AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 11 2020, Vol.370

あの干ばつの活動期 (Season of the drought)

インドのモンスーンは、数億人の人々にとって非常に重要な水の源泉であり、通常の雨量がない場合、膨大な人・経済そして生態系の負担が生じることがある。しかしながら、モンスーンによる干ばつは常に季節的であるとは限らない。Borahたちは、全てのモンスーンによる干ばつのうちほぼ半分が準季節性であり、季節後半の急激な降雨減少という特徴を持つことを見出した。更に言えば、準季節的な干ばつ型は北大西洋における独特の異常冷気に関連しているようで、このことはモンスーンによる干ばつがさらに予測できることになる。(UC,KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1335

正孔選択性接触面による効率 (Efficiency from hole-selective contacts)

ペロブスカイト/シリコン積層型太陽電池は、広いバンドギャップを有するペロブスカイト材料を安定させ、効率的な電荷担体輸送をも維持する必要がある。Al-Ashouriたちは自己組織化単分子膜を用いて、1.68電子ボルトのバンドギャップのペロブスカイトを安定化させた。この膜は、電荷担体の無放射再結合を最小限に抑える、効率的な正孔選択性接触面として機能する。封止されていない空気中で、積層型シリコン太陽電池は、300時間の動作後も、29%という初期電力変換効率の95%を維持した。(Sk,kh,nk)

Science, this issue p. 1300

幹様T細胞が反応を仲介する (Stem-like T cells mediate response)

養子細胞移植(ACT)は、患者自身のTリンパ球を使って、ガンを認識して攻撃する免疫療法の1種である。ACTは、転移性黒色腫に罹った一定の患者に効果を発揮してきており、幾つかの上皮ガンの治療に適用されつつある。Krishnaたちは、ACTへの反応を示す患者がいる一方で、示さない患者がいるのが何故なのかについて調べた。彼らは、腫瘍細胞の効果的な殺傷と黒色腫患者のACTへの好反応に関係付けられる、幹様表面マーカーを持つCD8陽性T細胞集団を同定した。腫瘍変異に特異的に対抗するT細胞集団のごく一部だけが、この幹様状態で見出された一方で、変異反応性T細胞のほとんどは、新生能のない最終分化の状態だった。これらの知見は、ガン免疫療法の成績を改善するのに有用となるかもしれない。(MY)

【訳注】
  • 養子細胞移植:患者の免疫細胞を採取して操作、培養した上で、その患者に再移植する免疫療法。
Science, this issue p. 1328

二酸化炭素肥沃化効果の減少 (A decline in the carbon fertilization effect)

気候科学における不確実性の1つの原因は、二酸化炭素肥沃化効果(CFE)が人為的気候変動の緩和にどのように寄与するかである。Wangたちは、地球規模での植物の光合成における、CFEの経時的な動態を調査した。おそらく窒素やリンなどの植物栄養素の制限効果のために、植物の光合成へのCFEの寄与はここ数十年にわたり減少してきている。この減少傾向は、炭素循環モデルでは十分に説明されてこなかった。したがって、CFEは気候変動の長期的な緩和に対して限界を有しており、将来の温暖化は今のところ過小評価されているのかもしれない。(Sk,nk)

【訳注】
  • 二酸化炭素肥沃化効果(CFE):大気中の二酸化炭素濃度の上昇に由来して、植物の光合成が増加する効果
Science, this issue p. 1295

小胞成熟の細胞内地図 (Subcellular map of vesicle maturation)

膵臓β細胞内のインスリン含有小胞は、グルコースの刺激を受けて、細胞の内部から表面へ遊走する必要がある。今回2つの研究が、関連した全細胞画像化技術である軟X線断層撮影法と低温電子断層撮影法を用いて、インスリン含有小胞の分布、大きさ、密度、それに位置を時間の関数として解明した。Whiteたちは細胞全体の中規模地図を可視化し、またZhangたちは、細胞内の特定「近傍領域」でのより高分解能の構造情報を提供した。インスリン分泌経路に沿う細胞内動態のこの包括的な描写により、循環グルコースに対するβ細胞によるインスリン調節の理解は進むだろう。(MY,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abc8262, 10.1126/sciadv.abc8258 (2020).

