kh)

【訳注】
  • アンジオテンシン変換酵素2受容体:コロナウイルスは細胞表面に存在するこの酵素受容体に結合することで人に感染する
Science, this issue p. 525; see also p. 466