AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 5 2021, Vol.371

臓器の老化の血管制御 (Vascular control of organ aging)

血管は臓器に栄養と酸素を供給しており、加齢に伴う血管構造の変化は臓器機能の低下の原因になると考えられている。Chenらは、臓器固有の血管床の高分解能3次元画像を用いて、若年・高齢マウスの組織固有の血管構造の包括的な解析を行い、その結果をヒトの試料においても検証した。彼らは、老化の初期段階において, 老衰に先行して、組織特異的なやりかたでの毛細血管と動脈の喪失の証拠を発見した。血管の変化は細胞の老化の危険信号に先行しており、血管の喪失が老化の最初の引き金となっていることを示唆している。このような血管微小環境の高品質な3次元地図は科学界ににとって重要な情報源となるであろう。(ST,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abd7819 (2021).

酸化還元媒介物質を形成する溶媒 (Solvents forming redox mediators)

熱触媒反応に直接関与する溶媒の役割は、不均一触媒よりも均一触媒に対しての方がより理解されている。Adamsたちは、水性溶媒と有機溶媒中で速度論的同位体効果を測定し、また、密度汎関数法によるシミュレーションを実施することで、パラジウム・ナノ粒子上での水素と酸素からの過酸化水素の形成を研究した。溶媒のメタノールは、化学吸着されたヒドロキシメチル中間体を形成した。形成されたこの表面酸化還元媒介物質は、電子とプロトンを吸着酸素種に伝達し、また、化学吸着水素原子を酸化することで再生された。しかし水分子は、ヘテロリシスの様式で水素を酸化して、溶媒和(水和)プロトンおよび酸素を還元する表面電子を生成した。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 速度論的同位体効果:反応物の原子の1つを同位体で置き換えた場合に起こる化学反応速度の変化のこと。
  • ヘテロリシス:共有結合が開裂して2分子になる際に、結合電子が均等に配分されずにどちらかに偏り、カチオンとアニオンが形成さること。尚、本論文では水のO-Hがヘテロリシスに開裂することを言っている。
Science, this issue p. 626

予想より速い (Faster than expected)

ヨウ素種は、新しいエーロゾル粒子を作ることで知られるほんの一握りの大気蒸気の一つであり、気候の放射強制力の制御に中心的な役割を担っている。Heたちはヨウ素酸と亜ヨウ素酸が急速に新粒子を形成し、手付かずの領域における硫酸に匹敵しうることを示す、CERNのCosmics Leaving Outdoor Droplets(ClOUD)実験槽から得られた実験的証拠を報告している。(Uc,kj)

【訳注】
  • Cosmics Leaving Outdoor Droplets:宇宙線と雲の形成の関連性に関する研究を行う大型霧箱実験槽。直訳は「宇宙が残した野外の粒子」。
Science, this issue p. 589

C-Hの二重アミノ化 (Double C–H amination)

C-H結合のC-N結合への変換は、単純で容易に利用可能な原料から、医薬的に重要な化合物を生成する上で広く役立つ。ShenとLambertは、都合の良い窒素源としてアセトニトリル溶媒を用いて、ベンジル炭素原子および隣接するアルキル炭素原子で、2度続けてこの反応を引き起こす方法を報告している。この方法は、シクロプロペン陽イオン触媒の連続的な電気化学的活性化と光化学的活性化に依存していて、化学汚染性のない副産物として気体水素を作り出す。(MY,kj)

【訳注】
  • ベンジル炭素原子:ベンジル基C6H5CH2- におけるベンゼン環の隣の炭素原子
Science, this issue p. 620

がん患者への新たな糞便微生物 (New fecal microbiota for cancer patients)

