AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 25 2020, Vol.369

免疫反応の再構成 (Reconfiguring an immune response)

深海は、広大で通常は何もいない環境である。そのため、つがいの相手を見つけることが難しいかもしれない。この状況に対応して、深海生息動物の1つの分類群であるアンコウは、組織の融合と循環器系の接続を通して、場合によっては恒久的にオスがメスに付着する方法を進化させてきた。そのような付着は、この魚の免疫系に大きな課題をもたらす。Swannたちは、アンコウ種の中では、これらの課題が、次第に免疫反応が減少する進化により対処されてきたことを見出した。それは、脊椎動物では必須の反応と見なされてきた免疫反応の喪失を含んでいる。これらの変化は、脊椎動物の免疫系が、以前に考えられていたよりも進化の期間にわたって柔軟であるかもしれないことを示唆している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1608

細胞表面の論理素子 (Logic at the cell surface)

医療行為における大きな課題は、病気の細胞だけに狙いを定めることである。例えば、特定のガンに特徴的な生物標識はあるが、単一の標識で特定の細胞型を特定できるとは考えにくい。Lajoieたちは、細胞表面の複数の抗原に結合し、抗原の正確な組み合わせがあった場合にのみ、構造変化によって活性化するCo-LOCKRと呼ばれるタンパク質スイッチを設計することによって、この問題に取り組んだ。AND、OR、NOT論理を実行するスイッチを設計した。この技術を応用するための方向として、彼らはCo-LOCKRを用いて、特定の抗原を発現している腫瘍細胞に対してCo-LOCKRのキメラ抗原受容体T細胞を作動させた。(ST,kj,kh)

Science, this issue p. 1637

ウイルスの動的な棘突起 (A dynamic viral spike)

急性重症呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)からヒトの細胞を守る取り組みでは、このウイルスの三量体棘突起(S)タンパク質に焦点が当てられてきた。Sタンパク質の幾つかの構造のなかに、このウイルスがヒト細胞に融合する前の立体構造において安定化している棘突起外部ドメインのあることが示されてきた。Caiたちは今回、ウイルス膜と宿主の細胞膜との融合をもたらすSタンパク質の構造変化に対する洞察を与えている。彼らは、完全長のSタンパク質を精製し、融合前と融合後の両方の立体構造の低温顕微鏡構造を決定した。これらの構造は、Sタンパク質の機能に対する我々の理解を増し、ワクチン設計に情報を提供するかもしれない。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 1586

マウスでSARS-CoV-2をモデル化する (Modeling SARS-CoV-2 in mice)

急性重症呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染症を治療する医療介入を進展させるのに必要な研究手段の中で、優先順位が高いのはウイルス病原性を研究する有益な動物モデルである。Guたちは、SARS-CoV-2株が感染性で、炎症性応答と中等度の肺炎を引き起こすことができるマウスモデルを開発した。マウスでのこのウイルス株の適応は、ウイルスの棘突起タンパク質の受容体結合ドメイン内で、501番目のアスパラギンのチロシンへの重要なアミノ酸変化(N501Y)に依存しているらしかった。この新しいマウス・モデルは、ウイルスに対する中和抗体とワクチン候補を研究するために用いられた。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • N501Y:アミノ酸アスパラギンは1文字では"N"、3文字では"Asn"で表され、同じくチロシンは"Y"、"Tyr"と表される。数字はタンパク質のN末端から数えたアミノ酸の番号を表す。
Science, this issue p. 1603

金属リボンを作る (Making metallic ribbons)

グラフェンの電子構造には、通常の2次元の形状では禁制帯が存在しない。しかしながら、この材料で作られた1次元リボンは半導体特性を示し、それらを金属的性質にすることは意外と難しい。Rizzoたちは、金属性グラフェン・ナノリボンを合成する方法を開発し、その金属的特性を走査型トンネル分光法を用いて実証した。これらの金属性グラフェン・ナノリボンは、1次元のエキゾチックな量子相を探求するのに有用である可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1597

H2COのローミング反応機構の二様性 (Duality of roaming mechanism in H2CO)

