AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science September 18 2020, Vol.369

馬はアナトリアで家畜化されたのではない (Horses were not domesticated in Anatolia)

馬の家畜化は人類史上最も重要な革新の1つであり、先史時代のユーラシアの経済的、政治的、社会的構造に重大な変化をもたらした。しかしながら、いつ、どこで、何回にわたって馬が家畜化されたかは不明のままである。アナトリアは、そこでのウマ類の利用の長い歴史のために、家畜化の初期の中心地として提案されてきた。高度な古代ゲノム法を用いて、Guimaraesたちは、紀元前約8000年から紀元前約1000年までの期間にわたる中央アナトリアの14カ所の遺跡の、ウマ類の考古学的試料でこの仮説を検証した。彼らは、この地域の古代の野生馬が家畜化されたことはないと決定づけ、紀元前2000年頃に、地域特有ではないすでに家畜化された馬の系統が導入されたことを究明した。(Sk,kj)

【訳注】
  • 古代ゲノム法:古代の人や生物の遺物からDNAを取り出し、遺伝情報などを分析する方法。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abb0030 (2020).

イノシンが抗腫瘍免疫を調節する (Inosine modulates antitumor immunity)

免疫チェックポイント阻害療法は、免疫系を利用してガン細胞を殺すもので、特定の腫瘍の治療に用いられて大きな成功を収めてきているが、全てのガン患者が応答を示すわけではない。免疫チェックポイント阻害療法の有効性は、患者の腸に棲息している、独特で有益な細菌の存在に依存していることが示されてきたが、腸内細菌叢がそのような有益な効果をどのように媒介するのかは不明である。Magerたちは、特定の細菌群が、免疫チェックポイント阻害療法の効果を高めるイノシンと呼ばれる代謝物を産生することを見出した(ShaikhとSearsによる展望記事参照)。マウス・モデルにおいてイノシンは、炎症誘発性刺激および免疫療法と合わさって、直腸結腸ガン, 膀胱ガン、黒色腫を含む複数の種類のガンで、T細胞の抗腫瘍能力を強く向上した。(MY)

【訳注】
  • イノシン:ヌクレオシドの1つ。筋肉中に多量に存在する。
Science, this issue p. 1481; see also p. 1427

リボソームはどのように作られるのか (How ribosomes are made)

真核生物リボソームの形成は複雑な過程であり、大きなRNA前駆体の転写から始まり、巨大な90S前駆リボソームへと組み立てられ、この前駆リボソームは成熟して最終的にリボソームの40S小サブユニットを生じる。ChengたちとDuたちは、低温顕微鏡を用いてこの経路に沿う中間体を調べ、この過程への洞察を提供している。これらの研究は総合すると、分子の出演者たちがどのようにふるまい、組成変化と構造変化を協調させて、90S前駆リボソームを前駆40Sサブユニットへと変換するのかを明らかにしている。(MY,nk,kj)

【訳注】
  • 40Sサブユニット:真核生物リボソームを構成する2つのサブユニットのうちの小さな方。翻訳の際にはこのサブユニットでmRNAが読み込まれる。Sは遠心機での沈降速度を表わし、大きさに対応する。
Science, this issue p. 1470, p. 1477

プラスチックごみの散乱 (A mess of plastic)

プラスチック汚染に関する世界的な問題による汚染を軽減するために、どのような方法が最も効果的であるのかは明らかでない。BorrelleたちとLauたちは、考えられる解決策とその影響について論じている。両方のグループは、ただちに一致して精力的な活動をすれば、プラスチック廃棄物を今後、数十年でかなり削減できることを見出したが、最良の筋書きでも、環境中にはさらに莫大な量のプラスチックが蓄積する。(Sk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1515, p. 1455

分子と表面との遭遇の性質 (Nature of the molecule-surface encounter)

