AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 17 2020, Vol.369

水の液-液臨界点 (Liquid-liquid critical point of water)

強く過冷却された水においては、間接的ではあるが、液-液相転移の存在の可能性を指摘する実験的な観測結果が広範に存在する。それにもかかわらず、曖昧さのない実験でこれが示された例はない。このような条件下での実験の実施が困難なのは、準安定な液体状態で避けがたい急速な結晶化が伴うからであり、計算機シミュレーションは極めて重要な代替手段となる。Debenedetti たちは、水の2つの周到な古典的モデルと、長時間(40マイクロ秒以上)の等温等圧分子動力学シミュレーションを用いて、強い過冷却状態の領域に第2の準安定の液-液臨界点が存在するという計算に基づく強力な証拠を与えている。これは、三次元イジング模型の普遍性クラスと整合する臨界的挙動を有している。(Wt,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 普遍性クラス:相図上で同じ臨界指数をもつ物理系の集合。
Science this issue p. 289

中国の遺伝学的歴史 (A genetic history of China)

中国への人の移動、および中国内での人の移動の歴史は、考古学的調査または現代人の遺伝学的研究だけから確定することは困難であった。Yang たちは、中国内のいろいろな場所で採取した、9500〜300年前の、26人の人々のDNAの配列決定を行った。これらの人々の分析は、以前に配列決定された古代の人々および全世界の人々を代表する現代のゲノムと併せて、中国北部と南部の古代人の間の分裂を示している。新石器時代の中国北部の人々は現代の東アジア人と最も近いのに対し、中国南部の古代人は現代の東南アジア人と近縁関係にあり、現代の南島語族の人々との類縁性を示している。これらの結果は、新石器時代の間に人々の南方への移動と混合があり、それが東アジアの現代の人々を生み出したことを示している。(Sk)

【訳注】
  • 南島語族(オーストロネシア語族):千前後の極めて類縁性の高い言語から構成され、西はマダガスカル島から東はイースター島まで、北は台湾・ハワイから南はニュージーランドまで広く分布している語族。
Science this issue p. 282

E-Z体ホウ素の容易な回転台 (An E-Z boron swivel)

炭素-炭素二重結合を持つ化合物は、両方の炭素上の最も重い置換基同士が同じ側に位置しているのか(Zと表記)、それとも互いに対角線上に向かい合って位置しているのか(Eと表記)により、2つの異なる異性体を形成することができる。Molloy たちは、ホウ素とカルボニル置換基を有する二重結合の向きを変える簡便な方法を提供している。2つの置換基が対角線上に対向している場合、これらは平面内にあり、光増感により二重結合は容易に回転する。しかし、ひとたびホウ素がカルボニルと同じ側になると、ホウ素は面外へ回転し、それ以上の増感が抑制される。(MY)

Science this issue p. 302

帰属が学生の残留率を向上させる (Belonging improves student retention)

包括性向上に取り組んでいる大学は、有色の肌の学生と親が大学に行っていない学生をより強く大学に留めておく必要がある。Murphy たちは、学生の帰属感に焦点を当てた1時間の追加授業の介入措置が、介入措置した学期の間、不利な環境からの学生(特に最も苦労している学生)の成績平均点を向上させ、大学と社会に対する1年後の適合感覚を改善し、それに続く2年間の各年での学生の残留率を上げることを見出した。学生たちは、大学出席についての常態的と一時的な共通課題に関する先輩学生の話を読み、それらに自分たち自身の経験を結びつける2つの記述課題を完成させた。ヒスパニック系向けの広域受け入れ専門大学の初年度の記述講座を通して行われた無作為の二重盲検介入措置は、適切で短期の介入措置が学生の残留率に著しく影響しうることを示している。(MY,Uc,ok,nk,kh,kj)

【訳注】
  • 包括性:様々な背景を持つ相手との違いを認識し尊重すること。
  • 二重盲検:試験者、被試験者双方に試験内容を不明にして行う試験。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aba4677 (2020).

