AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 30 2020, Vol.370

後退運動を地図化する (Mapping out backward motion)

地震に付随するほとんどの変形は、当然のことながら、断層破壊と同じ方向である。Xuたちは衛星画像を用いて、2019 Ridgecrest地震系列に関連して反対方向に移動する変形領域があることを見出した。それらの領域のこの方向への運動は非弾性変形が原因で、それが地震系列の全体的な断層破壊に対応するのに役立った。この観測はレーダー画像が改善されたために可能となったが、これは以前に考えられていたより一般的なもののようだ。(Wt,KU,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 605

一連の不幸な出来事 (A series of unfortunate events)

重症急性呼吸器症候群(SARS-CoV-2)が、どのような経緯で世界中に広がったのかは全く分かっていない。幾つかの物語がソーシャル・メディアにより広められ、ある場合には、それに応じて国の政策が作られた。今や、何千ものウイルス・ゲノムの配列が利用可能であるので、2つの研究が、SARS-CoV-2のまん延における幾つかの重要な初期の出来事を解析した。Bedfordたちは、このウイルスが1月末か2月の初めにワシントン州に到来したことを見出した。検出された最初の症例から得られたウイルスのゲノムは、中国の試料で見出されたものと似た変異を有していて、これが急激に広まり、その後の未検出の市中伝播の中心となった。他の検出ウイルスは欧州起源であった。Worobeyたちは、ドイツと米国西海岸への初期伝来が、精力的な公衆衛生努力により消滅したが、これらの成功が広く認識されなかったことを見出した。不幸にも2月に、中国から本国への帰還などの、公衆衛生上の追跡調査が手ぬるい、幾つかの大きな人の移動事象が起きた。連続し独立した伝来は、米国と欧州での大規模な勃発を引き起こした。これが今なお人々を規制措置に縛り付けているのである。(MY,kh)

Science, this issue p. 571, p. 564

ホルモンに誘導された自己組織化 (Hormone-guided self-organization)

オーキシンの信号は、成長あるいは再生している植物組織の経路を通って伝わり、組織形成を誘導する。Hajnyたちは今回、オーキシンで調節された受容体が、今度はリン酸化を調節し、ひいてはオーキシン輸送体の細胞内局在化を調節することを示している。このシグナル伝達経路を通してオーキシンは、自身が輸送される経路を作り、オーキシンが達すると成長を誘導するのである。(MY,nk)

【訳注】
  • オーキシン:植物の伸長成長を促す植物ホルモン。
Science, this issue p. 550

荷を軽くする (Lightening the load)

永久磁石は、通常、固体の金属または合金から製造される。より軽い元素を含む密度の低い組成物は、室温よりかなり低い温度でも、または弱い印加外部磁場の下でも減磁しやすい性質を有する。Perlepeたちは、今回、低密度のクロム・ピラジンからなる網状組織の化学的還元が、200°C以上まで安定した状態を保ち、室温で7500エルステッドの飽和保磁力で減磁に耐える磁石を生み出すことを報告している。この材料への単純な合成経路は、幅広い潜在的用途探索の可能性を示している。(Sk,kj,nk)

Science, this issue p. 587

ひねりを有するポラリトン (Polaritons with a twist)

調整可能なトポロジー的特徴を備えた光学システムを設計・製造する能力は、それらのシステムをトポロジカル凝縮物質システムの類似体を開発する上で、とりわけ魅力的なものである。その一方、凝縮物質自体の調節可能性は固定されているか限定的である傾向がある。Liuたちは、2次元材料とフォトニック結晶との組み合わせが、量子スピン・ホール系の類似物の開発に利用可能であることを示している。二硫化タングステン励起子の単分子層と非自明な六方晶フォトニック結晶との間の強い結合は、最大200ケルビンまで観測されるらせん状のトポロジカル・ポラリトンを生じさせる。トポロジカル・ポラリトンは、温度で積極的に調整でき、さらに電場や磁場で操作できる可能性があるため、エキゾチックなトポロジカル現象と量子物質の新しい相の探索のための柔軟な基盤を与える。(Wt,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 600

