AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 23 2020, Vol.370

メタ表面に基づく超小型表示装置 (Metasurface-based microdisplays)

有機発光ダイオード(OLED)は、高解像度の大面積テレビやスマートフォンやタブレット端末の携帯型表示装置で幅広い用途が見出されてきた。目からある程度離れた距離にある画面の場合は、一般的な1インチあたりの画素数はおよそ数百である。接眼型超小型表示装置の場合(例えば、仮想および拡張現実用途)、必要な画素密度は1インチあたり数千画素に達し、現在の表示装置技術では対応できない。Jooたちは、人工的メタ表面を反射可変な後方板として、フルカラー、高輝度OLED構造を開発した。1インチあたり10,000画素の超高密度は、メガネやコンタクト・レンズ上に加工できる次世代超小型表示装置の要件を難なく満たす。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • メタ表面:波長未満の大きさの構造体により、光の透過率・位相・偏光・波面が制御される表面
Science, this issue p. 459

脳下垂体の起源 (Origins of the pituitary gland)

プラコードは、頭部外胚葉の特殊分化であり、それは鼻、水晶体、耳、および下垂体のホルモン産生部分など脊椎動物に新しく出現した多くの器官の源であると考えられている。しかし、非脊椎動物である脊索動物において内胚葉に由来する下垂体様構造の存在は、下垂体がプラコードよりも前に存在している可能性を示唆していた。Fabianたちは、系統追跡、 時系列配列決定、および単一細胞メッセンジャーRNA配列決定を行い、内胚葉細胞と外胚葉細胞の両方がゼブラフィッシュ下垂体のホルモン産生細胞を生成できることを示した。これらの実験は、脊椎動物の下垂体が、先祖の内胚葉前葉と新たに進化した外胚葉プラコードとの相互作用により生じることを支持している。(KU,nk)

【訳注】
  • プラコード:胚発生の初期に胚の背側に形成される肥厚した組織で、中枢神経系の原基である。
Science, this issue p. 463

鉄がやったぜ! (The iron did it)

地球の歴史における初期に大気中の酸素ガス(O2)の蓄積を制御した要因は何だろうか? Heardたちは、38億年から23億年前の始生代から古原生代の堆積物の高精度な鉄の同位体測定と、合成黄鉄鉱に関する実験データを用いて、黄鉄鉱、すなわち、硫化鉄の埋没が、正味として O2の排出をもたらした可能性があることを示している。従って、これらの反応は、約24億年前に始まった大酸化イベント前の一過性の酸素化の初期事象に寄与した可能性がある。(Wt,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 446

脊髄回路の発生 (Spinal circuit development)

ゼブラフィッシュの脊髄における運動神経細胞回路は、迅速な回避応答とのんびりとした遊泳応答の両方を支えている。Kishoreたちは今回、これらの回路が幼生時に組み上げられる際の、抑制性介在神経細胞の発生を追跡している。発生の初期に生成された介在神経細胞は、発生の後期に生成された介在神経細胞とは異なる種類の回路を駆動し、運動神経細胞の異なる細胞内部にシナプスを形成する。したがって、急速な回避とゆっくりした遊泳の両方が、異なる方法で組み立てられた同じ細胞組成によって支えられている。著者たちは、介在神経細胞が発生のその瞬間に利用可能なものの上にシナプスを形成するという機会を逃さない規則(opportunistic rule)に従うことを示唆している。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 431

曲がりを利用してねじれを造る (Using curves to make twists)

層状材料の成長は通常、平坦な基板上での積層の形で生じる。ただし欠陥や格子不整合が次に続く層の形状を歪めるひずみを誘発することがある。これらの影響は通常小さく、放置されて構わないい。Zhaoらは、湾曲した基板表面との組み合わせでらせん転位の存在により誘発される層間で一定のねじれを持つ2次元材料からなる多層を造り出せることを実証している。非平面性の程度と特性(円錐曲線的すなわち双曲線的)を変えることで、様々なねじれ角が得られる。(NK,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 442

宿主細胞に自重させる (Saving a host cell from itself)

