AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science December 4 2020, Vol.370

果物の減少が森林の象を脅かす (Fruit decline threatens forest elephants)

アフリカ熱帯森林における大型哺乳類の草食動物は、果物の主要な消費者であり、多くの樹木種はこのような消費者に種子散布を依存している。Bushたちは、ガボンの保護自然公園内での30年以上の果物生成を監視し、監視対象の73の植物種全体で80%の減少があったことを示している。同時に、過去10年を超える森林の象の画像記録は、このような主要な草食動物において体調が大幅に衰弱していることを示している。これらの結果は、森林象の個体数を支える生態系の力が減少していることを示唆しており、このことは狩猟や森林減少のような他の脅威からいまだ保護されている環境における憂慮すべき事態である。(Uc,KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 1219

糖の遺伝情報が血液幹細胞を調節する (Sugar code regulates blood stem cells)

胚発生の間に、血液幹細胞は、発生中の動脈の壁を裏打ちする血管内皮細胞から派生する。内皮細胞から血液幹細胞への移行は高度に調節されていて、ごく一部の内皮細胞からの短期間での移行に限られる。この移行を調節する機構もまた、よく理解されていない。KasperたちはRNA-223が、血管の造血性への移行を (N-結合型糖鎖の生合成を調節することによって) 内因的に抑制して、造血幹細胞と造血前駆細胞の産生と分化を制限することを見出した。遺伝学的方法や化学物質を用いて、糖の遺伝情報を変更し、胚中での血液産生の効率を変化することができるであろう。このように、内皮細胞中のN-結合型糖鎖の生合成を遺伝子的にあるいは薬理学的に変更することは、血液幹細胞の生成効率を改善できるかもしれず、そうするとこれは、白血病などの血液疾患の治療に使用できるかもしれない。(MY,kh,nk,kj)

【訳注】
  • N-結合型糖鎖(N-glycan):タンパク質を構成するアスパラギンのアミドにN-アセチルグルコサミンを介して糖鎖が結合したもの。
Science, this issue p. 1186

量子物質を探査する (Probing quantum materials)

スピン・バレー電子効果やトポロジカル効果、多体効果のような量子物質の機能解明は、これらの物質を応用のために開発する道筋を与えるものである。Borschたちは、結晶-運動量コムの概念に基づく分光学的な技術を研究導入した。技術を紹介している。計測学の周波数コムと超解像イメージングの着想を拡張することにより、彼らは量子電子構造の環境条件下の特性を直接的に緻密に計画する能力を実証している。この手法を正確な多体計算と組み合わせて用いることで、彼らは2次元量子物質の断層画像を明らかにすることができた。(Wt,KU,kh,nk,kj)

Science, this issue p. 1204

SARS-CoV-2抗体は生き残る (SARS-CoV-2 antibodies persist)

COVID-19の日々の症例数が世界中で積みあがっているが、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)への液性免疫応答の性質は不明なままである。Wajnbergたちは、軽症から中等度のCOVID-19症状を持つ3万人以上の感染者からなる調査群を用いて、抗SARS-CoV-2抗体応答の強さと寿命を測定した。彼らは、SARS-CoV-2の棘突起タンパク質に対する中和抗体の力価が、感染後少なくとも5か月間持続することを見出した。この免疫の寿命と力価を確定するにはこの調査群の継続的な追跡調査が必要だろうが、これらの速報結果は、再感染の確率が現在恐れられているより低いかもしれないことを示唆している。(MY,o,kh,nk)

【訳注】
  • 液性免疫応答:抗原への応答が、免疫細胞が分泌した抗原対抗物質である免疫グロブリンにより行われること。抗原への応答には、免疫細胞による細胞応答と、この液性応答がある。
  • 力価:抗体の効力やウイルスの感染能力などの目安に使われる相対的な数値。
Science, this issue p. 1227

深く、熱く、そして思ったよりも生命にあふれている (Deep, hot, and more alive than we thought)

