AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 12 2020, Vol.368

サンゴ礁の島々は上昇する海面に適応する (Coral reef islands adjust to rising sea)

サンゴ礁の頂上に自然に発達する礫で覆われた島々は、長い間、熱帯地方における人間居住の機会を提供してきた。しかし、そのような地域社会が、平均海面上昇により危険にさらされるかもしれないという懸念が広がっている。しかしながら、Masselinkたちは、これらの島々が平均海面の変化に動的に適応できるかもしれないことを示唆している。ほどほどの平均海面上昇にとどまっている間のこれらの島々における土砂輸送の数値モデル計算は、波間に沈下することが必然的ではないことを示した。その代わりに、堆積物の再分配が島の地理と地形を変えるだけかもしれない。著者らは、この過程が社会的に問題になるであろうと指摘しているが、少なくともサンゴ礁の島々の短期的な居住可能性は維持してくれるかもしれない。(Sk,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aay3656 (2020).

コヒーレントな電子波 (Coherent electronic waves)

固体中における伝導電子の波動の特性は、干渉効果により明らかにすることができる。層状物質において、この干渉効果は面内輸送で観測されることが多い。対照的に、Putzkeらは、不純物が極めて少ないデラホサイトPdCoO2およびPtCoO2の導電層に垂直な電子輸送を調べた。面内磁場を加加すると、面に垂直方向の電気抵抗は磁場の強さの関数として周期的振動を示した。この知見は、電子波が巨視的な距離にわたってコヒーレンスを維持することを必要とするモデルで説明できる。(NK,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1234

細胞が分裂促進因子の有効性を監視する方法 (How cells monitor mitogen availability)

古典的な実験は、細胞が細胞周期中の限られた窓内で細胞分裂を制御する分裂促進因子または増殖因子を検知することを示した。Minたちは、動的信号処理をより厳密に監視するために高処理量生細胞イメージング法と時間的に制御された摂動を用いてこの問題を再検討した。培養中のヒト上皮細胞は、細胞周期全体で検知された分裂促進信号を総和した。重要な要因の1つは翻訳速度の制御であり、これがサイクリンDの量に影響を及ぼし、結果として増殖を調節していた。この結果はまた、細胞が均一な大きさをどのように維持しているかを説明するのに役立つかもしれない。(KU,kh)

【訳注】
  • 分裂促進因子:有糸分裂を引き起こす因子
  • サイクリン:真核生物の細胞においてG1→S→G2→M期の細胞周期を移行させるためのエンジンとして働くたんぱく質のひとつ(哺乳類では20種類以上のサイクリンが見つかっている)。
Science, this issue p. 1261

無秩序なタンパク質に光を当てる (Shedding light on disordered proteins)

無秩序なタンパク質は、パートナー・タンパク質に結合すると折り畳まれることがよくある。未結合のタンパク質と結合した複合体の間には、多くの異なる分子軌跡が存在するかもしれない。遷移経路を測定するほとんどの方法は、たった一つの距離の監視に依存しており、複雑な経路を解決することを困難にしている。KimとChungは高速の3色の単一分子フェルスター共鳴エネルギー移動(FRET)を使用して、折り畳まれていないタンパク質の両末端間および各末端とパートナー・タンパク質上のプローブ間との距離変化を同時に測定した。彼らは、結合が多様な高次構造によって開始されること、そして無秩序なタンパク質が折り畳まれるとき、分子が非固有な静電相互作用によって結合されることを示している。こうしてほとんどの衝突が結合に導びくため、その会合は拡散律速される。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • フェルスター共鳴エネルギー移動:蛍光共鳴エネルギー移動ともいう。近接した2個の色素分子の間で励起エネルギーが、電磁波にならず電子の共鳴により直接移動する現象。
Science, this issue p. 1253

圧縮下の光 (Light under compression)