腸内細菌叢の組成は、免疫療法に対するがん患者の反応に影響を与える。BaruchたちとDavaretalたちは、糞便微生物移植(FMT)が、転移性黒色腫患者の抗PD-1免疫療法への反応の仕方に影響を与えることが可能かどうかを試験するための、第一ヒト臨床試験の結果を報告している(WoelkとSnyderによる展望記事参照)。両方の研究は、治療を受けた患者の一部に臨床的有用性の証拠を認めた。これには、以前に抗PD-1への応答と関連すると分類された兆候、すなわちCD8+ T細胞の活性の増加、およびインターロイキン-8が発現する 骨髄細胞(免疫抑制に関与する)の頻度の減少、の数が増加することが含まれていた。これらの研究は、がん患者の免疫療法反応に影響を与えるFMTの能力に関する、概念証明の証拠を提供している。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 602, p. 595; see also p. 573

離れた量子ゲート (Quantum gating at a distance)

量子情報処理においては、量子ビットの量子状態を符号化したり操作したりすることが必要である。超電導回路は、現在最も高度な技術基盤であるが、量子ビット間のクロストークの問題と、システムの規模拡大の際のエラー訂正の課題がある。探求されているもう一つの技術基盤は量子ビットが空間的に分離されたモジュール型である。Daissらは、ある一つの量子ビットが60メートルほど空間的に離れた他の量子ビットの状態を条件つきで制御可能な量子ゲートの動作を実証している(Hungerによる展望記事参照)。本手法は量子ビットの技術基盤に依存しないため、今回報告された中性原子のみならず、イオン、不純物欠陥中心、或いはこれら異種量子ビットの組み合わせにさえも拡張できることがあるのかも知れない。(NK,kj,kh)

Science, this issue p. 614; see also p. 576

マイクロハビタットが重要だ (Microhabitat matters)

我々の温暖化しつつある気候が、危急種にどのように影響するかを理解することは極めて重要である。しかしながら、種は複雑であり、独特な方法で適応または応答するかもしれないため、応答を予測することは複雑である。Riddellたちは、モハーベ砂漠における種の豊富さに関する1世紀前のデータの集合を最新の調査結果と比較して、鳥と小型哺乳類の群集における気候関連の変化を測定した。彼らは、哺乳類の豊富さや占有率にはほとんど変化を見出せなかったが、鳥類全体に大幅な減少を見出した。彼らは、これらの違いを、微気候の影響を受ける機会の違いによるものと見なしている。具体的には、哺乳類は穴を掘ることによって温度の影響を軽減できるが、鳥は通常、より温度の影響にさらされる。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • マイクロハビタット:小さな生きものたちが利用する特殊な微環境
  • 危急種:環境の悪化などちょっとした状況の変化によって、容易に絶滅危惧種に分類される恐れがある種
Science, this issue p. 633

医薬品開発を多様化させる (Diversifying drug development)

臨床試験はしばしば黒人、ラテン系の人、先住民を対象外にしており、ヨーロッパ系の人々が主になっている。このように、安全性と有効性の試験は、薬が使用されるであろう人口を反映した、さまざまな住民集団で行われてはいない。展望記事において、Bumpusは、特に薬理ゲノミクスの観点から、臨床試験におけるこの多様性欠如の影響について論じている。薬理ゲノミクスの観点によれば、遺伝的変異が薬物代謝、ひいては毒性と効き目を変化させるかもしれない。この変化は別々の祖先と関連している可能性があり、臨床試験の多様性欠如は健康の不平等を悪化させるかもしれない。したがって、臨床試験での多様性を確保する方法を見つけることは、すべての人のための医薬品開発を向上させるために不可欠である。(Sk,nk)

【訳注】
  • 薬理ゲノミクス:ゲノム情報(遺伝子情報)に基づいた創薬研究のことで、医薬品の作用と患者個人の遺伝子特性との関係性を研究する学問
Science, this issue p. 570

人為起源の不協和音 (An anthropogenic cacophony)

音は、空気中よりも水中でより速く、より遠くまで伝わる。進化の過程で、多くの海洋生物は、その生存の重要な側面を音の生成、送信、受信に依存するようになっていった。人間が発する音がより大きく、よりありふれたものになってくるのに従い、海洋環境中の不協和音の増加によって、これらの重要な行動が脅かされている。Duarteたちは、生物的に生成される音の重要性と、人為起源で生成される音が海洋の音景にどのような影響を及ぼしているかを総説している。(Sk)