病原体と損傷した細胞DNAに対する哺乳類の基本的防御機構は、細胞基質中のDNA断片を認識して炎症性応答を開始することである。細胞基質内DNAを認識する環状グアノシン一リン酸?アデノシン一リン酸・合成酵素(cGAS)は核でも見つかるが、核でのその活性はクロマチンに繋ぎ止められていることで抑制されている。今回2つの論文が、ヌクレオソーム・コア粒子(NCP)に結合したcGASの低温顕微鏡構造を報告している。Kujiraiたちは、2つのcGAS分子が2つのNCPを架橋する構造を観察し、一方Boyerたちは、単一ヌクレオソームに結合したcGASを観察した。これらの構造はともに、cGASの活性化に必要なcGAS部位が塞がれていて、どのようにしてcGASが、核DNAへの自己反応性を防いでいるかを示している。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • ヌクレオソーム・コア粒子:4種類のヒストン(DNA分子を折り畳んで核内に収納する役割をもつタンパク質)が2つずつ集まった8量体の周りにDNAが巻き付いた糸巻き様の構造のこと。
Science, this issue p. 455, p. 450

流行拡大を理解する (Understanding epidemic spread)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染の世界的な拡大では、迅速に抑え込まれた発生と現在も進行中の大規模な流行との二つが見られた。これらのさまざまな結果は、ウイルスがどのように伝播し、ウイルス拡散の主要原動力が何であるかについて多くの調査を促がした。展望記事において、Leeたちは、家庭と居住環境、社会と超拡大事象、および地域間伝播など、SARS-CoV-2広がりの主柱について検討している。これらの状況下で伝播を防ぐ方法はもちろん、流行拡大のパターンにおけるこれらのさまざまな背景の重要性を理解することが、緩和策を改善して集中し、そして世界的大流行を制御するのに役立つはずである。(KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 406

心臓を害する (Damaging the heart)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、主に呼吸器性ウイルスであると見なされているが、心臓にも影響を及ぼすことがあるとの証拠が出てきている。Topolは展望記事で、このウイルスが心臓に与える直接的および間接的な影響について論じている。直接的な影響は、軽度の障害から炎症さらに急性循環不全に及び、これらは不整脈と、場合によっては心停止を引き起こすこともある。SARS-CoV-2はまた、血管にも影響を及ぼし、これは全身性炎症と同様に、間接的に心臓の機能に影響を与えることがある。心臓障害は病気の重症度と相関しているようには見えず、そのため、それが起きる頻度と、心臓の病変を起こすかどうかを何が決めているかを理解するには、SARS-CoV-2に感染した人たちの心臓機能をさらに評価することが必要である。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 408

クロービス時代に関する考古学での新たな知見 (New insights into Clovis-era archaeology)

独特の尖頭器様式によって定義されたクロービス文化は、かつては北米で最も初期の考古学的文化であると考えられていた。南北アメリカ大陸の至る所での新しい発見がその仮説を覆してしまったが、その起源、他の文化との関係、そして消滅についての疑問は残されたままである。Watersたちは、10のクロービス遺跡から32の高精度放射性炭素年代を得て、これらの遺跡が、現在より13,050から12,750の校正済み放射性炭素年前の間のものであると決定した。これらの年代は、クロービス文化が少なくとも3つの他の独特の考古学的文化と同時代であったことを裏付けており、アメリカ大陸への定住に関する現在の理論を複雑化させる発見である。新しい年代はまた、マンモス、マストドン、およびその他の大型哺乳類の絶滅と同時にクロービス文化の技術が消滅したことを示している。(Sk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaz0455 (2020).

重度のCOVID-19の根底にある遺伝的特徴 (The genetics underlying severe COVID-19)

免疫系は複雑で、インターフェロン(IFN)として知られるサイトカインをコードする遺伝子を含む多くの遺伝子が関与している。特定のIFNを欠いている人は、感染症にかかりやすくなることがある。さらに、自己抗体システムは IFN応答を弱め、病原体誘発性炎症による損傷を防ぐ。2つの研究は、遺伝的特徴がこのシステムの成分を通じて重症コロナウイルス病2019(COVID-19)の危険に影響を与える可能性を調べている(BeckとAksentijevichによる展望記事参照)。Q. Zhangたちは、候補遺伝子方法を使用し、I型とIII型のIFN免疫の調節に関与する遺伝子に変異を持つ重症COVID-19の患者を明らかにした。彼らは、患者においてこれらの遺伝子が豊富に存在することを見出し、遺伝的特徴が感染症の臨床経過を決定する可能性があると結論づけている。Bastardたちは、重度のCOVID-19肺炎患者の約10%で、I型IFN-α2およびIFN-ωに対する中和自己抗体の高い力価を持つ人を明らかにした。これらの自己抗体は、無症候またはより軽度の表現型を有する感染した人々または健康な人のいずれにも見い出だされなかった。まとめると、これらの研究は、生命を脅かすCOVID-19の危険がもっとも高い個人を特定できる手段を明らかにしている。(KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eabd4570, p. eabd4585; see also p. 404

