AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 12 2021, Vol.371

磁気無しのスピン注入 (Spin injection sans magnetism)

円偏光を放出する発光ダイオード(spin-LED)は、三次元ディスプレイ、生体符号、断層映像法への応用が期待できる。必要とされる電荷担体のスピン偏極は強磁性接合体に外部磁場をかけることで通常行われているが、Kimたちは代わりに、キラル誘起スピン選択性を有する有機層に依拠する室温駆動のspin-LEDを報告している。この有機層は、スピン偏極した正孔をハロゲン化金属ペロブスカイトのナノ結晶に選択的に注入し、そこでそれらの正孔が非偏極電子と再結合し、2.6%の円偏光率を持つ光を放出した。(NK,nk,kh)

【訳注】
  • キラル誘起スピン選択性:キラルな分子を透過して出てきた電子のスピンが偏極するという現象、いわゆるCISS(Chirality-Induced-Spin-Selectivity) 効果。
Science, this issue p. 1129

超固体の回転 (A supersolid rotation)

水の入ったバケツが回されると、水は容器と一緒に回転し、全慣性モーメントに寄与する。もし、超流動体でそのような実験が行われた場合、それは容器から分離して、回転に資することはない。Tanziたちは、中間的なケースである超固体を研究した。これは、部分的な分離に留まり、その結果、慣性モーメントは古典的な値よりも小さくなると予測されていたものである。以前はこのような実験はヘリウムを用いて行われていたが、今回の研究では、光トラップ・ポテンシャル内にある高磁性ジスプロシウム原子の気体を用いた。そして、そのトラップ・ポテンシャルを突然回転させ、この気体分子を回転振動させた。この回転振動の周波数の測定が、慣性モーメント減少の証拠を与える。(Wt,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 超固体:極低温でボーズ凝縮した原子気体からなる物質状態。固体のように固いが、原子が粘度なしで移動する。
Science, this issue p. 1162

検出を逃れる (Eluding detection)

インフルエンザ・ウイルスは、以前の感染で引き起こされた免疫を逃れるもので、これが繰り返し起こるインフルエンザの世界的流行を説明する。誤りが生じやすいインフルエンザのRNA依存性RNA合成酵素とは異なり、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)および関連ウイルスは、誤りチェック活性を持つ合成酵素を含有している。しかし、誤りチェックはヌクレオチド欠失を修正できず、これが、長期に続く感染の間に、アミノ酸の連なり全体の変化とそれらが作る構造の変化を示すウイルスを生じさせることになるかもしれない。McCarthyたちは、SARS-CoV-2の棘突起タンパク質で頻繁に繰り返し起こる欠失により定義される進化的特徴を、4つの抗原部位で突き止めた。欠失変異体は、抗原性が変化したウイルスがヒトからヒトへ伝播することを示している。(MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • RNA依存性RNA合成酵素:RNAを鋳型にRNAを合成する酵素。
Science, this issue p. 1139

より洗練された抗ガンT細胞の設計 (Designing smarter anticancer T cells)

生体のシグナル伝達系は、大きくて非線形的な(即ち「超敏感な」)応答を示すことがある。これは、治療用T細胞を遺伝子操作して、ガン細胞と通常組織をよりよく識別できるようにするのに有用だろう。Hernandez-Lopezたちは、ガン標識タンパク質を大量に発現している細胞は殺すが、同じタンパク質を少量発現している細胞は殺さないようにできる2段階の機構を用いて、ヒトT細胞を改変した。最初の合成受容体は、弱い親和性で抗原を認識した。その受容体はシグナル伝達して、同じ抗原に対して高い親和性を持つキメラ抗原受容体(CAR)の発現を増強した。この回路は、細胞培養とガンのマウス・モデルで有効であることが分かった。これは固形腫瘍に対して、CAR T細胞の方法を拡張する希望を与えるものである。(MY)

【訳注】
  • キメラ抗原受容体:T細胞を遺伝子操作して明瞭な特異性を持たせた合成受容体。これを発現させたT細胞は抗原特異的な免疫機能が強化される。
  • 固形腫瘍:皮膚や臓器に癒着してに塊を作る腫瘍。
Science, this issue p. 1166

