AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 29 2021, Vol.371

月の共時性 (Moon synchronicity)

潮汐の月周期および月光の月周期との同期化は、多くの動物の行動の変化を引き起こすが、人間の行動に対する月の影響はあまり明確ではなかった。Casiraghiたち、および Helfrich-Försterたちは、人間の睡眠および月経周期が月周期との同期を示すという、説得力のある証拠を提供している。アルゼンチン農村部の先住民集団とシアトルの大学生において、満月は、より遅く、より短い睡眠と相関していた。若い女性の月経周期は、月光の強さおよび重力との同期を示した。両研究ともに因果関係を確立するまでには至っていないが、高度に工業化された社会でさえ、天体が地球上の私たちの体に影響を与えることを示唆している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 共時性:意味のある偶然の一致。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abe1358, 10.1126/sciadv.abe0465 (2021).

初期段階の核生成を観察する (Watching early stage nucleation)

古典的な核生成理論では、準安定で無秩序な高密度液体クラスターあるいは無定形固体クラスターは、自発的かつ不可逆的に結晶核へと変化する。Jeonたちは、電子線を用いて前駆体を還元することにより、グラフェン基板上での金結晶の形成を観察した。彼らは、古典的理論に基づく観察像ではなく、代わりに、発生する核の無秩序状態と結晶性状態の間での動的で可逆的なゆらぎを伴う核生成経路を観察した。クラスターが大きくなるにつれて、無秩序状態クラスターの寿命は短くなり結晶化が進むが、クラスターが十分小さい間では、原子当たりの結合エネルギーが溶融を引き起こすのに必要なエネルギーに比べて十分大きいので、結合で放出された熱が秩序状態クラスターを無秩序状態へ部分的に崩壊させる溶融に十分に足りてしまう。(MY,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • クラスター:原子あるいは分子が数個から数十個集まった構造状態。
Science, this issue p. 498

雲列を作る (Making tracks)

雲の形成に対する人為的エーロゾルの影響の大きさは、人間が気候にどのように影響しているかについての重要な未知要素である。船の排気によって形成される層積雲の雲列の研究が、この過程の放射の影響を推定するために用いられてきた。しかし、Glassmeierたちは今回、この手法が、エーロゾルの追加による冷却効果を最大200%過大評価していることを示している。これらの発見は、気候系を理解するために、人為起源のエーロゾルへの層積雲の応答を定量化する必要性を強調している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 冷却効果:ここでは雲の太陽光反射による、海水面温度の低減(冷却)効果を意味している。
Science, this issue p. 485

ワクチンはMAITの助けを借りる (Vaccines get a help-MAIT)

粘膜にあるインバリアントT細胞(mucosal-associated invariant T:MAIT)細胞は、粘膜の恒常性に対して重要なT細胞のサブセットである。これらの細胞は、微生物叢由来のビタミンB2前駆体の誘導体を認識するが、ウイルス感染の状況で特定のサイトカインによって活性化されることもある。Provineたちは、主要なアデノウイルス・ベクター・ワクチンである ChAdOx1が、免疫化されたマウスにおいて MAIT細胞を活性化したことを報告している(JunoとO'Connorによる展望記事参照)。この活性化には、単球由来のインターロイキン-18および腫瘍壊死因子と同様に、形質細胞様樹状細胞によって産生されるインターフェロン-αが必要であった。MAIT細胞の活性化は、ヒト被験者におけるワクチンを介したT細胞応答と正の相関を示し、MAIT細胞を欠損したマウスは、ワクチン接種後に標的抗原に対する CD8陽性T細胞による免疫の障害を示した。この研究は、ワクチンの有効性を高めるために利用できることがあるかもしれない追加の経路を示唆している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 521; see also p. 460

ハロゲン化物対を行ったり来たりさせる (Shuttling halide pairs back and forth)

隣接している水素を飽和有機化合物から不飽和有機化合物へと移行することは、かなり一般的な反応である。しかし、2つの重原子を行ったり来たりさせる類似反応は、触媒するのがはるかに困難である。Dongたちは、隣接している塩素対あるいは臭素対をアルキル化合物からオレフィンへと移行する電気化学的な取り組みを報告している。この方法は、ハロゲン化された汚染物質を浄化しながら同時に、精製化学製品を生成する。(MY,kh)