光を波長よりもはるかに小さい体積に閉じ込めることができると、強い電磁場が生じ、それは、化学的および生物学的計測と検出の応用に利用できる。Epsteinたちは、グラフェン表面に置かれた銀のナノキューブを用いて、単一のナノメートル規模の音響グラフェン・プラズモン空洞装置を開発した。これは、モード体積の閉じ込め係数が 5×1010 で、中赤外線とテラヘルツの放射を閉じ込めることができる。その応答はナノキューブの大きさに依存し、電気的に調整可能であるため、その結果は、分子的指紋が与えられるような挑戦的な波長領域でセンサーを開発するための強力な基盤となることを示している。(Wt,kh)

Science, this issue p. 1219

一つの軸に10個の環 (Ten rings on one axle)

ロタキサン類は、中心軸に糸の通った分子環から構成される。それらを合成するほとんどの方法は、軸あたり単一の環を導入することに焦点が当てられてきた。Qiuたちは今回、隣接する環最大10個までを連続的に糸を通す系統的な方法を報告している。軸の末端基は、その末端基が還元されると自由に浮いた環を引きつけ、次で酸化されるとこれらの環を中心側へ押し込むように作られた。連続する還元-酸化の各々のサイクルでの生成物の特性が、核磁気共鳴分光法と質量分析法により明らかにされた。(MY,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1247

我々の損失を見積もる (Taking stock of our losses)

地球の氷床は融けつつあり、平均海面が上昇しつつある。そこで、我々はどの気候作用が質量損失のどのくらいの大きさの原因となっているのかをよりよく理解する必要がある。Smithたちは、NASAのICESatおよびICESat-2衛星からの衛星レーザーによる高度計測データを用いて、2003年から2019年までのグリーンランドおよび南極の氷床の、座礁氷および浮氷の質量変化を推定した。彼らは、変化する氷の流れ、融解、降水量が氷に覆われたさまざまな地域にどのように影響するかを示し、座礁氷の損失はその期間平均すると年間320ギガトン近くであり、平均海面の上昇に14ミリメートル影響したと推定している。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1239

シナプスに出入りする受容体 (Receptors moving in and out of the synapse)

神経伝達物質受容体の数と、シナプス後部上でのその空間的組織化は、シナプス効力に対する中心的な決定要因である。単一分子の移動を可視化して追跡する高度な技術は、これらの動態への深い新規な洞察を私達に与えてきた。今や私達は、神経伝達物質受容体がさまざまな規模で移動を経験することを知っている。GrocとChoquetは、グルタミン酸受容体の局在化と集団化を調節する機構に対する現状の理解を概説している。受容体移動は基本的なシナプス機能の基盤であり、多くの型のシナプス可塑性に関与している。(MY,kh)

【訳注】
  • シナプス可塑性:シナプスへの入力強度により、シナプスの伝達効率が長時間にわたって変化(増強、あるいは減弱)すること。細胞レベルでの学習・記憶の基礎過程であると考えられている。
Science, this issue p. eaay4631

既存ワクチンを転用する (Repurposing existing vaccines)

1950年代以来、弱毒化生ワクチンが、そのワクチンの対象ではない感染症の予防を誘発できるという証拠があった。特に経口ポリオウイルス・ワクチン(OPV)がそうで、インフルエンザ・ウイルスなどのさまざまな他の病原体からの予防を誘発する。Chumakovたちは展望記事で、結核に対するカルメット・ゲラン桿菌(BCG)及びOPVなどの、生ワクチンの非特異的予防効果の証拠を論じている。これらの非特異的効果は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)を予防するのに有効かもしれない。BCGを用いてSARS-CoV-2感染を予防する治験は実施中であり、彼らは、OPVもまた、安全性が高い特徴を持ち生産を迅速に拡大できるかもしれないため、この用途に向けて試験するべきであると推奨している。うまくいけば、この取り組みは、SARS-CoV-2感染症から多くの感染しやすい人々を守ることが出来るかもしれない。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1187

アクチン皮質は細胞移動を制御する (Actin cortex controls cell migration)