SARS-CoV-2の棘突起タンパク質を念入りに (SARS-CoV-2 spike protein, elaborated)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対するワクチン開発は、感染を開始するウイルスの三量体棘突起タンパク質に重点が置かれている。三量体棘突起中の各プロトマーには22の糖鎖付加部位がある。これらの部位の糖鎖付加がどのようになっているのかは、ウイルスがどの細胞に感染できるのかに影響する可能性があり、また、いくらかの抗原決定基を抗体中和から保護することになるかもしれない。Watanabe たちは、遺伝子組換えした糖鎖付加棘突起三量体を発現させて精製し、それをタンパク質分解して単一の糖鎖を持つ糖ペプチドを作り出し、質量分析によりこの糖鎖部位の組成を決定した。この分析は、ワクチンと抗体試験が開発される際に、抗原の品質の測定に使用可能な規準を提供する。(MY,kh)

【訳注】
  • プロトマー:複数のサブユニットタンパク質の会合で構成されている多量体タンパク質における同種のサブユニットのこと。
Science this issue p. 330

出生前抗体は多反応性である (Prenatal antibodies are polyreactive)

広範な免疫グロブリン遺伝子の再編成により、人は多様な潜在的病原体を認識することができる。この抗体レパートリーは、自己反応性B細胞の生成を防ぐために胎児期にはより制限されているが、寛容は完全ではないらしい。Chen たちは、肝臓、骨髄、脾臓に存在するそれぞれのヒト胎児B細胞からクローンされた抗体の反応性を調べた。彼らは自己反応性で多反応性B細胞の蓄積を観察したが、それらは、体細胞突然変異の全くない状態で共生生物に頻繁に交差反応した。微生物に曝される前のこれらの反応性B細胞の生成は、その後の有益な共生生物-宿主の相互作用及び/或いは生後数週間の宿主防御の増強を促進するのかもしれない。(KU,nk,kh)

Science this issue p. 320

単純な歪み増強 (Simple strain enhancement)

圧電材料は、超音波などの応用のための検出器および変換器として重要である。Liu たちは、圧電特性を大幅に改善する、ニオブ酸ナトリウム膜中のナノピラー領域を見出した(Bassiri-Gharb による展望記事参照)。これらのナノピラー領域は、結晶構造内で陽イオンと陰イオンが位置する場所を、その間に明確な境界をはさんで、反転させる。この構造の違いが、歪みに敏感な極性を生じさせ、化学的に単純な材料での圧電特性を向上させる。(Sk,MY,kh)

【訳注】
  • ナノピラー:柱(ピラー)状のナノ構造で、ピラー群の形状、寸法、間隔により、今までにない様々な特性が得られる。
Science this issue p. 292; see also p. 252

ゲノム解析による保全の手助け (Conservation help from genomics)

世界中のサンゴが、海水温の上昇と汚染の脅威にさらされている。熱ストレスに対する1つの反応は、サンゴの白化、つまりサンゴにエネルギーを提供する光合成型内部共生生物の喪失である。Fuller たちは、サンゴの一種アクロポラ・ミレポラの高解像度ゲノムを提示している(BayとGuerreroによる展望記事参照)。彼らは、より低カバレッジで配列決定した試料で集団遺伝解析を実行し、全ゲノム関連研究を行うことができた。これらのデータは組み合わされて、サンゴ保全に使用可能な、白化に対する多遺伝子での危険度評点を生成した。(Sk)

【訳注】
  • 集団遺伝解析:それぞれの集団(同じ種の個体が集まってできたグループ)の遺伝的な特徴を見いだす方法。
  • カバレッジ:次世代シークエンサーのデータからゲノムを組み立てる際に、ある配列領域が組み立てに使われた回数のこと。この値が大きい方が組み立てられたゲノム配列の信頼性が高い。
  • 全ゲノム関連研究:ゲノム全体をほぼカバーするような、50万個以上からなる一塩基多型(長いゲノム塩基配列中で、ある特定の一箇所の核酸塩基だけが異なるような現象)の遺伝子型を決定し、主に一塩基多型の頻度(対立遺伝子や遺伝子型)と、疾患や量的形質との関連を統計的に調べる方法論。
Science this issue p. eaba4674; see also p. 249

光学的な時計 (An optical timekeeper)

原子の光学的遷移に基づく光時計は、現在の時刻基準として使用されているマイクロ波原子時計よりもはるかに高い周波数で動作する。それらはより優れた安定性を示しており、秒を再定義する状況にある。マイクロ波から光の波長にまたがる安定した自己参照光周波数コムの開発は、これらの取り組みの鍵となってきた。Diddams たちは、過去20年間のこれらの光コムの開発と改良を概説し、精密時間計測から高分解能分光法、イメージング、測距、ナビゲーションに至るまで、どのようなところにそれらの応用があるかについて、概要を与えている。(Wt,kh)

Science this issue p. eaay3676

歳を取る免疫 (Aging immunity)