【訳注】
  • アルキル、オレフィン:アルキルは炭素-炭素二重結合を持たない鎖状炭化水素化合物、オレフィンは炭素-炭素二重結合を持つ鎖状炭化水素化合物。
Science, this issue p. 507

反応中の回転 (Rotation during reaction)

反応条件下における不均一系触媒の変化を決定することにより、反応機構の洞察を得ることができる。さまざまな反応条件下では、金属ナノ粒子の形状が変化するだけでなく、酸化物担体との相互作用も影響を受ける可能性がある。Yuanたちは、収差補正された環境透過型電子顕微鏡を用いて、チタン表面上の金ナノ粒子を低電子線量で研究した。全圧が数ミリバールで500℃の条件下での一酸化炭素(CO)の酸化の間に、金ナノ粒子は約10°回転したが、COが除去されると元の位置に戻ることが観察された。密度関数理論計算は、界面に吸着した酸素分子の被覆率の変化によって回転が引き起こされることを示した。(Wt,kh)

Science, this issue p. 517

泥岩にとって重要なもの (What matters for mudrocks)

泥から形成される粘板岩や頁岩のような岩石は、約4億5000万年前に突然地質記録に現れ始めた。特定の植物とほぼ同時のそれらの出現は、これらの遍在する岩石の形成に、植物の根が関係していることを思わせる。Zeichnerたちは、泥岩に必要な凝集を生成するための別の道筋を見つけた。類似の実験によって、著者らは、泥岩を堆積させるために必要な凝集粒子(小さな沈泥と粘土粒子の凝集体)の形成には、植物からの有機物だけで十分であることを見出した。この観察結果は、植物が深い根を持っていなかった場所でのこれらの岩石の出現を説明するかもしれない。(Sk,ok)

【訳注】
  • 沈泥:砂より小さく粘土より粗い砕屑物。
Science, this issue p. 526

ウイルス配列の監視 (Monitoring viral sequences)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のRNAゲノムは世界中で配列決定されてきており、世界的流行している間のさまざまな系統のウイルスの広がりと適応についての洞察を与えている。展望記事においてMartinたちは、適応に関して我々が学んできたことおよび感染性の強い株の出現を含め、ウイルス配列決定の応用について考察している。COVID-19の世界的流行は、ウイルスの動態を理解するための莫大な世界的技術基盤の開発を促進し、その基盤はウイルス勃発に対する公衆衛生上の対応の基石として使用することができる。(KU,MY)

Science, this issue p. 466

抗ウイルス免疫 (Antiviral immunity)

COVID-19の世界的流行は、私たちの抗ウイルス免疫応答の理解における多くの分からないことを浮き彫りにしてきた。男女およびさまざまな年齢の人々における急性かつ長期にわたるCOVID-19の不均一性は、私たちが既に持っている長期免疫が重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対して有効かという問題と同様に、抗ウイルス免疫応答がどのように編成されるのかについて疑問を提起してきた。HopeとBradleyは展望記事で、抗ウイルス免疫応答の一般的な特徴について論じている。この抗ウイルス免疫応答では、重度のCOVID-19がどのように、またどの人で発生するらしいのか、そしてワクチンや他の治療法により、重い疾患をどのようにして良くすることができるのかを理解するにはさらに研究が必要である。(MY,ok)

Science, this issue p. 464

分光器の小型化 (Miniaturizing spectrometers)

光学分光法は、化学的な特徴把握と分析のために、産業および研究所の環境下で広く使用されている特性評価手段である。高性能の分光器は、典型的には、かさばる光学部品や可動部品、長い経路長を備えた卓上式であり、極めて高い精度と帯域幅の豊富な情報を提供できる。しかし、分光計の小型化への動きがある。そこでは、ナノフォトニクスの概念を用いて、ずっと小型の装置で光を制御している。Yangたちは、ナノフォトニクス・システムのさまざまな製造方法およびスペクトルを計算で決定するソフトウェアも含めて、分光分析システムの最近の開発を概説している。それらは、実装面積を小さくして携帯式分光法の応用を開拓することを目指している。(Wt,MY,nk)

Science, this issue p. eabe0722

細胞内における転写物の位置を確認する (Identifying transcript location in cells)

