AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 19 2021, Vol.371

手つかずの水域などは残っていない (No waters left untouched)

我々の惑星全体にわたって、とりわけ地上そして海洋系における生物多様性への人為的影響を我々はますます認識してきている。我々は淡水域については、大河川を含め、それらほど知っていない。Suたちはこのような系全体を地球規模で調べ、魚類の生物多様性を測るいくつかの重要な値に焦点を当てて観察した。彼らは、全河川系の半分が人間活動の影響を強く受け続けていて、最小レベルの変化しか受けていない河川系は非常に巨大な熱帯河川の流域だけであることを見出した。分断化と外来種もまた河川の均質化に導き、今や河川の多くは似たような種とわずかな特有種を含んでいる。(Uc,KU,nk,ok,kj)

Science, this issue p. 835

表面化学の為の共同戦略 (Joint strategy for surface chemistry)

近年の探針型顕微鏡の開発における進歩は、オングストローム級の空間分解能に近づけているものの、表面にある物質の構造的及び化学的不均一性を一義的に特性評価する技術は無い。Xuらは、走査型トンネル顕微鏡、原子間力顕微鏡、探針増強型ラマン散乱を組み合わせた手法が、銀(110)面上のペンタセン誘導体のいくつかのモデル系の電子的、構造的、化学的>情報を与え、構造的に類似しているが異なる化学種の一義的な特性評価及び銀金属表面とそれらの相互作用を単一結合レベルの分解能で提供することを示している。提案された複数技術を利用する本手法は、不均一触媒と表面化学一般の基礎的研究に広く利用されることがあるのかも知れない。(NK,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 818

歪んだ熱特性 (Distorted thermal properties)

熱電装置は廃熱を電気に変換し、エネルギー効率を改善するひとつの方法を提供する。Jiangたちは、エントロピー工学を活用して、魅力的な熱電特性を備えた単一相高エントロピー合金を合成した。合金中の元素の数を増やした結果として生じる無秩序性は、多相への崩壊に対して安定化させるのに有用である。無秩序で歪んだ結晶格子は、電気的特性を維持しながら熱輸送を抑制し、材料の熱変換効率を高める。(Wt,KU,ok)

【訳注】
  • 高エントロピー合金:5 種類以上の高純度の元素から構成され、多種類の元素を混合することにより高い混合エントロピーを有するため、新奇で特異な材料物性を示す。
Science, this issue p. 830

サルベコウイルスを標的にする (Targeting sarbecoviruses)

COVID-19のパンデミックと戦い続けている時に、我々は、今後ヒトに発生する新たな病原性コロナウイルスの可能性に立ち向かわなければならない。これを念頭に置いて、Rappazzoたちは、2003年の重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)の生存者から抗体を単離し、酵母ディスプレイ・ライブラリーを使用してこれらの抗体に多様性を導入し、次にSARS-CoV-2への結合に対して選別をした。継代培養で親和性が成熟した子孫の1つは、SARS-CoV-2、SARS-CoV、およびコウモリからの2つのSARS関連ウイルスを強力に中和した。さらに、この抗体はサルベコウイルスのグループ由来の受容体結合ドメインに結合し、より広い活性を示唆し、そしてマウスモデルにおいてSARS-CoVとSARS-CoV-2を防いだ。(KU,kj)

【訳注】
  • サルベコウイルス(sarbecoviruse):SARS関連コロナウイルスの一つ、サルベコウイルス亜属
  • 酵母ディスプレイ・ライブラリー;種々の抗体の遺伝子を酵母の細胞表面に発現したもの。
  • 抗体に多様性を導入:ここでは抗体遺伝子にランダムに変異を導入している
Science, this issue p. 823

SARS-CoV-2における抗体逃避のマッピング (Mapping antibody escape in SARS-CoV-2)