化学反応におけるローミング現象(起こりそうにない配列から最小エネルギー経路を迂回する[分子内再結合反応])は、過去10年以上にわたって化学反応動力学学界で大きな注目を集め、今なお予想外の結果を実証している。ホルムアルデヒド(H2CO)光解離の状態選択された H2生成物の速度分布図化法を使用して、Quinnたちは、もう一方の生成物断片であるCO回転分布の二峰性構造を発見した。準古典的な軌道計算は、この二峰性が O–C–H⋯Hのトランスまたはシス構造によって進行する2つの別個の反応経路に由来し、これが、それぞれCOの高回転または低回転の励起につながる。このような機構が、ローミング反応経路が報告されている他の多くの化学反応に存在するかどうかは、まだ確定していない。(KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1592

南極氷床融解と気候 (Antarctic ice sheet melting and climate)

大規模な西部南極氷床(WAIS)は、人為起源の温暖化ガス排出に応答して、現在加速度的に融解しているが、これが地球気候に正確にどのように影響を与えるかについては殆どわかっていない。広く利用されている地球気候予測モデルは、氷床の物理を十分に説明していない。氷床の熱力学を組み入れた新しく開発されたモデルを使うことにより、Rogstadたちは、地球の気候に及ぼすWAIS融解の潜在的な影響を探った。彼らのモデルは、WAIS端部近傍の海面下の海洋温度が従来のモデルよりも重大に上昇することを予測するだけではなく、大気温度と海洋表層温度の同時低下および海氷の拡大が、従来予測されていた地球温暖化の上昇を、数十年遅延させることを示している。(Uc,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaz1169 (2020).

ヒトから見ての免疫学 (Immunology through a human lens)

コロナウイルス疾患2019(COVID-19)の大流行は、ヒトの免疫系をより理解し、免疫の力を引き出してワクチンと治療法をどのように開発するかのという緊急の必要性を明確に示してきた。免疫系に対する我々の理解の多くはマウスでの研究から得られてきたが、マウスで効率的に効くワクチンと薬剤が必ずしもヒトへ移し替えられる訳ではない。PulendranとDavisは、ヒトの免疫系の研究を促進する最近の技術的進展について概説している。彼らは、新しい洞察について、また、これらの洞察が現代の薬剤とワクチンの開発にどのように影響し得るのかについて論じている。(MY,kh)

Science, this issue p. eaay4014

膜タンパク質の転位を解剖する (Dissecting membrane dislocation)

膜タンパク質の誤標的と誤挿入は、タンパク質恒常性ストレスおよび細胞内小器官の機能障害を引き起こし、これが疾患の原因となることがある。 McKennaたちは、進化的に保存された孤児P型アデノシン・トリホスファターゼ(ATP分解酵素)輸送体が、誤挿入された膜貫通部分を小胞体(ER)から除去することを見出した。機能的な再構成と低温電子顕微法構造は、このATP分解酵素が、どのようにして、誤ってERを標的にされたミトコンドリア・タンパク質と、誤った方向に挿入されている膜貫通部分を、選択的に抜き取るのかを示している。この研究は、ポリペプチドを新しい部類のP型ATP分解酵素の基質として特定し、ERでの新しいタンパク質品質管理機構の意味を明確にする。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. eabc5809

生命最初期の反応ネットワークの図化 (Mapping primordial reaction networks)

生命の起源を理解しようとする化学者は、単純な前駆体からタンパク質、核酸、脂質の構成要素を生じる可能性のある広範囲の反応を発表してきた。Wołosたちは、文献を精査してそれぞれのそのような反応分類を文書化し、次に、最初にシアン化物、水、アンモニアなどの最も単純な化合物に、その後繰り返し各逐次世代の生成物に、これらの反応を適用するソフトウェアを作成した。その結果として得られた化合物のネットワークは、生化学関連化合物へのこれまで認識されていなかったさまざまな経路を予測した。また、著者たちはその幾つかを実験的に検証した。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. eaaw1955

鳥類と哺乳類の脳の基本的仕組み (Basic principles of bird and mammal brains)

