AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 16 2020, Vol.370

低温熱を回収する (Recovering low-temperature heat)

100℃以下の低温熱源は豊富でありながら、大部分は環境に放散されている。Yuたちは、低温熱の回収を可能にする液体熱ガルバニ電池における濃度勾配を増大させる方法を発見した。著者らは、低温端で電解質を強制的に結晶化させることにより濃度勾配を増大させる成分を追加した。その後、これらの結晶は高温端で溶融する。この方法は効率を高め、低品位熱を回収するための有望な方法である。(Sk,kj)

【訳注】
  • 液体熱ガルバニ電池:電解質を含む溶液を挟んで低温側の電極と高温側の電極を設け、温度による電極付近の化学反応の差を用いて電気エネルギーを発生させる電池
Science, this issue p. 342

カプシドを固定することでHIVを攻撃する (Attacking HIV by stabilizing its capsid)

現在のHIV治療は、毎日服用しなければならない薬を必要とするので、持続時間の長い効果的な薬があれば治療は改善されるだろう。GS-6207(Lenacapavir)はGilead Sciences社が開発した薬で、投与間隔が6か月の可能性を示し、第2/3相の臨床試験の段階にある。Besterたちは、GS-6207の強い抗ウイルス活性に対する根拠を与える構造的、生物物理学的な研究を記述している。HIVのカプシドは円錐形で、GS-6207は隣り合う2つのカプシド・サブユニットに結合し、湾曲したカプシドを固定する。GS-6207はまた、ウイルス感染で役割を果たしている補因子へのカプシドの結合を妨げる。GS-6207の活性に対するこの洞察は、持続時間の長い改良療法を論理的に開発する基盤を提供する。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • カプシド:ウイルスのゲノム核酸を包んでいるタンパク質でできた外殻。
  • HIVのカプシド:1種類のタンパク質が多量体となりカプシドを形成する。1つのタンパク質は、2つのサブユニットからなり、両者の間は柔軟な連結部分でつながっている。
Science, this issue p. 360

窒素が鉄を6価に持ち上げる (Nitrogen lifts iron to hexavalence)

鉄が酸素と相互作用しうる多種多様な方法は、生化学的および地球化学的な状況において十分研究されてきた。より最近には、化学者たちは、窒素が鉄を高酸化状態で同様に安定化できる範囲を探索してきた。Martinezたちは今回、カルベン配位子が配位した鉄中心が有機アジドと反応して、2つのFe=Nを持つ5価ビス(イミド)錯体を形成できることを報告している。その後の1電子酸化は、その6価鉄酸化状態をもたらした。2つの化合物は結晶学的な評価に対して十分安定だった。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • カルペン: 価電子を六個持ち電荷を持たない二配位の炭素、あるいはそのような炭素を持つ化学種の総称。[ウィキペディアから]
Science, this issue p. 356

心臓の代謝学 (Metabolomics, at the heart)

心不全が第1位の死亡原因であるため、心臓での代謝機能をよりよく理解することは歓迎すべき進展となる。Murashigeたちは、液体クロマトグラフィー-質量分析を用いて、心臓に血液を送る冠動脈と心臓から血液を排出する冠静脈から採取されたヒト血液試料において270以上の代謝物を測定した。そのため差異は、心臓で働いている代謝過程を反映した。彼らの結果は、心臓が貪欲に脂肪酸を消費することを確認した。心臓はアミノ酸を、消費するよりも、分泌した。これは、活発なタンパク質分解を表している。心不全の患者では、タンパク質分解と同様に、ケトンと乳酸の消費が増加した。これらの知見は、代謝を変えることで心臓病と戦う方法をもたらし得るかもしれない。(MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 364

分子内における光の移動時間 (The travel time of light in a molecule)

現在、さまざまな超高速プロセスの実験的研究に少なからぬ関心が寄せられている。特に興味深いのは、光イオン化の実時間動態である。これは、光と物質の相互作用によって引き起こされる最も基本的な過程の1つであり、その過程において光子の吸収が電子の放出とイオンの形成に導く。Grundmannたちは電子干渉技術を用いて、水素分子の両側から2つの電子が放射される間には数百ゼプト秒オーダーの誕生遅延時間があることを報告している。この遅延は、分子を横切る光子の伝搬時間と解釈される。提案された技術は、より複雑なシステムに広く適用可能であって、この解釈を支持するにはいっそうの研究が必要である。(Wt,KU,ok,kh)

