AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science June 5 2020, Vol.368

精子成熟の局所的制御 (Local control of sperm maturation)

精巣内で新たに生成された精子は受精能力を持ってはいないが、それが精巣上体で成熟すると十分に機能するようになる。精巣上体それ自体の発達は、管腔流を介して到達する精巣因子に依存する。精巣と精巣上体との間の不適切なシグナル伝達は、男性不妊を引き起こすとの仮説が立てられている。Kiyozumiたちは、管腔精巣上体表面上にあるその受容体、ROS1に結合し、精巣上体の分化を誘発する精巣管腔タンパク質としてNELL2を特定した(LordとOatleyによる展望記事を参照)。次に、分化した精巣上体は受精能に必須のプロテアーゼであるオボチマーゼ(ovochymase)-2を分泌し、精子を完全に成熟させて機能させる。このように、この「ルミクリン(lumicrine)」調節による精巣-精巣上体の器官間の情報交換が、哺乳類の生殖を保証する。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • 精巣上体:精巣の後方に位置し、精巣からの精子を精管へ輸送する
  • ルミクリン:精子の成熟に関与すると想定されたシグナル伝達をもたらす分泌ホルモン
Science, this issue p. 1132; see also p. 1053

イオン熱電性を改良する (Improving ionic thermoelectrics)

イオンを熱電素子の電荷担体として使用するには、通常、異なる温度を有する2つの電極で熱拡散または酸化還元反応のいずれかを用いる必要がある。Hanたちはこれらの方法の両方を活かして、アルカリ塩と鉄由来の酸化還元対を用いて大きな熱発電を生み出す、ゼラチンを基材にしたイオン熱電素子を開発した。この素子は、体温から有用な量のエネルギーを生成することができる。(Sk)

Science, this issue p. 1091

沈降するだけではない (Not just settling)

何が、深海底でのマイクロプラスチックの分布を制御しているのであろうか? Kaneたちは、その質問への答えが、それらが海面上で見出される場所から単純に沈降するという想定よりも複雑であることを示している(Mohrigによる展望記事参照)。著者らはコルシカ島沖合で収集したデータを用いて、熱塩循環で駆動される海流が、蓄積の多発地点を生み出すことで、マイクロプラスチックの分布を制御できることを示している。それは熱塩循環が海底堆積物の集中領域をもたらすのと同様の働きである。このような海流はまた深海の底生生物に酸素と栄養素を供給しているため、深海の生物多様性の多発地点はマイクロプラスチックの多発地点でもある可能性がある。(Sk,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 熱塩循環:高緯度域の表層水が大気から強い冷却を受けるために密度が増加して沈降し、深層にいた海水を押しのけながら全海洋の深層を巡っていく、深層領域での海洋大循環(表層領域の風成循環と対比される)
Science, this issue p. 1140; see also p. 1055

注目を浴びているトポロジカル絶縁体 (Topological insulators in the spotlight)

絶縁性の内部構造を持ちながら、一方同時に導電性の表面状態を保持していることに加え、トポロジカル絶縁体は他の多くの興味深い性質を有する。より高次のトポロジカル絶縁状態(そこでの興味ある領域は稜と頂点である)をはっきりと特定することは困難であった。Petersonらは、これらエキゾチックな状態を解析し特性を明らかにするための理論的枠組みを開発した。その枠組みには、ギャップのない表面状態の分光学では検査が困難な際に、物質のトポロジカル状態を検出するために使用可能な新たなトポロジカル・マーカーである分数電荷密度が含まれている。実験結果と理論解析が一致したことで、その他のトポロジカル基盤への適用も期待される。(NK,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1114

ガン細胞がストレスに適応するやり方 (How cancer cells adapt to stress)

細菌は抗菌物質暴露のような厳しい状況に新規の変異を獲得することで適応するが、その過程はストレス誘発性突然変異生成と呼ばれる。Cipponiたちは、同様の突然変異生成プログラムが、ガン細胞の標的治療への応答で役割を果たしているのか調べた。彼らは、厳しい抗ガン剤条件でガン細胞を淘汰する生体外モデルとゲノム全体にわたる機能選別を用いて、類似過程の証拠をガンで見出し、それが哺乳類のラパマイシン標的(mTOR)シグナル伝達経路により調節されることを示した。この経路は、ストレス時に、コピーミスを起こしやすいDNA修復酵素へ切り替えを行うことを通じて、薬剤耐性の出現を促進する変異の生成をもたらすらしい。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • mTORシグナル伝達経路:リン酸化酵素であるmTORが関与するシグナル伝達経路で、細胞外の栄養状態や細胞内エネルギー等の情報を感知して、細胞成長・増殖へ結びつける。ガンでは高い頻度で活性化される。
Science, this issue p. 1127

