AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 10 2020, Vol.369

歯と顎 (Teeth and jaws)

最初の脊椎動物は、現代のメクラウナギによく似て、無顎であった。このような形状が、どのようにしてヒトを含む彼らの子孫の大部分のような顎を持つようになったかについて、多くの関心が持たれてきた。この過程についての私たちの理解の多くは、顎に対して歯が生え替わる相対的位置に焦点を当ててきた。以前の理論は、舌側に(それとも現生の魚たちのように内側から外へ)生じる歯の成長は、派生形質であったことを示唆していた。Vaškaninováet たちは、脊椎動物では、それが既に祖先的形質になっていた可能性を示唆している。(Sk,MY,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 211

毒物を設計する (Engineering a toxin)

Gタンパク質共役受容体(GPCR)ファミリーのうちの特定のサブタイプを標的にする薬剤を開発することは大きな課題である。Maeda たちは、ムスカリン性アセチルコリン受容体(MAChR)に結合するヘビ毒が示すサブタイプ特異性の基盤を調べた。それは中枢神経系と副交感神経系の多くの機能を仲介している。彼らは、マンバ(アフリカ南部の大型毒ヘビ)のヘビ毒であるMT7が、なぜ、ただ1つの受容体、M1AChRに特異性を持つのかを示し、また、それがどのように下流のシグナル伝達を抑制するのかを説明する化学構造を決定した。彼らは、この構造に基づき、M1ChRに代わって他の受容体のM2AChRに選択性のあるMT7を設計した。この毒素は、特定のGPCRの修飾物質を開発する有望な足場を提供するかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • ムスカリン性アセチルコリン受容体:副交感神経の末端から放出されたアセチルコリンにより作動する受容体のうちの1つで、骨格筋や内臓平滑筋などに存在し、筋収縮、心拍数・脈拍数の減少を促進する。M1~M5 の5つのサブタイプが存在する。
  • 修飾物質:タンパク質の活性部位以外に結合することにより、そのタンパク質の活性を変化させる物質。
Science, this issue p. 161

遺伝疾患がWAVEを組み立てる (An inherited disorder makes WAVEs)

WAVE調節複合体(WRC)は、アクチンでできた細胞骨格の編成を調節する多ユニットの複合体である。これとは別のアクチン調節性タンパク質はヒトの免疫応答を調節するが、WRCの正確な役割はいまだ立証されていなかった。Cook たちは、WRCの構成要素であるHEM1をコードする遺伝子のミスセンス多様体を持つ、親類でない家族からの5人の患者を研究した。これらの患者は、アレルギー性で自己免疫性の疾患の亢進とともに、反復感染と抗体応答不良を示した。HEM1は、T細胞の皮質アクチンと顆粒放出の調整に必要であることが見出され、またさらに、これらの疾患の表現型に寄与する代謝シグナル伝達に関わる重要な複合体と相互作用した。この研究は、これらの相互作用を免疫機能と結びつけることで、今後の免疫療法に対する有望な的を示唆する。(MY,kh)

【訳注】
  • ミスセンス:DNA中の1塩基が他の塩基に変化した状態。
Science, this issue p. 202

離れていても強結合 (Strongly coupled at distance)

混成量子系の開発は、さまざまな構成要素を連結できる柔軟性を提供し、それにより特定の目的に合わせた設計が可能な量子センサーと量子素子を作り上げる機会を拡大する。それを行うに当たっての最重要な点は、さまざまな構成要素を強結合できることである。今までの進展の殆どは、構成要素同士が近接していることに依存しているが、これは設計柔軟性を妨げることがある。Karg たちは、レーザーを用いて、原子雲と光学機械的膜間の強結合を誘導した。これらの構成要素は1メートル離れているため、この取り組みは、量子系を結合し、空間的な近接の制約を緩和する方法を実証している。(MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 174

考えるための糧 (Food for thought)

北極海における植物プランクトンの量は、この領域が温暖化し海氷が消失するにつれて、最近数十年間にわたり増加してきている。この増加の推定原因は、少なくとも今までは、開水域が広がっていることと、プランクトン成長時期の長期化である。Lewis たちは、これらの要因が以前の生産性傾向を後押ししてきたかもしれないが、この10年間は植物プランクトンの基礎生産量が5割以上、植物プランクトン濃度の増加のため増大したことを示している(Babin による展望記事参照)。この知見は、この地域への新たな栄養素流入があったことを意味し、北極海が将来さらに生産性が高まり、また、追加的な炭素を排出しかねないことを示唆している。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 198; see also p. 137

マウスでは血漿が運動の利益を移転する (Plasma transfers exercise benefit in mice)

