AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science November 6 2020, Vol.370

可塑性(plasticity)の遺伝学を解き明かす (Untangling the genetics of plasticity)

よく見られる蝶のアメリカタテハモドキ(Junonia coenia)は、可塑的な呈色を示す。すなわち、黄褐色と暗赤色の2つの色多型で、これは日の長さと温度に依存する。van der Burgたちは、呈色可塑性がより大きなものとより小さなものとを選別することにより、呈色差の下にある遺伝的多様体の遺伝子位置特定に用いられるチョウ系統を作り出した。全ゲノム解析およびRNA配列解析により、呈色可塑性の違いに最も関係していそうな遺伝子群が特定された。CRISPR–Cas9を用いた遺伝子の不活性化により、赤の表現型に作用する3つの遺伝子が特定され、また、他の技術により、呈色に関連するシス制御性の非コード・ゲノム多様体が特定された。著者たちはこれらの結果から、遺伝的にコードされた可塑性とその可塑的形質の同化が、どのように進化したらしいのかをモデル化することができた。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • シス制御性:ある遺伝子と同じDNA鎖内にある別の領域が、その遺伝子の発現に影響を与えること。エンハンサー領域に外部から転写因子が結合して、該当遺伝子の転写を調節することなどが挙げられる。
  • 同化:ある確率で現れ特定の環境に有利な表現型が、環境との相互作用による選択淘汰を通してゲノムに組み込まれ固定化すること。
Science, this issue p. 721

食料に対する考え (Thought for food)

地球温暖化を2℃以下に抑えるというパリ協定の中心的な目標を達成するという望みを少しでも持つためには、炭素排出量を大幅に削減する必要があり、農業由来のものもその例外ではない。Clarkたちは、もし化石燃料からの排出が直ちに根絶されたとしても、世界の食料システムからの排出だけで、温暖化を1.5°C以内に納めることを不可能にし、2°Cの目標を実現することさえ難しくしてしまうであろうことを示している。したがって、パリ協定の目標を達成したいのであれば、食料の生産方法の大きな変更が必要である。(Sk,kh)

Science, this issue p. 705

電荷を層状化する (Layering the charge)

リチウム・コバルト酸化物のような層状金属酸化物は、再充電可能電池用に大きな注目を集めてきた。リチウム系電池においては八面体構造のみが生じるが、ナトリウム系電池では三方晶角柱構造も可能である。しかし、どのようにしてそれぞれの構造を予測し制御するのかについては理解が不足している。Zhaoたちは、イオンの単純な特性、即ち化学量論を基に適正に重みづけされたイオンの電荷と半径を用いて、遷移金属層または他イオン-酸化物層の層間にあるナトリウムが、八面体構造を維持するのか、或いは三方晶角柱配位に転換するのかを決定した。(NK,kh)

Science, this issue p. 708

SARS-CoV-2の棘突起タンパク質を封鎖する (Locking down the SARS-CoV-2 spike)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する治療法を開発するための多くの努力は、宿主受容体に結合する棘突起(S)タンパク質三量体に集中している。三量体Sタンパク質の構造は、その受容体-結合ドメインが上向きまたは下向きのいずれかの立体配座をとることを示している。Toelzerたちは、昆虫細胞中でSARS-CoV-2のSを生成し、低温電子顕微法によってその構造を決定した。彼らのデータセットにおいて、閉じた形状が優勢であり、必須脂肪酸であるリノール酸に結合することによって安定化された。同様の結合ポケットが以前の高病原性コロナウイルスに存在したようであり、過去の研究はウイルス感染と脂肪酸代謝の間の関連を示唆していた。そのポケットは、Sタンパク質を閉じた高次構造に閉じ込める阻害剤を開発するために利用できるかもしれない。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 725

生態系の「ビッグ・データ」 (Ecological “big data”)

