AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 19 2020, Vol.368

群発性地震で(断層)構造が明らかになる (Seismic swarms show the structure)

地震の原因となる断層は、断層帯が複雑な3次元構造であるにもかかわらず、2次元に理想化されている。Rossたちは機械学習を用いて、カリフォルニアの Cahuilla近郊において、群発地震の期間中に22,000件の地震事象を見い出した。彼らはこれらの事象の場所と大きさを用いて、断層の複雑な構造が、より下部からの自然による流体の注入とどのように相互作用するかを示した。著者たちの手法は、1つの断層の複雑さに光をあてるもので、世界中の他の断層を特徴付ける方法を示唆している。(Wt,ok,kh)

Science, this issue p. 1357

抗ウイルス性タンパク質分解酵素の有望な阻害剤 (Promising antiviral protease inhibitors)

コロナウイルス疾患2019(COVID-19)を引き起こすウイルスに対するワクチンや、効果が立証された薬剤がないため、科学者たちは懸命に臨床での抗ウイルス治療を見つけようとしている。有望な薬剤標的の1つは、ウイルスの複製と翻訳で重要な役割を果たすウイルスの主要タンパク質分解酵素Mproである。Daiたちは、Mproの活性部位の構造解析に基づき、2つの阻害剤、11aと11bを作った。これらは両方ともMproの活性を強く阻害し、培養細胞で良好な抗ウイルス活性を示した。マウスとイヌで試験した場合、化合物11aの方が良好な薬物動態特性と低毒性を示した。このことは、この化合物が有望な薬剤候補であることを示唆している。(MY,kh)

【訳注】
  • 薬物動態特性:投与した薬物の体内における濃度を、吸収・分布・代謝・排泄の諸課程を経て時間的に変化していく関数として捉えた特性のこと (Delicate dance becomes a ballet)
Science, this issue p. 1331

繊細なダンスがバレエになる (Delicate dance becomes a ballet)

酵素ニトロゲナーゼは、アデノシン三リン酸といくつかの変わった鉄-硫黄補因子を使用して、電子を典型的に不活性な二窒素(N2)に送り込み、その途中で水素イオンを提供する。以前の研究は、鉄-モリブデン補因子(FeMoCo)の硫黄原子が不安定であることを示しており、硫黄の1つをN2で置き換えることが、N2の結合と還元の機構に不可欠であると示唆している。過剰な還元剤を調製中で除去することで、Kangたちは、休止状態の高次構造におけるMo-ニトロゲナーゼの構造を決定した。意外なことに、彼らは、FeMoCoの外縁に存在する3つの硫黄すべてが不安定であるらしく、一個のサブユニットでは3つの硫黄のうち2つが軽い二原子配位子に置き換わっていることを見い出した。生化学的および分光学的データは、このタンパク質が活性であり、しっかりと結合したN2を保持し、そして予想される酸化状態にあることを示している。これらの結果は、N2還元の可能な機構とFeMoCoにおける帯状の動的配位子の役割の再評価を促す可能性がある。(KU,ok,kj)

Science, this issue p. 1381

強くて強靭な鋼 (Strong and tough steel)

超硬材料は、それと同じほど強い破壊靭性を持たないことが多い。Liuたちは、超高強度と高破壊靭性を併せ持つ、中マンガン鋼合金の加工方法を発見した。その鋼は、変態誘発塑性と層間剥離強度の両方に依拠することで、破壊特性を高めている。その鋼は比較的安価な元素で構成されているため、建造物への活用に魅力的な安価な材料となっている。(Wt,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1347

インフルエンザ抗体に対する耐性 (Resistance to influenza antibodies)