運動は有益で体に良いさまざまな効果を持つ。Horowitz たちは、脳の神経発生と高齢マウスの認知改善に及ぼす運動の有益な効果が、あるマウスから他のマウスへ、血漿(細胞成分を除いた血液)で伝達されうるのかを調べた(Ansere と Freeman による展望記事参照)。実際、運動を行った若年あるいは年長マウスから血漿を受け取った高齢マウスは、走行ベルトを走ることなく、脳に有益な効果を示した。彼らは、この好ましい効果をある程度仲介する可能性のある血漿中の因子として、グリコシルホスファチジルイノシトール特異的なホスホリパーゼD1を特定した。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI):翻訳後修飾によってタンパク質のC末端に取り付けられる糖脂質で、この修飾を受けたタンパク質は細胞膜へ輸送され、GPIの脂質が細胞膜への係留部となり膜外へ露出し、膜外の変化を膜内に伝える。
  • ホスホリパーゼ:生体膜成分であるリン脂質を加水分解する酵素で、大きくはA~Dの4種がある。D1は肝臓由来で、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)修飾を受けたタンパク質からGPIを切断する。
Science, this issue p. 167; see also p. 144

臓器特異的なリンパ管の役割 (Roles of organ-specific lymphatic vessels)

リンパ管はヒトの体にくなまく広がっていて、哺乳類の生理的性質に極めて重要な機能を果たしている。Petrova たちは、臓器の機能と生理学的性質におけるリンパ管脈管構造の新たな役割を概説し、体液恒常性の維持における従来のリンパ管の見方を越える視点を提供している。彼らは、リンパ管が腸の乳糜管、リンパ節、中枢神経系の髄膜、およびガンと関係しているので、リンパ管の機能とリンパ管内皮細胞に対する新しい洞察に光を当てている。リンパ管の機能や発達を変更するかもしれない治療機会に向けた最近の進歩も論じられている。(MY,kj)

【訳注】
  • 乳糜管(にゅうびかん):小腸の絨毛にあって食物中の脂肪を吸収するリンパ管。
Science, this issue p. eaax4063

野生動物の疫病を監視する (Monitoring wildlife disease)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の世界的流行は、野生動物からの疫病波及のヒトにとっての危険性を際立たせてきた。Watsa たちは展望記事において、現在の野生動物病原体の監視と、分散監視体制の実施方法について論じている。このような(分散監視体制の)手法は、野生動物、飼育動物、および野生動物市場における疫病の包括的な監視体制を提供して、早期警告のために体制を確実に整え、疫病波及源を特定可能にするかもしれない。(Sk)

Science, this issue p. 145

細胞と細胞の接触は細胞運命を定める (Cell-cell contacts specify cell fate)

ホヤは、再現性の高い細胞事象と、不変の胚細胞系譜を備えた濾過摂食する海洋無脊椎動物である。 Guignard たちはホヤ胚を研究して、この細胞再現性の決定要因に取り組んだ。彼らは、高速処理光シート顕微鏡から得たデータ群において、安定で自動的な胚の領域分割、個別細胞の追跡観察、そして全細胞の挙動の解析、を行う計算機手法を紹介している。 この研究は、細胞誘導が細胞間の接触領域によって制御されているかもしれないことを示している。 彼らは、細胞シグナル伝達の範囲が、動物の胚再現性が認められる規模を設定すると提案している。胚の幾何学的配置の高水準な再現性はまた、直感に反してゲノムの進化に対する制約を解除しているかもしれず、それによりホヤで観察される急速な分子進化に貢献しているかもしれない。(Sh,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 細胞系譜:多細胞生物の初期胚が一定の法則に従って細胞分裂を繰り返し、組織や器官にまで分化していく道筋。
  • 光シート顕微鏡:シート状の励起光を試料の側方から照射して光学断面像を得る蛍光顕微鏡。
Science, this issue p. eaar5663

皿の中の脳関門と保持 (Brain barrier and support in a dish)

脳内奥深くで、脈絡叢は血液をろ過し、脳脊髄液(CSF)を分泌する。CSFは、脳を浸潤して保持し、そして有毒化合物の侵入から脳を保護する栄養豊富な液体である。ヒトにおけるこの重要な組織に関する今日の理解は限られている。Pellegrini たちは、小分子のヒト脳透過性を定量的に予測し、分離された CSF様液体を分泌する、脈絡叢オルガノイドを開発した(Silva-Vargas と Doetsch による展望記事参照)。このCSFモデルは、重要な細胞型ごとに発生因子と疾患関連の生物指標の分泌を明らかにし、脳中への薬物侵入に対するの試験基盤を提供する。(KU,kh)