人間の活動は急速に自然界を変えつつある。おそらく北極圏ほどこれが明白な場所はないが、この地域は依然として最も遠く、研究が難しい地域の1つである。研究者たちは、個々の種の応答を理解するために、これらの地域の動物追跡データにますます依存するようになってきた。しかし、より大規模な変化を理解したければ、種にまたがる理解を統合する必要がある。Davidson たちは、現在96種にわたり1500万以上の位置データ点を提供しているオープン・ソースのデータ・アーカイブを紹介し、それを用いて種にまたがる明確な気候変動応答を示している。このような生態系の「ビッグ・データ」は、変化についてのより広い理解をもたらすことができる。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 712

初期アンデスの女狩人 (A woman hunter in the early Andes)

近代の狩猟採集民の民俗学的記録は、大型獣の狩りについては、ほぼもれなく男が主要な狩猟者だったことを示している。しかし、この様式が先史時代にどの程度存在したのかについては、経験的および理論的な根拠の両方で、問題を投げかけられてきた。この問題を検討するためHaasたちは、アンデス・アルティプラーノの8000年以上前の遺跡の若い女性の埋葬場所から回収された加工遺物を研究した。この女性とともに見つかったのは、動物を処理するのに用いられた道具一式と多数の尖頭器で、この女性が狩りをしたことを強く示唆している。追加的な後期更新世と初期完新世のアメリカ大陸における女性狩猟者の例もつきとめられており、これはアメリカ大陸における初期人間集団の間での比較的未分化の生存維持労働モデルを支持する結果である。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • アンデス・アルティプラーノ:ボリビアからペルー南部まで続く標高3000-3900mの平坦な高原地帯。
  • 更新世:約258万年前から約1万年前までの期間で、ほとんどが氷河時代。
  • 完新世:最終氷期が終わる約1万年前から現在までの期間。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abd0310 (2020).

低ノイズ有機光検出器 (Low-noise organic photodetectors)

シリコン製の可視光検出器は高性能、かつ、低コストであり、ほとんどの応用に十分なものであるが、その寸法が小さく、また、硬いという性質は、装着型センサーなどの応用には最適なものではない。有機の光検出器は、柔軟で面積も大きくできるが、しばしばノイズが多い特性を示す。Fuentes-Hernandezたちは、ダイオード特性を改善する最適化された半導体および電極材料を選択することにより、低ノイズで低レベルの光を検出できる有機光検出器が可能となることを見出した。(Wt,kh)

Science, this issue p. 698

代謝を習性と関連付ける (Linking metabolism to behavior)

動物習性の研究における新たな主題は、環境の指標としての代謝が、後成的な変化および関連する遺伝子発現を通して、習性を調節できることである。Egervariたちは展望記事で、アリ、マウス、ラットおよびヒトなどの数々の種から明らかになりつつある、代謝-後成の軸が、アリでの採餌行動とげっ歯類およびヒトでの物質使用障害など、習性に影響を与えうるという洞察について論じている。この新たな概念図式は、さらなる研究を必要とし、また、さまざまな障害を治療的に変えられる経路として提供できるかもしれないという数々の意味合いを含んでいる。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • 物質使用障害:薬物やアルコールへの依存と乱用の状態のこと。
Science, this issue p. 660

ベンヌの表面の複雑な歴史 (The complex history of Bennu's surface)

地球近傍の小惑星(101955)ベンヌは、炭素が豊富でラブルパイル構造を持つ天体であって、元となるより大きな小惑星への衝突によって放出された破片から形成された。宇宙船 Origins, Spectral Interpretation, Resource Identification, Security, Regolith Explorer(OSIRIS-REx)は、ベンヌ表面の試料を収集して地球に帰ってくるように設計されている。ベンヌに到着した後、OSIRIS-RExはその小惑星の詳細な調査と、試料収集の可能性のある場所の事前調査を行った。3つの論文が、これらのミッションの各段階の結果を示している。DellaGiustinaたちは、ベンヌの表面の光学的な色と反射率に関する地図を作成して、それらが巨礫や衝突クレーターとどのように関連しているかを確定した。そして、その結果、宇宙の風化過程によって引き起こされた複雑な進化を見出した。Simonたちは、近赤外スペクトルを分析し、有機物および炭酸塩物質の証拠を発見した。それらは表面全体に広く分布しているが、特に個々の巨礫に強く集中していた。Kaplanたちは、Nightingale と呼ばれる最初の試料採取場所で収集されたより詳細なデータを調査した。彼らは、いくつかの巨礫で明確な赤外線スペクトルを持つ明るい岩脈を確認した。彼らはこれを、元の小惑星の水質変成作用によって形成された炭酸塩であると解釈した。これらすべての結果は共に、ベンヌの進化に拘束条件を与え、2020年10月に収集された試料の背景状況を与える。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eabc3660, p. eabc3522, p. eabc3557