人体の大部分と同様に、免疫系は加齢とともに劣化する。これは、予防接種戦略が高齢者では効果が低いことを意味している。これらの個体はまた、インフラメイジングと呼ばれる全身炎症の増加現象を起こしやすく、それが免疫を抑制し、潜在的に感染しやすさを増大させることがある。Akbar と Gilroy は展望記事で、インフラメイジングの潜在的な原因、それが免疫にどのように影響を与えるか、そしてコロナウイルス病2019(COVID-19)の患者への影響について論じている。重度のCOVID-19は主に高齢者で発生するように思われるため、著者らは、これらの患者で致命的になることもある過炎症と肺損傷に対して、インフラメイジングが寄与しそうなのかどうかを論じている。(Sk,kh,kj)

【訳注】
  • インフラメイジング:inflammation(炎症)+aging(加齢)から生まれた造語で、炎症反応を制御する機構が加齢とともに低下する結果、慢性的に低レベルの炎症が持続する現象。
Science this issue p. 256

危険なループの解明 (Deconstructing a perilous loop)

固形腫瘍を生じるガン細胞は、腫瘍の成長と進行を支える成長因子を含む特殊な微小環境に存在する。このいわゆる「ニッチ」内の腫瘍細胞がこの成長因子を引き付けて維持する機構は、よく分かっていない。Taniguchi たちは扁平上皮ガンのマウス・モデルの研究から、ニッチ内の特定の腫瘍細胞(形質転換成長因子β(TGF-β)への曝露でより侵襲性になる)によって開始されるシグナル伝達ループを特定した。彼らは、腫瘍細胞がサイトカインであるインターロイキン-33を放出し、それが近くの骨髄系細胞のマクロファージへの分化を誘発することを示している。 このマクロファージは次に TGF-βを放出し、TGF-βは腫瘍細胞にフィード・バックし、結果としてその悪性化を促進する。(KU,nk,kh)

Science this issue p. eaay1813

一生を通しての脳シナプス像 (Brain synapses through the life span)

興奮性シナプスは、脳の神経細胞を接続して、行動を可能にする回路を構築する。Cizeron たちは、誕生したてから老年期までのマウスの脳のシナプスを調査し、研究者間の公開資産である Mouse Lifespan Synaptome Atlas としてデータを提示している(Micheva たちによる展望記事参照)。分子的および形態学的特徴は、シナプスの37の亜型を定義した。シナプス密度は一般的に発生初期に増加し、老年期に減少したが、詳細は異なる脳の領域によって違っていた。(Sk,nk,kh)

Science this issue p. 270; see also p. 253

鉄の足かせをはずす (Ironing out a survival strategy)

転移細胞は厳しい微小環境に適応し、また増殖さえする特筆すべき能力を発揮する。1つの極端な例は軟膜転移(LM)である。これは、脳脊髄液(CSF)で満たされている、くも膜下腔と呼ばれる中枢神経系領域に侵入するガン細胞である。この解剖学的部位は、鉄などの微量栄養素の供給が限られていて、また、免疫細胞を内在している。Chi たちは単一細胞RNA配列解析を用いて、LMのガン患者から得られたCFS試料を研究した(Garzia と Taylor による展望記事参照)。彼らは、LM細胞が高親和性鉄捕獲系成分を発現して使っていることを見出した。これらの機構により、LM細胞は鉄欠乏の悪影響を回避するのに加えて、マクロファージへの鉄の供給を制限することで免疫の攻撃を逃れる可能性がある。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 軟膜:脳および脊髄を包む髄膜のうち、最も内部にある膜。
Science this issue p. 276; see also p. 250

分子-分子前方散乱 (Molecule-molecule forward scattering)

化学反応を伴わない非弾性散乱の古典的描像は、後方散乱に相当量の並進エネルギーの回転エネルギーへの変換が伴っているはずだということを意味する。Sun たちは、交差分子線散乱法と速度マップ画像法を組み合わせて、回転基底状態の一酸化炭素分子同士の、特に炭素13と炭素12の衝突において、普通ではない分子対相関経路の証拠を与えている。これら2つの分子は前方方向へと散乱され、両分子とも最終的に高い回転励起状態となった。この実験結果は、予想外の分子ダンス挙動を示す準古典的な軌跡シミュレーションによって支持され、他の分子-分子散乱系に対して同様の効果が期待されるかもしれないことを示唆している。(NK,nk,kh)

Science this issue p. 307

荒廃したゴッサム (Blighted Gotham)

2020年の春にニューヨーク市(NYC)における重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)による死亡は、中国および他の多くの国で報告されたものを大幅に上回っている。このような深刻な激増に導いた初期の出来事は何だったのか? Gonzalez-Reiche たちは、2020年2月と3月にMount Sinai Health Systemに助けを求めてきた初期の患者の一部を抽出して調べた。NYC全体にまたがる、これらの人々のウイルス配列の系統発生分析は、このウイルスがヨーロッパと合衆国の他の場所から何回も互いに無関係に導入されたことを示していた。それに続いて市中伝搬のクラスターが発生した。NYCにおける感染の中心は、この都市が人の移動に関する双方向の中枢として果たす役割を表す印となっている。(KU,MY,nk,kh)