【訳注】
  • 1ゼプト秒は10のマイナス21乗秒
Science, this issue p. 339

種の豊富さが相利共生を維持させる (Species richness maintains mutualisms)

互いに利益を与えあう種の相利共生の共同体は、生態系において至るところに存在し、生態系の機能にとって重要である。しかしながら、相利共生の持続性と種の豊富さの間の関係性は不明確なままであった。Vidalたちは、ビール酵母における人工的な相利共生を用いて、見返りにいかなる利益も与えない種による搾取に対して、種の豊富さが相利共生の共同体を保護する効果があるかどうかを実験的に調査した。彼らは、より豊かな相利共生の共同体が、対共生よりもより高い頻度で搾取から生き延び、より高度な種の豊富さと機能的な冗長性が、搾取者の存在下で相利共生の共同体を持続できることを示している。これらの結果は、種の豊富さが相利共生の共同体の機能と維持に対して必須であるという仮説に関する実験的支持を提供している。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 346

子供に対するCOVID-19の危険 (COVID-19 risks for children)

子供たちが、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染によってどのように影響を受けるかについてはかなりの議論がなされてきた。子供たちの一部は過炎症性症候群を発症し、これが明らかに懸念の原因である。しかしながら、多くの子供たちは感染の発症は軽度または無症候性のようである。それでも彼らは SARS-CoV-2の伝播を防ぐための封鎖措置によって傷つけられている。展望記事において、SnapeとVinerは、子供と若年成人におけるコロナウイルス病2019(COVID-19)について知られていることと、彼らがウイルスを伝播することがあるかどうかについて検討している。彼らは、教育、社会的介護、心の健康における封鎖の影響はもちろん、家庭での事故と予防接種プログラムの維持という観点からの子供の健康への悪影響について検討している。より多くの研究が必要あるが、将来の制御措置を評価する際には、そのような害を考慮する必要でがある。(KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 286

改良される義肢 (Improving prosthetics)

上肢および下肢の義肢を使用する人々は、人と機械間の接点における制約によって引き起こされる数多くの課題に直面している。理想的には、義肢は、使用者が器具を簡単かつ直感的に使用できるように、使用者と器具の間で双方向の情報交換を行うべきである。双方向接続の鍵は、運動制御と感覚機能である。展望記事において、Raspopovicは、さまざまな感知器や体内埋め込み器具によって、改良された運動制御と感覚機能を提供するための手法について論じている。最近の研究は、運動制御と感覚機能を組み合わせて義肢使用者の体験を改善できることを示唆しているが、そのような脳科学応用技術が生活の質を改善し、許容され得るようにするためには克服すべき多くの課題がある。(Sk,ok)

Science, this issue p. 290

ある瞬間 (A moment in time)

脳が発達する時、それは単に大きくなるだけではない。その骨組みが組み立てられる際に一時的な足場に頼る建造物のように、発達中の脳は成人の脳を特徴付ける回路を準備する。Molnarたちは、どのように脳の接続が構築されるかと、どのように自律的確立の活動型が感覚末端からの活性によって再形成されるか、についての知見の現状を概説している。過度的な神経細胞集団の助けを借りて、増大する外界からの入力により初期回路の自発的活動が形成される。これらの正常な発達上の相互作用が中断されると、結果として生じる誤配線が、成人の脳の機能障害を引き起こす。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. eabb2153

細胞は病原体に爆弾を落とす (Cells drop a bomb on pathogens)

脂肪小滴(LD)は細胞内に蓄積し、脂質貯蔵小器官として働く。それらはまた、多くの病原体にとって魅力的な栄養源でもある。Boschたちは、自然免疫に関与するさまざまなタンパク質が、細菌のリポ多糖に応答して、LD上で複合体を形成することを示している(Greenによる展望記事参照)。LDは活性化すると、ミトコンドリアから物理的に離れて、細胞の酸化的リン酸化から好気的解糖への移行を駆動する。この研究は、病原体を直接殺すことと、宿主の防御につながる代謝環境を確立する2つのLDの能力を浮き彫りにしている。これは抗生物質耐性の時代に、将来の抗菌戦略を告げるものかもしれない。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • リポ多糖:共有結合で結ばれた脂質と多糖の複合体で、グラム陰性菌の外膜の構成成分。
Science, this issue p. eaay8085; see also p. 294

核が規則を作る (The nucleus makes the rules)

