AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 15 2021, Vol.371

ジテルペノイドは脂質の生合成を阻害する (Diterpenoids inhibit lipid biosynthesis)

植物は、腹を空かせた昆虫から自身を守るのに役立つさまざまな分子を作る。Liたちは、植物が自身を防御することと自身を害することの間の均衡について解析した。野生種のタバコ(Nicotiana attenuata)では、2つのシトクロムP450酵素が、17-ヒドロキシゲラニルリナロール・ジテルペン・グリコシドを生合成する経路内で働いて、有害ジテルペン誘導体を蓄積しないようにするのを助けている。それらと同じ有害ジテルペン誘導体が、摂食したグリコシドから植食昆虫の体内で形成され、植物のみならず昆虫でもスフィンゴ脂質の生合成を阻害することにより毒性を生じる。(MY,kh)

【訳注】
  • テルペノイド:五炭素化合物であるイソプレンを構成単位とする一群の天然物化合物の総称。
  • シトクロムP450:活性部位に鉄錯体のヘムを持つ酸化還元酵素ファミリーの総称。P450は、活性部位である鉄原子に一酸化炭素が結合すると、450ナノメートルの波長に極大吸収が現れることから命名された。
  • スフィンゴ脂質:長鎖アミノアルコールを骨格として持つ脂質。植物では細胞膜脂質の40%以上がスフィンゴ脂質で、また、植食昆虫の細胞膜の必須成分でもある。
Science, this issue p. 255

非反応性部位を操る (Coaxing unreactive sites)

局在表面プラズモン共鳴の光学励起は、光を閉じ込めて、触媒反応速度を高めることが可能な電磁気的な(EM)不安定領域を創り出すことができる。Sytwuたちは、光学励起プラズモンが活性部位の場所をも制御できることを報告している。金ナノバーアンテナに交差した水素化パラジウム(Au-PdHx)ロッドから構成されるプラズモン・アンテナ-化学反応部系は、EM放射による不安定領域位置を、反応性がより高いPdHx の先端から離して局在化した。著者たちは、その場環境制御型透過電子顕微鏡観察を用いて、入射光の波長と強度を、周囲の水素ガス圧と共に変えることで、脱水素化反応点を、PdHx ナノロッドの鋭利な先端から中央部の平坦面に移すことができたことを示している。(NK,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 環境制御型透過電子顕微鏡:一般的な透過電子顕微鏡では試料は真空下で観察されるが、環境制御型では所定の気体雰囲気の下で観察が行われる。
Science, this issue p. 280

スラウェシの草創期の洞窟壁画 (Early cave art from Sulawesi)

旧石器時代のヨーロッパの洞窟壁画よりもよく知られていないが、島嶼部東南アジア、特にスラウェシ島のカルスト地形には、彩色されたもっと古い太古の洞窟が多数ある。Brummたちは、レアング・テドンジ(Leang Tedongnge)洞窟遺跡でウラン系列同位体分析を使って、特徴的な頭部のたてがみと眼窩前部の顔部のこぶにより輪郭づけられたセレベスヒゲイノシシの壁画の年代を、最低でも45,000年前より古いと特定した。これは、この地域で知られる最も古い洞窟壁画であるだけではなく、世界で知られている限り最も古い見分けがつく動物の描画である。著者たちは、この形式の美術が、この地域に立ち入った解剖学的に現代のホモサピエンス種である最初の集団の重要な文化的要素であったと推測している。(Uc,MY,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abd4648 (2021).

固い結合がメッセンジャーRNAを作り出す (A tight couple makes messenger RNAs)

真核生物での遺伝子発現には、まずDNAのRNA複写体への転写が必要であり、次にスプライシングして最終的な成熟メッセンジャーRNA(mRNA)を形成する必要がある。Zhangたちは、遺伝子転写とRNAスプライシングが、どのように物質的に結合されているのかを調査した。彼らは低温電子顕微鏡を用いて、転写酵素RNAポリメラーゼIIとスプライシング機構の一部であるU1核内低分子リボ核タンパク質粒子との複合体の分子構造を解明した。この結果は、結合されたmRNAの生成を理解するための重要な細部を提供している。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • スプライシング:メッセンジャーRNA前駆体(pre-mRNA)からイントロン(タンパク質設計に不要な部分)を除去し、エキソン(タンパク質設計に関する部分)を繋ぎ合わせる過程。
Science, this issue p. 305

子宮内のGPER1が助ける! (GPER1 in utero to the rescue!)

