AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science October 2 2020, Vol.370

SARS-CoV-2に対する前から存在する免疫応答 (Preexisting immune response to SARS-CoV-2)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)ウイルスに対するT細胞の強い応答は、コロナウイルス病2019(COVID-19)のほとんどの人で生じる。いくつかの研究は、SARS-CoV-2に曝されたことのない人の中に SARS-CoV-2配列に対し既存の反応性を持っている人がいることを報告している。この既存の反応性の根底にある免疫学的機構は明らかではないが、広く流布している普通の風邪コロナウイルスへの以前の曝露が関与している可能性がある。Mateusたちは、SARS-CoV-2に対する既存の反応性が記憶T細胞に由来すること、そして交差反応性T細胞が、普通の風邪コロナウイルスの相同抗原決定基 (epitope)と同様にSARS-CoV-2抗原決定基に特異的に認識できることを見出した。これらの知見は、COVID-19疾患の重症化における既存の免疫記憶の影響を調べることの重要性を強調している。(KU,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 89

論文を入れると生成物が出る (Paper in, product out)

既知の化学反応を試そうとする一般的な化学者は、公開された論文に記載されている方法を見つけることから始めるだろう。Mehrらは、自然言語処理を用いて有機化学の文献を編集可能な機械命令に直接翻訳するソフトウェア基盤を報告している。その機械命令は次にコンパイルして、その化合物の実験室内自動合成を駆動することができる。その合成手順は、バッチ反応様式で動作する自動システムに普遍的に適用できるように意図されている。この全プロセスは、鎮痛剤の合成はもちろん、一般的な酸化剤やフッ素化剤に対しても実証されている。(ST,KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 101

競争力のある、コンデンサを用いた冷却 (Competitive cooling with capacitors)

現在の大規模な冷却装置は、蒸気圧縮冷却を用いている。空調機器の効率は最適化されてきたが、騒音を出すことがあり、問題のある温室効果ガスに依存している。今回、2つのグループが、電界を受けると温度を変化させるスカンジウム・タンタル酸鉛コンデンサを用いた電気熱量効果による冷却の設計を提示している。Y. Wangたちは、固体材料と装置から熱を除去するための冷却ファンのみを用いて、非常に大きな熱流束を得た。Torelloたちは、熱伝達に流体を用い、高温側と低温側の間に非常に大きな温度差をもたらした。これらの新しい設計は、さらに最適化された蒸気圧縮に基づく電気製品と競合し得るかもしれない装置の可能性を実証している。(Sk,kj,nk)

Science, this issue p. 129, p. 125

不要な歪みを解く (Relieving unwanted strain)

α型ホルムアミジニウムヨウ化鉛(FAPbI3)は、太陽電池に適したバンドギャップを有しているが、陽イオンを加えて安定化させる必要がある。これらの陽イオンは、バンドギャップを狭めるとともに荷電キャリアに対するトラップ部位となる格子歪みを生成することがある。Kimらは、ホルムアミジニウムを等モル量のセシウムとメチレンジアンモニウム陽イオンで置換することで格子歪みと捕獲密度が低減することを見出した。開回路電圧の上昇により証明済み変換効率は24.4%に向上し、またこの封止化素子は実動作環境での400時間動作後も初期効率の90%を維持できることを報告している。(NK,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 108

1つではなく2つ (Two rather than one)

数十年間、哺乳類の性決定遺伝子 Sryは単一のエクソンを含んでいると信じられてきた。Miyawakiたちは、マウスSryの不可解な第2のエクソンを特定した。機能喪失解析と機能獲得解析により、標準的な単一エクソン符号化SRY(SRY-S)ではなく、2つのエクソンSRY(SRY-T)が本当の精巣決定因子であることを明らかにした。Sry exon2は、レトロトランスポゾン由来の配列で構成されている。SRY-Sのカルボキシル末端は分解配列(デグロン)をんでいるが、一方 Sry exon2において符号化されている SRY-Tのカルボキシル末端はデグロンを含んでおらず、それによって SRY-Tにタンパク質の安定性を与えている。(KU)

【訳注】
  • レトロトランスポゾン:動く遺伝因子で、DNA型トランスポゾンと RNA に複写した後、逆転写酵素によって DNA に複写されることで移動する。
Science, this issue p. 121

複数対応策の一体化が模様を生み出す (Convergence of paradigms yields patterns)

胚発生では、異なる細胞型の空間分布が再現性よく生じる。ゼブラフィッシュの脊髄では、雑音が多く含まれる指令信号と形態形成に必要な大規模な細胞再配列にも関わらず、神経前駆体は型にはまった縞模様を形成する。Tsaiたちは、3つの接着分子からなるソニック・ヘッジホッグ・モルフォゲン勾配により調節される細胞型特異的な接着についての遺伝情報が、3つの神経前駆体型に接着特異性を与え、ゼブラフィッシュの脊椎における縞模様形成の確かさを仲介することを示している。このモルフォゲン勾配と差異のある接着機構の統合が、神経前駆体型個別では不十分だが、組織形態形成の際の安定した模様形成を可能にする。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • ソニック・ヘッジホッグ・モルフォゲン:胚発生において細胞の増殖や分化、四肢の発生、神経細胞の誘引に働き、濃度依存的に細胞の発生運命を決定する物質。
Science, this issue p. 113

ペロブスカイトを黒に進める (Moving a perovskite into the black)

