AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science July 24 2020, Vol.369

ナナフシはどのようにしてその体色を獲得したか (How stick insects got their colors)

Timema属のナナフシは、その植物宿主上での迷彩用の選択に起因すると思われる色の違いを示す。いくつかの種は茶色のみあるいは緑色のみであるが、他の種は赤に近いピンクの色合いから緑色、茶色まである。Villoutreix たちはこの違いの根底にある遺伝的特質を特定するために、最も多く現存するカリフォルニアTimema種の遺伝子配列決定を行い、いくつかの種で緑色の体色と相関する遺伝子欠失を特定した。適応進化の観点からは葉と同じの緑の体色になる筈が、この遺伝子欠失は北カリフォルニアの系統群に限定されているようであり、南カリフォルニアの系統群ではより多くの種がこの遺伝子座を保持している。これらの南部の種では、緑以外の様々で連続的な体色は、おそらく突然変異によって引き起こされている。密接に関連した種の間でさえ、適応進化は、異なる進化過程から同じ表現型に収斂することがある。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 460

不活性成分は不活性でないかもしれない (Inactive ingredients may not be inert)

ほとんどの薬剤処方は、大抵は賦形剤として知られる不活性成分を含んでいる。賦形剤は動物を使った研究で試験され、許容濃度では毒性を示さないが、それらが持つ分子標的との相互作用は、体系的に探索されてこなかった。Pottel たちは、計算機による大規模な選別と特定標的を対象とする実験による検査とを組み合わせることで、賦形剤の活性を調べた。彼らは、44の標的に対して活性な38の賦形剤を特定した。幾つかの賦形剤は、組織の段階での毒性を予測する細胞株パネルで活性を示し、2つは、体外で活性を示す濃度と重なる濃度に体内で達することが示唆された。ほとんどの賦形剤は不活性であるが、幾つかは追加検討に値する活性を持つ。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 403

無秩序による強度 (Strength through disorder)

高温での超高強度を有するジェットエンジンのタービン翼やその他の物は、コストのかかる単結晶として成長させられることの多い特殊合金で作られ、故障を避ける手助けをしている。Yang たちは、ニッケル-コバルト-鉄-アルミニウム-チタン合金への少量のホウ素の添加が、超高強度の材料を作り出すことを発見した。重要なことは、この合金が結晶粒間にナノ尺度での無秩序な界面を有しており、それが高温での結晶粒粗大化を防ぎながら延性を大幅に向上させることである。この合金設計は、さまざまな用途のための魅力的な高温特性を生み出す。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 427

隠しちまえ、防御シールドで! (Shields up!)

特殊な導電性材料は、マイクロ波や電波のような電磁波放射を遮蔽、あるいは、遮断することに用いられる。これは、電磁波が迷走放射によって漏れることを防止したり、不必要な放射源により干渉が発生することを防ぐためである。理想的な材料は、高効率の遮蔽効果を示す一方、小さな体積や少ない質量の必要がある。2次元セラミックスである MXene類の材料は、優れた遮蔽特性を示してきた。ここで、Mは遷移金属を、Xは炭素または窒素を指している。Iqbal たちは今回、金属窒化炭素が、今までの金属窒化炭素よりももっと優れ、またいくぶん予想外ともいえる性能を示している。(Wt,ok,kh)

【訳注】
  • MXene(マキシン):組成式Mn+1XnTx(Mは遷移金属、Xは炭素または窒素、Tは-OH、=O、-F、-Clなどの表面終端基)で与えられる層状化合物で、グラフェンになぞらえてマキシンと呼んでいる。
Science, this issue p. 446

光近接場を彫る (Sculpting the optical near field)

電磁場の発生源において光は2つの成分に分けることができる。1つは我々が普通に見る伝搬波である遠距離場であり、他方は近接場である。近接場は、放射源から波長以下の距離に現れる電磁場の非伝搬成分である。けれども、近接場を検出することで放射源の波長以下の情報を詳細に得ることができる。Ginis たちは、近接場の状態を制御・操作するナノフォトニクスに基づく方法を報告している。本手法は、通常かさばる光学系が必要となるであろう光集積チップへの適用に対して、近接場成分を活用する可能性を提供する。(NK,kj,kh)