メソアメリカにおけるトウモロコシの始まりの時期 (Timing the rise of maize in Mesoamerica)

多くの種類の証拠が、トウモロコシ(学名 Zea mays)が古代メソアメリカ全体で主食になったことを示唆している。しかしながら、その消費の直接的な証拠はほとんどなく、その地域の人々の食生活を支配するようになっていった時期は不明である。ベリーズ(Belize)における2つの岩陰遺跡から発掘された人間の骨格からの安定同位体の証拠を用いて、Kennettたちは、4700年前までのこの遺跡の住民によるトウモロコシ消費の明確な証拠は存在しないことを示している。しかしながら、さらに時代が進んだ人たちからの同位体は食生活におけるトウモロコシの重要性の高まりを示しており、そのようにして4000年前までには、トウモロコシが永続的な主食となった。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • メソアメリカ:メキシコおよび中央アメリカ北西部とほぼ重複する地域において、共通的な特徴をもった農耕民文化ないし様々な高度文明(マヤ、テオティワカン、アステカなど)が繁栄した文化領域
  • <
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aba3245 (2020).

パーフルオロカーボンの土壌への経路 (Perfluorocarbons' path into soils)

炭素鎖をフッ素で覆うことにより、さまざまな役に立つ非付着性被覆材が生み出されてきた。しかしながら、基になる化合物の毒性と並外れた環境残留性への懸念の増大が、代替品の模索に拍車をかけつつある。これらの次世代の代替品の正確な構造は、多くの場合、企業秘密のままである。Washingtonたちは、ニュージャージー州で土壌を試料採取し、次に質量分析法を用いて、それらの製品に由来すると思われる化合物に妥当な構造(CF2鎖に塩素およびエーテル部分を組み込んだもの)を割り当てた(GoldとWagnerによる Policy Forum 欄記事参照)。このデータは、これらの化合物の環境移行と残留性に関する詳細な研究の基礎となりうる。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • パーフルオロカーボン:フルオロカーボン(フロン)類に属する化学物質で、炭化水素の水素を全部フッ素で置換したもの
Science, this issue p. 1103; see also p. 1066

抗体検査の応用 (Applications of antibody testing)

人が、活性な重症急性呼吸器症候群-コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に感染しているかどうかを判定する検査に強い注目が集まっているが、人が,過去に感染したことがあるかどうかを調べるにはどのようにすればよいのだろうか?展望記事において、KrammerとSimonは、SARS-CoV-2に対する抗体を検出するための血清学的検査の重要な応用について論じている。血清学的検査は、中和抗体が形成されているかどうかについての重要な疑問に答えることができ、もし中和抗体が形成されている場合には、血清学的研究は免疫防御の持続期間を評価することができるかもしれない。また、このような検査により、抗体量の多い回復した患者を特定することができ、そのような患者は治療用に血清を提供することができるはずである。さらに、集団血清調査は、伝播の緩和治療の基礎となる可能性があり、これはその後の予測される感染の波の時期に特に重要になるかもしれない。しかしながら、まずは検査が正確で十分に信頼できるものであることを確認することが重要である。(ST,KU,kh)

Science, this issue p. 1060

下から上へ (From bottom to top)

チップ上のトランジスタの数が2年ごと倍化することは、ムーアの法則と呼ばれてきた必然の傾向であるが、これはコンピューターの性能向上に大きく貢献してきた。ただし、シリコン・ベースのトランジスタを現在よりもはるかに小さくすることはできず、性能向上を維持するためには、他の方法を探査しなくてはならない。Leisersonたちは最近の例を調査して、最も有望な視点が、計算階層の最上部であると主張している。そこでは、ソフトウェアやアルゴリズム及びハードウェア・アーキテクチャの改善が、待望されている性能増強をもたらす可能性がある。(Wt,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaam9744