光に応答する分子量子ビット (Molecular qubits that respond to light)

量子ドットやダイヤモンドの欠陥中心などの固体系におけるスピンは、量子情報処理での利用のために光で容易に制御できるものである。さらに挑戦的な課題は、それらの特性を調整し、何かもっと簡単に分子のスピンを用いて行えるような大きなアレイを作製することである。Baylissたちは、光学的に対処可能な3つの関連する分子種の設計とその特性評価により、2つの方法の利点を組み合わせた。分子は有機配位子で囲まれた中心クロミウム・イオンからなり、配位子上のメチル基の位置を変えるだけでスピンと光学特性を調整することができる。(Wt,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1309

極低温分子の電場遮蔽 (Electric field shielding of ultracold molecules)

反応を伴う衝突は極低温分子集合体の寿命を制限してしまうため、極低温での化学反応を制御することは長年の課題であった。Matsudaらは、準二次元配置で捕捉されたカリウム-ルビジウム分子間に共鳴双極子相互作用を誘起する大電場を用いて、双極子介在の共鳴近傍における反応損失率を背景値よりも一桁低い値まで抑制することができると報告している。提案されている遮蔽機構は一般的であり、3次元配置にも適応できると期待されている。強電場下にある他の極性分子からなる長寿命量子分子ガスの創成にも適応できるであろう。(NK,KU,kh) 

Science, this issue p. 1324

風土性となる (Emergence to endemism)

過去数十年にわたるタスマニア・デビル間で伝染する悲惨な顔面ガンの出現は、この動物の将来に対して大きな懸念を引き起こしてきた。それは、この動物が既に、地域的分布と他の圧迫要因によって脅かされているためである。この病気の全体的歴史と経緯についてはほとんど分かっていない。Pattonたちは、疫学的な系統動態の方法を用いて、この病気の出現と広がりの様式を明らかにした。彼らは、タスマニア・デビルの低生息密度が、この病気の進行と広がりを遅くすることに寄与していそうであることを見出した。これはタスマニア・デビルの存続にとって良い知らせであり、この動物の個体数を増やす選択肢を考える場合に留意されるべきであることを示唆している。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • タスマニア・デビル:フクロネコ科に属する肉食有袋類で豪州タスマニア島だけに棲息する。
  • 系統動態:病原体の生物への感染と病原体の遺伝子変化との関係を分析する研究分野。
Science, this issue p. eabb9772

表現型から構造へ(From phenotype to structure)

結晶学や低温電子顕微鏡法などの方法によって決定される巨大分子複合体の構造から、多くの洞察が得られた。しかしながら、細胞環境の状況での構造を決定する場合のような、過渡的な複合体を調べることは困難なままである。Brabergたちは統合的方法を用いて遺伝子欠失または環境変動の状況下における一つのタンパク質複合体の包括的な変異体セットについて、複合体構造の表現型プロファイルの連関地図を作製した(Wangによる展望記事を参照)。表現型プロファイル間の類似性を残基間の距離と関連付けることにより、彼らは、酵母ヒストンH3-H4複合体、酵母RNAポリメラーゼIIのサブユニットRpb1-Rpb2、および細菌RNAポリメラーゼのサブユニットRpoB-RpoCの構造を決定した。既知の構造との比較から、その正確さは化学的架橋に基づいて決定された構造に匹敵することが示された。(KU,kh)

Science, this issue p. eaaz4910; see also p. 1269

老化タンパク質凝縮物のレオロジー (Rheology of aging protein condensates)

液-液相分離を経て形成されるタンパク質凝縮物は、時間の経過とともにそのレオロジー特性の変化を示すだろう。これは、老化として知られるプロセスである。Jawerthたちは、レーザー・ピンセットに基づくアクティブ・レオロジーとマイクロビーズに基づくパッシブ・レオロジーを用いて、タンパク質凝縮物の時間依存的材料特性を解析した(Zhangによる展望記事参照)。彼らは、凝縮物老化は凝縮物のゲル化ではなく、むしろ、弾性率は同じままであるが時間の経過とともに大きく増加する粘性を有する、変化する粘弾性マクスウェル液体であることを見出した。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. 1317; see also p. 1271