黒いα相FAPbI3(ここで、FAはホルムアミジニウムのこと)のバンドギャップは、太陽電池にとってほぼ理想的である。しかし、光不活性な黄色のδ相への移行については不安定である。Luたちは、黄色い相のフィルムが、100℃でチオシアン酸メチルアンモニウムの蒸気曝露によって高い結晶性を有する黒色相に変換され、85℃で 500時間後においてもこの構造を保持することを見出した。この材料で製造された太陽電池は、23%以上の電力変換効率を有していた。500時間の最大電力点追従制御と暗状態の回復期間の後、元の効率の94%が維持された。(Wt,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 最大電力点追従制御:太陽電池からの電圧と電流の積である電力が最大になる出力電圧で電流を取り出すための制御機能
Science, this issue p. eabb8985

脊髄幹細胞 (Spinal cord stem cells)

哺乳類の脊髄損傷は容易には治癒しない。Llorens- Bobadillaたちはマウスの上衣細胞を研究した。この細胞は脊髄の幹細胞として機能する(BeckerとBeckerによる展望記事参照)。クロマチン接近可能性とトランスクリプトーム分析は、これらの細胞が希突起膠細胞に分化する潜在能力を保持しており、そしてこれが、損傷周辺の軸索の髄鞘再生にとりわけ必要であることを明らかにした。希突起膠細胞系列の転写因子であるOLIG2の発現により、上衣細胞の希突起膠細胞への分化が引き起こされた。上衣細胞におけるOLIG2の発現は、希突起膠細胞の産生を特異的かつ誘導的に可能にした。上衣細胞から生じた希突起膠細胞は、脊髄損傷後の軸索の髄鞘再生を助け、また、軸索の神経信号伝導を改善した。(MY)

【訳注】
  • 上衣細胞:哺乳類では前脳に存在する2つの側脳室、間脳に存在する第3脳室、小脳と脳橋の間に位置する第4脳室で構成される脳室系の壁を構成する上皮細胞の一種。
  • クロマチン接近可能性:転写因子がクロマチン(DNAとヒストンにより形成された複合体)上の標的領域と結合できる可能性のこと。
  • 希突起膠細胞:中枢神経系中に存在する神経膠細胞の1つで、髄鞘形成に関与する。
  • 髄鞘:神経細胞の軸索の表面をおおう円筒状の被膜。絶縁性で、軸索の神経パルスの伝わりを高速にする機能がある。
Science, this issue p. eabb8975; see also p. 36

膀胱の遺伝子特性 (Genetic profiles of the bladder)

個々人の状況によるが、発がん物質が体内を流れる際に、ヒト膀胱が発がん物質に曝される可能性がある。Lawsonたちと Liたちは、尿路下部を裏打ちする特殊な上皮である尿路上皮から集められた正常細胞とがん細胞からレーザーで切り出された微小な生検切片の遺伝的組成を調べた(Rozenによる展望記事を参照)。これらの相補的な研究は、多様な配列決定技術を通じて膀胱尿路上皮の突然変異の状況を究明し、個人と腫瘍に関してそれらの内部並びにそれらの間の高い突然変異の不均一性を確認した。どちらの研究でも、アリストロキア酸などの特定の発がん物質やタバコに含まれる分子に関わる変異特性が確認された。これらの研究は、健康と病気におけるヒト膀胱の多様な突然変異の状況を包括的に記述し、がんを引き起こす突然変異の正の選択、変異過程の多様性、および個人間の大きな違いを解明する。(Sh,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 正の選択:ここでは、突然変異を起こした個体が生き延び増加する自然選択。
Science, this issue p. 75, p. 82; see also p. 34

延性のための経路 (Pathways for ductility)

複数の元素を含む合金は非常に強度は大きくなるが、しばしば延性の低さに悩まされる。F. Wangたちは、さまざまな機構が、モリブデン・ニオブ・チタンの多元元素合金における塑性を調節していることを見出した(Cairney による展望記事参照)。いわゆる「らせん」転位ではなく、変形は「刃状」転位と結晶学的すべり面の活性化を含む複数の経路によって調節されている。これらの結果は、新しい高張力合金を開発するための設計の枠組みを提供している。(Sk,ok,kh)"

Science, this issue p. 95; see also p. 37

水と土の両方を考えよ (Consider both water and land)

陸上の環境保全を計画するとき、陸上環境の観点から種と生態系の必要性を考慮することが一般的である。それはどの淡水系でも同様に恩恵を受けるだろうという仮定に立っているからである。Lealたちは、ブラジル・アマゾンにおける二つの地点からのデータを分析することによってこの仮定を検討し、それが正確というにはほど遠いことを、すなわち陸上種のみを考慮した保全努力は淡水種に殆ど恩恵を与えていないことを見出した(AbellとHarrisonによる展望記事参照)。しかしながら、著者たちはまた、淡水種の必要を全体的な保全計画に統合することが、陸上への効果を1%減少させるだけである一方、淡水種の恩恵を600%に増加させることを見出した。彼らはもし両方の領域を守るべきであるとするのであれば、保全計画は淡水系を考慮に入れる必要があると議論している。(Uc,KU,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 117; see also p. 38

ADHDは生涯にわたる障害を及ぼす (ADHD exerts lifelong impairment)

注意欠陥/多動性障害(ADHD)は、生涯にわたる障害を引き起こすことがある。大勢の人々の精神衛生と財務記録を結び付けることにより、Beauchaineたちは、人の生涯にわたるADHDの幅広い影響を追跡しそして定量化した。彼らの分析によると、成人開始期には、ADHDの人の雇用水準と信用格付けはおおむね通常である。しかしながら、ADHDの人は、そうでない人と比較して、中年までに雇用問題、信用問題、自殺の危険性がすべて大幅に増加する。これらの調査結果は、ADHDから生じる広範囲で生涯にわたる障害を浮き彫りにし、人の生涯にわたるより効果的な治療と介入に対する個別の必要性を示している。(Sk,ok,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aba1551 (2020).