吸着は、すべての不均一系の化学過程における重要な最初の段階である。ただし、詳細な吸着ダイナミクスは複雑で、実験で追跡することは困難である。振動励起された一酸化炭素分子が Au(111)表面に捕捉できて、そのときには振動を除くすべての自由度が平衡化されるという事実がある。これを利用してBorodinたちは、振動緩和時間が表面での吸着と平衡の微視的経路を辿る内部時計として機能しうることを示している。著者たちは、この基本系に対する分子線実験と理論的なモデリングに基づいて、物理吸着状態と化学吸着状態の間の複雑な相互作用を明らかにした。観測されたこれらの特性は、他の多くの不均一系にも関わるものである。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1461

過冷却水の構造 (Supercooled water structures)

水はいくつかの異常な特性を示すが、それらは過冷却状態でさらに強調される。しかし大気圧での実験的研究では、約240ケルビン未満の温度で急速な結晶化が始まる前にデータを取得する必要がある。Kringleたちは、超高速の加熱と冷却によって数ナノ秒間形成される過冷却水の膜の赤外線スペクトルを、135〜235Kの温度で取得した。過冷却水は170K以上で結晶化する場合はそれ以前に熱平衡状態となっており、研究された温度範囲にわたって、水の構造は高密度液体と低密度液体の一次元的な組み合わせであることが示された。(Sk,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1490

進化した星からの複雑な恒星風 (Complex stellar winds from evolved stars)

太陽質量の8倍未満の星は、惑星状星雲としてその寿命を終える。惑星状星雲は、星から放出され、露出した星のコアによって加熱されたイオン化ガスの構造体である。惑星状星雲は、多くの場合、形状が双極性であるか、リングやスパイラルなどの複雑な形態学的特徴を含んでいる。Decinたちは、恒星進化の漸近巨星枝(asymptotic giant branch:AGB)の段階にある14個の星の恒星風を観測した。この漸近巨星枝は、惑星状星雲段階の直前にある。彼らは、AGB恒星風の形状が惑星状星雲に似ていることを見出し、それらはAGB恒星風に対する連星の影響によって生成されていることを示した。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1497

人種差別の痕跡 (Imprints of racism)

都市は多くの人間以外の種にとって困難な環境を作り出し、都市における人間以外の存在は、環境を共有する人間の健康と幸福に影響を与える。独特の都会の状況は景観の変更によって生み出されるが、この変容の歴史は都会の環境をまたいで同じではない。Schellたちは、一部では線引きがなされて制定された住居分離などの体系的な人種差別的慣行が、都市内の「自然界」の不均等な分布にどのようにつながってきたかを総説している。これらの不均等は、都市の生態学的経過と居住者の福祉の両方に影響し続けている。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. eaay4497

ビッグ・データからの洞察 (Insights from big data)

成体の脳を構成する何十億もの神経細胞は、発生の間に領域と回路へと組織化される。単一細胞分子プロファイリングにより可能となるような高解像測定は、予期せぬ細胞多様性を明らかにしてきた。ゲノムによる手段は神経発達障害の背後にある機構への洞察に役立つ。BriscoeとMarènは、ビッグ・データ分析が神経発達の問題に適用される際に得られた洞察について概説している。(MY)

Science, this issue p. eaaz8627

動物に対するマジック (Magic for animals)

手先の早業技法および注意そらし技法のようなマジックの効果は、ヒトの認知と知覚上の盲点について知識を与えることがある。このマジックの心理学的作用は動物にも適用可能であろうか? Garcia-Pelegrinたちは展望記事で、幾つかの動物、特にカササギとカケスなどのカラス科のトリが、マジックの効果に共通する幾つかの技法をどのようにしてすでに用いているのかを論じている。彼らは、マジックの効果を用いる動物での実験が、それらの動物の認知と知覚に関する情報を明らかにできるであろうこと、また、動物の心に関する刺激的な洞察を提供するかもしれないことを提示している。(MY)

Science, this issue p. 1424

MTOCは見ごたえのある「しみ」 (The MTOC is “speck”-tacular)