亀裂を生じる正極の問題を解決する (Cracking the problem of cracking cathodes)

ニッケル、マンガン、コバルトの組み合わせを含む多結晶正極材料は、高性能のリチウム電池に使用されてきた。これらの材料は高電圧下で破断し、それが表面積を増加させ、副反応の増大と繰り返し寿命の低下を招く。モデル材料として単結晶試料を用いて、Biたちはニッケルに富む正極の変化を観察し、十分に特性が明らかな条件下での破断挙動を研究した。材料が充電されてリチウムが除去されると、特定の平面が互いに滑り、微小亀裂が観察される。ただし、この過程は放電時には逆になり、微小亀裂の痕跡がすべて除去される。著者たちは、拡散誘起応力モデルを開発し、平面滑りの起源を理解し、動作中の電池におけるこれらのニッケルに富む正極を安定化させる方法を提案した。(Sk,kj,nk)

Science, this issue p. 1313

大気中の二酸化炭素を制御する (Controlling atmospheric carbon dioxide)

二酸化炭素(CO2)の大気中濃度は、氷河サイクルと歩調を合わせて過去100万年にわたって大きく変化した。南極海の海水の湧昇が重要な要因であるということは広く認められているが、これらの CO2 変動のより詳細な原因は、気候変動を理解する上で非常に重要なことである。Aiたちは、以前から認識されていた南極海の湧昇の2つのモードに第3番目を追加し、3つの変化モードを明らかにした。この新しい 形式は、氷河とCO2 サイクルの相互の時間差をより良く説明するのに役立つものである。(Wt,kh,nk)

Science, this issue p. 1348

多様性は種分化を推進しない (Diversity does not drive speciation)

新種の起源に果たす環境の役割は、長年議論されてきた。Harveyたちは、熱帯地方の亜鳴禽類のトリに対する進化の歴史と種の多様化を調べた(Morlonによる展望記事参照)。熱帯地方では種分化の速度はより高いという予想とは異なり、著者たちは、苛酷な環境では熱帯と比べて、より高くより安定した速度で種分化が生じていることを観察した。このため、このグループに属するトリに対しては、温帯から北極区での多様化とそれに続く熱帯地方での種の移動と存続が、それらのトリの、局所的により高い水準での種多様性をもたらした。(MY,kh,nk)

Science, this issue p. 1343; see also p. 1268

感染に先立つ抗体 (Antibodies predating infection)

季節性ヒト・コロナウイルス(hCoV)感染後の免疫記憶は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する交差防御に寄与する可能性がある。Ngたちは、SARS-CoV-2に感染していない350人のコホートにおいて、そのうちの一部のコホートが、SARS−CoV−2棘突起タンパク質のS2サブユニットと交差反応する可能性のある免疫グロブリンG(IgG)の循環抗体を持つていたと報告している(GuthmillerとWilsonによる展望記事参照)。対照的に、COVID-19患者は、S1サブユニットとS2サブユニットの両方を認識するIgA、IgG、およびIgM抗体を産生していた。SARS-CoV-2に感染していないコホートからの抗S2抗体は、SARS-CoV-2とSARS-CoV-2 S偽型の両方に対して特異的な中和活性を示した。成人と比較して、SARS-CoV-2に感染していない子供と青年のはるかに高い割合がこれらの抗体に陽性であった。このパターンは、子供と青年が一般的により高い hCoV感染率とより多様な抗体レパートリーを有しているという事実に起因している可能性があり、このことは、COVID-19感受性の年齢分布を説明するものかもしれない。(KU,kh,nk)

Science, this issue p. 1339; see also p. 1272

ワクチン安全性の歴史 (A history of vaccine safety)

ワクチンは安全で効果的であり、毎年何百万人もの命を救っている。ワクチン開発は、歴史からの教訓が繰り返されないことを確実にするための厳格な安全性の実施手順に導いた。展望記事において、Knipeたちは、何らかの有害事象が発生した場合の試験の一時停止や規制当局承認後の安全性監視の確保など、今日の規制と実施手順に導いたワクチンの安全性問題の歴史に関して検討している。COVID-19ワクチンにたいする必要性と第3相試験完了前のありうる早い規制当局の承認は、包括的な安全性データを収集する我々の能力を危険にさらすかもしれない。有効性だけでなく安全性も、ワクチン展開前に評価することが重要である。(KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1274

