AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 19 2021, Vol.371

煙塵警報 (Smoke alarm)

激しく広範囲に拡大したオーストラリアの森林火災は、2020年に成層圏に大量の煙物質を注ぎ込んだ。HirschとKorenは、この煙物質が南半球上空で、中規模の火山噴火で生ずるものと同程度の、空前のエーロゾル濃度を引き起こしたことを見出した。この深刻さは、火災の激しさと、発生場所が対流圏界面高度の低い緯度でまた中緯度低気圧帯内であることの組み合わせが原因である。このエーロゾルの増加は、海洋の雲のない領域の上空にかなりの冷却をもたらした。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1269

加工機能のあるRNA複製装置 (A processive RNA replicator)

RNAワールド仮説は、現在のような生命体の前に、遺伝子情報を運び化学反応を駆動できるRNA分子の世界があったことを示唆している。それらの機能は現生の生命体にあるDNAと酵素によって、漸次取って代わられたのである。この仮説の中心に、RNAの全般にわたる複製を仲介できるRNA複製酵素がある。Cojocaruたちは実験室での進化を使って、今日のタンパク質重合酵素に類似し、鋳型上に固定して自身の加工性を向上させる、RNAプロモーターを基盤とするRNA重合性RNA酵素を単離した。これは、黎明期の生物現象における複製に対して、このRNA酵素を見込みがあるモデルとする。(MY,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1225

相互作用を調整する (Tuning the interactions)

魔法角ねじれ二重層グラフェン(MATBG)における超伝導状態の本質を解明するのは、厄介であることが示されてきた。この状態における電子-電子相関の役割を研究するために、Liuたちは、MATBGの試料のすぐ近くに、通常のグラフェン層の配置を持つ別のグラフェン二重層を配置した。この通常型の二重層の電荷担体密度を変化させることにより、研究者たちは、MATBGにおける相互作用の強さを制御した。この相互作用を弱めることで、超伝導が強化された。これは、電子-音子結合がクーロン相互作用と競合して超伝導相を安定化させるという筋書きと一致している。(Sk)

Science, this issue p. 1261

ゲノム捜索が初期の分化をつきとめる (Genomic sleuthing spots early divergence)

受精後、ヒトの接合子(受精卵)は2つの細胞に分裂する。Faschingたちは、発生のかなり後に採取された細胞試料のゲノム分析を用いて、それに先んじた細胞分裂系統樹を逆構築した。ヒト発生における最初の細胞分裂は外部からは対称に見えるが、それら最初の2つの卵割球のそれぞれの娘細胞がたどる運命は決して同じではない。血球の90%もが、最初の2つの卵割球のうちの1つだけに由来している。(Sk,nk)

Science, this issue p. 1245

フッ素を順次切り取る (Sequentially snipping off fluorines)

医薬品や農薬の研究において、1つ、あるいはそれ以上のフッ素原子を付加することにより炭素化合物の性質を変更することは、しばしば有用である。しかし、一フッ化、二フッ化、あるいは三フッ化した炭素原子を作製するのに用いられる方法は、 まずいことに互いに異なる傾向がある。Yuたちは、アミドやエステルに隣接する三フッ化メチル基から、1つあるいは2つのフッ素原子を連続して取り除くことが出来るラジカル反応を開発した。この機構は、ホウ素ラジカルがカルボニル酸素部位を攻撃した後に、スピン中心(ラジカル部位)が移動することに依っている。(MY,kh)

Science, this issue p. 1232

宇宙におけるPAHを同定する (Identifying PAHs in space)

中赤外分光法は、多環芳香族炭化水素(PAH)が多くの天体に豊富に存在することを示している。しかし、この技術では、特定のどのPAH分子が存在しているかを同定することはできない。分子が十分に存在し、大きな双極子モーメントを持っていれば、電波天文学により個々の分子を特定できるであろう。しかし、PAHは、多数の非常に弱いスペクトル線を生成すると予想されている。McGuire たちは、想定される弱いスペクトル線の信号を同じ視線速度に揃えて重ね合わせ、シミュレーション・スペクトルと比べる適合フィルター法による解析を行って、TMC-1の電波観測結果の中にPAHを探査した。このTMC-1 は、恒星間にあるおうし座分子雲内に位置している。彼らは、小分子PAHであり、2つの縮合ベンゼン環に1つのCN基が付いたシアノナフタレンの2つの異性体からのスペクトル線を同定した。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1265