COVID-19を処置する治療法として、いくつかの抗体が使用中または開発中である。新しい重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)変異体が出現すると、それらが抗体治療に対する感受性を留めているかどうかを予測することが重要である。Starrたちは、宿主受容体(ACE2)への結合を強くは破壊しないSARS-CoV-2受容体結合ドメインに対するすべての変異を包含する酵母ライブラリーを使用し、これらの変異が3つの主要な抗SARS-CoV-2抗体への結合にどのように影響するかを図化した 。その図は抗体結合を逃避する変異を明らかにしており、その中には Regeneron抗体カクテル内の両方の抗体を逃避する変異も一つ含まれている。単一の抗体を逃れる変異の多くは、人間集団で流通している。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • Regeneron(リジェネロン):米国のバイオ医薬品メーカー
Science, this issue p. 850

エネルギーの作り手を作る (Making the energy makers)

> 真核細胞の「発電所」であるミトコンドリア内で、専用のミトリボソームにより、電子伝達系の特殊な膜貫通タンパク質の合成が行われる。ミトリボソームが、タンパク質合成を膜挿入に結びつける仕組みはよくわかっていない。Itohたちは、その膜組み込み酵素に結合しながら新生鎖を合成している間の、ヒトのミトリボソームの構造を決定した。これらの構造は、ポリペプチド出口トンネル内での、一連の協調的な立体構造変化を明らかにした。この開閉機構は、膜タンパク質がヒトのミトコンドリア内でどのように合成されるかについての、基本的な分子的洞察を提供している。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 新生鎖:mRNAがタンパク質に翻訳される途上の状態(新生ポリペプチド鎖)
  • 出口トンネル:リボソームの大サブユニットにある、リボソームで新たに合成されたポリペプチドの通り道
Science, this issue p. 846

磁場の反転 (Reversing the field)

地球の地磁気の反転は地球の気候に影響を与えるのだろうか? Cooperたちは、ニュージーランドの湿地のカウリの木の年輪から、約41,000年前の Laschampsの地磁気反転のころの、正確に年代決定された放射性炭素記録を作成した。この記録は大気中炭素14含有量におけるかなりの増加を明らかにし、それは極の反転に先立つ磁場強度の低下期間中に最大であった。著者たちはこの現象の結果をモデル化し、最小となった地磁気が大気中オゾン濃度に大きな変化をもたらし、それが地球の気候と環境変化の同時進行的な変化を引き起こしたと結論づけた。(Wt,KU,nk)

【訳注】
  • カウリの木:ニュージーランド北部に植生する世界最大級の巨木(ナンヨウスギ科)
Science, this issue p. 811

組織再生の源 (The origins of tissue regeneration)

組織の代謝回転は幹細胞プールによって維持されるが、一部の組織の幹細胞は損傷に非常に敏感なことがある。幹細胞が取り除かれた場合、幹細胞プールと残りの組織はどのように再生されるのであろうか? 展望記事において、Shivdasaniたちは、分化細胞が、脱分化して損傷からの組織修復を可能にする幹細胞になることができるという証拠について論じている。がんは主に幹細胞に由来すると考えられているため、これらの過程を理解することは重要である。分化細胞が幹細胞の特徴を獲得できるという発見は、がんがどのように引き起こされるかについて一石を投じている。(Sk)

【訳注】
  • 幹細胞プール:細胞を新たに産生・供給するための一定量の前駆細胞を保持する機構
  • 脱分化:細胞が、それらの構成している組織の特徴を失うこと
Science, this issue p. 784

植物と微生物における新たな経路 (New pathways in plants and microbes)

植物と微生物は、多様性を形作って植物が土地に定着するのを助けるというやり方で、進化を通して相互作用してきた。DelauxとSchornackは、古代の遺伝子モジュールの進化および系統固有の特殊化の出現を通して、さまざまな植物および藻類のゲノムからの洞察が、いかに持続的な利用を浮き彫りにしているかを総説している。マゴケ類、ゼニゴケ類、ツノゴケ類は、既存の経路に既存の経路に新しい工夫をして、新しい微生物との相互作用を構築してきた。そのような新しい工夫は、より持続可能な農業の構築を目指して、作物に移転できるかもしれない。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. eaba6605

新しい遺伝子の作り方 (A recipe for new genes)