やっかいな精神衛生 (Taxing mental health)

精神的平衡は、先進国と発展途上国のどちらにおいても、経済的に生産的な生活を送るために不可欠である。蓄積されつつある証拠は、精神障害と貧困は道連れになる傾向があることを示しているが、どちらが原因だろうか? Ridleyたちは、貧困の中で生きる個人に関わる、自然と対照の経済実験に関する文献を概説した。著者たちは、貧困が精神疾患を引き起こす仕組みと、精神疾患がどのように貧困を悪化させるかを解明しようとした。彼らの結果は、貧困下で精神疾患に苦しむ人々のための現金支援と、低コストの治療的介入の恩恵を明らかにしている。(Sk,ok,kj,kh,nk)

Science, this issue p. eaay0214

CiBER-seqは遺伝子ネットワークを分析する (CiBER-seq dissects genetic networks)

細胞は環境信号と内部状態を統合して、遺伝子発現を動的に制御する。Mullerたちは、標的化されたゲノム全体の遺伝的摂動を、個々の摂動ごとに誘発される発現表現型を定量的に測定する高重複度配列解析読み出しと結びつけることにより、この細胞水準論理を分析する技術を開発した。CiBER-seqと名付けられたこの方法は、出芽酵母細胞におけるタンパク質合成と栄養の入手を結びつける既知の調節経路を再現することができた。意外なことに、著者たちは、細胞水準論理はまた、この決定においてtRNAを含むタンパク質生成機構を考慮しているらしいことを見出した。この深く保存された経路の付加的な側面を明らかにすることにより、この知見は、細胞水準決定の根底にある遺伝子ネットワークのマッピングにおける包括的かつ定量的なCiBER-seq特性抽出の有用性を示している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eabb9662

培養皿の中での躯幹形成 (Trunk formation in a dish)

培養中の自己組織化幹細胞から哺乳類の胚を構築することができれば、基本的な体の構造を形作る形態形成と分化課程の研究を加速するかもしれない。Veenvlietたちは、細胞外基質の代用物中にマウス胚性幹細胞の凝集体を埋め込むことにより、神経管、体節、腸を持つ胚性躯幹様構造(TLS)を生成する方法を報告している。ライブ・イメージングと単一細胞トランスクリプトミクスの比較分析、TLS形成がマウスの発生に類似していることを示している。したがってTLSは、哺乳類の胚形成を高解像度で解読するための、拡張性があり、扱いやすく、利用しやすい高生産性の技術基盤を提供する。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • ライブ・イメージング:生体組織や細胞を生かしたまま、個々の細胞のはたらきや遺伝子の発現の様子を可視化し、外部から観察する手法。
  • トランスクリプトミクス:網羅的な遺伝子発現解析による研究手法。
Science, this issue p. eaba4937

細胞極性化の時機ときっかけ (Timing and trigger of cell polarization)

哺乳類の胚発生中、最初の細胞運命決定が、(胎盤を形成する運命にある)栄養外胚葉の前駆細胞を(胚と卵黄嚢の全組織を形成する)内部細胞塊から分離する。この最初の系統分離に対する重要な事象は、頂底細胞極性の確立である。この事象は、定められた発生段階で生じるように設定されている。その時間的調節同様に細胞分極の確立を引き起こす要因は不明のままである。Zhuたちは、マウス胚中において3つの分子調節因子、Tfap2cとTead4とRhoAが、引き続く細胞運命の詳細指定と形態形成を含む細胞極性化の時機を進めるのに十分足りることを示している。(Sh,kh)

【訳注】
  • 細胞極性:細胞膜や細胞内の成分は、均一に分布しているわけではなく、偏りをもって存在しており、細胞極性はその偏りで生じる。胚の外側(頂端側)と内側(基底側)で生じる偏りを頂底極性と言う。
Science, this issue p. eabd2703