AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 5 2021, Vol.371

秋が温暖化して、蝶が減少する (Warming autumns, fewer butterflies)

多数の最近の研究が、過去数十年間にわたる昆虫の広範囲に及ぶ減少を明らかにしてきた。蝶類も例外ではない。Foristerたちは、専門家と市民科学者の両方によって収集された3つの独立のデータセットを使い、蝶の個体数が過去40年間にわたって減少してきたことを見出した。減少の要因は複雑であるが、著者たちは気候変動、気温が上昇している夏が実際に個体数増加につながるにも関わらず、とりわけより温暖な秋の月間が、減少の大部分を説明していることを見出した。この研究は、気候変動の影響が知らぬ間に進行して、その結果が思いも寄らぬものになるかもしれないことを示している。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1042

2段階の軽量化 (A two-stage lightweighting)

脱合金化は、金属中に空洞を発生させ、材料の重量を減少させることを可能にする。しかしながら、固形分率が約30%を下回ると、機械的特性が急速に低下する。Shiたちは、2段階の脱合金化により、12%に達する低い固形分率を持つ銀・金合金の作製が可能であることを発見した。意外なことに、この方法は、大きな試料の合成を可能にする一方で、機械的特性を低下させない。この方法は他の合金系にも適用可能であり、頑丈で軽量な材料を作製するための道すじを提供してくれるであろう。(Sk,kh)

【訳注】
  • 脱合金化:二種類以上の金属元素からなる合金に対し、何らかの方法で、1つの金属あるいは合金を残して他の成分を除去すること。
Science, this issue p. 1026

8パーセク離れた岩石質の恒星面通過惑星 (A transiting rocky planet 8 parsecs away)

ほとんどの太陽系外惑星は、視線速度(radial velocity method)法、または、恒星面通過(transit)法のいずれかの方法で検出されているが、これらの方法では、惑星の物理的性質に関して限られた情報しか得ることができない。同じ惑星を両方の方法で検出できるまれな場合には、その組み合わせによって惑星の質量、半径、密度を決定できる。Trifonovたちは、視線速度法と恒星面通過法による両方のデータを用いて、Gliese 486 bという惑星を同定した。主星はわずか8パーセクの距離にある赤色矮星で、これまでに知られている中で最近傍の系外惑星系の1つである。岩石質の巨大地球型惑星である Gliese 486 bの平衡表面温度は700ケルビンである。著者たちは、この惑星は大気を探すのに観測上有利だと述べている。(Wt,MY,kh)

【訳注】
  • 恒星面通過法、視線速度法:恒星面通過法は、地球から見て周期的に主星の手前を通過することを利用してその惑星を観測する方法。視線速度法は、惑星による主星揺動結果のドップラー効果を利用する方法。
Science, this issue p. 1038

時空間における電子動力学 (Electron dynamics in time and space)

単一の実験で分子励起と電子移動の過程を時間的及び空間的に追跡できる分光法が、化学分野で長年求められている。Wallauerたちは、光電子トモグラフィー画像法とフェムト秒ポンププローブ法を融合して、表面吸着した分子の励起分子軌道を時間と空間の高い分解能で調べた。今回の報告は、表面化学反応や分子間電子移動といった過程での超高速電子移動動力学を調べる新たな扉を開くものである。(NK,kh)

Science, this issue p. 1056

フェナジン化合物がリン酸塩を遊離させる (Phenazines liberate phosphate)

細菌は、さまざまな状況で多様な機能を提供する、化学反応性を備えた広範な小分子を分泌する。フェナジン化合物は一般的には抗生物質と考えられているが、環境、特に鉄との酸化還元反応にも関与できる。McRoseとNewmanは、フェナジン化合物が、外部から添加されたり細菌によりその場で作られたりすると、無機物表面からリン酸塩の形でリンを遊離させることができ、また、これらフェナジン化合物の産生が、リン制限に応答するシグナル伝達経路により調節されていることを見出した。これらの分子を産生できない細菌株は、リン制限下では増殖がより緩やかだったが、外部からのフェナジン化合物添加でこれから抜け出すことができた。著者たちは、酸化鉄の還元溶解がリン遊離の恩恵をもたらし、これが、幾つかの環境での細菌のリン獲得機構の1つであるかもしれないとの仮説を立てている。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1033