開放系におけるトポロジー (Topology in the open)

系のトポロジーを制御することで、欠陥に対して堅牢なデバイスを開発する道筋が与えられる。初期のトポロジカル・バンド理論の発展はエルミート系(閉じた系)に注力されてきたが、最近の努力は非エルミート系(開いた系)に向けられている。K. Wangたちは、非エルミート系エネルギー・バンドのトポロジー的に自明でない回転(winding)の測定と制御について報告している。 彼らは、変調リング共振器の光周波数モードによって作られる周波数合成次元に沿って非エルミート格子ハミルトニアンを実装することにより、自明でないトポロジカル・バンドの回転を直接可視化し、回転を制御できることを示した。このような制御は、開いた物理系におけるトポロジー的に自明でない相の実験的合成、特性評価、制御への道筋を与えるものである。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1240

症状のない伝播 (Symptomless transmission)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の伝播に対処し、COVID-19の世界流行を終息させるためには、無症状感染と比較的長い発病前期間の両方に対応することが大きな課題となる。症状がないのに 感染力をもつということは、自分がSARS-CoV-2を拡散している可能性に気づかないということであり、そのようなケースを追跡することは簡単ではない。監視試験が行われていないため、症状のない伝播については不明な点が多い。展望において、RasmussenとPopescuは、SARS-CoV-2の無症候性感染および発症前感染の罹患率と感染力について、現在分かっていることを論じている。また、伝播をより効果的に軽減するためには、何をもっと理解する必要があるのかについても論じている。(ST,kh)

Science, this issue p. 1206

衛星による開発の監視 (Satellite monitoring of development)

近年、土地利用の様子を定量化するための衛星に基づく手法、特に持続可能開発計画の結果を監視する手法が急速に発展してきている。Burkeたちは、特に機械学習手法と人工知能法に焦点を当てて、この最近の進歩を総説した。彼らは、主にアフリカの例を利用して、衛星に基づく方法は、地上でのデータ収集に取って代わるものではなく強化するものであって、進歩は組み合わされた手法次第であると結論付けている。(Sk,kh)

Science, this issue p. eabe8628

マイナー・スプライソソームの原子レベル構造 (Atomic structure of the minor spliceosome)

ヒトゲノムの約1%はU12型と呼ばれるイントロンを含んでいて、このイントロンはマイナー・スプライソソームによりスプライシングされる。メジャー・スプライソソームと比較すると、マイナー・スプライソソームの組成、組み立て、機能状態、活性化、調節、および構造は、謎めいたものであった。Baiたちは、U12型イントロン-スプライシングの生体外評価系で、活性化ヒト・マイナー・スプライソソームを組み立て、低温電子顕微鏡により、2.9オングストロームの解像でこの構造を決定した。彼らは、活性化マイナー・スプライソソームで重要な役割を果たす5つの新規タンパク質など、多くの刺激的で予期しなかった特徴を見出した。(MY,kh)

【訳注】
  • U12型イントロン:ヒトではイントロン(ゲノム中のタンパク質をコードしていない領域)全体の約0.1%を占め、塩基配列がAUで始まりACで終わるイントロン。これに対し、メジャーイントロンはGU(一部はGC)で始まりAGで終わる。
  • スプライソソーム:イントロンを含むmRNA前駆体からスプライシング(イントロン除去)を行う酵素複合体。
Science, this issue p. eabg0879

cGASを静かにしておく (Keeping cGAS silent)

細胞は、細胞質基質内の微生物と自己のDNAを、免疫および炎症応答を引き起こす危険信号として検出する。これと矛盾しているように思われるかもしれないが、cGASと呼ばれるDNA感知酵素の大部分は、特に有糸分裂中に、クロマチンと密に会合している。Liたちは、cGASがクロマチンDNAによって活性化されるのを防ぐ2つの機構を明らかにした(Ablasserによる展望記事参照)。1番目の機構は、細胞が有糸分裂に入るとcGASが過剰リン酸化されることであり、それによって、cGASの活性化を促進するcGASのDNAとの結合と液-液相分離を抑制する。2番目は、クロマチンに結合したcGASが、その活性化に必要な過程であるオリゴマー化が行えないことである。共に、これらの機構は、細胞分裂中に自己免疫反応を防ぐためにcGASの不活性化を確実にする。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • cGAS:細胞質内の外来DNAまたは自己DNAを感知し、免疫及び炎症反応を誘起する酵素。
Science, this issue p. eabc5386; see also p. 1204