特定のRNAが、細胞または組織内のどこで現れるかを確認することは、科学の実用化能力と撮像能力により限定されてきた。膨張顕微鏡法は、高分子とヒドロゲルに基づく系を含んだ組織を膨張させることで、小さな構造のより良い視覚化を可能にした。Alonたちは、膨張顕微鏡法とロング・リードその場RNA配列決定法を組み合わせることで、特定の転写物の位置のより正確な可視化に導いた。膨張配列決定法に対して「ExSeq」名付けたこの方法は、 RNAおよび新しい転写物だけでなく、神経細胞の樹状突起に局在することが以前に実証された転写物を検出するために用いられた。他のその場配列決定法とは異なり、ExSeqは遺伝子群を標的にしていない。この技術は、空間分解能、多重化、および偏りのない方法を統合して、発生中の組織および活動的な組織におけるRNAの局在化とその生理学的役割についての洞察を明らかにしている。(KU,MY,ok,kj,kh)

Science, this issue p. eaax2656

免疫道具箱中のdsRNA検出器 (A dsRNA detector in the immune toolkit)

Nod様受容体(NLR)タンパク質は、細胞内の病原体関連の分子パターンを認識し、これがインフラマソームと呼ばれるシグナル伝達複合体の形成を引き起こす。これらの複合体は、次に、細胞死の非常に炎症性の形態であるピロトーシスを開始する。最近の研究は、ライノウイルス・プロテアーゼがヒトNLRP1インフラマソームを活性化できることを示しているが、この酵素がNLRP1に対する唯一の病原体由来の引き金であるかどうかは不明であった。Bauernfriedたちは、セムリキ森林ウイルス(Semliki Forest virus)感染の過程で生成された長い二本鎖RNA(dsRNA)が、上皮細胞内でNLRP1と結合して活性化することを報告している。dsRNAの結合が、活性化された NLRタンパク質の共通の特徴であるアデノシン・トリホスファターゼ(ATPase)活性の獲得をNLRP1にもたらす。したがって、ウイルス・プロテアーゼの活性を認識するその能力に加えて、ヒトNLRP1はウイルスに関連した核酸の真の検知器として機能することができる。(KU,kh)

【訳注】
  • インフラマソーム:炎症反応を引き起こすための細胞内タンパク質複合体。
  • ライノウイルス:風邪の代表的な原因ウイルス(100種以上の血清型があり風邪ワクチンの開発を困難にしている)。
  • セムリキ森林ウイルス:ウガンダの Semliki Forestにおける蚊から単離されたウイルス。
Science, this issue p. eabd0811

筋肉を維持する (Maintaining muscle)

炎症反応を仲介するエイコサノイドであるプロスタグランジンE2(PGE2)は、筋幹細胞の機能を支援もする。Pallaたちは、老化したマウスでのPGE2の喪失は筋肉の喪失に寄与し、それはPGE2を分解する酵素である15-水酸化プロスタグランジン脱水素酵素(15-PGDH)の活性が増加した結果であるらしいことを見出した(BeckerとRudolphによる展望記事参照)。高齢マウスにおいて、15-PGDHを阻害することによってPGE2濃度が回復すると、筋肉機能が改善された。高齢動物における15-PGDHの活性の低下は、タンパク質分解とトランスフォーミング増殖因子-βシグナル伝達の減少、およびミトコンドリア機能とオートファジーの増加などの有益な効果をもたらした。これらの発見は、老化中に筋肉量と機能を維持するのに役立つ潜在的な治療戦略を明らかにする。(Sh,MY,kj,nk)

【訳注】
  • エイコサノイド:細胞膜のリン脂質に存在する必須脂肪酸の一つアラキドン酸が代謝されることで生成し、その細胞や周囲に対する生理活性を有する脂質。
  • トランスフォーミング増殖因子:腫瘍細胞から分泌されαとβに大別される。このうちβは分子量12k〜15kのペプチド二量体で、上皮細胞の増殖抑制や創傷治癒の促進などの活性がある。
  • オートファジー:細胞内のタンパク質分解の仕組みの一つで、細胞内の異常タンパク質の蓄積防止、タンパク質過剰合成時や飢餓時のタンパク質リサイクル、細胞質内に侵入した病原微生物の排除などで生体の恒常性維持に関わっている。
Science, this issue p. eabc8059 ; see also p. 462

一度に1つのシナプスで回路を構築する (Building circuits, one synapse at a time)

脳の発達に伴い、ニューロンは剪定(刈り込み)によって、洗練された新しい接続を構築する。Gourたちは、電子顕微鏡を使い、出生したマウスの脳がどのように発達するかについての、高分解能での研究方法を構築した。この調査は、回路がどのように構築されて、体性感覚皮質に抑制性ニューロンを組み込むのかの詳細を明らかにしている。(ST)

Science, this issue p. eabb4534

電子緩和はいかに高速か? (How fast is electronic relaxation?)