赤血球研究の記念すべき日 (A red-letter day for RBC research)

鎌状赤血球症(SCD)のような原発性ヒト赤血球(huRBC)疾患の研究と、マラリアのような感染症の研究は、ヒト赤血球新生の生体内モデルがないことで妨げられてきた。Songたちは、ヒトの胎児肝細胞をMISTRGマウスに移植した。このマウスは免疫不全であり、かつ血球新生に関わる幾つかのヒト遺伝子で遺伝子操作されている。この取り組みは、成熟huRBCがマウスの肝臓で速やかに破壊されるため、うまくいかなかった。彼らはその後このマウスを、CRISPR-Cas9を利用してフマリルアセト酢酸加水分解酵素が欠損した系統へと変異させた。これによりマウスの肝臓を移植ヒト肝細胞で置換えることが可能になった。このマウスは、ヒト赤血球新生の向上と循環huRBC生存の向上を示し、また、SCD由来造血幹細胞で再構成されるとSCDの病態を再現できた。(MY)

【訳注】
  • 鎌状赤血球症:遺伝子変異が原因で生じるヘモグロビンβ鎖のアミノ酸異常により、ヘモグロビンの酸素運搬能力が低下して生じる貧血症。
Science, this issue p. 1019

病気に対する自然界の「確かな」応答特性 (Nature's “responsible” response to disease)

COVID-19の世界的流行の発生に伴い、伝染を制御するための「社会的距離確保」の実行が世界的に呼びかけられている。世界中で、不要または効果がないという根拠のない主張で、この要求に抵抗し続けている人がいる。しかしながら、社会的距離確保は、人間と人間以外の動物のどちらにもわたる、病気からの当然の帰結である。Stockmaierたちは、動物分類群全体の病気に対する反応を総説し、これらの反応がどのように病気の伝染を自然に制限するのかを明らかにした。このような自然界の反応と病原体の伝播へのそれらの影響を理解することは、世界的流行の難題に対する我々自身の反応への疫学的洞察を提供する。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. eabc8881

精子特有の自然選択 (Sperm-specific natural selection)

精子細胞は遺伝学的には一倍体であるが、細胞をつなぐ細胞間橋のため、転写的には二倍体でありうる。しかしながら、一部の遺伝子転写物は共有されない。Bhutaniたちは、マウス、ウシ、およびマカクからの単一精子の配列を決定し、これら推定上の利己的転写物(著者たちは遺伝的情報をもつ標識(genoinformative marker:GIM)と呼んでいる)の発現における歪みの程度を決定した。彼らはこれらのGIMに与える進化的圧力を調べ、GIMが正の選択の特徴を示すが、さらに精子の機能の高い方に発現が偏る傾向があることを見出した。この観察はなぜ、他の組織と比較して、精巣が独特の遺伝子発現パターンを示すのかを説明している。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. eabb1723

腫瘍抑制因子を標的に変える (Turning a tumor suppressor into a target)

TP53(腫瘍タンパク質P53)などの腫瘍抑制因子遺伝子は、ガンの発症で重要な役割を果たしているが、残念ながらそれらの遺伝子は、薬剤で阻害できる過活性タンパク質を作り出さないため、標的にするのは難しい。Hsiueたちは、体自身の免疫系を用いて、P53タンパク質のガン関連変異体型を標的にする方法を発見した(Weidanzによる展望記事参照)。彼らは、この変異タンパク質の他とは異なる断片を突き止め、それをT細胞に提示する構造的基盤の特性を明らかにし、そして、p53変異ガン細胞のT細胞による殺傷を刺激する二重特異性抗体を設計した。(MY)