インフルエンザAウイルス(IAV)などの幾つかの一般的な病原体は、妊娠中に全身性のI型インターフェロン(IFN)によるシグナル伝達を活性化することがある。そのような感染は、先天性欠損症と胎児死亡を引き起こすと予想されるが、そのような結果を母親のIAV感染がもたらすことはめったになく、このことは胎児の組織に保護機構が備わっていることを示唆している。HardingたちはCRISPR選別法を用いて、ヒトの細胞系列の組織にわたって、特異なIFN制御を仲介しうるIFN制御因子を明らかにした。彼らは、Gタンパク質共役型エストロゲン受容体(GPER1)が胎児組織で発現していて、これが母親の感染中に、胎盤でのIFN応答に対する保護抑制因子として作用することを見出した。マウス・モデルにおいて、GPER1の薬理的活性化が母親の炎症から胎児を遮蔽した。GPER1の活性化は、母親の感染からも胎児の感染からも胎児を守るのに治療的に有望かもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • I型インターフェロン:ウイルス感染で誘導される抗ウイルス系のサイトカイン(免疫システムの細胞から分泌される情報伝達タンパク質)。
  • Gタンパク質共役型受容体:2つの末端がそれぞれ細胞内と細胞外にある7回膜貫通型受容体タンパク質で、細胞内に三量体Gタンパク質が結合し、細胞外の神経伝達物質やホルモン(本論文では女性ホルモン)を受容してそのシグナルを三量体Gタンパク質の変化として細胞内に伝える。
Science, this issue p. 271

B細胞活性化での重要な複合体 (A key complex in B cell activation)

免疫系の中核成分はB細胞であり、この細胞は感染により活性化され、その後成熟して長期免疫を与える。活性化は、細胞表面のB細胞受容体がその共同受容体と共同して抗原を認識すると、開始される。Susaたちは、共同受容体CD19と複合体を形成したB細胞受容体CD81の構造を報告している。CD81は単独でコレステロールに結合するが、CD19への結合に伴う立体構造変化により、そのコレステロール結合ポケットが塞がれる。コレステロールとの結合の調節は、活性化機構で役割を果たしているようである。この構造はまた、免疫療法を作る基盤を提供する。(MY)

Science, this issue p. 300

量子ポンプを作る (Making a quantum pump)

ほとんどの非平衡多体系は最終的に熱的平衡状態に到達する。しかし、一次元量子系の中には熱的平衡化しないものがあるが、これは長時間維持される平衡状態に落ち着く可能性がある。Kaoたちは、二次元配列した細長い管様形状の光ポテンシャルの中に閉じ込められた双極性ジスプロシウム原子からなるこのような系を研究した。著者たちは、原子間の接触相互作用を所定の方法で循環させ、次第に励起されていく非熱平衡的量子多体状態を生成した。(Wt,kh,nk)

Science, this issue p. 296

炎症に関する脂質メディエーター (Lipid mediators of inflammation)

ウイルスが細胞に侵入すると、あるいは細胞の溶解を引き起こすと、脂質が放出されることがある。これらの脂質は、生理活性になるように修飾されることがあり、抗ウイルス免疫応答、特に炎症を調節する役割を担っている。展望記事において、ThekenとFitzGeraldは、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染に対する免疫反応の中での、生理活性脂質の考えられる役割について論じている。生理活性脂質は多数の薬剤の目標であり、著者たちは、COVID-19を治療するためにこれらの薬剤が転用できるかどうかについても議論している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 脂質メディエーター:体内の代謝によって合成され、ごく微量で他の細胞や器官に作用して特定の反応を引き起こし、速やかに分解される脂溶性物質。
Science, this issue p. 237

1型免疫は真菌に足がかりを与える (Type 1 immunity gives fungi a foothold)

17型免疫応答は、粘膜の真菌感染症に対して極めて重要な役割を果たしている。他の型の免疫応答もこれらの病原体に対する宿主防御に寄与しうるかどうかは不明なままである。酵母 Candida albicans は、自己免疫性多腺性内分泌不全症-カンジダ症-外胚葉ジストロフィー(APECED)の患者に顕著に感染する。APECEDは、Aire 遺伝子の機能欠失型変異によって引き起こされる遺伝性疾患である。Breakたちは、C. albicans に対するAire 欠損マウスの経口感受性が、異常な17型免疫応答によるものではないことを報告している。むしろ、これらのマウスにおける局所的なCD4陽性およびCD8陽性T細胞によるインターフェロン-γの過剰産生が、上皮性関門を破壊し、 C. albicans 侵入への感受性を高める。正に同様のことが1型免疫経路でAPECED患者に作用している。マウスにおけるインターフェロン-γまたは JAK-STATシグナル伝達経路の抑制は、疾患の症状を改善し、このことは幾つかの部類の真菌症に対する将来の治療介入の可能性を示唆している。(KU,kj)