結合価のより大きなCOF用配位子 (Higher-valency ligands for COFs)

金属有機構造体(MOF)は、共有結合性有機構造体(COF)よりも広範な結合性(結合価)と構造形態の多様性を示してきた。これは主としてMOFのリンカーが3個から24個の個別構成単位を、または1次元棒に対して無限の構成単位さえを、結びつけることができるためである。COFの場合、リンカーは一般的に有機炭素の結合価を反映した3あるいは4の結合価を持つ。Groppたちは、1,4-ホウ素化フェニルホスホン酸からキュバン様のリンカーを作った。このリンカーは縮合して結合価が8のCOPを作ることができ、または酸添加で無限長の棒形態を持つ大きな単結晶を形成することができた。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • COF、MOF:ともに周期性をもつ結晶性多孔質材料で、MOFでは有機構成単位が金属との配位結合により二次元的あるいは三次元的に組み立てられているのに対し、COFでは金属は含まず、構成単位間の共有結合により組み立てられている。
  • キュバン:8個の炭素が立方体の各頂点に配置され、それぞれの炭素に水素が1個ずつ結合した化合物。
Science, this issue p. eabd6406

愚か者の金を取り除く (Getting rid of fool's gold)

黄鉄鉱は、愚か者の金とも呼ばれ、岩石中に非常によく見出される硫化鉄鉱物であるが、現代の堆積物にはほとんど存在していない。黄鉄鉱は急速に酸化され、海洋への硫黄の主要な供給源であるが、歴史的には地球大気中の酸素含有量の代理指標でもある。Guたちは、ある頁岩の層序単元における一連の黄鉄鉱酸化プロセスの詳細な観察を行った。著者らは、亀裂に結びついた侵食が溶解プロセスにおける含有酸素と同等に重要であることを見出した。彼らは、地球の過去において黄鉄鉱が安定であり続け得た必要条件と、酸化プロセスにおける微生物の役割の決定に有用なモデルを開発した。(Wt,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eabb8092

SARS-CoV-2に対するミニタンパク質 (Miniproteins against SARS-CoV-2)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は棘突起タンパク質で装飾されており、この棘突起タンパク質が宿主のアンジオテンシン-変換酵素2(ACE2)受容体に結合すると、細胞へのウイルス侵入が始まる。開発中の単クローン抗体療法の多くは、棘突起タンパク質を標的としている。Caoたちは、棘突起タンパク質にしっかりと結合し、ACE2への結合を妨げる小さくて安定したタンパク質を設計した。最良の設計は非常に高い親和性でもって結合し、哺乳類 Vero E6細胞の SARS-CoV-2感染を防ぐものである。低温電子顕微鏡法は、2つの最も強力な阻害剤の構造が計算モデルとほぼ同じであることを示している。抗体とは異なり、このミニタンパク質は哺乳類細胞での発現を必要とせず、それらの小さなサイズと高度の安定性は鼻または呼吸器系へ直接送達する製剤を可能にする。(KU,kh)

【訳注】
  • Vero cell(ベロ細胞):アフリカミドリザルの腎臓上皮細胞に由来する、細胞培養に使われる細胞株。HeLa細胞と並んでもっともよく使われている細胞株の一つである。
Science, this issue p. 426

ポリエチレンの新たな未来 (A new future for polyethylene)

現在の合成樹脂再利用のほとんどは、廃棄物を切り刻み、元の用途よりも工学的要件の厳しくない材料に再利用することを意味している。分子水準での化学分解は、原理上、より高価値の製品につながるかもしれない。しかしながら、最も一般的な合成樹脂であるポリエチレンにおける炭素-炭素結合は、高圧水素への暴露なしには化学分解しにくい。F. Zhangたちは今回、白金・アルミナ触媒が、外部からの水素を必要とせずに廃ポリエチレンを洗剤製造の原料である長鎖アルキルベンゼンに直接変換できることを報告している(Weckhuysen による展望記事参照)。(Sk,nk)