ヘマグルチニン(HA)の幹領域はインフルエンザ・ウイルスの表面に見られる三量体糖タンパク質である。その幹領域に対する広域中和ヒト抗体(bnAb)は有用な治療手段であり、万能インフルエンザ・ワクチンの開発を先導できる。治療法の開発でbnAbを利用するためには、bnAbへの耐性を持つHA幹領域の多様体がどの程度発生しうるかを理解することが重要である。Wuたちは、飽和変異生成と次世代配列決定を組み合わせて、インフルエンザの2つの亜型、H3とH1で原型bnAbに対する耐性変異を系統的に探索した。彼らは、幹領域bnAbに対する耐性への遺伝的障壁が、H3亜型では低いがH1亜型ではより高いことを見出した。bnAbに対する耐性を発現させるH3の能力は、万能インフルエンザ・ワクチンの開発における課題を提示する。(MY,nk,kj)

【訳注】
  • ヘマグルチニン(HA):インフルエンザ・ウイルスの表面から突き出た先端が球状となった糖タンパク質。赤血球凝集素とも言われる。HAは先端の球状部領域と、それを支える軸部の幹領域から構成される。球状部領域は抗原性が強いが変異が起こりやすく、また、ウイルスの亜形で抗原が異なる
  • 広域中和抗体:抗原に結合してその毒性や増殖能力を抑制する抗体で、多様な抗原に対して能力を発揮するもの。
  • 飽和変異生成:核酸の単一あるいはコドンの組みをでたらめに置き換えて、その位置で可能な全てのアミノ酸を作らせる、変異生成の技術のこと。薬剤耐性の評価などに使用される。
Science, this issue p. 1335

土地利用の変化と森林の生物多様性 (Land-use change and forest biodiversity)

人間による土地利用の変化、とりわけ森林喪失は長期にわたり地球の生物多様性に影響を与えている。個体数と生物多様性の変化に対する森林喪失の影響を評価するために、Daskalovaたちは、世界中の生態学的集団における種の存在量、豊かさ、そして構成物の6000を越える時系列からのデータを統合した。森林喪失は個体数と生物多様性に対して正・負双方の応答を引き起こし、森林喪失後の個体数と生物多様性の変化における時間的遅れは最大で半世紀かかる可能性がある。土地利用変化は多岐にわたる個体数と生物多様性の変化を促している。この分析は、人為的影響、進行中の保存及び生物多様性の変化の評価の予測に関する結論に影響する。(Uc,KU,nk)

Science, this issue p. 1341

ラジカル・カップリングできる場所にぎりぎり近づける (Cutting it close for radical coupling)

原理的には電気化学は、ラジカル・カップリングの理想的な方法である。すなわち、陽極で酸化された一方の前駆体が陰極で還元された相手方と対になる。問題は、カップリング相手のどちらかあるいは双方が、途中で出会うのに十分長く安定に存在しないかもしれないことである。Moたちは、マイクロ流体プラットフォームにおいて電極同士を近接して配置することでこの課題を解決した(Liuたちによる展望記事参照)。彼らは、陰極でのラジカル前駆体としてジシアノベンゼンと、酸化で生成したさまざまな相手とのカップリングを紹介している。(MY,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1352; see also p. 1312

森林の緩和能力に対する危険性 (Risks to mitigation potential of forests)

炭素の吸収源として作用することにより進行中の気候変動を緩和する樹木と森林の潜在能力が、最近大いに注目を集めてきている。Andereggたちは、森林の気候緩和の潜在能力が、次第に森林の成長と健全性を制限するさまざまな逆境の危険性にさらされているという、証拠の増加について総説している。これらは、干ばつや火災などの物理的要因、および木を食べる植食性昆虫と菌類病原体による荒廃といった生物的要因を含んでいる。それ自体が気候の影響を受けるこれらの危険性の完全な評価と定量化は、効果的な土地と森林の管理のための科学に基づく政策の結果を達成する鍵となる。(Sk,KU,nk)

Science, this issue p. eaaz7005

花粉媒介の起源 (The origins of pollination)

花が先か、花粉媒介昆虫が先か? 化石の証拠と葉緑体のDNA配列決定を用いた分子解析は、 顕花植物が最初に現れた時期について矛盾する推定値を与えており、それは、どのようにして花粉媒介昆虫が生まれたかについて一つならずの示唆を与えてしまう。van der KooiとOllertonは、展望記事において、これらの相互依存的な種の進化に関するデータとその可能な説明について議論している。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 1306