個別の細胞は、3次元組織における機械的課題をたえず感じて、それに反応する。高密度組織内の空間的制約、物理的活動、および損傷はすべて、細胞の形状に変化をもたらす。細胞がどのようにして形状の変形を測定して、正しい組織の発達と恒常性を確保出来るのかは、ほとんど分かっていない(ShenとNiethammerによる展望記事を参照)。VenturiniたちとLomakinたちは、独立した研究において、核が細胞内定規として機能し、細胞の形状変化を測定できることを示している。核膜は細胞変形のゲージを提供し、アクトミオシンの収縮性と移動の可塑性を制御する機械的シグナル伝達経路を活性化する。それにより、細胞核は、細胞が自らの挙動を局所的組織の微小環境に適応させることが出来る。(KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. eaba2644, p. eaba2894; see also p. 295

繊維の張力が組織の拡大縮小を可能にする (Fiber tension enables tissue scaling)

組織の発達、恒常性、および修復には、細胞に機械的な力を感知することを必要とさせる。細胞の機械的感受性に関係する多くの分子作用因子が広く研究されてきたが、細胞が自らの機械的応答を自らの形状に適応させる基礎は、十分に明らかにされていないままである。Lopez-Gayetalたちは、2つの基本的な上皮構造(張力繊維と三細胞接合部)が、ショウジョウバエ細胞にどのようにして内部定規を与えて、その面積に応じて機械的応答を拡大縮小するかを明らかにしている。この研究は、上皮組織内のさまざまな大きさの細胞がどのように組織の形状と増殖を制御するためにそれらの機械的応答を集合的に適応させているかを説明している。大きさによる生物学的特性の拡大縮小は、他の生物学的システムの核心的特性である。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eabb2169

神経細胞型が行動状態を符号化する方法 (How neuron types encode behavioral states)

刺激と状態の神経符号化に対する分子的に定義された細胞型の寄与は何なのか? Xuたちは、マウス室傍核における複数の行動状態の神経表現を評価することを目的とした。この目標を達成するために、彼らは脳深部二光子イメージングと、そのイメージングされた細胞における遺伝子発現の事後検証を組み合わせた。行動状態は、複数の神経細胞クラスターの神経応答によって十分に予測することが出来た。あるクラスター群は広範囲にわたって調整され、複数の動作状態の解読に強く寄与したが、他のクラスター群は、ある動作群に、または動作状態の特定の時間窓に、より特異的に調整された。(KU,kj)

【訳注】
  • 室傍核(paraventricular hypothalamus):間脳の視床下部を構成する神経核の一つで、自律神経の中枢
Science, this issue p. eabb2494

腸内微生物からの代謝上の信号 (Metabolic signals from gut microbes)

腸は、そのその末端で微生物を詰めた、伸縮性で、分泌腺に富み、高度に神経が分布した管である。微生物群集の崩壊は、肥満や糖尿病などの代謝疾患の原因となる可能性がある。Mullerたちは、微生物叢が腸内神経系とどのように相互作用して代謝結果を誘発するかを研究した。CART+神経細胞と呼ばれる自律性腸内神経細胞の集団は、微生物叢のほとんどが存在する回腸と結腸に多く存在している。CART+神経細胞の刺激または切除により、血糖値、インスリン、および摂食行動が変化する。さらに、微生物叢の操作により、腸内神経細胞の密度は、誘導的、可逆的に柔軟に応答する。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 314

合成モルフォゲンの工学 (Engineering synthetic morphogens)

モルフォゲンは、組織発生中に位置情報を提供する。この作用が起きるためには、モルフォゲンが広がり、濃度勾配を形成する必要がある。しかしながら、それらの輸送機構は依然として議論の余地がある。Stapornwongkulたちは、今回、細胞外結合要素(バインダー)の存在下で、不活性な緑色蛍光タンパク質(GFP)が、発生中のハエ翅において、拡散による検出可能な濃度勾配を形成できることを示している(BarkaiとShiloによる展望記事を参照)。非シグナル伝達結合剤の発現とGFPに応答するよう操作された受容体を組み合わせると、合成GFP勾配は、成長とパターン形成を体系化する天然モルフォゲンの代わりになる。関連する研究でTodaたちはまた、GFPが分子を拘束する固定化相互作用を提供することによってモルフォゲンに変換され、遺伝子発現を活性化する合成受容体によって認識可能な勾配を形成することを示している。これらの合成モルフォゲンは、新生の多領域を持つ組織パターンをプログラムするために使用できる。これらの結果は、モルフォゲンのシグナル伝達とパターン形成の核となる機構を強調し、内因性モルフォゲン経路とは独立して空間的組織体をプログラムする方法を提供する。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • モルフォゲン: 局在する発生源から濃度勾配を持って発せられ、発生、変態、再生の際に形態形成を支配する物質。[ウィキペディア "モルフォゲン" 項目から]
Science, this issue p. 321, p. 327; see also p. 292