【訳注】
  • 17型免疫応答:17型ヘルパーT細胞(Th17)を主体とする免疫応答で、インターロイキン(IL)-17を産生する能力を持つ。
  • 1型免疫応答:1型ヘルパーT細胞(Th1)を主体とする免疫応答。
Science, this issue p. eaay5731

アルツハイマー病における、一酸化窒素(NO)のカスケード連鎖反応 (A cascade of NO in Alzheimer's disease)

アルツハイマー病(AD)において蓄積するアミロイドβペプチドの悪影響の1つは、一酸化窒素(NO)生成の促進と、その結果として生じる、ダイナミン関連タンパク質1(Drp1)のようなタンパク質の中のチオールのニトロシル化である。このニトロシル化は、神経シナプスの喪失を引き起こすことがある。Nakamuraたちは、この S-ニトロシル化が異常な方法で起こることを発見した。彼らは、1つのNO基が少なくとも3つのタンパク質間を通過する、一連のトランスニトロシル化事象を発見した。ヒトAD患者の脳あるいはADのマウスモデルにおいて、脱ユビキチン化酵素Uch-L1が、S-ニトロシル化された。Uch-L1は、NO基をもう一つの酵素であるCdk5(サイクリン依存性キナーゼ5)に移した後、Drp1の S-ニトロシル化を引き起こすのかもしれない。この結果は、無関係の酵素が一緒になって異常に機能して脳機能を破壊しているかもしれないという機構を示唆している。(Sk)

【訳注】
  • ダイナミン:細胞膜を通した物質の取り込みやミトコンドリア分裂において膜の変形・切断を担う分子。
Science, this issue p. eaaw0843

時間と親密さが伝染を推進する (Time and intimacy drive transmission)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に感染した人々の中の少数が、ほとんどの感染を伝播している。どのようにしてこんなことが生じるのだろうか? Sunたちは、2020年4月までの、中国湖南省での伝染を再現した。このような詳細なデータを使うことで、社会的距離をとる全住民水準の対策に対する、個人隔離を目的とした伝染制御対策の相対的な寄与が分離可能となる。著者たちは、二次伝染のほとんどが少数の一次感染者に遡ることができ、伝染の優に半分以上が一次感染者の発症前の段階で起きたことを見出した。さらに、特に都市封鎖が実施された場合、感染者にさらされた時間が、家族接触の距離の近さおよび回数と相まって、伝染の最大の危険性であった。これらの調査結果は、ウイルス伝播と経済的負担の両方を最小限に抑える可能性のある感染制御策の設計に役立つかもしれない。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. eabe2424

エチレンの豊富さが土壌圧密を知らせる (Ethylene aplenty signals soil compaction)

圧密された土壌に鋤を打ち込むことは体にこたえるが、植物の根は、圧密された地面で成長する際に、同じ問題に遭遇するように見える。しかしPandeyたちは、問題は物理的抵抗のそれではなく、むしろシグナル伝達経路を通した成長の阻害であることを見出した。揮発性の植物ホルモンであるエチレンは、空気を含んだ土壌を通して拡散しようとするが、圧密土壌はそのような拡散を減らし、根組織近傍のエチレン濃度を上昇させる。過剰なエチレンにより引き起こされる細胞内シグナル伝達の連鎖は根の成長を止める。そのため、気体拡散は、植物の根が有効な栄養素を探して成長することに対する、土壌圧密の読み出し情報として役立つ。(MY)

Science, this issue p. 276

安定な原子核のなかのα粒子 (α particles in stable nuclei)

α崩壊は、ウランのような重元素の放射性の一般的なモードであり、2つの陽子と2つの中性子からなる粒子の損失を伴う。1世紀以上の研究にもかかわらず、安定核においても不安定核においても、これらの α粒子がいつ、どこで、形成されるのかについては未解決のままである。Tanakaたちは、一連の安定なスズ同位体に高エネルギーの陽子を衝突させて、質量数に反比例した量の放出 α粒子を検出した(Henによる展望記事参照)。この観測は、α粒子蓄積を核表面における中性子スキンの厚さに関係付けており、放射性崩壊から中性子星の動態に至るまでのモデルに影響を与える。(Wt,kh)

Science, this issue p. 260; see also p. 232

細胞生物学における発端と進化 (Ancestry and evolution in cell biology)