「ナッジ」と刑事裁判 (“Nudges” and criminal justice)

米国における刑事裁判の政策は、望ましくない行動を思いとどまらせる結果となる措置(negative consequences)を強めることに焦点を当てている。しかしながら、被告は、措置がより厳しくなる変化に比較的無関心なようにしばしば見える。Fishbaneたちは別の政策手段を検討した。即ち、所望の行動を自発的に行うために必要な情報伝達の改善である(Kohler-Hausmannによる展望記事参照)。彼らは、犯罪召喚状を作り直して、重要な情報を強調することと、指定された法廷日に被告が出頭しやすいようなテキスト・メッセージの催促状(リマインダー)を用意することで、結果として法廷不出頭を糺す逮捕令状のかなりの割合をなくせることを見出した。追跡実験で著者たちは、司法の専門家ではない人々が、このような出頭しないことがかなり意図的であると信じており、この確信が、罰ではなく意識を高めることを目的とした介入への支持を減らすことを見出した。これらの知見は、刑事裁判の結果を改善することを目的とした政策に影響を及ぼす。(KU,MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • ナッジ(nudge:そっと後押しする):行動科学の知見の活用により、人々が自分自身にとってより良い選択を自発的に取れるように手助けする政策手法。
Science, this issue p. eabb6591; see also p. 658

みんなのゲノムのために元素を最大限にする (Maximizing elements for your genome)

変異の蓄積は典型的には、選択要因により制限を受ける。そのような要因の1つは、細胞を維持するためのタンパク質と分子を作るのに必要な元素である。Shenhavたちは、さまざまなアミノ酸の基礎となる炭素、酸素、窒素の含有量を分析し、栄養制限から生じる選択圧を調べた(PolzとCorderoによる展望記事参照)。著者たちは、「資源駆動」による選択を、環境の栄養物(特に窒素)の利用可能性に伴う純化選択力であると確認し、生物の栄養収支に及ぼす変異の影響を決定した。この制約から著者たちは、生物を横断する遺伝情報の構造が、元素資源に及ぼす変異の影響を反映していることを提案した。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 683; see also p. 655

琥珀中に保存された古代両生類 (Ancient amphibians preserved in amber)

現存する両生類は、3つのかなり単純な形態で表される。大部分は飛び跳ねるカエルとヒキガエル、低く這うサンショウウオ、そして手足のないアシナシイモリである。更新世初期まで(そして1億6500万年以上の間)は、別の分類群、アルバネルペトン科がいた。両生類の化石は保存状態が悪く、この分類群の以前の標本はまれであるし、たいていひどく損傷しているため、我々はこの分類群についてほとんど知らない。Dazaたちは、琥珀中に保存された一揃いの化石を記載している。それは、この分類群が生息場所の利用(木登りだったかもしれない)と、現在カメレオンで見られる弾道舌捕食に収斂してきたと思われる捕食方法の両方で独特であったことを示している(Wake による展望記事参照)。(Sk,kh)

Science, this issue p. 687; see also p. 654

南インドにおける疫学 (Epidemiology in southern India)

2020年8月までに、インドでは重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の症例が数百万人報告されており、高所得国で報告されている症例よりもより若い年齢の分布を示す傾向にある。Laxminarayanたちは、正確な接触者追跡・検査システムを開発したインドのタミルナドゥ州とアンドラプラデシュ州のデータを分析した(JohnとKangによる展望記事参照)。スーパー・スプレッダーによる感染が顕著で、一次感染者の5%が二次感染症例の20%の原因を占めていた。感染リスクが高いのは小児と若年成人において明らかで、感染者の3分の1を占めていた。死亡者は50~64歳に集中していた。高齢者層では発生率は変化が見られなかった。これは、おそらく効果的な外出禁止令や社会福祉プログラム、または社会経済的地位のためであろう。しかし、他の項目と同様に死亡率は、高齢、併存疾患、および男性であることと関係があった。(ST,kh)