【訳注】
  • ゴッサム(Gotham):アメリカンコミック「Batman]に登場する架空の都市。ゴッサム市を舞台にした犯罪ドラマ。
  • Mount Sinai Health System(マウント・サイナイ医療システム):ニュヨーク市内の7病院と医科大学を含む地域とグローバルな統合医療システム。
Science this issue p. 297

蒸留なしに有機物を分離する (Separating organics without distillation)

炭化水素の蒸留は、広く普及したエネルギー集約型の工程である。分離膜は代わりとなる方法を提供するかもしれないが、殆どのものは有機溶媒中での浸漬に耐えることができず、また、比較的小さな分子の抽出もできない。Thompson たちは、微孔構造を内在する一連の重合体を開発して、有機溶媒中での有機化合物の膜系分離に用いた(Brennecke と Freeman による展望記事参照)。この新しい膜は、分離の分子量限界が253で、ほぼ600に近い既存のものより遥かに小さい。この重合体は、軽質シェール原油を分離するのに用いられ、分子量約170の分画に成功した。(MY)

Science this issue p. 310; see also p. 254

夏天気期待するのは能天気 (Weathering the weather)

一部の地域では、夏の北半球での湿度と気温の上昇が2020年の重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の大流行を鎮圧するだろうと期待されている。実際には、状況はそれよりももっと面倒になりそうだ。Baker たちは、SARS-CoV-2の大流行を模擬検討するために気候に依存する疫病モデルを使い、既知コロナウイルスの生物学的性質を踏まえて、気候に依存するさまざまなシナリオを試した。集団間の感受性度合いはなおも大流行の原動力として存続し、効果的な対策を講じなければ、大流行は今後も数ヶ月間継続し、湿度が高い気候においてすら深刻な流行を引き起こすことになるだろう。夏がパンデミックの拡大を実質的に制限することはないだろう。(ST,nk,kj)

Science this issue p. 315

酵母細胞のプログラムされた老化 (Programmed aging in yeast cells)

個々の酵母細胞の運命をたどることは、老化が単純な有害事象の蓄積というよりは、プログラム可能な決定論的な過程であることを明らかにしてきた。Li たちは単一細胞研究と数理モデルを組み合わせて、酵母細胞が2つの異なる老化形態を示すことを明らかにした。1つの形態は、より多くのリボソームDNAサイレンシングを伴うもので、ここでは核小体が分解される。また、もう1つは、より多くのヘム蓄積とヘム依存性転写を伴うもので、ここではミトコンドリアがより影響を受ける。リボソームDNAサイレンシングに寄与するリジン脱アセチル化酵素Sir2の過剰発現は第3の細胞老化の運命へと導いたが、この状態では平均寿命が延長する。他の細胞が同様の道筋で老化するのであれば、この研究は、老化の動態と健康寿命を拡張する戦略を検討する新しい方法を提供する可能性がある。(Sh,nk,kj)

【訳注】
  • 核小体:真核細胞の核内に1〜数個存在する、直径1〜3μmの構造体。ここでリボソームRNAの転写やリボソームの構築が行われる。
  • ヘム:ヘモグロビンなどから遊離した鉄を含む錯体化合物。
Science this issue p. 325

バクテリオファージの小さな防御機構 (Compact defense system in bacteriophages)

多くの原核生物に自然に見られるCRISPR-Casシステムは、ゲノム編集に広く使用されている。侵入ウイルスのゲノムに由来する細菌ゲノムのCRISPR配列は、Cas酵素がウイルスの繰り返し侵入を破壊するように導くCRISPR RNAを生成するために使われる。最近、予想外に小さなCRISPR-Casシステムが巨大なバクテリオファージで確認された。Pausch たちは、一般的に見られる付属タンパク質を欠いているにもかかわらず、この機構が機能的であることを示している。CRISPR配列のほかに、CRISPRシステム唯一の構成要素は、同じ活性点を使ってCRISPR配列の転写物をCRISPR RNAへと処理し外来の核酸を破壊する、CasFと呼ばれる酵素である。ヒトと植物の細胞で活性なこのシステムは、ゲノム編集に超小型の手段を追加する。(Sh,kj)

【訳注】
  • 付属タンパク質:他のタンパク質の正常な折り畳みや細胞膜内の適切な固定などを支援する、他のタンパク質と連携するタンパク質。
Science this issue p. 333