鳴き鳥が好ましい周波数を取り返す (Songbirds reclaim favored frequencies)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のパンデミック・ロックダウンが国全体で実施された時に、人間活動は前例のない形で停止した。Derryberryらは、カリフォルニア州サンフランシスコ湾岸地域の交通音が過去半世紀間では見たことのないレベルにまで低下したことで、メジロスズメの鳴き声の周波数が変化したことを発見した(Halfwerkによる展望記事を参照)。この変化は、人間が作り出す交通騒音の周波数が、最高のさえずり性能かつ最も効果的な鳴き声を妨げる周波数帯で発生するため、特に気付かれやすかった。このようにして、私たちの「静けさ」のおかげで、鳥たちは最も効果的な歌の周波数間隙を素早く満たすことができた。(ST,KU,ok,kj,kh,nk)

Science, this issue p. 575; see also p. 523

体温の経時変化 (Temporal changes in body temperature)

米国に住む人々では、正常な体温(BT)が過去150年間で37.0°から36.4°Cに低下した。これは、感染症の発生率の低下と社会経済的状態の改善に起因する低下である。この現象が非常に異なる状況下で見出されるかどうかを知るために、Gurvenたちは、16年間にわたるボリビア農村部の土着の農民集団のBTデータを分析した。彼らは、BTが20年足らずで0.5°C低下したことを突き止めた。保健医療がより容易に使えるようになったことが健康状態の改善に貢献したが、この急速なBT低下率を説明してはいない。(Sk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abc6599 (2020).

SARS-CoV-2の大流行を決定する要因 (Factors determining SARS-CoV-2 endemicity)

呼吸器ウイルスが大流行して世界中に広がり続けるかどうかは、多くの要因によって決まる。展望記事において、ShamanとGalantiは、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の大流行に寄与する可能性のある特徴について論じている。これらには、人々が感染から回復した後に再感染することがあるのかどうか、感染の発生に季節性があるのかどうか、そしてSARS-CoV-2は他の呼吸器ウイルスとどのように競合するかを含んでいる。著者たちは、免疫低下と免疫回避の重要性、および「風邪」コロナウイルスやインフルエンザ・ウイルスなどの他の大流行性呼吸器ウイルスから何を学ぶことができるかについて論じている。(KU)

Science, this issue p. 527

黒人の動物学者が提案し忘れ去られたアイデア (Forgotten ideas from a Black zoologist)

Charles H. Turner(1867?1923)は動物の認知を研究し、そして動物のふるまいや知能そして個性に関するその当時の主要な概念に挑戦した印象的な一連の研究にも関わらず、彼の研究の多くは忘れられている。アフリカ系アメリカ人として、Turnerは大学の地位を得ることができなかった。このことは、何故に彼の研究とアイデアが受け継がれなかったのか、そして実際に数十年後に繰り返されてしまったのかを説明するものかもしれない。展望記事において、Galpayage DonaとChittkaはTurnerの研究、彼がアフリカ系アメリカ人として直面した困難な出来事、そして今日まで研究において続いている人種差別について論じている。(Uc,KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 530

プロトン・ポンプ機械の秘密 (Secrets of a proton pumping machine)

ミトコンドリア複合体Iは、クエン酸回路からミトコンドリア電子伝達系への電子の主要な入り口として機能する。この巨大な膜に埋め込まれたタンパク質複合体は、キノンの還元を、4つの別々のプロトン・ポンプ内の150オングストロームを超える立体構造変化に結び付ける必要がある。 Kampjutたちは、触媒サイクルに沿った状態、不活性な高次構造の状態、および阻害剤ロテノンが結合した状態における複合体Iの5つの構造を決定した。いくつかの構造の分解能は、水分子が見えるほど、またプロトン・ポンプ膜ドメイン内のプロトン移動に対する推定経路を追跡できるほど十分であった。その構造は、この重要な複合体に関する機構的仮説を立てるための基礎を与える貴重な詳細を加える。(KU,kh)

Science, this issue p. eabc4209

ガンの物理的特徴 (Physical traits of cancer)