水素化ボロフェン (Hydrogenating borophene)

銀表面に形成される二次元物質ボロフェンは、種々の結晶多形を有しており、異常な物質特性と電子特性を持つと予測されている。しかしながら、ボロフェンは超高真空条件以外では非常に不安定で、容易に酸化し、それがその特性の調査を妨げている。Li たちは、これらの物質を原子状水素で水素化し、ボロファン(水素化ボロフェン)が、より低い局所仕事関数を有することを示した。この物質は空気中で数日間安定であり、熱的に水素を追い出すだけでボロフェンが復元できる。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • ボロフェン:ホウ素の同素体として注目されている物質で、二次元構造を取るグラフェンに類似した物質。
Science, this issue p. 1143

カルシウムが窒素分子をつかむ (Calcium catches dinitrogen)

リチウムは窒素分子を還元するが、他のアルカリ金属とアルカリ土類金属は、室温条件で窒素ガスに対してほとんど不活性であることが証明されている。Röschたちは、まさにびったりのβ-ジケチミネート配位子と、終端還元剤としてのカリウムの支援で、カルシウムが窒素分子の還元を媒介できることを報告している。結晶学的および分光学的な構造特性解析により、生成物は、二還元窒素分子(N22-)が2つの側面方向でそれぞれ1つのカルシウムと架橋している構造様式をとっていることが明らかとなった。その後の配位テトラヒドロフランとの反応は、ジアゼン(N2H2)を放出するように見えた。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1125

感染症向けのデジタル・ツインを構築する (Building digital twins for infections)

デジタル・ツインは、装置を監視し、たとえば効率を達成するために工学で用いられるソフトウェアによる現実空間の複製である。デジタル・ツインは、医療にも用いることが可能である。治療の最適化などの用途のために、患者から得た測定値に従って、計算モデルを個人専用化できる。COVID-19の世界的流行は、診断精度を向上し、予後を予測し、治療を計画するために、感染症にデジタル・ツインを用いる可能性に光を当てた。展望記事において、Laubenbacherたちは、感染によって影響を受ける多くの体の部位と生体過程のモデルで、それらを組み合わせて個人専用のデジタル・ツインを作ることができるような正確なモデルを構築する際の課題について論じている。(Sk,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1105

東北沖の遺産 (The legacy of Tohoku-oki)

10年前、マグニチュード9の東北沖地震が日本を襲い、甚大な被害をもたらした。その地震は、また、破壊的な津波を引き起こし、今日でも、その影響の後始末が続けられている。Kodairaたちは、この大地震からの膨大な数の観測結果から学んだものについて概説している。この地震は、予想外にも巨大地震断層の浅い部分に破壊が及んだ。地震後の変形は進行中であり、日本海溝周辺での別の非常に大きな正断層地震発生の危険性がある。(Wt,MY,kj,kh)

Science, this issue p. eabe1169

脂質-タンパク質の自己免疫標的 (A lipid-protein autoimmunity target)

全身性エリテマトーデスや原発性抗リン脂質抗体症候群を含む幾つかの自己免疫疾患は、抗リン脂質抗体(aPL)の存在によって特徴づけられる。 aPL分子は、血栓症、脳卒中、妊娠合併症などの病状に寄与する補体カスケードと凝固カスケードを活性化することができる。Müller-Callejaたちは、リゾビスホスファチジン酸(LBPA)と複合体化した内皮プロテインC受容体(EPCR)がaPLの細胞表面標的であり、その内部移行を仲介することを見出した(Kaplanによる展望記事を参照)。EPCR-LBPAへのaPLの結合は、組織因子-仲介の凝固および樹状細胞によるインターフェロン-α産生の活性化をもたらした。インターフェロン-αは、次にaPLを分泌するB1a細胞の増殖を促進した。マウスにおけるこの標的の特異的遮断は、aPL自己免疫の発達を阻害し、これらの疾患の将来の治療法への希望を提供する。(KU)