Cryo-Eが増強IL-10の設計を助ける (Cryo-EM helps engineer enhanced IL-10)

インターロイキン-10(IL-10)は、2つの高親和性α鎖と2つの低親和性β鎖を含むIL-10受容体(IL-10R)に結合する。その認識をした細胞の状況に依存して、IL-10は免疫応答を抑制または活性化することができる。この多面的な挙動は、IL-10を抗炎症薬として使用するための取り組みを複雑にする。Saxtonたちは、高親和性のIL-10(super-10)版を生成し、低温電子顕微鏡(cryo-EM)で、IL-10RαとIL-10Rβの両方と複合体を形成したIL-10を可視化することが出来た。これにより、彼らは、可変性のIL-10Rβ-結合親和性を有するIL-10のさらなる変異体を設計することができた。この設計されたIL-10部分作動薬のいくつかは、骨髄細胞に偏った作用を示し、CD8T細胞の活性化を伴わずに抗炎症特性を示した。これらの知見は、将来の増強されたサイトカインに基づく治療法に対する青写真として役立つかもしれない。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 部分作動薬(partial agonist):受容体に結合し作動薬活性を示すが、完全な作動薬よりは作用が弱い化合物。
  • 作動薬:生体内の受容体分子に働いて神経伝達物質やホルモンなどと同様の機能を示す薬。
Science, this issue p. eabc8433

γδT細胞は免疫と栄養を結びつける (γδ T cells link immunity to nutrition)

ガンマ・デルタ(γδ)T細胞は、上皮組織における宿主障壁防御で最もよく知られている免疫細胞である。Sullivanたちは、小腸での栄養摂取の感知におけるγδT細胞に対するこれまで認識されていなかった役割を発見した(TalbotとLittmanによる展望記事参照)。研究者たちは、高タンパク食に代わるものとして高炭水化物食を与えられたマウスを分析し、食事の炭水化物に応答した小腸上皮の再構築を観察した。栄養素利用性が、炭水化物の消化と吸収に必要な上皮免疫細胞回路の引き金を引いた。腸のγδT細胞は、3型自然リンパ球由来のインターロイキン-22の産生を制限することにより、炭水化物転写プログラムの発現を調節した。これらの知見はまた、γδT細胞が代謝疾患をどのように調節しているかについての洞察を提供するかもしれない。(KU,kh)

【訳注】
  • インターロイキン22:補体系を増強することにより腸管上皮の傷害から侵入する細菌に対し抵抗性を与える。
  • γδT細胞:細胞表面に普通のT細胞とは異なったタイプのγ鎖とδ鎖からなるTT細胞受容体を持つ細胞集団のことである。
Science, this issue p. eaba8310; see also p. 1202

HIVの最後の痕跡を根絶する (Eradicating the last vestiges of HIV)

抗レトロウイルス療法による治療後、HIV-1野生型と逃避変異体は、潜伏型で、特にCD4陽性T細胞内に残り続けることがあり、ウイルスを根絶する努力を妨げる。Q. Wang たちは、自然免疫センサー群の、カスパーゼ動員領域(CARD)を含むファミリーのメンバーであるヒトCARD8が、そのN末端のHIV-1タンパク質分解酵素による直接分解によって活性化できることを見出した。この切断により、感染細胞のプログラム細胞死が生じるはずだが、実際細胞死は起こらない。なぜならHIV-1タンパク質分解酵素は不活性のままでCARD8の切断は起こらず活性化されない。つまりCARD8に翻訳後修飾されていないGag-Polポリタンパク質の構成タンパク質として感知されない。しかし感染細胞を非ヌクレオシド系逆転写酵素阻害剤で処理すると、細胞内細胞内Gag-Pol二量体化が促進され、タンパク質分解酵素が作られて、CARD8の切断を介したカスパーゼの活性化とピロトーシスが発生した。この経路を標的にすることは、患者に残存しているHIV-1を排除するための有望な方法かもしれない。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • レトロウイルス:RNAをもち、生体細胞に感染すると逆転写酵素が働いてDNAに転写され、宿主の染色体に組み込まれるウイルスの総称。
  • CD4陽性T細胞:免疫機能を担うT細胞の中で、糖タンパクの一種CD4を表面に持っている種類を指し、他の免疫系細胞にシグナルを送るなど、感染に対する身体の反応を誘発する。
  • カスパーゼ:プログラム細胞死であるアポトーシスを起こさせるシグナル伝達経路を構成するタンパク質分解酵素。
  • ピロトーシス:細胞内に取り込まれた細菌細胞壁に発現する毒素によって誘導される細胞死。
  • Gag-Polポリタンパク質:ウイルスの構造タンパク質である Gag タンパク質と複製に必要な酵素であるPolタンパク質が一緒に翻訳された前駆体タンパク質。ウイルスなどの1つのmRNAから複数のタンパク質が1分子のタンパク質として翻訳され翻訳後修飾で個々のタンパクに分かれることがあるが、複数のタンパク質が一緒に翻訳された前駆体をポリタンパク質と言う。
Science, this issue p. eabe1707