分光法が進歩しアト秒級の時間分解能を達成したことにより、これまで調べることができなかったさまざまな超高速過程を実験的に調べることへの関心が高まっている。Zinchenkoたちは、炭素のK吸収端周りのアト秒過渡吸収と第一原理量子動力学シミュレーションを併用して、エチレン陽イオンの超高速非断熱動態を調べた。彼らは、励起二重項(D1)から基底二重項(D0)への緩和が、円錐交差を介して7フェムト秒以内で生じることを直接観測した。これは、振動緩和過程やこれまで報告された電子緩和過程よりもはるかに短い。本手法は、液体および溶液にそのまま適応することが可能であり、化学系および生化学系における有機分子の電荷移動動態とエネルギー移動動態のさらなる研究を可能にする。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • 二重項:二重に縮退しているエネルギー準位。
  • 円錐交差:高いエネルギーの電子状態系が低いエネルギーの電子状態系とエネルギーの極小点でないところで交差し、高い電子状態系から低い電子状態系への無輻射的遷移が生じる交差のこと。
Science, this issue p. 489

吸い上げて筋肉を鍛える (Pump it up)

カーボン・ナノチューブのより糸(撚糸)は、イオンで浸潤すると長さの縮小と結果としての直径の拡大が生じるため、電気化学的な作動体として用いることができる。正あるいは負イオンのどちらか一方が、この効果を引き起こすことができる。Chuたちは、電解液槽に必要なものを取り除いて、全固体型筋肉を組み立てた。これは、応用へのこの利用可能性を拡大するかもしれない。このより糸に荷電重合体を染み込ませることで、繊維は部分的に膨潤し始め、そこでイオンを失うことで長さを増すことができる。このようにして筋肉の全体としてのストローク長さを大きくすることが可能である。さらに、この複合材料は、電圧変化の速度を上げると、1回のストロークが思いもかけず増大する。(MY,ok,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ストローク:機械の往復可動部の動く範囲。
Science, this issue p. 494

女王のチューチュー声の決まりと統治 (The queen's chirp rules)

ハダカデバネズミは真社会性の生活様式で知られており、多数の働き手と子を産む一匹の女王からなるコロニーで生活している。これらのコロニーの各個体がどのようにして、そのような複雑な共生集団で必ず発生するたくさんの相互関係をうまく舵取りしているのかについては、ほとんど知られていない。Barkerたちは、各個体が発した鳴き声、とりわけ普通の「チューチュー」という鳴き声が、その動物集団に特有の情報を伝達していることを示している(Buffensteinによる展望記事参照)。集団の差異は遺伝的というより文化的なものであり、そしてそれは女王に関係している、すなわち乳仔交換された子ネズミは、自身が育つコロニーの方言を身に付け、また、方言は女王の交代によって変化する。(Uc,MY)

【訳注】
  • 真社会性:ハチやアリの社会に見られる、階級で群れが構成され、働き手階級が自身の生殖権を犠牲にして共生集団を支える社会のこと。
Science, this issue p. 503; see also p. 461

近すぎて怖い (Too close for comfort)

熱帯低気圧は、以前よりも強くなり、より高緯度で発生している。WangとToumiは、サイクロンが最大強度になる地点も1982年以降陸地に近づいてきており、結果としてそれらの経路が極方向および西方向に移動するにつれて、陸と最大強度点との隔たりが10年ごとに約30km減少したと報告している(CamargoとWingによる展望記事参照)。この変化は、熱帯低気圧が沿岸の人々にもたらす危険性を増大させるかもしれない。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • サイクロン:インド洋と太平洋南部で発生する熱帯低気圧をサイクロンと呼ぶが、ここでのサイクロンは、世界各地で発生する熱帯低気圧のサイクロン、ハリケーン、台風を包含するものとして使われている。
Science, this issue p. 514; see also p. 458