AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 23 2021, Vol.372

何か変わりそうだ (Change in the air)

2016年のパリ協定は、産業革命以前水準からの今世紀中地球気温上昇を2°C以内、もしくはもっと良い1.5°C以内に抑制するという野心的な目標を設定した。実効的な介入が、とりわけ先進国においてこのような目標を達成するために求められる。Duanたちは、中国がこの1.5°C目標到達における役割を果たすためには、自国の炭素排出を90%以上、エネルギー消費を約40%減少させることが必要であろうと予測している。その実現のための技術は、二酸化炭素除去技術(CDR; carbon dioxide removal)あるいはネガティブ・エミッション技術と呼ばれ、どのような達成計画においても必須の要素である。2050年までに中国の累積経済費用は国内総生産の約3~6%となる可能性がある。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 378

複製のタイミングがエピゲノムを組織化する (Replication timing organizes epigenome)

DNA複製の時間的順序は酵母からヒトまで遺伝的に保存されているが、その生物学的意義は不明なままである。Kleinたちは、いくつかのヒト細胞系統において、複製タイミングの主要制御因子であるタンパク質RIF1を除去した。細胞周期のG1期におけるRIF1の欠失が、最初のS期から不均一な、ほぼランダムな複製タイミング・プログラムに導き、これは安定なRIF1の存在しないクローンでも同じであった。複製タイミングの変化は、活性ヒストン修飾と抑制ヒストン修飾の複製依存性の再分布とゲノム構造の変化がその後に続いた。これらの結果は、複製のタイミングが新たに複製されたクロマチンの後成的状態を組織化するモデルを支持している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • エピゲノム:DNAメチル化等による生後の染色体機能変化全体を示す
Science, this issue p. 371

単一光子検出用ジョセフソン接合 (A junction for single-photon detection)

ジョセフソン接合は、2つの超伝導領域を分離する絶縁体あるいは半導体を含む単純な超伝導素子である。それらは超伝導技術で頻繁に用いられる素子であり、磁場に非常に敏感である。長い間、追求されてきた提案の1つは、これらの素子を用いて光を検出することであった。Walshたちは、グラフェンを基に、単一の赤外光子を検知できる光感受性ジョセフソン接合を実現した。このような光感受性ジョセフソン接合は、超伝導応用スーパーコンピュータと量子コンピュータとの間の通信のための高速かつ低消費電力の光相互連結として動作することが期待される。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 409

世界的大流行を調査する (Backtracking a pandemic)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)には、変異体が世界的大流行の能力を備える伝播連鎖を作り出すのに十分となる増殖感染を確立する前に、ヒト感染が止まる歴史があったかもしれない。そのため、2019年12月下旬に同定された武漢の感染クラスターは、このウイルスの開始事象ではなかったかもしれない。Pekarたちは、COVID-19の世界的大流行の初期症例から収集されたゲノム・データを用い、分子時計による推定および疫学的シミュレーションと組み合わせて、最も成功した変異体がいつヒトにおいて足場を築いたのかを見積もった。この分析は、ヒト・ヒト感染を中国湖北省での2019年の10月中旬から11月中旬に押し戻し、流行性伝播が始まるまで短期間だったらしい。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 412

丁度よい時にメチル基を付加する (Adding methyl groups with good timing)

医薬品研究では、水素をメチル基に取り換えることは、小分子の特性を最適化するのによく用いられる方法である。Vasilopoulosたちは、窒素やアリール環に隣接する炭素中心をメチル化する、汎用性が高く便利で比較的安全な方法を報告している。注意深く最適化された条件の下、ジ-tert-ブチルペルオキシドが、酸化剤とメチル源の2つの役割を果たす。光増感によってO-O結合を切断することで、ブトキシ・ラジカルが生成し、そのうちの一部が基質のC-H結合を切断し、一方、それ以外はメチル・ラジカルを遊離する。ニッケル触媒は、このラジカルをそれらの活性化した基質に送り込む。(MY)

【訳注】
  • アリール環:芳香族環のこと
  • ジ-tert-ブチルペルオキシド:((CH3)3CO)2で表される化合物。
Science, this issue p. 398

広帯域の熱放射 (Broadband thermal beaming)