腫瘍の生物学的および物理学的特性は、腫瘍の成長と治療結果に寄与する。強力な研究努力はガンの生物学的特徴を描写するのに役立ったが、ガンの物理学は重要な研究分野として比較的最近になってようやく浮上した。Niaたちは腫瘍に共通し、治療の成功を制限する物性、即ち固体応力、間質液圧、剛性(硬さ)、および腫瘍を作りあげる構造と組織、を概説している。著者たちは概念的枠組みを提供し、ガンに関するこれらの明確な物性の原因と、それらがどのようにガンの発生、進行、免疫回避、および治療抵抗性を促進することを可能にし異常なガンの生物学と相乗作用するかについて検討している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaaz0868

混成ペロブスカイトの構造上の秘密 (Structural secrets of hybrid perovskites)

多結晶混成金属ハロゲン化物のペロブスカイト膜の光電子および光起電への応用が注目に値するのは、たいていの材料での粒界が電荷担体の散乱を引き起こして性能を低下させるためだ。これらの材料の電子顕微鏡研究は、強力な電子ビーム下での急速な構造劣化によって妨げられてきた。Rothmannたちは今回ホルムアミジニウム・三ヨウ化鉛(FAPbI3)多結晶薄膜の原子結晶構造を示しているが、これは高度な画像処理を備えた低電子線量走査透過型電子顕微鏡によって得られたものだ。その結晶構造は、A部位陽イオンの準化学量論性を維持し、PbI2不純物相とFAPbI3ペロブスカイトの間にほぼ完全な結晶学的配列を持ち、多結晶ドメイン間の原子的にくっきりとした粒界を持っている。これらの特徴は、この膜の驚くべき再生能力、ひずみと転位がほとんどないように見える良性の粒界、加えて過剰なヨウ化鉛前駆体が、直感に反して有益であり得る理由を説明するのに役立つ。(Sk,kh,nk)

Science, this issue p. eabb5940

放射線防護に役立つ細菌 (Radioprotective bacteria)

ガンに対する放射線治療によく見られる症状は、消化管障害である。引き起こされる障害は非常に激しくまた衰弱性なので、治療を中断させることがある。Guoたちは、放射線暴露実験から生き延びたマウスが、その腸内細菌叢において、分類学的に他と異なる特徴を持つことに気がついた。同様の相関性が、少人数のグループのヒト被験者にも見られた。マウスでのさらなる実験により、幾つかの細菌株が高濃度の短鎖脂肪酸を産生することが明らかになった。短鎖脂肪酸は炎症応答を弱め、放射線により遊離された活性酸素種が引き起こす損傷を軽減しているように見えた。網羅的代謝物解析はまた、放射線からの生存でトリプトファン代謝物経路が果たす役割の関与を示した。(MY,kh)

Science, this issue p. eaay9097

イヌの家畜化は多面的だった (Dog domestication was multifaceted)

イヌは最初に飼い慣らされた動物で、ヒトに連れ添うオオカミに由来するらしいが、その起源は不明なままである。Bergstromたちは、相当する古代のヒトのDNAが得られた遺跡に近く、また年代的に対応する複数の場所から、27の古代イヌのゲノムを配列決定した(PavlidisとSomelによる展望記事参照)。これらのゲノムを、他の古代および現代のイヌのゲノムとともに解析することにより、著者たちは、イヌが現在絶滅したオオカミ集団からかって発生した可能性を見出した。彼らはまた、今から約1万年前の少なくとも5つの異なるイヌ集団が、後の時代にヨーロッパで置き換えられたことを見出した。さらに、イヌの幾つかの集団遺伝学的特徴がヒトの集団遺伝学特徴と類似しているが、違っているものもあり、人類の一番の友達に対する複雑な祖先の歴史を暗示している。(MY)

Science, this issue p. 557; see also p. 522

意外に単純 (Unexpectedly simple)

マスノスケ(Chinook salmon)は、春と秋というその年の2つの異なる時期に産卵に戻ることが知られている。これらの時期に戻ってきた個体は通常、別型群の片割れまたはエコタイプ(ecotype:環境型)と呼ばれ、戻る時期に特有の形質と、交配の欠如によって引き起こされると推定される分岐を持っている。二つの産卵移動からの魚全体のゲノムを調べることによって、Thompsonたちは、関心のある単一ゲノム領域が産卵移動時期とほぼ完全に関連しているが、成熟度や脂肪蓄積などの他の形質とは関連していないことを見出した(McKinneyによる展望記事を参照)。さらに、彼らは、この領域がメンデル形質として機能し、産卵移動時期およびそれに関連する表現型を決める組み合わせは、遺伝学ではなく移動環境によって引き起こされると結論付けている。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 609; see also p. 526