Science, this issue p. eaba4658

Poly(A)とRNA:相互作用するより多くの方法 (Poly(A) and RNA: More ways to interact)

生物全体で最も遺伝的に保存されているRNA修飾の1つは、RNA分子の3'末端へのポリアデノシン、即ちポリ(A)からなる尾部の付加である。核発現における三重らせん形成要素(element for nuclear expression:ENE)などのシス作用RNA安定化要素は、RNAの分解を遅らせ、それによって細胞転写産物の成熟と量を制御する。Torabiたちは、ポリ(A)28と複合体を形成した二重らせん形成ENEの高分解能の結晶構造を決定し、ポリ(A)尾部の最末端の3'末端を保護するポケット構造を含む、RNA-RNA相互作用の新たな様式を明らかにした。このような相互作用の発見は、RNA生物学におけるポリ(A)尾部の機能をより良く理解するための新たな場を開く。(KU,kh)

Science, this issue p. eabe6523

アニソソームの形成 (The makings of anisosomes)

細胞内タンパク質の相分離は、水中の油滴に似た液相中の液を生成することがある。Yuたちは今回、TDP-43と呼ばれるRNA-結合タンパク質(その突然変異と凝集が筋萎縮性側索硬化症と前頭側頭型認知症に関係する)が、アニソソームと彼らが命名した複雑な液滴に相分離することを報告している。この過程は、TDP-43が疾患を引き起こす突然変異や翻訳後アセチル化によってRNAに結合するその能力を失ったときに生じた。アニソソームは、タンパク質シャペロンHSP70の中心を囲むTDP-43の球状の殻(液晶の特性を持つ)を持っている。シャペロン活性は、流動性を維持のために必要とされた。アニソソームは、プロテアソームの活性が抑制されると生体内で神経細胞中に形成され、アデノシン三リン酸(ATP)濃度が低下すると凝集体に変わった。(Sh,KU)

【訳注】
  • シャペロン:他のタンパク質分子が正しく折り畳まれて機能を獲得するのを助けるタンパク質。
  • プロテアソーム:細胞質に存在するタンパク質分解活性をもつ巨大な複合体。
Science, this issue p. eabb4309

神経堤多能性の再活性化 (Reactivating neural crest pluripotency)

頭蓋神経堤細胞(CNCC)は、並外れた分化能を持つ一過性の細胞群で、外胚葉系統を越えて顔面間葉の大部分を形成する。Zalcたちは、CNCCを生成するために多能性因子を一過的に再活性化する神経上皮前駆体集団を突き止めた。多能性因子Oct4は、顔面間葉を形成するためのCNCCの発生能力の拡大に必要である。Oct4+CNCC前駆体のクロマチン構造の分析は、神経堤プログラムの将来のプライミングを示唆する付加的な特徴とともに、これらの前駆体細胞がエピブラスト幹細胞の前駆体に類似していることを示している。したがって、それらの細胞能力を拡大するために、CNCC前駆体は自然な生体内再プログラミング事象を経験する。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 頭蓋神経堤細胞:顎顔面発生において、 頭蓋骨、軟骨、象質、平滑筋、角膜内皮細胞、および末梢神経等を形成する幹細胞様細胞群
  • 神経堤:脊椎動物の初期発生において表皮外胚葉と神経板の間に一時的に形成される構造。様々な細胞種に分化する。
  • エピブラスト幹細胞:マウス胚のエピブラスト(胚盤葉上層)を単離培養して樹立される幹細胞
Science, this issue p. eabb4776

可変性の記憶 (Variable memory)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する免疫記憶は、再感染に対する防御、疾病の危険性、およびワクチンの有効性を決定する上で有用である。COVID-19の重症度の範囲全体で188人の症例を使用して、Danらは、感染後6か月以上のSARS-CoV-2記憶B細胞、CD8陽性T細胞、およびCD4陽性T細胞の動態を示す横断面データを分析した。著者らは、ウイルスに対する免疫記憶段階に持続する適応免疫応答の大きさに高度な不均一性があることを見出した。しかしながら、3つの免疫学的区画における免疫記憶は、感染後5か月以上のあいだ90%を超える被験者において測定可能な状態であった。免疫応答の不均一性にもかかわらず、これらの結果は、COVID-19の二次疾患に対する持続的免疫がほとんどの人に対して可能性があることを示している。(NA,KU,nk,kh)