海洋堆積物は巨大な微生物生態系を代表しているが、我々はまだ、どんな要因が海底下の生命を形成し制限しているのかを十分に理解していない。Heuerたちは、日本沖合の沈み込み帯からの試料を分析し、海底下約600メートル、約70°Cの温度に相当するまで深さと温度が増加するにつれて、微生物の生命体、特に細菌の栄養細胞が減少していることを見出した。この限界より深いところでは、芽胞が一般的になる。これは、細菌の名残であり、しかも潜在的な貯蔵庫である。さらに深いところは無菌領域であり、そして1000メートルより深いところは栄養細胞が生息する熱い領域である。このように非常に地下深いところでは、高濃度の酢酸塩と硫酸塩が共存し、(生物的)超好熱性メタン生成の兆候もある。これらのデータは、それでもなお微生物の生命体を支えている、極端で住みにくい環境中の興味深いのぞき窓を提供している。(Sk,kh)

【訳注】
  • 栄養細胞と芽胞:細菌の本来の形が栄養細胞であり、これに対し特定の菌では、生育環境が増殖に適さなくなると、芽胞とよばれる強い抵抗性を持つ胞子に似た球状の構造体を菌体内に形成する。発育に適した環境になると、芽胞からの出芽によって本来の形である栄養細胞となって再び増殖する。
Science, this issue p. 1230

局所的進化の本質に到達する (Getting to the guts of local evolution)

哺乳類の微生物叢は、共進化の産物である。しかしながら、人間は、かなり地理的に固有であるかもしれないさまざまな適応特性を示す。人間の微生物叢はまた、さまざまな群集構成と、宿主の生理機能を変化させ得るさまざまな重複した冗長な代謝特性を示す。例えば、ラクターゼ活性持続症はヨーロッパの人々の遺伝的特徴であるが、ラクターゼ遺伝子を欠く人々においては、代わりに微生物による乳糖の消化力が授けられている。SuzukiとLeyは、新たな変化しつつある人間の環境への局所的な適応において、微生物が果たす役割の証拠を概説している。(Sk)

【訳注】
  • ラクターゼ活性持続症:哺乳類であるのにもかかわらず、成体になっても、乳糖の消化酵素のラクターゼが活性を維持すること
Science, this issue p. eaaz6827

致死的なコロナウイルスが宿主を惹きつける方法 (How lethal coronaviruses engage hosts)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、致命的なコロナウイルスSARS-CoV-1および中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)と密接に関連している。かなりの努力が治療法の開発に注がれており、コロナウイルス全体に作用する治療法は特に有用となるだろう。ウイルスに乗っ取られた宿主因子に注目して、Gordonたちは、SARS-CoV-2、SARS-CoV-1、およびMERS-CoVに対するウイルス・タンパク質とヒト・タンパク質間の相互作用を図化し、ヒト細胞におけるウイルス・タンパク質の局在性を分析し、そして 遺伝子スクリーニングを使用して、ウイルス感染を増強または抑制する宿主因子を同定した。ウイルスの生活環に不可欠な相互作用タンパク質の一グループに対して、著者たちは、低温電子顕微鏡構造を決定し、患者データを詳しく調べて、標的とする宿主因子が臨床結果にどのように関連できる方法を理解した。(KU,ok,kh,kj)

Science, this issue p. eabe9403

ようやっと、リガンドの在りかをつきとめた! (A ligand is located, at long last!)

Nod様受容体(NLR)ファミリーのメンバーは、感染の細胞内検知器として機能する。それらは、病原体に関連する分子パターンを認識すると、集合してインフラマソームと呼ばれるシグナル伝達複合体を構築し、これが炎症誘発性サイトカインとパイロトーシス細胞死を誘発する。げっ歯類の NLR family pyrin domain containing 1 (NLRP1)は、細菌性毒素と病原性原虫を認識できるが、ヒトNLRP1に対するリガンドは曖昧なままであった。Robinsonたちは、 ヒトNLRP1がエンテロウイルスを感知し、それによって活性化されることを見出した。ヒト・ライノウイルス(HRV)感染中、HRV 3CプロテアーゼはNLRP1から活性を抑制していたN末端フラグメントを切断し、それはその後分解される。放出されて活性化した NLRP1 C末端フラグメントは、次にインフラマソーム形成を開始する。この研究は、呼吸器系ウイルス感染の免疫感知に関する洞察を提供し、ヒト自然免疫におけるN末端グリシン・デグロン経路の例を与える。(KU,kh,kj)

【訳注】
  • エンテロウイルス:エンベロープのない一本鎖RNAウイルスで、腸管内で増殖するウイルスの総称
  • ライノウイルス:普通の風邪の代表的原因ウイルス(エンテロウイルス属)
  • デグロン:基質タンパク質に存在するタンパク質分解のシグナルとなるアミノ酸配列。
Science, this issue p. eaay2002