空孔が水素イオン伝導性を増大させる (Vacancies enhance proton conductivity)

水素イオン交換膜(PEM)は電気絶縁体として機能し、反応物を確実に引き離しておくと同時に、水素イオンの輸送を可能にする。そのため、それらは低温燃料電池などの機器の重要な構成要素である。PEMは通常、高分子材料または高分子母材中に埋め込まれた材料から作られ、非常に高い湿度の条件下で動作させる必要がある。Qianたちは、無機の層状材料であるCdPS3をはじめとして、少量のカドミウムの除去が空孔をもたらし、PEMの水素イオン伝導性を大幅に増大させることを示している(WangとHeによる展望記事参照)。この過程はマンガン基材の膜でも機能し、高いリチウム・イオン輸送性も観察された。(Sk,kj)

Science, this issue p. 596; see also p. 525

初期東アジア人のDNA解析 (DNA analyses of an early East Asian)

解剖学的には現生と同じ古代のヒトは、旧人類のネアンデルタール人とデニソワ人と異種交配した。しかしながら、この異種交配の程度とそれが現生の集団にどのように影響を与えたかはよく理解されていない。Massilaniたちは、モンゴル東部サルキット渓谷の34,000年前の女性から全ゲノムのデータを作成し、他の更新世のヒト・ゲノムに関して彼女の祖先の詳細なモデル化を行った。彼らは、サルキット人が生きていたのに先立つ少なくとも6000年前の古代のヒトゲノムにおいてデニソワ人の祖先に関する証拠を見つけ、そのサルキット人女性へのデニソワ人の寄与が他の古代アジア人個体へのデニソワ人の寄与とは異なり、また現存するオーストララーシア人への古代デニソワ人からの寄与とも異なることを見出した。この基準点は、ユーラシア、特にゲノムの証拠が不足している東ユーラシアにおける私たちの種の初期の歴史を理解するのに役立つ。(Sh,KU,ok,kj,kh,nk)

【訳注】
  • 更新世:約258万年前から12,000年前までの新生代第四紀の第1期にあたる。かつては洪積世とも呼ばれ、そのほとんどは氷河時代だった。
  • オーストララーシア:オーストラリア・ニュージーランド・ニューギニアと、その近海の諸島を指す地域区分。
Science, this issue p. 579

堆積物中における穴居人の年表 (A timeline of cave dwellers in sediment)

2つの古代の系統、よく研究されているネアンデルタール人といとこ関係にある謎多きデニソワ人は、アフリカの外で現代のヒトと重なり合っていた。デニソワ人の化石はまれで、シベリアのデニソワ洞窟とチベットのうわさの年代不詳の顎に限定されている。しかし、デニソワ人から現代のヒトへの、特にオーストララーシア集団への複数の遺伝子移入の証拠がある。チベット高原の白石崖溶洞の堆積物を調べることで、Zhangたちはデニソワ人からの古代のミトコンドリアDNAを特定し、約10万年、6万年、そしておそらく4万5千年前に彼らが存在していたことを示した。この知見はアジアにおけるデニソワ人の存在していた時期と分布に関する洞察を提供し、ヒト族によるチベット高原の居住時間を拡張する。(Sh,KU,ok,kh,nk)

Science, this issue p. 584

多数と個々を操作する (Addressing the many and the individual)

固体系における原子欠陥の量子状態をコヒーレントに操作できる技術は、量子技術に対する基盤技術を開発する有望な道と考えられている。この基盤技術の成功には、密接する多くの量子ビットの相互作用を必要とすることはもちろん、個々の量子ビットを独立して操作する能力をも必要とし、今日まで、このような要求はお互いに相反していた。Chenらは光周波数領域法を考案し、それを用いて彼らは、多くの個々の希土類イオン欠陥(この時点で6個)を、制御光の回折限界内にあるすべてを分離して同時に操作することが出来た。本手法は数十さらには数百の欠陥に拡張可能であり、真に大規模な量子情報処理装置を実現する道を開くと期待される。(NK,KU,kh)

Science, this issue p. 592