細胞移動は主に、局所的なアクチン重合による膜の突出によって制御される。しかしながら、第2の構造上の機構も膜の突出と方向づけられた移動を調節している可能性がある。即ち膜張力に関連する 要因である、細胞膜とその下にあるF-アクチン皮質間の付着密度の変化である。多くのタイプの付着およびシグナル伝達機構が、膜近位の皮質アクチンの密度を変化させることが知られている。Bisariたちは膜近位のF-アクチン(MPA)蛍光レポーターを設計し、これにより生細胞におけるMPA密度の局所的な変化を直接測定することができた。移動する細胞の前部では、総F-アクチン濃度が後部に比べ高いにも拘らずMPA密度は前方に向けて驚くほどに低くなった。研究者たちは、MPA密度がさまざまなシグナル伝達プロセスを統合して、局所的な膜突出を誘導し、細胞移動中の細胞極性を安定化できると提唱している。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • アクチン皮質: 細胞膜の内面の細胞質のタンパク質にある特殊な層で, 細胞膜の可動性と細胞の表面に関する特性の変調器としての機能を持つ。
Science, this issue p. 1205

糖転移酵素の薬剤阻害 (Drug inhibition of glycosyltransferases)

結核(TB)を引き起こす種を含むマイコバクテリアは、細菌細胞の支持と保護に役立つ複雑な細胞壁を合成する。細胞壁の主成分は、ペリプラズムで合成される複雑なヘテロ多糖類を含んでいる。Zhangたちは、2つの膜貫通型糖転移酵素複合体の低温電子顕微鏡構造を決定した。この複合体は、脂質に固定された糖供与体を用いてアラビノースユニットを細胞壁の多糖類に付加する。彼らはまた、これらの複合体内に結合した抗結核薬エタンブトールを電顕で捕らえ、それが糖供与体と糖受容体の両方に重なる部位で結合することを観察した。耐性変異体の原因遺伝子の染色体上位置決定により、酵素の機能を維持しながら耐性が出現する過程の構造的理解が得られ、これらの酵素を標的とする次世代の抗結核薬の開発を導くのに役立つかもしれない。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 糖供与体:ヘミアセタール環のC-1炭素に脱離基を有する糖。一方、遊離水酸基をもつ糖を糖受容体と言う。
Science, this issue p. 1211

地震波構造の配列決定(Sequencing for seismic structures)

地球のコア-マントル境界での地震波によって明らかにされた構造は、伝統的に或る特定の標的領域に焦点を当てることによって見出されている。Kimたちは「配列決定 (Sequencer)」と呼ばれる教師なしの多様体学習アルゴリズムを用いて、地震データの異常を自動検出した (Millerによる展望記事参照)。この手法を用いて、彼らは、太平洋領域全体のコア-マントル境界の構造を一斉に明らかにした。彼らは、以前に特定された多くの構造を見い出したが、マルケサス諸島の地下に新しい超低速区域も発見した。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1223; see also p. 1183

エポキシドへと充電する (Charging into epoxides)

酸化エチレンは歪んだ反応性分子で、プラスチックの前駆体として膨大な規模で生産される。現在の合成方法は、高温でのエチレンと酸素の直接反応を必要とするが、当初の方式は、塩素の還元によるクロロヒドリン中間体の生成に依拠していた。Leowたちは、この塩素経路に戻るが、電気化学的方法を用いて塩素イオンから触媒的に酸化エチレンを生成する室温の方法を報告している(Bartonによる展望記事参照)。この効率的な工法は酸素の代わりに水を用い、二酸化炭素からの電気化学的なエチレン生成と一体化することが可能である。同じ方法を用いて酸化プロピレンの生成が可能である。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • エポキシド:三員環エーテル
  • クロロヒドリン:水酸基と塩素をもつ炭化水素。
Science, this issue p. 1228; see also p. 1181

ここに、そこに. そしていたるところで (Here, there, and everywhere)

プラスチック汚染の恐れのない場所はない。Brahneyたちは、米国で最も隔離された地域である国立公園や国立原生自然環境保全地域でさえ、マイクロプラスチック粒子が風雨で運ばれた後でそこに蓄積されていることを示している(RochmanとHoelleinによる展望記事参照)。彼らは、年間1000トン以上が米国南西部と中央西部の保護地域に降下すると推定している。これらのプラスチック粒子のほとんどが、衣類の製造に使用される合成極細繊維である。これらの調査結果は、そのような物質による汚染を減らすことの重要性をはっきり示しているだろう。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1257; see also p. 1184