ほとんどの系統は進化的に新しい遺伝子を含んでいるが、その起源は必ずしも明らかではない。Cosbyたちは、系列特異的な脊椎動物遺伝子ファミリーの起源を調べた(WacholderとCarvunisによる展望記事参照)。転移因子(TE)と宿主遺伝子のエクソンとの間の融合は、ひとたび宿主のゲノムに組み込まれると、新しい機能遺伝子を作り出すかもしれない。この過程で生じたコウモリの遺伝子であるKARABINERを調べると、この遺伝子中にTEの一部が保持されることで、この遺伝子から転写されたタンパク質がどのようにしてゲノムの至る所で結合でき、転写制御因子として作用できるかが説明される。このため、宿主ゲノム中の相互作用するTEは、階層的な細胞網内で選択されてその中に組み込まれ得る機能ドメインの新規な組み合わせを生み出す原料を提供する。(MY,ok)

【訳注】
  • 転移因子:ゲノム上の位置を転移することのできる塩基配列。トランスポゾンとも呼ばれる。
  • エクソン:ゲノム中でタンパク質をコードしている領域。
Science, this issue p. eabc6405; see also p. 779

細菌細胞の遺伝子発現 (Bacterial cell gene expression)

細菌の単一細胞ゲノム解析は、真核細胞でのそれと比べて遅れを取ってきた。それは、細菌の細胞壁が丈夫なこと、メッセンジャーRNAの含有量が少ないこと、それに多くの翻訳後修飾がないことによる。Kuchinaたちはこの困難に立ち向かうため、グラム陰性細菌とグラム陽性の両方に対する単一細胞配列解析方法である、細菌に対する分割プール核酸連結トランスクリプトミクス、即ちmicroSPLiTを開発した。大腸菌(グラム陰性)と枯草菌(グラム陽性)の両方に対する配列決定は、熱ショック応答の違いを示した。枯草菌の転写様式を調べると、実験室の培地で増殖した細胞のほんの一部がミオ-イノシトール異化反応経路を発現していることが明らかとなった。この経路は枯草菌細胞が非実験室環境で使っているかもしれず、そのため、microSPLiTが稀な細胞状態を突き止めることができるやり方を浮き彫りにしている。(MY,kh)

【訳注】
  • グラム陰性、陽性:ハンス・グラムが考案した細菌の分類法で、細菌の細胞壁を作っているペプチドグリカン層が薄いものは陰性、厚いものは陽性となる
  • 異化:生物が、体外から取り入れた分子を小さな構成部分に分解してエネルギーを取り出す代謝過程のこと。
  • ミオ-イノシトール: イノシトール (シクロヘキサンの各炭素上の水素原子が1つずつヒドロキシ基に置き換わったもの) の、もっとも一般的な異性体。ヒトの場合、糖尿病などが原因で体内でイノシトールが不足すると、神経症状が起こる。
Science, this issue p. eaba5257

耐性への多くの道 (The many roads to resistance)

変異から生じる抗生物質耐性は、病原性細菌によく見られる。しかし、この過程はよく理解されておらず、耐性の付与が確認されてきた変異のほとんどは、細胞内標的物質の修飾、あるいは細胞内の抗菌物質を無効にできる酵素によって耐性を得ている。Lopatkinたちは、さまざまな温度での耐性の進化を選別して、細菌代謝に影響を与える変異が抗生物質耐性をもたらし得ることを見出した(Zampieriによる展望記事参照)。これらの変異は炭素とエネルギーの中枢代謝を狙いとしており、 核心的な代謝遺伝子の新規な耐性変異が明らかとなった。これは、病原性微生物が耐性を進化させることができる既知のやり方を広げるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • 中枢代謝:解糖系やTCAサイクルを通じてエネルギーを作り出す、生物の生存にとって必須の代謝系のこと。
Science, this issue p. eaba0862; see also p. 783

オリガミ結合の配向 (Orienting origami binding)