哺乳類は非常に賢いと言える。彼らはまた、皮質のある脳を持っている。このように、多くの場合、哺乳類の高度な認知能力は大脳皮質の進化と密接に関連していると考えられてきた。しかしながら、鳥類もまた非常に賢いと言えるし、いくつかの鳥類種は驚くべき認知能力を示す。鳥類には大脳皮質がないが、彼らは脳外套は持っており、そしてこれは相同ではないにしても大脳皮質に類似していると考えられている。哺乳類の大脳皮質の顕著な特徴は、その層状構造である。鳥類の脳外套の詳細な解剖学的研究において、Stachoたちは、同様に層状化された構造について記載している。鳥類の脳外套は核状組織であるにもかかわらず、それは哺乳類の皮質を連想させる細胞構築的な構成を有している。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 核状組織:役割が細胞の積み重なる層ではなく細胞の塊り(核)で区画されている組織。
Science, this issue p. eabc5534

非線形X線分光法 (Nonlinear x-ray spectroscopy)

非線形光学技術をX線スペクトル領域へ拡大することは、X線分光法の進展において前途有望な方向である。非線形X線分光法の理論的概念は何十年も前に開拓されたが、非線形効果のつかみどころのない性質のために科学者たちは実装するのに依然苦労している。Eichmannたちは今回、原子運動量分光法(AMS)について報告している。これは、X線光子から運動量移行が行われた後に生じる原子散乱の検出に基づいている(Pfeiferによる展望記事参照)。著者たちは、AMSがどのようにして、ネオンK端の誘導X線ラマン散乱信号を、単一原子の水準で観測できるかについて、また、それを他の競合過程から区別できるかについて示している。これらの結果は、X線と物質の相互作用を研究する将来の非線形X線分光法を切り開くものである。(NK,MY)

Science, this issue p. 1630; see also p. 1568

湿潤状態で動作する (Operating in wet conditions)

複雑な有機分子である Spiro-OMeTADが、ペロブスカイト太陽電池の正孔輸送材料として高効率で動作するには、吸湿性のドーパントを用いることが必要であるが、これは安定性を低下させる。Jeongたちは、正孔輸送材料として Spiro-OMeTADの疎水性フッ素化類似体を合成した。これは、正孔抽出に対して好適な電子状態の変化を有している。彼らは、それらを用いてペロブスカイト太陽電池を作製した。最も優れた素子は、証明済み電力変換効率として24.8%を、また、Shockley-Queisser限界に近い開放電圧を有していた。これらの素子は、相対湿度50%のもとで 500時間以上、初期電力変換効率の87%以上を維持することができた。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1615

尻に火が付いている (The heat is on)

人為的な気候変動は、より多い歴史的高気温の出現だけでなく、より頻繁な異常海水温上昇期も引き起こしている。海洋熱波は、ある海域の海面水温が高い状態の期間として定義され、また最近の数十年で一般的になってきた。Laufkötterたちは、人為的な地球温暖化のためにこれらの事象の頻度はすでに10倍以上に増加しており、産業革命以前は通常数百年から数千年に1回発生していた海洋熱波が、もし地球全体の平均気温が3°C上昇すると1年から10年単位で発生する可能性があることを示している。(Sk)

Science, this issue p. 1621

フマル酸はピロトーシスを標的にする (Fumarate targets pyroptosis)

ピロトーシスと呼ばれる炎症性細胞死の1形態は、カスパーゼが仲介するガスダーミンD(GSDMD)の切断に依存している。GSDMDの断片は集まって透過性の孔を構成し、それがその後細胞を殺す。この重要な細胞過程を調整する機構はいまだ十分には分かっていない。Humphriesたちは今回、トリカルボン酸回路の中間体であるフマル酸がピロトーシスの阻害剤として作用し得ることを報告している(PickeringとBryantによる展望記事参照)。内因性のフマル酸と外部送達のフマル酸ジメチル((DMF)は両方とも、GSDMD中のシステインをS-(2-サクシニル)-システインに変換して(サクシニル化と呼ばれる過程)、システインがカスパーゼと相互作用することを妨げ、その後の加工と活性化を妨げる。マウスへのDMFの投与は、多発性硬化症と家族性地中海熱のモデルで炎症を軽減した。これらの知見は、多発性硬化症と他の炎症性疾患の治療法としてのDMFの有効性を説明でき、将来の抗炎症薬の設計への洞察を提供することができる。(MY,nk)