【訳注】
  • 補体カスケード:病原体を排除する際に抗体や貪食細胞を補助する補体免疫系の一連の反応。
  • 凝固カスケード:凝固因子が協力して凝血塊を形成するのに必要なフィブリンを産生するまでの一連の反応の流れ。
  • B1a細胞:B細胞の一種で、リンパ節、脾臓、血中に存在する通常のB細胞とは異なり、腹腔や胸腔に多く存在し、主に自然免疫に関与し、自然抗体の産生を行う。
Science, this issue p. eaay1833; see also p. 1100

病原体のエフェクター・ネットワークを解読する (Decrypting pathogen effector networks)

多くの病気の原因となる細菌は、分子注射器を使用して、エフェクターと呼ばれる数十種の細菌タンパク質を腸細胞に注入し、主要な免疫応答を遮断する。Ruano-Gallegoたちはマウス病原体Citrobacter rodentiumを用いて、生体内でエフェクター機能をモデル化した。彼らは、エフェクターがネットワークとして一緒に機能し、微生物が病原性を維持する上で大きな適応性を可能にしていることを見出した。人工知能技術基盤は、生体内でのデータから別のネットワークが腸内定着する結果を正しく予測した。しかしながら、宿主は、さまざまなエフェクター・ネットワークによって構築された障害を迂回し、そして病原体を除去して防御免疫を誘発する補完的な免疫応答を活性化することができた。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • Citrobacter rodentium:病原性大腸菌のマウス・モデルとなる細菌。マウスで感染性の大腸炎を誘発し、31種のエフェクターをコードしている。
Science, this issue p. eabc9531

Gタンパク質共役受容体がシグナル伝達するもう1つの方法 (Another way for GPCRs to signal)

Gタンパク質共役受容体(GPCR)は通常、ヘテロ三量体グアニン・ヌクレオチド結合タンパク質(Gタンパク質)に結合するか、あるいはβ-アレスチン・タンパク質と結合することにより、シグナル伝達する。Smithたちは、これら2つの組み合わせに近いが別の機構の証拠を提供している。彼らは生物発光共鳴エネルギー移動を用いて、バソプレッシン2型受容体(V2R)とGαタンパク質の相互作用を培養細胞で追跡観測した。V2Rは、Gαiタンパク質を介して標準的にシグナル伝達をしないにもかかわらず、β-アレスチンとGαiを含有する複合体の形成を促進し、そしてこれは、細胞外シグナル調節キナーゼであるタンパク質キナーゼへの下流側のシグナル伝達を引き起こした。(MY,kh)

【訳注】
  • 生物発光共鳴エネルギー移動:生体発光物質であるルシフェラーゼの発光エネルギーが、電子共鳴によりごく近傍の蛍光物質に移動する現象で、タンパク質間の相互作用の検出に用いられる。
Science, this issue p. eaay1833

出生後の生活に向けて移行する肺 (Transitioning lung for postnatal life)

肺は複数の細胞型から成る複雑な器官であり、その肺胞はガス交換の機能単位として作用している。肺胞1型細胞(AT1)は、発生中と出生後のマウス及びヒトの肺における能動的シグナル伝達中枢として作用している。Zeppたちは、発生中のネズミ肺の包括的な単一細胞地図を作成し、肺が空気呼吸に移行する際の細胞分化と細胞間の情報交換を突き止めた。AT1細胞は間質前駆細胞を伴って空間的に整列して、ShhやWntなどのシグナル伝達因子を介して一過性の力を発揮する筋線維芽細胞と選択的に情報交換する、シグナル伝達中枢を形成して、空気呼吸への移行後に肺胞を積極的に再構築した。(KU,kh)

Science, this issue p. eabc3172

ワクチンでB1.1.7変異体を防ぐ (Vaccine protects against B1.1.7 variant)

2020年末に英国で出現した重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)B1.1.7(VOC 202012/01)変異体は、棘突起タンパク遺伝子に多くの変異が起こっている。この変異の3つは感染力と伝播性の強化と関連するものであり、B.1.1.7がワクチンの効果を損ねてしまうかもしれない懸念がある。Muikたちは、武漢参照株の棘突起タンパクまたはB.1.1.7系統の棘突起タンパクを持つ疑似ウイルスに対して、BioNTech-Pfizer社のmRNAワクチン「BNT162b2」で免疫化された被験者40人から得られた血清の中和効力を比較した(Altmannたちによる展望記事参照)。血清は、2度目のワクチン接種の21日後に、2つの年齢層の40人の被験者から採取された。ワクチンはB.1.1.7に対して有効性を維持していたが、わずかではあるが有意な中和の減少があり、それは55歳以下の被験者でより顕著であった。このように、このワクチンは、この変異体に対する重要な保護力を持つ「クッション」となっている。(ST,MY,kh)