素子製作のために自己組織化を指示するためには、表面の上で正しい位置を決めるだけでなく、特定の方向にナノサイズの部品を配置する必要がある。Gopinathらは、非対称DNA折り紙である「小さな月」の形状を設計した。それは、シリカ上のリソグラフィーでパターン化された場所に、目標位置に対して配向角度3°以内で結合する。著者らは、光共振器の共振モードの範囲内で蛍光色素の分子双極子をオリガミ基盤に配置して配向させることができた。3,000個以上のDNA折り紙を1回の製作工程で12種類の方向に配置し、簡単な偏光計を作成した。(ST,nk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. eabd6179

バレルを構築する (Building a barrel)

コンピュータによる設計は、注文に応じた構造と機能を持ったタンパク質を作る可能性を与えている。可能なタンパク質骨格の範囲は、ますます複雑になるタンパク質、そして最近ではらせん状膜タンパク質の設計へと拡大している。Vorobievaたちは、8本鎖膜貫通βバレル・タンパク質(TMB)の成功した計算に基づく設計について説明している。彼らは繰り返し手法を用いて、目標外の構造を防ぎ、TMBの折り畳み決定配列に関する洞察を得るための否定的設計の重要性を示している。23の設計はTMB構造に対する生化学的選定を満たし、2つの構造が核磁気共鳴分光法またはX線結晶構造によって実験的に検証された。これは、単一分子配列決定などの応用に対する細孔のカスタム設計に向けての一歩である。(KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. eabc8182

どのようにして伝播を抑えるか (How to hold down transmission)

2020年の初め、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の伝播は、非医薬品介入の組み合わせを課すことにより、多くの国で抑制された。今や、個々の介入の有効性を識別するための、伝播に関する十分なデータが蓄積されてきている。Braunerたちは、モデルへの入力として41か国からのデータを収集、精選し、初期の世界的大流行の間に伝播を減らすのに最も効果的だった個々の非医薬品介入を特定した。集会を10人未満に制限し、曝露可能性の高い商売を閉じ、学校や大学を閉鎖することは、伝播を減らすのにそこそこの効果しかなかった外出禁止令よりも、それぞれより効果的だった。(Sk)

Science, this issue p. eabd9338

神経毒の動く標的 (Moving targets of neurotoxins)

特定の配列でタンパク質標的を切断するプロテアーゼは、多くの生物学的機能を制御している。我々の選ぶ新しい配列を切断するためにプロテアーゼを再プログラムする能力は、新しい治療的および生物工学的応用を可能にするだろう。Blumたちは、新規のタンパク質配列を切断し、非標的配列を切断する能力を失うプロテアーゼを急速に進化させる実験室内進化法を報告している(Stenmarkによる展望記事を参照)。彼らはこの方法を使用して、患者に使用される重要なクラスの酵素であるボツリヌス神経毒プロテアーゼを進化させ、新しい標的を選択的に切断したが, その中には本来これらのプロテアーゼによって切断される標的とは無関係のタンパク質が含まれていた。この研究は、注文仕立ての特異性を持つプロテアーゼを生成するための強力な方法を確立する。(KU,kh)

Science, this issue p. 803; see also p. 782

オルガノイドはヒト胆管を再生する (Organoids regenerate human bile ducts)

胆管は、肝臓と胆嚢から小腸に胆汁を運び、そこで消化を助ける。胆管細胞は、胆管を裏打ちし、胆汁が胆道系を通過するときに胆汁に修飾を加える上皮細胞である。 胆管細胞が関わる慢性肝疾患は、大部分の肝不全と肝移植の必要性の主要因である。肝臓提供者が不足しているので、Sampaziotisたちは、オルガノイド技術を用いて、ヒト組織を用いた細胞に基づく治療法を開発した (KurialとWillenbringによる展望記事を参照)。胆管細胞オルガノイドは、生体外で正常温度で灌流を行っている死亡した臓器提供者の肝臓の肝内胆管に移植された。 肝臓は最大100時間まで維持でき、移植された胆管オルガノイドは生着し、機能を示し、胆管を修復することができた。(Sh,kj)

【訳注】
  • オルガノイド:ばらばらの細胞から、臓器や器官を模して試験管内など生体外で再構成された組織。
Science, this issue p. 839; see also p. 786