プロピレン酸化に打ち勝つ (Overcoming propylene oxidation)

プロパンを酸化的脱水素してプロピレンと水にする触媒は、プロピレンそのものがプロパンよりも酸化されやすいため、プロピレンへの転化率が高くなるにつれ、選択性が低くなる。Yanたちは、球状酸化アルミニウムに担持されたプロパン脱水素触媒である白金ナノ粒子上に、選択的水素酸化触媒である酸化インジウムからなる約2ナノメーターの殻を成長させることにより、ナノ規模の大きさのタンデム型(二連係)触媒を作った(PeiとGongによる展望記事参照)。この被覆層は、プロパン脱水素化用の白金ナノ粒子を露出させた。表面で生成した水素原子は、酸化インジウムと白金の界面で酸化された。この手法はプロピレンの収率を30%にまで引き上げた。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1257; see also p. 1203

変異は永続的な記録を提供する (Mutations provide an enduring record)

体細胞変異は私たちの細胞に変化を散りばめるが、生殖細胞系列の中にないため、次世代に伝播しない。Bizzottoたちは、成人の体細胞変異分布のデータを活用して、遡って人間の発生最初期の瞬間を眺めた。共通した体細胞変異に基づく細胞系列の計算結果は、ヒト胚の原腸陥入時の細胞の数が体が作られる起点になることを示している。前脳細胞の系列は、原腸陥入細胞の多くから紡がれる非対称の運命と同じく、識別可能である。(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 生殖細胞系列:生殖細胞の源である始原生殖細胞から最終産物である卵子や精子に至るまでの生殖細胞。
  • 原腸陥入:発生初期に起こる形態形成運動。それまで胚の表面に存在していた細胞層が原口の部分で折れ返り、胚の内部に進入する過程で、体の全ての構造の基本となる外胚葉、中胚葉、内胚葉が形成される。
Science, this issue p. 1249

滑空するように泳ぐサメ (A soaring shark)

現代のサメは世界中の海洋生態系に地位を占めているが、形態学的多様性はほとんど示しておらず、ほとんどが流線型の捕食者である。Vulloたちは、白亜紀後期のあるサメの新種について記しており、現在の多様性の不足が、過去の形態学的「探究」が不十分だったからではないことを示している。具体的には、Aquilolamna milarcae は、現代のマンタに似た多くの特徴を示しており、特に長くて細いひれと、プランクトン食性であったことを示唆する、外見上ろ過摂食に適応しそうな口を持っていた。この発見は、この軟骨魚類たるサメが他の形態で進化の実験がなされたこと、およびプランクトン食性の「ソアラー」が、以前に認識されていたよりも少なくとも3000万年早くこの群に出現したことの両方を示している。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ソアラー:本来は滑空体(グライダー)を意味するが、ここでは滑空するように海中を泳ぐ魚を指している。
Science, this issue p. 1253

新しい応答抑制モデルを作る時機 (Time for new response inhibition models)

人間行動の研究において、応答抑制の今日のモデル、即ち自然な衝動または応答を抑制する能力は、「停止」プロセスと「実行」プロセスが互いに独立して競合し、その「勝者」が不要な応答を停止するかどうかを決定すると仮定している。Bissettたちは、心理学、精神医学、および神経科学で一般的に使用される応答抑制課題からのほぼ100万回の試行を分析した。独立性の仮定は成り立たず、この不成立は主要な従属変数に影響を及ぼした。この仮定からの違反は、速い課題とゆっくりな課題、手動応答と跳躍性眼球運動、および視覚と聴覚の刺激に対して生じていた。応答抑制の理論的基礎を改善するには、新しいモデルが必要である。(KU,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abf4355 (2021).