選択が変異への許容度を高める (Selection enhances mutation toleration)

変異は、自然淘汰に中立あるいは支配される変異性を生み出す。頑健性は、有害な変異結果に耐える能力の尺度である。Zhenたちは、黄色蛍光タンパク質を発現する大腸菌の集団を4世代の間、黄色蛍光発光の方向への強い選択、弱い選択あるいは選択が働かない、各条件に曝した。彼らはその後、これらの集団をさらに4世代の間、関連する機能である緑色蛍光発光の方向への選択に曝した。最初の黄色と次の緑色蛍光発光に向かう強い選択の結果は、緑色蛍光発光が最も多くかつ変異が最も多く蓄積したものだった。この結果は、タンパク質の折り畳み性の増加によるものらしかった。このように選択は、変異の蓄積に向かう発端を与えるが、頑健性はタンパク質の進化に必要な変異への緩衝材になる。(MY,ok,kh,kj)

Science, this issue p. eabb5962

翅の保護 (Protection in the wings)

甲虫は体と後翅を保護するために前翅を固めてしまった。そして、這ったり穴を掘ったりする間のそれらの使い方はよく理解されている。しかしながら、より大きな後翅の飛行時衝突中の挙動は、直ぐにはたためないため明らかになっていなかった。PhanとParkは、雑然とした環境を模して飛行中に翅が衝突するようにして自由飛行させたカブトムシの、後翅の折り畳みと展開の機構の詳細な研究結果を提示している(Sunによる展望記事参照)。彼らは、翅にある折り紙のようなひだは衝突時に急速にしぼむことが可能で、その後跳ね返ることにより、衝撃吸収材と安定装置として機能することを見出した。著者らは、羽ばたき翼ロボットでこの動作を再現し、衝突後も安全に飛行できるようにした。(Sk,kh,kj)

Science, this issue p. 1214; see also p. 1165

競合的な根 (Competitive roots)

世界の植物生物量の多くは、根という形で地下の見えないところに存在している。Cabalたちは、理論モデルを開発し、それを経験的に試験して、根の成長を支配する規則を説明した(Semchenkoによる展望記事参照)。植物は、隣接する(そして競合する)植物がどれだけ近いかに応じて、根が成長する方法と場所を調整する。このモデルは、競合のない状態で成長した場合と比較して、根鉢を隣接する植物の近くで成長した場合の違いに関するいくつかの規則を抽出している。(Sk,kh,kj)

Science, this issue p. 1197; see also p. 1167

消え去る音を見つめる (Watching sound die out)

強く相互作用するフェルミ粒子からなる原子のガスは、密度とエネルギーが何桁にもわたるシステムのモデルとして役に立つ。この物理学の普遍性は、スケール不変性として知られている特性から生ずる。Patelたちはこの概念を利用して、極低温でリチウム6原子の均一ガスを研究することにより、このようなシステムでの音の減衰に関する普遍的な結論を導いた (Schaeferによる展望記事を参照)。彼らは、超流動転移温度以下で、音の拡散性が、強い相互作用を示すボソン流体であるヘリウム4で観察されたものと同じように振る舞うことを見出した。(Wt,KU,kh,nk,kj)

【訳注】
  • スケール不変性:対象のスケール(尺度)をかえてもその特徴が変化しない性質
Science, this issue p. 1222; see also p. 1162

脳を刺激して視覚を回復する (Restoring vision by stimulating the brain)

視覚野の電気刺激は、視覚障害者の視覚を回復するための手法として長く提唱されてきた。以前の研究では、電極を脳表面に配置したため、比較的大電流を流す必要があった。しかしながら、この方法では同時にかつ安全に刺激できる電極数が制限され、またそのような表面電極は数ミリメートルの皮質を活性化するため、低い空間分解能に終わった。Chenたちは、サルの一次視覚野における複数の皮質内電極の同時刺激が形状知覚を引き起こし、また連続的な刺激が運動知覚を引き起こすことを実証した(BeauchampとYoshorによる展望記事を参照)。この大きな進歩は、視覚障害者に人工視覚の方式を作るための電気的微小刺激の使用に対する概念実証を提供する。(Sh,kh,nk)

Science, this issue p. 1191; see also p. 1165

暗状態を検出する (Probing the dark state)