単一細胞分析における実験方法の進歩は、組織および生物内でのその場配列決定、ゲノム・バーコード、および細胞系統の地図化を可能にしている。したがって、大量のデータが蓄積され、分析上の課題を与えている。Stadlerたちは、正常状態と疾病状態の理解にこれらの技術的進歩を十分に活用するには、概念的および計算的研究が必要であると認識した。著者たちは、感染症の系統動態から得られた考えを概観し、類似の系統樹構築技術が、発生および分化からガン生物学に至るまでの応用のために体細胞系統の変化の監視にどのように適用できるかを示している。(KU,kh,nk)

【訳注】
  • 系統動態:病原体の生物への感染と病原体の遺伝子変化との関係を分析する研究分野。
Science, this issue p. eaah6266

マナウスの罹患率 (Attack rate in Manaus)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の発生は2020年5月にブラジルのマナウスでピークを迎え、同市の住民に壊滅的な被害をもたらし、同市の医療サービスは粉々になり、墓地は悲鳴を上げた。Bussたちは、マナウスとサンパウロの献血者からデータを収集し、感染がいつ減少し始めたかに注意して、2020年10月の最終的な罹患率を推定した(SridharとGurdasaniによる展望記事参照)。免疫防御の不均一性、人口構造、貧困、公共交通機関の諸方式、非薬理的介入の不規則な採用などは、高い罹患率にもかかわらず、集団免疫が達成されていなかった可能性があることを意味している。この不幸な都市は、自然集団免疫が将来の感染にどのような影響を与える可能性があるかを示す先行事例となっている。マナウスでの出来事は、このウイルスを放っておけば、社会にどのような悲劇と害をもたらしうるかを明らかにしている。(ST,kh,nk)

Science, this issue p. 288; see also p. 230

自然言語がウイルスの逃避を予測する (Natural language predicts viral escape)

中和抗体を逃れるウイルス変異(ウイルスの逃避として知られる事象)は生じることがあり、ワクチン開発を妨げる可能性がある。どのような変異がウイルスを逃避に導くかを予測するために、Hieたちは、2つの成分、即ち、文法(または統語論)と意味(または意味論)を用いた自然言語処理のための機械学習技術を使用した(KimとPrzytyckaによる展望記事参照)。3つの異なる教師なし言語モデルが、インフルエンザA血球凝集素、HIV-1外被糖タンパク質、および重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)棘突起糖タンパク質に対して構築された。これらのウイルスを意味論の立場から眺めると、統語論および/または文法としては正しいが、意味論からは実質的に異なり、したがって免疫系を逃れることができる配列を生成するようなウイルスの逃避変異が予測された。(KU,MY,kh,nk)

Science, this issue p. 284; see also p. 233

そんなに違いはない (Not so different)

ヒトはしばしば、私たちが他の動物とどれほど異なるかに重点を置く。確かにいくつかの重要な違いがあるが、質が違うというより程度が違うのだということを私たちはますます学んでいる。これらの類似度は、より伝統的な、狩猟採集生活様式を生きるヒト集団を見ると最もはっきりとわかる。Barsbaiたちは、300を超えるそのような狩猟採集ヒト集団を、多様な環境条件にわたる同じ環境に住む哺乳類および鳥類と比較した(HillとBoydによる展望記事参照)。彼らは、ヒト・哺乳類・鳥の3集団すべてが、採餌行動、社会行動、および生殖行動に関して収斂していることを見出した。したがって、環境選択への適応は、多種多様な生活形態にわたって同様の反応を形作る。(Sh,MY,kh)

Science, this issue p. 292; see also p. 235

老化細胞の選択的な破壊 (Selective destruction of senescent cells)

老化細胞は、さまざまな加齢に伴う身体疾患に関連しているので、治療の標的候補として提案されているが、根底にある機構についてはまだ完全には理解されていない。JohmuraたちはRNA干渉を用いて、老化細胞の生存に不可欠な酵素を選び出した(PanとLocasaleによる展望記事参照)。著者たちは、グルタミン代謝、特に酵素グルタミナーゼ1、の重要な役割を特定し、この経路の阻害が老化細胞の死を誘導することを実証した。グルタミナーゼの標的化はまた、マウス・モデルにおける加齢に関連する臓器機能不全と肥満に関連する障害を改善し、この手法の潜在的な治療的価値を示唆している。(Sh,nk)

【訳注】
  • RNA干渉:標的となる遺伝子の転写産物であるmRNAと相補的な配列を持つ二本鎖RNAを導入して、標的遺伝子の発現を抑制する現象。
Science, this issue p. 265; see also p. 234