【訳注】
  • 腫瘍抑制因子:細胞増殖を抑制するタンパク質。この不足や異常が、無制御な細胞増殖と腫瘍成長へと至らせることがある。
  • 二重特異性抗体:分子内に2つの抗原結合部位を持つ抗体。
Science, this issue p. eabc8697; see also p. 996

熱いのが好きな人もいるけど、他の人はそうじゃない (Some like it hot, others not)

酵素は、化学反応性を高める特徴と、安定した構造に寄与する特徴の間で微妙なバランスをとっている。どちらの特徴も重要であり、2つの特徴が関係を持たなかったり相容れなかったりすることがある。Pinneyたちは、酵素ケトステロイドイソメラーゼ(KSI)の好熱性および好中温性の変異体に関する豊富な実験研究と多様な細菌酵素の生物情報学データを組み合わせて、酵素の熱適応の分子決定因子を明らかにした。彼らはKSIについて、活性と熱安定性の間に、単一の活性部位残基に起因する均衡状態があることを観察した。彼らは大規模なデータセットを用いて、高温が好ましい、個別のアミノ酸置換の様式を特定した。また、安定化相互作用網がどのようにして形成されるのかの考察もしている。(ST,ok,nk,kh)

Science, this issue p. eaay2784

細胞のコレステロール検知器 (A cellular cholesterol sensor)

細胞内コレステロール濃度は、ステロール調節エレメント-結合タンパク質(SREBP)経路によって制御される。細胞に十分なコレステロールがあると、コレステロール代謝を調節する転写因子が小胞体膜に隔離されるが、コレステロールが枯渇すると、転写因子が放出され、コレステロールの合成と取り込みに関与する遺伝子の発現を活性化する。Yanたちは、タンパク質ScapとInsig-2を含むヒトSREBPにおける中心複合体の構造を決定した。 膜に埋め込まれたこれら2つのタンパク質は、25-ヒドロキシコレステロール(25HC)-依存の会合を受けており、SREBP経路が活性化されるには解離しなければならない。その構造は、25HCがScapとInsig-2の間に挟まれて、それらの会合を容易にしていることを示している。変異分析は構造モデルと一致している。(KU)

Science, this issue p. eabb2224

初期心臓の形成 (Forming the early heart)

心臓は発生中に形成される最初の器官で、胚の生存にとって極めて重要である。この初期段階の間に心臓を作り上げるさまざまな細胞型の分子面での正確な識別は、ほとんど明らかにされていないままである。Tyserたちは、転写産物解析、画像化、および遺伝子系統標識付けの方法を組み合わせて、マウス胚の心臓形成に関与する細胞に対する分子的な識別と正確な位置を素描した。この方法は、心外膜(心臓の最外層)の最も初期の前駆体の同定を可能にした。この心外膜は心臓の成長と損傷の過程で起きる信号と細胞の重要な供給源である。(MY,ok)

Science, this issue p. eabb2986

マクロファージは体腔内で封着をする (Macrophages seal 'em in the coelom)

体腔に常在するGATA6+マクロファージは、食作用と修復機能の両方を示す。しかし、これらの細胞が傷害部位を確認してそこへ遊走できる機構は不明なままである。Zindelたちはマウス腹腔の生体内画像化法を用いて、GATA6+マクロファージが、血栓症に非常に類似した過程で血餅のような構造を急速に組み上げることを報告している(HerrickとAllenによる展望記事を参照)。これらの凝集体の形成は、マクロファージ・スカベンジャー受容体ドメインの発現を必要とし、創傷を塞ぎ、治癒を促進するよう作用する。マクロファージの凝集体が、癒着として知られる腹部の瘢痕組織の生成を起こすときには、医療処置中にふとしたことでこの経路が活性化されうる。したがって、マクロファージ・スカベンジャー受容体の阻害は、体腔に損傷を与える手術の後の有用な治療手法である可能性がある。(Sh,nk,kh)