熱放射は、広範囲の波長と広範囲の角度にわたって放射される。Xuたちは、はるかに狭い範囲の角度で、広い範囲の波長が放射可能な材料を作成した。この特性により、著者たちは熱エネルギーを一方向に優先的に照射することが可能となった。この方法は、熱放射の角度範囲が膜厚で制御できる、誘電率近ゼロ(epsilon-near-zero:ENZ)膜を慎重に積層させてうまく使う必要がある。この設計は、熱擬装や受動的放射冷却への活用に役立つかもしれない。(Wt,nk,ok,kh)

Science, this issue p. 393

神経細胞の自己証明 (Neuronal identities)

マウス脊髄の神経細胞は、それらが使用する神経伝達物質、それらが接続する細胞、それらが置かれている場所、およびそれらを生じさせた神経前駆細胞を含む、いくつかの判定基準のいずれかによって同定することが出来る。Ossewardたちは、異なる判定基準である遺伝子特徴を作成し、他の分類系では異質とみなされたであろう局所ニューロンと投射ニューロンのクラスを同定した。細胞の遺伝子特徴に焦点を当てると、さまざまな転写経路から利用できる神経伝達物質の表現型は、発生における収斂進化と平行していると見なすことができるうになる。 (KU,nk,kj)

Science, this issue p. 385

健康上の不公平さを浮き彫りにする (Highlighting health inequity)

有色人種集団におけるCOVID-19感染者数と死者数のより高い比率は、医療における不公平さを浮き彫りにしている。展望記事において、Fairと Johnsonは、特定人種の集団が経験し健康に影響を与えている社会的条件が、いかに健康上の不公平さに継続的に影響する生物学的差異と混同されてきたかについて論じている。彼らは健康面での人種的不平等への対処を、臨床的意思決定では関連性がある場合にのみ人種系を考慮すると保証することにより(医療の)質と公平さを評価すること、および医療職員のより良い教育を通じて、可能にする方法を提案している。医学研究が研究対象のさまざまな集団を注意深く定義し、彼らの健康が構造的人種差別を含む社会的要因によってどれほど影響されているかを考慮することも重要である。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 348

植物の固有受容覚(Plant proprioception)

植物は、重力、風、あるいは通りがかりの人が花を摘むなどの機械的な力により、内外から揺り動かされる。Mouliaたちは、植物が、機械的な力をどのように感知し解釈して、成長と発達を誘導しているかについて分かっていることを総説している。機械的刺激のわずかな動揺が、変化する周囲の状況にもかかわらず着実な成長を保証する、発達上の固有受容覚系の基盤を形成する。(Sk,kh)

【訳注】
  • 固有受容覚:自己の体の位置、動き、力のかかり具合を感じる感覚
Science, this issue p. eabc6868

常にストレスを受けて (Always stressed)

統合的ストレス応答(ISR)はタンパク質恒常性に役割を果たし、脳における学習と記憶のために重要である。通常、この経路はこの役割を果たすために一時的に活性化されると考えられているが、病気の状態では持続する可能性がある。Helsethたちは、ISRの活性化を脳全体で研究するためにレポーターを開発し、定常状態の細胞機能のためにISRに関与する細胞の種類を見出した(IngebretsonとLemosによる展望記事を参照)。マウスにおいて、コリン作動性介在ニューロンは、ドーパミンへの持続性発火と応答の特性を維持するためにISRを必要とした。これらの細胞におけるISRの抑制により、ドーパミンの神経調節が変化し、学習した課題の成績が向上した。したがって、ISRの関与は、細胞ストレスに依存せず、学習において重要な定常性維持の役割を果たすことである。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 持続性発火(tonic firing):ドーパミン神経の発火パターンで、一定間隔で起きる自発発火
Science, this issue p. eabe1931; see also p. 345

瘢痕を作らない再生 (Regeneration without scarring)

成熟した哺乳類の傷は、通常、線維性の瘢痕を形成して治癒する。Mascharakらは、皮膚の線維芽細胞の特定の集団(Engrailed-1系統陰性線維芽細胞)が、創傷における局所組織の機械的作用に応答してEngrailed-1の発現を活性化し、線維化を促進する細胞プログラムを起動することを発見した(KoniecznyとNaikによる展望記事参照)。これらの細胞で遺伝子欠失または低分子阻害を使って機械的信号を阻害すると、マウスの皮膚の傷はもはや瘢痕を形成せず、代わりに再生によって治癒し、正常な毛包や腺、細胞外基質、機械的強度を持つ皮膚が回復した。(ST,nk,kh)