生態系回復の効果 (The benefits of ecosystem restoration)

人間活動は、既にたくさんの生態系を根本的に変化させている。近年の成功している回復努力は、より健康的な生態系という結果をもたらしているが、これは変化してしまった生態系の状態に依存した経済に混乱をもたらしている。最もよく知られている栄養連鎖系の一つはラッコ=昆布の森生態系であるが、ここでは一度絶滅したラッコの回復が生物多様性と健全な昆布の森を取り戻しているが、貝の収穫量を減少させている。Gregrたちはこの変化の利益と費用を調査し、鍵となるトレード・オフ、すなわち観光、ヒレ魚漁業、炭素貯留のような昆布の森に関連する特徴のその価値は、経済的損失を上回ることを見出した。このように、生態系の回復は生態系と経済の双方にとって利益となりうる。(Uc,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1243; see also p. 1178

色を変化させるカナリヤ (Canaries changing colors)

多くの動物は性的に二型性であり、オスとメスで異なる表現型を有している。鳥の色の性差の遺伝的基礎を特定するために、Gazdaたちは、モザイク・カナリアと関連種の赤色化を調査した(Chenによる展望記事参照)。著者らは、遺伝的交配、ゲノムの地図化、トランスクリプトミクス、および比較分析の組み合わせを用いて、カロテノイド分解遺伝子BCO2の転写制御が性的二色性に関与していることを示している。特に鳥類では、性別によるこのような色の違いは一般的であるが、関与することが分かっている候補遺伝子はほとんどない。この研究は、二色性の進化の根底にある分子機構を解明するのに役立ち、性的選択形質を明らかにするのに役立つかもしれない。(Sk)

【訳注】
  • トランスクリプトミクス:特定の状況下において細胞中に存在する、全てのmRNAないしは一次転写産物の総体を扱う学問
Science, this issue p. 1270; see also p. 1185

要求次第の非常に高速なCRISPR (Very fast CRISPR on demand)

CRISPR-Cas9を介したDNA切断の時間分解能を時間単位の尺度に改善するために、数多くの努力がなされてきた。Liuたちは、ゲノム編集操作を秒単位の時間尺度で実現する Cas9システムを開発した(MedhiとJasinによる展望記事参照)。ガイドRNAの一部は化学的に閉じ込められ、Cas9-ガイドRNA複合体が光による活性化まで切断されずに特定のゲノム遺伝子座に結合することができる。この高速のCRISPRシステムは、高い時間分解能でゲノム編集を実現し、DNA修復プロセスの初期の分子事象の研究を可能にする。このシステムはまた、短い時間尺度での高い空間分解能を備えており、ゲノム上の1つの allele の編集を、他を乱さずに、行なうことができる。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • allele: "allele" は "対立遺伝子" と訳されることが多いが, 遺伝子編集技術では1遺伝子よりも小さい (1 塩基まで) 部位のことを言う.[日本神経学会 用語集 から]
Science, this issue p. 1265; see also p. 1180

COVID-19に対する抗体防御 (An antibody defense against COVID-19)

侵入ウイルスへの免疫系応答の1つは、抗体の産生である。これらの幾つかは中和、すなわちウイルスが感染するのを阻むことを意味するものであり、そのためウイルス疾患の治療に用いることが出来る。Wuたちは、コロナウイルス疾患2019(COVID-19)の回復期の患者から4種の中和抗体を単離した。これらのうちの2種、B38とH4は、ウイルスの棘突起タンパク質の受容体結合ドメイン(RBD)が、細胞側の受容体であるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)に結合するのを阻止した。B38に結合したRBDの構造は、B38が結合している部位がACE2への結合部位と一部重なっていることを示している。H4もまたACE2へのRBDの結合を阻止するが、B38とは異なる部位に結合していて、そのため、この2種の抗体は同時に結合可能である。この1組の抗体は、臨床応用で一緒に用いることができるかもしれない。(MY)

Science, this issue p. 1274