【訳注】
  • マクロファージ:生体に侵入した異物や細菌や体内に生じた変性物質を貪食する遊走性で大形、アメーバ状の細胞。
  • GATA6+マクロファージ: -G-A-T-A-配列を認識してDNAに結合するタンパク質であるGATAファミリーのうち、内胚葉から派生するさまざまな器官の胚形成の間に発現する転写因子GATA6の発現を特徴とするマクロファージ。
  • スカベンジャー受容体:マクロファージの細胞表面等に発現し、体内の異物を認識して細胞内に取り込む作用を持つ受容体。
Science, this issue p. eabe0595; see also p. 993

火山性の変動源 (A volcanic source of variation)

大西洋数十年規模振動(AMO)は、北大西洋地域を中心とした50年から70年の準周期的な気候変動であり、気候系の内的(海洋や大気の相互作用による)振動であると長い間考えられていた。Mannたちは今回、この変動が大規模な爆発的火山活動という出来事によって外的に引き起こされていることを示している。彼らは、気候モデルの組み合わせを用いてAMOの原因を評価し、火山が最も重要な影響を与えており、AMOが過去1千年の間に内的に生成されたことを示す証拠はないことを見出した。(Sk)

Science, this issue p. 1014

分極が的を射る (Polarization hits a bull's-eye)

ポリマー系の強誘電体材料は、安価に溶液処理でき、セラミックよりもはるかに高い柔軟性を備えているため、魅力的である。Guoたちは、強誘電性ポリマーにおいて的の中心部のように見える同心円状の分極バンド見つけた(Martinによる展望記事参照)。この自己組織化されたドーナツ状組織は、ポリマー鎖の軸に垂直に整列しており、著者たちは赤外光の選択的吸収およびテラヘルツ光の操作を実証することが出来た。ポリマーにおけるこの明瞭な構造は、他のエキゾチックな効果を研究したり使用するのに興味深いものとなるかもしれない。(KU,ok)

Science, this issue p. 1050; see also p. 992

X線連星の重いブラックホール (A heavy black hole in an x-ray binary)

ブラックホールが連星系の伴星と相互作用すると、その系はX線を放出し、電波ジェットを形成する。これらのX線連星のブラックホールの質量は、重力波を用いて検出された質量よりもすべて低く、大質量星からのブラックホール形成のモデルに疑念を抱かせるものである。Miller-Jonesたちは、電波位置天文学の方法を用いて、よく研究されているX線連星であるはくちょう座X-1までの距離を精密に決定した。彼らは、以前の推定よりも遠距離であることを発見し、その系のブラックホールの質量を21太陽質量まで引き上げた。この結果は、恒星進化モデルで使用された星風による質量損失率の値に疑義を投げかけるものである。(Wt,nk,kj)

Science, this issue p. 1046

色を「見る」新たな方法 (A new way to “see” color)

色覚は、多くの生物が自分たちの世界を渡り歩く方法の重要な1つの側面である。色を知覚する能力は、これまで、眼またはオプシン受容体遺伝子を含む最小限の受容細胞のいずれかの存在に依存すると考えられてきた。Ghoshたちは、採餌中のCaenorhabditis elegansC. elegans)線虫が、眼やオプシンを持たないが、細菌叢によって放出される毒素を示す青色を識別できることを示している(NealとVosshallによる展望記事参照)。彼らは、この線虫が青色の光と琥珀色の光の比率を検出することでこれを行い、それが少なくとも2種類の細胞ストレス応答遺伝子に依存する過程であることを示している。C. elegansの異なる系統は異なる比率に応答しており、この経路が生態学的な役割を果たしていることを示唆している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1059; see also p. 995