【訳注】
  • オルガノイド:ES細胞やiPS細胞から三次元的に生体外で作られる臓器。
Science, this issue p. eaaz5626; see also p. 143

感染拡大を抑えておく (Keeping the lid on infection spread)

2020年2月から4月にかけて、多くの国は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の進行を遅くするために、社会的距離措置に変化を導入した。公的に入手可能なデータは、ドイツが死亡率の最小化に特に成功していることを示している。Dehning たちは、感染勃発を制御するために導入された3つの政府介入を定量化した。彼らは、3番目の政府介入(3月22日以降の厳密な接触禁止)が、発生率を増加から減退へと切り替えたとの見込みを立てた。彼らは、規制の緩和は慎重に行わなければならないことを強調している。それは、講じられた措置と症例報告に対する効果の間に2週間のずれがあるだけでなく、ドイツで用いられた3つの措置が、単にウイルス拡散を増加のしきい値以下に抑えただけのためである。(KU,kh)

Science, this issue p. eabb9789

水素イオンのための金属経路 (A metallic route for protons)

固体酸化物燃料電池の動作温度は、通常、セラミック電解質を通して酸素陰イオンまたは水素イオンを輸送するための無触媒電気化学反応を駆動するのに必要な温度よりもはるかに高い。Wu たちは、2つの半導体、NaxCoO2 とCeO2 の間の界面が、600°C未満の温度で水素イオン輸送を可能にする金属状態を形成することを報告している(Ni と Shao による展望記事参照)。彼らはこの材料を用いて、1平方センチメートルあたり1ワットを供給する水素燃料電池を組み立てた。(Sk)

Science, this issue p. 184; see also p. 138

まわりの地理に詳しい (Knowing their way around)

認知地図の存在は、知っている領域を検索するための我々の能力に不可欠である。なぜならば、それが、新しい経路を導き出すための空間知識の使用を容易にするからである。主な理由として実験室の外でその地図の評価要素を実証することが困難であるために、そのような地図が人間以外の動物に存在するかどうかが論争されてきた。エジプトのフルーツ・コウモリに関する2つの研究において、Harten たちと Toledo たちは共に、この種(フルーツ・コウモリ)の航法が、彼らの環境の認知地図を使用していると判断する要件を満たしていることを示し、この技能が人間以外にも存在することを確証している(Fenton による展望記事参照)。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 194, p. 188; see also p. 142

フランスにおけるCOVID-19パンデミック (COVID-19 pandemic in France)

コロナウイルス疾患2019(COVID-19)は、2020年3月と4月にフランスで多大な犠牲を強いた。隔離措置は伝搬を84%まで減らす効果があり、5月には社会的隔離に関するある程度の緩和が期待された。Salje たちは、フランスにおける感染流行に対する伝搬モデルを入院及び死亡データに適合させている。彼らは、290万人が5月11日までに感染してしまうだろうと予測しているが、これは人口の4.4%に相当し、集団免疫にとって不十分な数値である。日々の救命医療入院は、数百人から数十人の患者に減少するはずであるが、規制は微妙な均衡を取る作業であり続けるだろう。どんなものであれフランスでの都市封鎖の緩和は、より楽観的な予測が崩れることを回避するために、慎重に制御かつ監視される必要があるだろう。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 208

非常に高いチャーン数 (A very high Chern number)

トポロジー的に非自明な電子構造は、チャーン数によって特徴付けられることが多く、その値は、そのような系で発生すると予測されるいくつかのエキゾチック効果の大きさに関連している。これまでに発見された多くのトポロジー位相は、チャーン数が1または2であるが、理論的にはより高い値も可能である。Schröter たちは、光学異性材料であるパラジウムガリウム(PdGa)のチャーン数が4になると予測し、光電子放出実験を用いてその予測を確認した。興味深いことに、チャーン数の符号は PdGa の2つの鏡像異性体で反対であった。(Wt,nk)

Science, this issue p. 179

電源内蔵型の電子スキン (Self-powered electronic skin)

新しい技術は、人間と機械との相互作用の仕方を一変する。Zhao たちは、接触刺激を実時間で電気信号と可視光に同時に変換できる電源内蔵型の人工スキンを開発した。電気信号は、家電製品を簡単かつ直感的に制御するための、人間と機械の間での双方向的な接触型操作装置の駆動に用いることができる。電場発光の信号は、圧入力に即座に視覚的な反応を与える。この装置は、摩擦電気効果を用いて電流を生成し、その生成された電流の一部は、埋め込まれた発光中心を励起することにより、光を発生する。このような表面カバーは、外部電源なしで動作することができる。これは、携帯用、あるいは、着用可能電子機器にとって重要なことである。(Wt,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aba4294 (2020).