Science, this issue p. eabf4063

超感染拡散の系統発生 (Phylogenetics of superspreading)

コロナウイルス疫学の重要な特徴の1つは、超感染拡散事象の発生である。これらは、多くは無症状の人に起因する不釣合なほどに多い患者によって特徴づけられる。ボストン発生の初期段階からの豊富な配列データ集合を使用して、Lemieuxたちは、ある特定の設定における超感染拡散事象を明らかにし、それらを系統発生的に分析した(Alizonによる展望記事を参照)。祖先の形質からの推論をもとに、著者たちはいくつかの輸入事象を明らかにし、さらに地域的なおよびより広いSARS-CoV-2伝播の確立に対する特定の超感染拡散事象の状況と寄与を調査し、ウイルス系統発生学を用いて持続する伝播を説明した。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eabe3261; see also p. 574

双曲線分散への道筋を照らす (Lighting a route for hyperbolic dispersion)

材料内の光の伝搬は、通常明確に定義されており、散乱と分散によって記述される。人工的に設計されたメタマテリアル、および、異方性の層状材料では、分散は双曲型となる可能性があり、光の波長以下の閉じ込めを発生させる。Sternbachたちは、双曲型分散を、遷移金属の二カルコゲン化物であるタングステン・二セレン (WSe2) の層において、光学的操作次第で開始・停止できることを示している (DengとChenによる展望記事を参照)。サブ-バンドギャップ光の超高速パルスで材料を照射すると、過渡的な導波路が形成され、材料中に双曲型分散が生ずる。光ポンピングを用いてオンデマンドで分散特性を調整する機能は、超高速スイッチング・フォトニック装置の開発と、ナノスケールでの光の伝搬の制御に対する効果的な方法である。(Wt,kh)

Science, this issue p. 617; see also p. 572

水を遠ざけておく (Keeping water away)

一酸化炭素(CO)と水素の混合物である合成ガスは、バイオマスや天然ガスなどの非石油資源を、フィッシャー・トロプシュ合成により化学製品に変換することが出来る。しかし、他の化学品の重要原料であるオレフィンの製造に向けては、合成ガスのCOの約50%が二酸化炭素とメタンに変換される。Xuたちは、オレフィン生成触媒(マンガンが添加され、二酸化ケイ素で被覆された鉄ナノ粒子)をメチル基で修飾することにより、これらの望ましくない副産物の選択性を25%未満に低減した(Xieによる展望記事参照)。この疎水性表面は、触媒表面上の水の滞留時間を短くして不必要な副反応を回避し、また、反応条件下で形成される金属炭化物触媒の酸化を抑制する。(MY,kh)

【訳注】
  • フィッシャー・トロプシュ合成:一酸化炭素と水素からなる合成ガスから、触媒反応を用いて液体炭化水素を合成する方法。
Science, this issue p. 610; see also p. 577

A部位が伝導帯端に加わる (A-sites join the band edge)

一般式ABX3を有する有機-無機ハイブリッド・ペロブスカイトの伝導帯端は、主に無機X陰イオン(塩素など)とB陽イオン(鉛など)によって制御される。有機A部位陽イオンは、その電子準位が伝導帯端から離れた位置にあるため、通常は間接的な構造的効果しか発揮しない。Xueたちは、大きなπ共役構造を持つ陽イオンが無機のフロンティア分子軌道と相互作用できることを示している。エチルアンモニウム・ピレンの表面層(最適な層間距離を有している)により、基準となる無機ペロブスカイトと比較してホール移動度と電力変換効率が増加し、装置の安定性も改善した。(Wt,KU,kh)

Science, this issue p. 636