Science, this issue p. 436

カルシウムの左右非対称画像化 (Calcium imaging of left-right asymmetry)

我々の体なかでよく見られるありふれた左右非対称性は、内臓の位置を反映しており、胚の段階で樹立される。2種類の繊毛が結託してこの過程を行う。1つは運動性繊毛で、方向性のある流れを作り出す。もう1つは不動繊毛で、この流れを感知する。Mizuno たちは、胚の正中線での左向き方向の液流によって急に起こされる対称性の壊れでカルシウム・シグナル伝達が果たしている、長い間探し求められていた役割を調べた。遺伝子への攪乱と薬理的な攪乱と組み合わせた定量的画像化により、正中線で2種のカルシウム変動が明らかにされた。繊毛が影響しない対称的な変動と繊毛由来の非対称的な変動である。非対称的な変動は、左向きの液流に応答して発生した。この非対称的な変動の存在は、左右対称を壊す連鎖的過程中の本質的なミッシング・リンクを与えるものとなる。(MY,ok,kj)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aba1195 (2020).

細胞のサイズ・センサー (A cell size sensor)

細胞が成長と細胞分裂を調整して一定のサイズを維持するための、長い間求められてきた機構を明らかにする努力が続いている。 Zatulovskiy たちは、ヒト細胞が網膜芽細胞腫ファミリー・タンパク質 Rbの濃度を感知するということを提案している。Rb自体は転写因子に作用して、細胞周期の進行を阻害する。細胞が成長するにつれて、Rbの濃度は希釈によって低下し、結果として細胞は分裂することができる。Rb遺伝子の欠失に対するヘテロ接合またはホモ接合のマウスにおいて、各Rb対立遺伝子が失われると、肝臓の肝細胞のサイズが減少し、細胞サイズのばらつきが増加した。(KU,kh)

Science, this issue p. 466

南アフリカでCOVID-19が併発する厄介な事態 (COVID-19 complications in South Africa)

南アフリカは、蔓延している感染症、とりわけ結核とHIVに取り組む抑制対策を展開してきている。しかしこれらの資源、特に診察と地域医療提供に対する資源は、コロナウイルス疾患2019(COVID-19)の始まりとともに別方向へ再設定された。Abdool Karim と Abdool Karim は展望記事で、重点がCOVID-19に置かれている間の、結核とHIVの診断、医療、研究に対する資源不足の考えられる意味合いについて論じている。特に、結核とHIVを抑制する進歩が覆ってしまうのか、および、これらや他の一般的な感染症がCOVID-19の行状を変えるのかまたその逆はどうなのか、に関する疑問が存在する。(MY,kh)

Science, this issue p. 366

シミュレーションによる生化学データの検査 (Testing biochemical data by simulation)

細菌細胞モデルは、全く共通性のない出所源からの大きなデータ集合を精査できるのだろうか? Macklin たちは包括的な数学的モデルを使用して、数百の研究室からの数千の論文中に作成された、大腸菌に関して報告されている大量のデータの矛盾を検証または発見できるかどうかを調べた。ほとんどのデータは一致していたが、測定された細胞の倍加時間を生じるにはRNAポリメラーゼとリボソームの産生が不十分なことなど、既知の生物学的結果に対応できないデータがあった。他の分析は、一部の必須タンパク質に関して、RNAが細胞の生存期間中に全く転写または翻訳されない可能性があるが、生存能力は特定の酵素がなくても、より前に生成された安定した代謝産物のプールを通じて維持することができる事を示した。(KU,kh)

Science, this issue p. eaav3751

捕捉したCO2を蒸気で回収する (Steaming out captured CO2)

天然ガスは石炭よりも二酸化炭素(CO2)多量排出でないが、複合サイクルでの天然ガス燃焼は、石炭燃焼の場合の3分の1のCO2濃度しかなく、かつ高濃度の酸素と水を含むため、放出されるCO2を捕獲することがより困難になることがある。Kim たちは、高いCO2吸着容量と吸着エンタルピーを生み出す2段階の協調的CO2吸着を示す、テトラアミン官能基を有するマグネシウム金属有機構造体について報告している(Peh と Zhao による展望記事参照)。この材料は、湿った空気からCO2を捕捉することが可能で、蒸気によって再生(CO2を回収)できた。この方法は、温度または圧揺動法よりも経済的である。(Sk,kh)