インフラマソーム複合体は、病原体関連分子に応答して形成される。それは、炎症性サイトカインの成熟と、プログラムされた細胞死の一種であるピロトーシスの両方を開始する。インフラマソーム活性化の注目すべき特徴の1つは、影響を受けた各細胞における単一の超分子斑点(または「しみ」)の形成である。しかしながら、しみ形成の位置と機構はよく分かっていない。Magupalliたちは、NLRP3仲介とピリン仲介のインフラマソームに関して、それらの組み立てと下流の機能が、微小管形成中心(MTOC)で生じることを報告している。この過程にはダイニン・アダプター HDAC6を必要とし、それはまた、MTOCでのアグリソーム形成とオートファゴソーム分解における主役である。この研究はいくつかの重要な細胞過程を結び付け、インフラマソームがどのように効率的に調節されているかについての手掛かりを与える。(KU,kj)

【訳注】
  • インフラマソーム:炎症やアポトーシスに関与するタンパク質の複合体。
  • ダイニン:ATPに依存して微小管のうえを滑り運動するモーター・タンパク質。
  • アグリソーム:変異タンパクがダイニン依存性の輸送により、微小管形成中心に輸送された結果、形成される凝集体構造。
Science, this issue p. eaas8995

発生のテンポを設定する (Setting the tempo for development)

多くの動物は、体の組織化(体軸、器官系など)に類似点を示している。しかし動物は大きく異る寿命を示すことがあるため、発生では様々な時間尺度を与えているに違いない。今回2つの研究がヒトとマウスの発生を比較している(IwataとVanderhaeghenによる展望記事参照)。Matsudaたちは、ヒトの分節時計が 5〜6時間の振動周期を示し、一方でマウスの周期が 2〜3時間である機構を研究した。彼らは、タンパク質分解と遺伝子発現過程の遅れを含む生化学反応が、ヒト細胞では、対応するマウスのものと比べて時間がかかることを見出した。Rayonたちは、生体外の実験で胚幹細胞が運動ニューロンに分化する際の、マウスとヒト胚性幹細胞の発生テンポを調べた。シグナルに対する細胞の感受性も、遺伝子調節要素の塩基配列も、異なる分化速度を説明できなかった。それよりも、マウス細胞と比較して、ヒト細胞のタンパク質安定性と細胞周期の長さが2倍増していることが、ヒト分化が2倍緩やかであることと相関していた。これらの研究は、発生の速度を設定する上で、全体的な生化学的速度が主要な役割を果たしていることを示している。(Sh,MY,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 分節時計:脊椎動物の椎骨や肋骨、骨格筋など同じような繰り返し構造の元になる体節は、発生過程で体軸に沿って繰り返し作られる構造で、この体節が作られる場所では、一定の時間間隔で活性化する遺伝子が時計の役割を果たす。この一定間隔の遺伝子活性化を分節時計と呼ぶ。
Science, this issue p. 1450, p. eaba7667; see also p. 1431

協調してロックダウンをよりうまく緩める (Better relaxing lockdown together)

世界的大流行の間でさえ、全ての国は(島嶼さえも)、何らかの形で隣国に依存している。最も密接な関係がある国々の間での非医学的介入(NPI)の協調緩和なしで、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のような感染性ウイルスの制御を維持することを想定するのは困難である。Ruktanonchaiたちは、スマホからの移動データを用いて、コロナウイルス疾患2019(COVID-19)に対する NPIの実施前後で、欧州中の行政単位間の移動を見積もった。NPI(特にステイ・ホーム命令)を解除する国々が協調行動をとるかどうかの代替案の下で、病気の動態をモデル化することで、ロックダウンを解除する際に国々が NPIを協調しないなら、病気の再流行がより早く生じることが示された。NPIの実施-解除の協調は、欧州中で病気伝搬を減少する有効性を著しく高めるだろう。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1465

コヒーレンスのために整える (Dressed for coherence)