Science, this issue p. 1152; see also p. 1103

ねじれた三重層 (A twisty trilayer)

ちょうどいい「魔法の」角度で互いにねじれたグラフェン層からなる二重層での超伝導の発見は、ねじれた物質に対する非常に大きな関心を呼び起こしてきた。Hao たちは、ねじれた三重層グラフェンを構築した。その中で、中間層は下層に対してねじれており、上層は下層とほぼ平行である(Yazdaniによる展望記事参照)。そのような三重層は、外部電場によって調整可能で、通常のモデルで説明できない性質を持つということと合致する、超伝導を示した。(Sk,ok,nk)

Science, this issue p. 1133; see also p. 1098

より多く運ばれる (Getting more pumped)

有機物を海面から深海に移動させる過程である海洋の生物炭素ポンプは、温度が光合成速度と呼吸速度を制御するため、気候変動に敏感なはずであると考えられている。Boscolo-Galazzoたちは、海洋が冷えるにつれて、沈んでいく有機物の分解速度が低下するため、過去1500万年にわたり生物炭素ポンプの効率が向上したことを示している(Boppによる展望記事参照)。結果として生じた深部での栄養素の再分布は、プランクトンの進化に影響を及ぼし、中深層である「弱光帯」の生態系を拡大してきたかもしれない。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1148; see also p. 1099

流水量の変化 (Change of flow)

気候に及ぼす人為的影響は、気温、湿度、大気循環そしてたくさんの他の関係する物理的過程を変化させてきたが、それは同様に河川流量も変化させてきたのだろうか? Gudmundssonたちは、地球全域の何千もの河川流量の時系列と水文学的極端現象を分析し、それらを陸水循環のモデル・シミュレーションと比較した(HallとPerdigãoによる展望記事参照)。彼らは、観測された傾向が、気候変動の影響が含まれる場合にのみ説明可能であることを見出した。彼らの分析結果は、気候への人為的影響が地球規模で、河川の低・平均・高流量の大きさに影響を与えてきたことを示している。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 1159; see also p. 1096

真菌の病状増悪 (Fungal aggravation)

腸内細菌叢には、原核生物、ウイルス、原生生物、たまに蠕虫、だけでなく真菌も含まれる。 この共生における真菌が果たす役割は、長い間見過ごされてきた。粘膜損傷のあるマウスとクローン病のヒト被験者の腸内細菌叢の変化を研究している時に、Jainたちは、炎症を起こした粘膜組織の傷に局在する真菌Debaryomyces hansenii を発見した(ChiaroとRoundによる展望記事参照)。治癒障害は、抗生物質治療、真菌の過剰増殖、これに続くマクロファージによるI型インターフェロン-CCL5軸の誘導に関連していた。この真菌はマクロファージ内で観察された。このような持続的な損傷刺激は、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患の特徴である。この耐塩性菌が天然の共生菌であるかどうかは不明だが、食品業界ではチーズや肉製品の表面熟成に使用されている。(Sh,kh)

【訳注】
  • マクロファージ:生体に侵入した異物や細菌や体内に生じた変性物質を貪食する遊走性で大形、アメーバ状の細胞。
  • インターフェロン:動物体内で病原体(特にウイルス)や腫瘍細胞などの異物の侵入に反応して細胞が分泌するタンパク質。ウイルス増殖の阻止や細胞増殖の抑制、免疫系や炎症の調節などの働きをする。
  • CCL5:細胞の遊走を促進させる分泌タンパク質であるケモカインの一種で、T細胞や血小板・マクロファージ・内皮細胞などから分泌され、感染部位へ免疫細胞を呼び込み免疫反応を促進させる働きをする。
Science, this issue p. 1154; see also p. 1102