非フェッシュバッハ極低温分子 (Non-Feshbach ultracold molecules)

極低温分子の形成は、既に多岐にわたる物理の研究分野に大きな影響を与えてきた。しかし、従来の極低温分子生成法では限られた数の 系でしか到達できず、あるいはそれら分子は位相散逸が激しいという課題を抱えていた。Heらは、強烈に集光されたトラッピング・レーザーの固有分極勾配によって調整される二つの原子の相対運動と、それらのスピンを結合させて、二つが一組になるようにした。筆者らは、光ピンセットにより極低温87Rb-85Rb分子を創り出し、コヒーレントな長寿命原子-分子ラビ振動の観測に成功した事を報告している。筆者らは、さらにこの原子-分子系において、内部自由度及び外部自由度を完全に制御できることを実証している。(NK,nk,kh)

Science, this issue p. 331

脂質を用いた滑りやすい表面 (Slippery surfaces using lipids)

人工的な系では、摩擦の減少は、潤滑剤の使用または本質的に滑りやすい表面被覆によって生じることがある。水で大きく膨潤した架橋高分子物質であるほとんどのハイドロゲルの場合、表面の潤滑は通常、滑りやすい表面を形成するのに役立つ閉じ込められた液体によって生じる。一部に脂質境界層が用いられている関節軟骨に着想を得て、Linたちは、表面に向かって継続的に滲出して滑りやすい層を作る低濃度の脂質を含むハイドロゲルを設計した(Schmidtによる展望記事参照)。ハイドロゲルの摩擦と摩耗は最大100分の1に減少し、ハイドロゲルを乾燥させて再含水させた後でもその効果が観察された。(Sk,kh)

Science, this issue p. 335; see also p. 288

アミノ酸検出の複雑さ (Intricacies of amino acid sensing)

細胞が、微飲作用によって取り込まれ次にリソソームで分解される、外部タンパク質に由来するアミノ酸を検知する方法は、原形質膜の輸送体を介して取り込まれる外部アミノ酸を検知する方法とは異なる。両方のアミノ酸の供給源は結局、ラパマイシン機構的標的複合体1(mTORC1)タンパク質キナーゼを活性化することになる。しかしながら、Heskethたちは、培養ヒト細胞が、外部アミノ酸に応答してmTORC1の活性化を制御する Rag結合型グアノシン三リン酸加水分解酵素(GTPases)とは無関係な機構によって、後期エンドソームにおける外因性タンパク質に由来するアミノ酸を検知することを見出した。さらに、GATOR GTPaseは、原形質膜を越えて取り込まれたアミノ酸を検出する役割とは反対に、リソソームを介して処理されたタンパク質に応答して、mTORC1の活性化に対して抑制効果を示した。(Sh,kh)

【訳注】
  • リソソーム:細胞内消化を行う生体膜につつまれた構造体である細胞小器官。
  • エンドソーム:微飲作用によって形成された細胞内にある生体膜からなる小胞。
  • GATOR:GAP(グリセルアルデヒドさんリン酸) toward Rags の略。Rag配向グリセルアルデヒドみりんさん。
  • Rag:低分子量Gタンパク質(グアニンヌクレオチド結合タンパク質)の一種。
Science, this issue p. 351

地球の初期大気を守る (Protecting Earth's early atmosphere)

惑星体が発生期の大気によって形成される際、それらの大気は太陽風によって剥ぎ取られる恐れがある。しかしながら、惑星の磁場が十分に強い場合は、太陽風に対する防御となって、大気を保持することが可能となる。これまでの研究は、初期の地球には地磁気があったことを示しているが、その強さは十分に知られてはおらず、地球の初期の大気がどのように残存したかについては疑問を残している。Greenたちは、答えの一部が、その近くあった初期の月の磁場にあるかもしれないという仮説を立てた。この仮説には、地球に戻ってきた月試料の古地磁気研究による証拠が存在する。地球と月とを一組にした磁気圏モデルは、それらが強い太陽風に対する効果的な障壁となり、少なくとも25億年前までは地球の大気を守っていた可能性があることを示唆している。(Wt,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abc0865 (2020).