【訳注】
  • 複合サイクル:液化天然ガスの燃焼ガスの力で回すガスタービンと、その排熱で作った蒸気で回す蒸気タービンを組み合わせた複合方式。
  • 温度または圧揺動法:ガス吸着剤からのガスの分離・回収を、温度または圧力の変化で行う方法。
Science, this issue p. 392; see also p. 372

バイキングが示す天然痘の多様性 (Viking smallpox diversity)

人類は感染症の惨禍に耐える際立った能力を持っている。天然痘は何百万人もの人々を死亡させたが、ジェンナーによるワクチン接種の考案を生み出し、その結果最終的に、1980年に宣言された天然痘ウイルスの撲滅につながった。Mühlemann たちは、この天然痘の歴史を調べるため、3万1千年以上前から150年前にわたる1867体の人の遺骸から、大量処理ショットガン法による配列解析データを得た(Alcamí による展望記事参照)。13の陽性試料が明らかとなり、そのうちの11は北欧のバイキング時代の人々だった(西暦6から7世紀)。これらの配列はつぎはぎだらけで不完全であるが、4つは天然痘ウイルスの系統樹を推測するのに用いることが出来た。この系統樹は、複数の遺伝子が失活した、他と異なるバイキング時代の系統を示している。この解析は、人類の最古の天然痘感染の年代を約千年遡らせ、これまで知られていない天然痘ウイルス系統群の存在を明らかにしている。(MY,ok,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw8977; see also p. 376

オートファジーが幹細胞性を調節する (Autophagy regulates stemness)

胚性幹細胞はいつまでも増殖し、必要とあれば分化することもできる。Xu たちは今回、細胞代謝が多能性と分化の均衡にどのように影響するかを分析している(Borsa と Simon による展望記事参照)。多能性状態の細胞では、転写因子 Oct4およびSox2がシャペロン介在オートファジー(CMA)を抑制する。CMAが分化と共に解除されると、イソクエン酸脱水素酵素 IDH1およびIDH2が分解され、結果として多能性を維持するヒストンとDNAデメチラーゼに必要とされる、α-ケトグルタル酸が低下する。CMAはこのように細胞代謝を後成的調節に結びつけ、多能性の更新と分化の均衡を調整する。(KU,kh)

【訳注】
  • オートファジー:細胞が細胞内タンパク質を分解する仕組みで、分解物を輸送する機構の違いによりマクロオートファジー、ミクロオートファジー、シャペロン介在オートファジーに分類される。
  • シャペロン:タンパク質を正しく折り畳むタンパク質の総称。
Science, this issue p. 397; see also p. 373

COVID-19管理の世界の見通し (Global prospects for COVID-19 control)

低所得の国々は、進行中の流行の観察から、コロナウイルス疾患2019(COVID-19)のありうる影響を認識してきた。多くの国々は緊急かつ早期に、ウイルス伝搬を遅延させる方策をもって介入してきているが、そのことが、このような国々でこれまで観察された感染率の低さを部分的に説明しているかもしれない。Walker たちは、世界モデルのパラメータを国固有のデータで調整した(Metcalf たちによる展望記事参照)。人口構成がより若いことによる潜在的な防御効果にも関わらず、低所得の国々での世代間の密な接触、医療施設の限界、そして併存疾患の頻度は、医療能力の崩壊を避けるのに、持続的で医薬品によらない介入(NPI)を必要としている。精密なNPIの結果として、免疫による防御効果は低下するだろうし、検査能力の改善が重要となるだろう。公平な酸素提供の確保と、そして準備が整った段階で、医薬品による介入が、世界的に優先されるべきである。(Uc,kh)

Science, this issue p. 413; see also p. 368

ホット・キャリアの温度を測定する (Taking the temperature of hot carriers)