Science, this issue p. eaba2374; see also p. 346

1回接種か2回接種か? (One dose or two?)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2用ワクチンの2回接種に対して、一部の管轄区域では2回目の接種を遅らせて、より多くの人に素早くワクチンをいきわたらせることを決定した。メーカーが指示する投与法からの逸脱がもたらす結果は不明であるが、ワクチンへの免疫応答の強さに依存するだろう。Saad-Royたちは、ワクチン展開が直面する避けることのできない不確かさに取り組むモデル化方法を検討した。著者たちは、1回接種の戦略が短期的には感染をおおむね低減するが、長期的には結果が免疫の堅牢性に依存することを見出した。免疫応答が不足し、ワクチン接種した幾分かの人々の中でウイルスが複製し続ける場合、1回接種の戦略は抗原進化の可能性を高めるかもしれず、免疫逃避変異につながる可能性がある。ワクチン接種した人から血清学的データを集め、悪い結果を回避するために世界中でワクチン接種活動を強化することが重要である。(MY,KU,nk)

Science, this issue p. 363

あなたの井戸が干上がるとき (When your well runs dry)

地下水は、農業灌漑に使用される水のほぼ半分と、何十億もの人々の飲料水のほとんどを提供している。したがって、この資源を確保し続けることは不可欠である。JasechkoとPerroneは、世界40か国の約3,900万の井戸のデータを調べて、低下しつつある水位に対するそれらの井戸の脆弱性を調査した(FamigliettiとFergusonによる展望記事参照)。著者らは、地下水が減少しつつある一部の地域において、深井戸の建設がなされていないことを見出した。これは、井戸水に頼る人々に危険をもたらす食い違いである。(Sk,n,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 418; see also p. 344

CNS相互作用の単一細胞分析 (Single-cell analysis of CNS interactions)

中枢神経系(CNS)の生理学と病理学におけるそれらの重要性にもかかわらず、単一細胞分解能での細胞間相互作用の偏りのない系統的研究に利用できる方法はほとんどない。Clarkたちは、バーコード・ウイルス追跡法と単一細胞RNA配列決定法を組み合わせた方法、RABID-seqを開発した(SilvinとGinhouxによる展望記事を参照)。RABID-seqは、軸索誘導分子Sema4D-PlexinB2とEphrinB3-EphB3を小膠細胞と星状膠細胞との間の相互作用の仲介分子として同定した。これらの分子は、実験的自己免疫性脳脊髄炎とおそらく多発性硬化症におけるCNS病理を促進する。これらの研究はまた、多発性硬化症における小膠細胞-星状膠細胞相互作用の調節のための治療候補分子を同定した。(Sh,KU)

【訳注】
  • バーコード・ウイルス追跡法:特定の細胞に感染し、RNA分子ごとに異なる8~10文字のDNA配列であるバーコードが付加したmRNAを発現するウイルスを用いると、特定の細胞でウイルスが複製、バーコードの付いた痕跡が残る。この痕跡を読み取る分析法。
  • 軸索誘導分子:神経軸索を誘引して伸びる方向を調節し、軸索を標的細胞付近まで正しく誘導するための信号となる分子。
  • 小膠細胞、星状膠細胞:神経細胞を囲み神経細胞の役割を支援するする神経膠細胞のうち、主に中枢神経系の免疫を担うのが小膠細胞で、多数の突起を有し神経細胞への栄養補給などを担うのが星状膠細胞。
Science, this issue p. eabf1230; see also p. 342

超対称のスイッチ投入 (Supersymmetric switch-on)

レーザー・システムからの出力光を高める一般的な手法は、複数のレーザーを一体化してアレイ化することである。しかしながら、モードの異なるレーザー同士のクロストークと干渉が性能を低下させ、結果としてレーザー共振器に損害を与えてしまう恐れがある。Qiaoらは、粒子の組成と性質を記述するために高エネルギー物理分野において構築された理論である超対称性に関する数学的枠組みについて研究し、安定な二次元レーザー・アレイを設計した。対称性議論に基づいた本法は大規模化が可能であり、複雑なフォトニクス系を設計・構築する実用的な技術基盤になりうるであろう。(NK,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 403