炭化ケイ素あるいはダイアモンド(結晶)における欠陥の電子スピンに基づく固体量子ビットは、量子技術の開発のための強力で汎用性がある基本構造を提供する。スピンの寿命が長いほど、より多くの操作と量子計算が可能となり、より強力な量子計算基盤をもたらす。Miaoたちは、炭化ケイ素中の二重空孔に付随する電子スピンをマイクロ波光子で整えることにより、スピンの寿命をミリ秒へと数桁延ばすことができることを示している(Hemmerによる展望記事参照)。この技術は、量子ビットに対して雑音の無い空間を効果的に作りだし、それにより磁気、電気、および温度の揺らぎから量子ビットを保護する。この取り組みは、他の量子計算基本構造にも適用できて、量子ビットを保護する普遍的な手段を提供するかもしれない。(NK,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 1493; see also p. 1432

融合前 SARS-CoV-2棘突起タンパク質の安定化 (Stabilizing the prefusion SARS-CoV-2 spike)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する治療用抗体とワクチンの開発は、ウイルス表面を飾る棘突起(S)タンパク質に集中している。2つのプロリン置換(S-2P)を含み、融合前高次構造を安定化する棘突起タンパク質外部ドメインの1つの型が、高分解能構造を決定するために用いられてきた。しかしながら、S-2Pでも不安定であり、哺乳類細胞中で生成することは難しい。Hsiehたちは、多くの個々の、そして組み合わせの構造情報に基づく置換体の特性を調べ、HexaProと名づけられた変異体を特定した。この変異体は、融合前高次構造を保持しているが、S-2Pより高い発現を示し、加温と凍結にも耐えることができる。この型のタンパク質は、ワクチンの開発と診断に役立つ可能性がある。(KU,MY)

Science, this issue p. 1501

SARS-CoV-2への立体的妨害 (A steric block to SARS-CoV-2)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)による感染に応答して、免疫系は抗体を作るが、その多くは、宿主細胞への侵入において重要な役割を果たす棘突起タンパク質を標的としている。ウイルスを強力に中和する抗体は、治療薬として有望であり、ワクチンの設計に役立つかもしれない。Lvたちは、マウスモデルにおいてSARS-CoV-2から守るヒト化モノクローナル抗体を報告している。生化学的、細胞学的、ウイルス学的研究とともに、低温電子顕微鏡構造は、抗体が棘突起タンパク質の受容体結合ドメインに結合し、宿主受容体へのその付着を妨害することによって機能することを示した。(KU)

Science, this issue p. 1505

熱を聞く (Hearing the heat)

地球温暖化の要因となる過剰の熱のほとんどは、海洋によって吸収される。この熱の増加を定量化することは挑戦的な問題である。それは、海洋の鉛直・水平方向両方の広がりを通じた多くの異なる温度計測を必要とするからである。Wuたちは異なる手法によるこの取り組みの成功事例を報告している。彼らは連発地震によって発生した音波から温度変化を推定した(Wunschによる展望記事参照)。これらの地震の地震源から受信器への伝搬時間は、それが伝わる海水の平均温度の変化を反映している。この技術は海洋の温暖化を監視する我々の能力を実質的に向上させるに違いない。(Uc,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1510; see also p. 1433

細菌叢は腎臓を保護する (Microbiota protect the kidneys)

慢性腎疾患(CKD)は、世界中で何百万もの人々を苦しめている。CKDの第一選択療法は食事療法であるため、腸内細菌叢に関連する要素が存在する可能性がある。タンパク質代謝産物のインドールとインドキシル硫酸が尿毒素として知られているため、Lobelたちは、腸内細菌叢とタンパク質摂取の機構的な関連性を研究した(Pluznickによる展望記事参照)。著者たちは、食品に含まれる含硫黄アミノ酸であるメチオニンとシステインの不足によって引き起こされた CKDマウスモデルを使用した。含硫黄アミノ酸の細菌代謝は、トリプトファン分解酵素が硫化物により阻害されることによってインドール生成を減らし、このモデル系でのこの代謝産物による尿毒性を消した。(Sh,nk,kj,kh)

【訳注】
  • トリプトファン:複素環であるインドール基を構造内に含むアミノ酸。
Science, this issue p. 1518; see also p. 1426