ペロブスカイトの分解をつぶさに見る (Perovskite decomposition in detail)

太陽電池は、日光の下で作動すると加熱され、ハイブリッド・ペロブスカイト太陽電池の有機物成分、特に一般に広く用いられているメチルアンモニウム陽イオンは熱分解を被ることがある。カブセル化はこのような分解反応を平衡状態にもたらすことで分解を抑えるとともに、損傷をもたらす大気中水分への暴露を防ぐことができる。Shiらは、ガス・クロマトグラフィ-質量分析法を用いて揮発性の生成物を調べることで、ペロブスカイトのフィルム及び装置に対して数種類のカプセル化方式を検討した (Juarez-PerezとHaroによる展望記事参照)。高気密性のポリマー/ガラス積層カプセル化が、ガス移動の抑制に効果的であり、そしてメチルアンモニウムを含有する太陽電池が厳しい水分試験及び熱サイクル試験に合格することができた。(NK,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaba2412; see also p. 1309

神経集合活動と知覚 (Ensemble activity and perception)

感覚性知覚が神経集合で符号化される機構は、いまだ完全には理解されていない。Chongたちは単一光点光遺伝学的刺激を使用して、マウスの嗅覚糸球体の神経活動を時空間で制御した。マウスは、特定の匂いとして知覚される可能性が高い学習された活動パターンを認識するように訓練された。著者たちは、次に活性化糸球体または糸球体活性化の間のタイミングのいずれかを変えることことで活動パターンを体系的に変化させ、嗅い認識へのその影響を評価した。合成臭の初期に活性化された糸球体は、その後活性化された糸球体よりも嗅い認識により多く寄与した。この方法により、神経科学は機能を複雑なパターンにどのように結びつけて知覚を生成しているかを説明することができる。(KU,kh)

Science, this issue p. eaba2357

マイスナー小体の秘密 (Secrets of Meissner corpuscles)

機械感覚の末端器官であるマイスナー小体は、165年以上前に発見され、それ以来、人間の指先を含むすべての哺乳類の無毛皮膚で発見されている。教科書でも目立つように特筆されているが、マイスナー小体の機能は不明である。Neubarthたちは、マイスナー小体を含まない成体マウスを作り、それらを用いて、これらの小体だけが効果が弱い力に対する行動応答と知覚を仲介していることを示した(MarshallとPatapoutianによる展望記事参照)。各マイスナー小体は、2つの分子的に異なるが生理学的に類似した機械感覚神経細胞によって神経支配されている。これらの2つの神経細胞の亜型は、発達的に相互依存しており、それらの神経末端は小体の中で絡み合っている。両方のマイスナー機械感覚神経細胞亜型は同型的に差別なくタイル状に配置されて、皮膚の均一かつ完全な被覆を保証しているが、異型の受容野は重なり合いながら互いにずらされている(Sk,ok,kj,kh)

Science, this issue p. eabb2751; see also p. 1311

モバイル・アプリによる症状の追跡 (Mobile symptom tracking)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)が集団を介して広がる速さは、それを追跡する試みを困難にしており、定量的 PCR(polymerase chain reaction)試験法は、これまでのところ疫学的即時対応にはあまりにも時間がかかり過ぎる。既存の長期的な保健医療と研究患者の統計的集団を利用して、Drewたちは関係者にソフトウェアの更新を求め潜在的なコロナウイルス病2019(COVID-19)症状の報告を奨励した。著者たちは、英国および米国全体から COVID Symptom Study(以前は COVID Symptom Trackerとして知られていた)に約200万人のユーザー(医療従事者を含む)を募集した。疲労と咳、それに続く下痢、発熱、および/または無嗅覚症を含む、症状の組み合わせ(3つ以上)の有病率はSARS-CoV-2の陽性テスト検証と同じであることをを予測するものであった。英国のウェールズからのデータで例示されているように、数学的モデルは、公式の公衆衛生レポートの5~7日前に発生の地理的な多発地点を予測した。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1362

麻疹 (はしか)ウイルスのより古い起源 (Older origins of measles virus)