【訳注】
  • ガスダーミンD:カスパーゼ-1による切断で形成されたN末端断片が、細胞膜成分の流出を伴う細胞死を誘発する透過性の孔を細胞膜に作りピロトーシスを引き起こす細胞質タンパク質。
  • カスパーゼ:炎症シグナルに応答して発生する細胞死や、サイトカインの活性化を通じて炎症誘導に関与するタンパク質ファミリー。
  • トリカルボン酸回路:クエン酸回路やTCA回路とも呼ばれ、ミトコンドリアで行われる代謝経路。解糖系経路から作られたアセチルCoAがこの回路に入り、酵素反応を受け二酸化炭素を放出しながら変化し、還元型補酵素が作られる。この補酵素がエネルギー物質であるATPを作ることになる。
  • システイン:側鎖にSH基を含有するアミノ酸。
  • 多発性硬化症:中枢神経系の神経細胞を取り囲む髄鞘が破壊される病気で、再発を繰り返す。病変が生じる部位により様々な症状が現れる。
  • 家族性地中海熱:遺伝性の病気で、炎症の調節機構がうまく働かなくなり、発熱発作が繰り返される。
Science, this issue p. 1633; see also p. 1564

共有される意識 (Consciousness shared)

ヒトは、我々が、特に認知に関して、ある種の特性、習性、または能力を持つ唯一の生物種であると思いがちである。時には、我々はそのような特性を、我々と基本的な脳の類似性を有している種である、霊長類や他の哺乳類に拡張している。時が経つにつれて、ますます多くのこれら人間例外主義の柱と思われていたものが失われてしまった。Nieder たちは今回、意識と標準的な大脳皮質との関係が、もう1つの失われたコマであると主張している(Herculano-Houzelによる展望記事参照)。具体的には、ハシボソガラスは、刺激の知覚と相関する課題の実行中に、外套終脳での神経細胞応答を示す。そのような活動は、おそらく広い意味で意識の標識であろう。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 終脳:終脳(いわゆる大脳)、脳幹(間脳、中脳、橋、延髄)、小脳からなる脳組織の1つ。
Science, this issue p. 1626; see also p. 1567

ネアンデルタール人におけるY染色体の進化 (Y chromosome evolution in Neanderthals)

古代人類のゲノムは、配列決定されて現生人類のゲノムと比較されてきた。しかしながら、使用できる高品質な塩基配列を持つほとんどの古代人類の個体は、女性だった。Petrたちは、3人のネアンデルタール人と2人のデニソワ人の、父性遺伝のY染色体の標的配列決定を行った(Schierupによる展望記事参照)。使用できる古代人類と多様な現生人類とのY染色体の比較は、母性遺伝のミトコンドリアと同様、現生人類とネアンデルタール人のY染色体がデニソワ人のY染色体と比較して、お互いにより近縁関係にあることを示した。初期現生人類とネアンデルタール人の交配と選択が、ネアンデルタール人のより古いデニソワ人様Y染色体とミトコンドリアを置換したという結論を、この結果は支持している。(Sh,kh)

【訳注】
  • デニソワ人:アルタイ地方のデニソワ洞窟で約 41,000 年前の化石が発見された現生人類に近い絶滅したヒト属。
Science, this issue p. 1653; see also p. 1565

住血吸虫の生物学に光が当たる (Schistosome biology illuminated)

住血吸虫症は、ほとんど知られていない寄生扁形動物によって引き起こされる。したがって、住血吸虫感染によって引き起こされるヒト疾患と闘うための選択肢は限られている。治療法開発の探索を支援するため、2つの研究がマンソン住血吸虫の分子調査に着手した。単一細胞図録を作り出すことで、Wendtたちは、宿主での生存に必要な吸血腸を含む、扁形動物の発生の軌跡を特定した。これらのデータから、彼らは腸の発生に必要な遺伝子を見出した。この遺伝子は、RNA干渉によって破壊されると、感染したマウスの病状を良化させる。Wangたちは、マンソン住血吸虫の大規模なRNA干渉調査を実施し、認可された薬理学的介入の標的となり得るタンパク質リン酸化酵素の必須ペアを特定した(AndersonとDuraisinghによる展望記事参照)。これらの分子調査は住血吸虫の私たちの理解を増し、この軽視されてきた熱帯病との闘いに役立つかもしれない生物学的情報を提供する。(Sh)

Science, this issue p. 1644, p. 1649; see also p. 1562