表面プラズモンの非放射性崩壊によって、ホット・キャリアはプラズモンのナノ構造で発生すると予想されている。しかし、これらのキャリアが実際にどれだけ「熱い」かを究明し、また、決定することは困難であった。Reddy たちは、単一分子接合部を通過するキャリア輸送を調べる技術を工夫した。この接合部は、エネルギー・フィルターとして効果的に機能する。そして、それは、プラズモンのナノ構造内のホット・キャリア分布の決定に使用できることを示している(Martin-Moreno による展望記事参照)。これらのホット・キャリアを利用して、プラズモン駆動の光化学や太陽エネルギー収集素子、効率的な光検出器などを含む種々の技術の性能向上が可能となろう。(Wt,kh)

Science, this issue p. 423; see also p. 375

膜タンパク質挿入複合体 (A membrane protein insertion complex)

膜タンパク質は、ヒトの全タンパク質の4分の1を構成し、細胞間の情報交換、シグナル伝達、そして輸送のすべての側面に必要である。膜タンパク質生合成の欠陥はさまざまなヒト疾患の根底にあり、すべての治療薬の半分は統合型膜タンパク質を標的としている。Pleiner たちは、小胞体(ER)中の膜タンパク質の生合成に関与する、大きなオリゴマー集合であるER膜タンパク質複合体の低温電子顕微鏡構造を記載している。この構造は、この複合体がどのように新生タンパク質を取り込み、脂質二重層に挿入するかを説明するのに役立ち、幅広い生物医学的意味を持つ基本的な生物学的過程の分子的詳細を解明する。(Sh,kj,kh)

Science, this issue p. 433

進化から学ぶ (Learning from evolution)

タンパク質配列は、自らの三次元構造と機能を特定する情報を含んでおり、これらの特性を予測するには、配列ファミリーの統計解析が使用されてきた。配列データから作るのだが、Russ たちは、各アミノ酸位置での進化を通しての保存とアミノ酸の対の進化における相関関係を考慮する統計モデルを使用して、対象となるタンパク質ファミリーの特性を持つであろう新しい人工的配列を予測した。代謝酵素のコリスミ酸ムターゼ・ファミリーについて、彼らは人工的配列が天然のタンパク質に似た触媒機能を発揮することを実験的に実証している。このモデルは多様な配列からなる膨大な空間を利用するため、そのような進化に基づく統計的な手法は、化学的活性が変化した機能性タンパク質の探索を導く可能性がある。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • コリスミ酸ムターゼ:コリスミ酸は植物の代謝過程の中間体として重要な物質で、コリスミ酸分子内の官能基の転移を触媒する酵素。
Science, this issue p. 440

Rab32は必要な場所にイタコン酸を配置する (Rab32 puts itaconate where it's needed)

骨髄細胞は、Rab32と呼ばれるRabファミリーのグアノシン三リン酸分解酵素を用いて、サルモネラ菌などの細胞内細菌病原体の複製を制限できる。ただし、根底にある機構は不明のままである。Chen たちは、Rab32とその交換因子BLOC3が、アコニット酸脱炭酸酵素1(IRG1)と相互作用することを報告している。この複合体は、IRG1に抗菌産物であるイタコン酸を作らせそのイタコン酸の、ミトコンドリアからサルモネラ菌を含む液胞への直接送達を可能にする。液胞中のイタコン酸濃度は菌の生存と相関しており、感染中のこの代謝産物の生物学的関連性を明らかにしている。大腸菌感染細胞における同様の知見は、これが、ミトコンドリアとRab32経路が抗菌性の宿主防御において重要な役割を果たす、より一般的な現象であることを示唆している。(Sh,kj)

Science, this issue p. 450

カリブ海地域への複雑な離散 (A complex dispersal into the Caribbean)

カリブ海人の定住およびヨーロッパ人渡来前のカリブ海地域の人々の間の遺伝的関係は謎のままである。約3200年前〜400年前の範囲の年代の93の古代のゲノムの調査後、Nägeleet たちは、以前は知られていなかった波を含む、少なくとも3つの独立した移住事象が北米での放散事象に関連付けられたことを示唆している。キューバには2つのより古い血統が共存していたが、この地域へ後の移動があった南アメリカからの3つ目のグループから完全に遺伝的に分かれていた。この研究は、カリブ海地域の定住についての情報を提供するだけでなく、実質的な海の境界を越えるものを含めて、アメリカ全体にわたるより大規模な大陸間の人の拡散への洞察を与えている。(Sk,kh)

Science, this issue p. 456