クーロン引力によって束縛された電子と正孔の対からなる励起子は、半導体中で励起されることで発生し、材料の光電子特性に大きな影響を与える。「明るい励起子」は光学的活性を有する一方で、親類である「暗い励起子」は検出するのがより困難であった。しかし、暗い励起子は、光と明るい励起子との相互作用を通じて光電子特性に影響を与える。Madeoらは、励起子の空間的、時間的、スペクトル的挙動を解明できるポンプ-プローブ式光電子放出技術を開発した(Na及びYeによる展望記事参照)。ジセレン化タングステンの2次元単層膜で実証されたように、励起子を励起できるその他の半導体系においても本技術が適応できることを示している。(NK,KU,kh,kj)

Science, this issue p. 1199; see also p. 1166

四量体の免疫受容体 (Tetrameric immune receptors)

ヌクレオチド結合/ロイシン-リッチ・リピート(NLR)免疫受容体は、病原体のエフェクターを検出して植物の免疫応答を引き起こす。今回2つのグループが、Toll様インターロイキン-1受容体(TIR)ドメイン(TIR-NLR)を保有する2つのNLRの構造を明確にした(TianとLiによる展望記事参照)。Maたちは、シロイヌナズナのTIR-NLR RPP1(ベと病菌1を認識)とその卵菌病原体由来エフェクターへの応答を研究した。Martinたちは、ベンサミアナ・タバコ(タバコ科植物)のTIR-NLR ROQ1(イネ白葉枯病菌を認識)とその病原菌 Xanthomonasエフェクターへの応答を研究した。両方のグループとも、これらTIR-NLRが四量体を形成し、それらが病原体エフェクターとの結合で活性化すると、ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオシド(NAD)加水分解酵素の活性部位を露出することを見出した。このようにして、病原体エフェクターの認識が、NADの加水分解を起動して免疫応答を開始させる。(MY)

【訳注】
  • Toll様受容体:病原体に関連する分子パターンを認識し自然免疫を作動させるパターン認識受容体。
  • エフェクター:タンパク質(特に酵素)に選択的に結合してその機能を促進または阻害する小分子。
  • ベト病菌:野菜の葉に寄生して黄白色の病斑を作り、さらには枯死に至らしめる卵菌類に属する植物病原菌。
Science, this issue p. eabe3069, p. eabd9993; see also p. 1163

ヒストンH3.3変異は発達を変える (Histone H3.3 mutations alter development)

H3.3ヒストン変異体をコードするヒト H3F3Aまたは H3F3B遺伝子における顕性の新規な生殖細胞変異は、発達遅延、神経変性、および構造的異常を引き起こす。Bryantたちは、さまざまな重症度の重複する表現型を持つ46人の患者における37の異なるミスセンス変異について記述している。H3.3は活動的な遺伝子を標識し、遺伝子発現とDNA損傷修復に影響を与える。変異はおそらく全H3.3の25%だけに影響を与えるようで、このことはH3.3機能に対する発達の絶妙な感受性を示している。以前の研究は、ガンにおけるH3.3テイルに影響を与える体細胞変異を報告しているが、生殖細胞変異はタンパク質全体に存在し、DNA、他のヒストン、または他のタンパク質との相互作用を特異的に変化させる。患者の細胞株を用いたRNA配列決定は、変異の一般的な影響が細胞増殖の増加に起因することを示唆している。(KU,kj)

【訳注】
  • ミスセンス変異:3塩基からなるコドン内の塩基の置換等により異なるアミノ酸が生成さ、異常なたんぱく質が産生される現象。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abc9207 (2020).

SARS-CoV-2を中和する囮 (A decoy to neutralize SARS-CoV-2)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する治療法を開発するための多くの取り組みは、ウイルス表面を飾る棘突起タンパク質とその宿主受容体であるヒト・アンジオテンシン変換酵素2(hACE2)との相互作用に集中している。Linskyたちは、hACE2界面を複製することにより、棘突起タンパク質に結合する囮タンパク質を工学的につくる新規な設計戦略について記述している。最も優れた囮、CTC-445はナノモルの低い親和性で結合し、そして結合を減少させるウイルス変異体の選択は、これがhACE2への結合にも影響を与えるため、ありえない。CTC-445の二価版の囮はさらに強く結合し、細胞のSARS-CoV-2感染を中和し、ハムスターをSARS-CoV-2免疫試験から保護した。この安定な囮は、呼吸器系の治療薬送達の可能性を有している。(KU,kh,kj)

Science, this issue p. 1208