ヒトによる動物の家畜化は、多くの病原体が新しい宿主に侵入する機会を与えたと考えられており、麻疹はその一例である。しかし、麻疹の歴史的記述が比較的最近(9世紀後半)のものであるため、麻疹がいつヒトに出現したかについては論争がある。この論争が続いてきた原因の一端は、古代のRNAは分子時計技術の対象としては不向きだと考えられていることにある。Duxらは、1912年に死亡した子供の肺の博物館標本から得られた麻疹ウイルス・ゲノムを配列決定することによって、古代RNAの課題を克服した(HoとDucheneによる展望記事参照)。著者らは、これらのデータと他のより最近の配列決定データをベイズ分子時計モデル化技術に適用して、麻疹ウイルスが紀元前6世紀に牛疫ウイルスから分岐したことを示した。これは、麻疹の初期起源が都市化の始まりと関係がある可能性を示している。(ST,nk,kh)

Science, this issue p. 1367; see also p. 1310

植物と植食動物間の情報の「軍拡競争」 (A plant-herbivore information “arms race”)

植食動物による植物の消費は多くの異なる植物の防御化学物質の進化を推進してきたが、それに対して植食動物側も絶えず適応してきた。群落水準での化学的情報の伝達はあまり知られていないが、特に熱帯の群落では、植物種や植食動物種の過多を考慮すると重要である。Zuたちは、群落水準での植物と植食動物間の化学的情報交換を説明するために、情報の「軍拡競争」解析手法を提案している(Soleによる展望記事参照)。彼らは、自分たちの概念的枠組みを試すために、熱帯乾燥林における植食動物と植物間の相互作用、および植物と揮発性有機化合物間の関連性に関する野外観測データを用いた。彼らの手法は、個体が, 他の個体が反応し次にはこれらの系における他の関係者の行動に影響する, 信号の形で情報を送受信する場である、系の作動能力と持続性に関する理解を提供している。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1377; see also p. 1315

炎症加齢? いまいましいT細胞だ! (Inflammaging? Blame T cells!)

さまざまな組織のミトコンドリア機能障害は、加齢に伴う劣化の顕著な特徴だが、特定の細胞型におけるミトコンドリア機能障害がこの進行にどのように寄与するかは不明である。Desdin-Micoたちは、ミトコンドリアDNAを安定化するタンパク質が特異的に不足しているT細胞を持つマウスを作成した。これらマウスは、神経障害、代謝障害、筋肉障害、心血管障害など、老化に関連する複数の特徴を示した。欠陥のあるT細胞は、高齢の動物で見られる“炎症加齢“と呼ばれる過程と同様の炎症プログラムを開始した。サイトカインである腫瘍壊死因子-αの遮断または補因子ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチドの前駆体投与により、これらの老化症状の多くが回復した。これらの知見は、悪液質やサイトカイン放出症候群と同様に、加齢に伴う疾病に対する将来の治療法に役立つ可能性がある。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 悪液質:がんや結核、梅毒、糖尿病、内分泌疾患、血液疾患などの慢性疾患で、全身症状のきわめて悪化した状態。全身が衰弱してやせ細り、皮膚は乾燥弛緩、まぶたや足にむくみがある。
Science, this issue p. 1371

真核生物の核内相分離液滴への薬剤の分配 (Drug partitioning in nuclear condensates)

細胞における相分離生体分子液滴の機能に関して、重要な生物学的過程におけるそれらの際立った特性と拡大する役割のために、関心が高まっている。Kleinたちは、相分離液滴との関連において小分子薬剤治療法の予想される結果を考察した(VinyとLevineによる展望記事を参照)。彼らは、幾つかの抗悪性腫瘍薬剤が、in vitroとがん細胞の両方で相分離液滴中に薬剤を濃縮させる物理化学的性質を持っていることを示している。この特性が薬剤活性に影響を与え、相分離液滴の形成を変化させるタンパク質変異が薬剤抵抗性に導く可能性がある。相分離液滴分配の最適化は、改善された薬剤治療法を開発する上で価値あるものになるかもしれない。(KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1386; see also p. 1314