Science, this issue p. 437; see also p. 400

細菌の淘汰が適応を駆動する (Microbial selection drives adaptation)

多くのマメ科植物は、窒素固定細菌すなわち根粒菌と宿主-共生体の関係を持つ。この関係は宿主植物と共生細菌の両方に利益をもたらす。Batstoneたちは、5つのマメ科植物の系統種とさまざまな単離細菌との間で、実験的に共生を進化させた。細菌との共生に対する宿主植物による淘汰(宿主選択)が認められるよりは、変異は細菌のプラスミド内に蓄積し、相利共生の強さを向上させた。このため、細菌株と植物遺伝子型との間の局所的で新しい共生は、細菌の適応に対する淘汰によるものである。(MY,nk)

【訳注】
  • プラスミド:細菌内で染色体DNAとは別に存在する一般に環状型のDNA。独立した複製機構をもち、細胞分裂では娘細胞に安定して受け渡され、また、細菌間の接合を通して細菌間でも伝達される。
Science, this issue p. 476

低酸素応答の起源と進化 (Origins and evolution of hypoxia response)

我々の現在の酸素が豊富な大気では、酸素濃度の変化を感知する真核細胞の能力は、低酸素条件に適応するために不可欠である。しかしながら、地球の大気はいつもそのような高い酸素濃度を含んでいたわけではない。Hammarlundたちは、植物と動物の両方における酸素感知系について論じ、この系が機能的に収斂しており、最初の低酸素環境でのそれらの出現が今日の作用方法を形作ったと主張している。(Sk)

Science, this issue p. eaba3512

粘液にはもっと大事なことがある (So much more to mucus)

哺乳類は、腸内に代謝的に活動的微生物の密集した群集を有している。これは受動的な関係ではなく、宿主と微生物は敵対する応答はもちろんお互いに相利共生の応答をもする。マウスにおける全結腸画像化法を用いて、Bergstromたちは、糞便排泄中に宿主細胞から微生物叢を分離する際の結腸粘液の役割を調べた(BirchenoughとJohanssonによる展望記事を参照)。宿主の杯細胞は、分岐鎖 O-グリコシル化と結腸での産生部位で異なる2つの型のムチンを合成する。近位上行結腸の〝厚い〟粘液が微生物叢を包み込み、糞便ペレットを形成する。遠位下行結腸に沿った輸送は、厚い粘液と一時的に関わる〝薄い〟粘液によって潤滑にされる。正常な粘液のカプセル化は炎症と過形成を防ぎ、このように健康な腸の維持に重要である。(Sh,KU)

【訳注】
  • 杯(さかずき)細胞:粘液をつくり出して分泌する単細胞腺。細胞体の基部が細く、上端は大量の分泌顆粒のために膨らんでいるので、杯と名付けられた。
  • O-グリコシル化:タンパク質が合成された後に起こる翻訳後修飾の一つで、タンパク質の酸素原子への糖分子の付加反応。
  • 結腸:大腸の直腸を除いた部分で、盲腸と上行結腸からなる近位結腸と、横行結腸、下行結腸とS状結腸からなる遠位結腸に分けられる。
  • 過形成:過剰な細胞分裂によって起こる組織の肥大。腸においてはポリープ形成の原因の一つでもある。
Science, this issue p. 467; see also p. 402

老いたチンパンジーの友達 (Old chimp friends)

ヒトは年をとると、若い頃に行う新しいが危うい交友以上に確かな友好関係を優先視する。この変化は、我々自身の死の感覚が働らくときに生じるかもしれない、と仮説を立てられてきていた。Rosatiたちは、オスのチンパンジー間の社会的結びつきに関する、稀有な長期データセットを分析し、古く、明確な友好関係に非常に似たような重きをおくことを見出した(Silkによる展望記事参照)。ヒト以外の動物間である種の時間的感覚に関する証拠はあるが、我々が経験する死にたいして同じような差し迫った感覚を彼らが持っているとは思えない。よって、このような結果は、異なる、そしてより深い機構が役割を担っていることを示している。(Uc,KU,nk,kj)

Science, this issue p. 473; see also p. 403