【訳注】
  • スーパー・スプレッダー:他の人への感染力が極めて強い感染者。なお本訳文では原紹介文のパーセンタイル図解釈誤りを訂正してある。
Science, this issue p. 691; see also p. 663

過去の中の将来 (The future in the past)

気候予測の不確実性の主な原因は、大気中の二酸化炭素量の一定の増加の結果としてどの程度の温暖化が発生しそうかについての、我々の不正確な知識である。古気候の記録は、非常に多様な環境条件を記録しているため、その理解を深めるのに役立つ可能性がある。Tierneyたちは、大気中の二酸化炭素の上昇水準が、将来の気候にどのように影響するかをよりよく理解するのに役立つかもしれない、データ収集、統計、およびモデリングにおける最近の進歩を総説している。(Sk)

Science, this issue p. eaay3701

海綿から人間に至るエンハンサーの機能 (Enhancer function, from sponges to humans)

遺伝子発現の調節と急速な進化を助けるDNA領域であるエンハンサーの機能を確認することは困難であった。この研究領域は、機能の進化的保存を同定することの困難さによって妨げられてきた。Wongたちは今回、配列の進化的保存性が低いにもかかわらず、エンハンサー機能が動物界を通して強く保存されていることを示している(Harmstonによる展望記事参照)。ゼブラフィッシュとマウスに海綿のエンハンサーを組込んで遺伝子発現させると、海綿エンハンサーの配列が種を越えて、細胞型特異的な遺伝子発現を促進できることを示している。これらの結果は、後生動物の進化の過程で維持された動物界全体での遺伝子調節の予想外に深層での進化的保存を示唆している。(Sh,MY)

【訳注】
  • 後生動物:細胞が分化して形成された種々の器官を持つ、通常見られる多細胞動物のこと。
Science, this issue p. eaax8137; see also p. 657

トポロジーのスイッチを押す (Switching on topology)

多様なシステムにおけるトポロジカルな特徴を制御し設計する方法が集中的に研究されつつあるが、それは、結果の特性が散乱や欠陥のようなものに強くなる傾向にあり、そのシステムにトポロジカル保護を与えるためである。Maczewskyたちは今回、光学における他の領域に注目し、光学的非線形性がフォトニック格子の特性にトポロジカル変化を引き起こす可能性があることを示している。低い励起パワーでは、プローブ光は格子の残りの部分、光学的に自明の相に均一に漏れる。しきい値パワーを超えると、光学的非線形性がフォトニック格子の特性にトポロジカル変化を引き起こし、プローブ光は、構造のエッジに沿った伝播に制限される。これらの結果は、光の伝播を動的に制御する研究の方向を示している。(KU,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 701

いとこ達を産み出す (Calving cousins)

Walczakたちは、最終氷期中の太平洋の海洋換気増加とコルディエラ氷床からの氷山迅速生成の時期が、時折の大西洋への氷山流出に先んじたと報告している(JaegerとShevenellによる展望記事参照)。アラスカ湾の海洋堆積物は、そこでの海洋の深さ方向の混合の増加が、高緯度西部北アメリカの多くを覆う氷床からの激しい氷山分離と一致して起きていることを示し、また、これらの変化が北大西洋における類似のハインリッヒ・イベントの前に発生したことを示している。このため、これらの太平洋の気候系の再構成は、地球規模の影響を持つダイナミックな気候事象連鎖の初期部だったのかもしれない。(Uc,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 海洋換気:海洋が大気との間で交換した熱や水、物質が海洋内部に送り込まれること。
  • コルディエラ氷:氷期に北アメリカ大陸西部に存在した氷床。
  • ハインリッヒ・イベント(Heinrich event):最終氷期に北大西洋へ多数の氷山が流れ出したことで生じた、急激で大規模な寒冷イベント。1988年にHartmut Heinrichが発見した。
Science, this issue p. 716; see also p. 662