アグロバクテリウム属細菌の病原性がより明らかにされる (Agrobacteria virulence writ large)

プラスミドは細菌間に広く拡散しており、とりわけ病原性および抗生物質耐性を広めるため重要である。プラスミドは、細菌株および細菌種間で水平伝播するため、プラスミドの進化と病原性の疫学を解明することが困難である。植物に感染する細菌種の多様な集団であるアグロバクテリウム属細菌は、発ガン性のTiプラスミドとRiプラスミドを植物に注入し、それぞれ根頭がん腫病と毛根病を引き起こす。利点は、これらのプラスミドが有益な生物工学的道具になったことである。Weisbergたちは、80年にわたり収集されたアグロバクテリウム属細菌株をくまなく調べたが、プラスミドの多様性が驚くほど低いことを見出した。報告されたプラスミドの遺伝子組み換えの程度が高いにも関わらず、プラスミドの系列数がいかに限られているかは謎であるが、明らかなことは、人による植物の生産ネットワークがさまざまなゲノム骨格へのプラスミドの拡散にいかに影響を与えてきたかである。(MY,kj)

【訳注】
  • アグロバクテリウム属細菌:リゾビウム属に属する土壌細菌のうち、植物に対する病原性を持つもの。この細菌のプラスミドを利用して、植物細胞に遺伝子移入して遺伝子組み換え植物を作る方法は、現在最もよく使われている遺伝子組み換え方法である。
  • プラスミド:細菌内で染色体DNAとは別に存在する一般に環状型のDNA。独立した複製機構をもち、細胞分裂では娘細胞に安定して受け渡される(垂直伝播)。また細菌間の接合を通して細菌間でも伝達される(水平伝播)。
Science, this issue p. eaba5256

DNA組織化複合体の構造 (Architecture of DNA-organizing complex)

高度に保存された哺乳類の CTC1-STN1-TEN1(CST)複合体は、ゲノムの安定性とテロメアの維持に重要である。Limたちは低温電子顕微法を使用して、ヒトCST複合体の構造を解明した。CSTは、テロメア一本鎖結合によって引き起こされる前例のない、かつ実質的に十量体の超複合体を形成する。最大10テロメア反復の一本鎖DNA結合能力を持つこの十量体の形状は、CSTがヌクレオソームの二本鎖DNAの組織化と同様の方法でテロメア突出部を緻密で拘束性の構造に組織化できることを示唆した。この研究は、さまざまなCST機能の機構を理解するための土台を提供する。(KU,kh)

Science, this issue p. 1081

電子がアンモニアの周りに群がるのを監視する (Watching electrons swarm ammonia)

液体アンモニアは、安定した溶液中に電子を受容する能力が並はずれており、鮮やかな青色と青銅色は、それぞれ電子の低濃度と高濃度の状態を示している。Buttersackたちは光電子分光法とそれに付随する理論シミュレーションを使用して、リチウム、ナトリウム、カリウムの溶解により、導入される電子の量を徐々に増加していったときに、その結果として起こるエネルギー変化を高精度で追跡した (Isbornによる展望記事を参照)。その結果は、対になった二電子の希薄な電解質溶液から最高濃度ではより非局在化した金属構造へと徐々に移行することを示している。(Wt,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1086; see also p. 1056

N-O結合に干渉しない水素付加 (Hydrogenations that tolerate N-O bonds)

炭素-炭素、炭素-窒素、炭素-酸素の二重結合に水素を付加する触媒は、合成化学で最も広く用いられるものの1つである。それらの触媒は、特に2つの鏡像生成物のうちの一方だけを作るのに長けている。しかしながら、それらは、反応して欲しくない化合物中の隣接結合を反応対象にするかもしれない。Mas-Roselloたちは、強酸と対になったイリジウム触媒が、同一窒素中心にある弱いN-O結合を乱すことなく、C=N結合に水素付加できることを報告している。この反応は、室温で高エナンチオ選択性で進行した。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • エナンチオ選択性:2つの鏡像生成物のうちの一方が優先的に得られる反応の性質。
Science, this issue p. 1098

目の見えない人の網膜を再び見えるようにする (Making blind retinas see again)

光受容体の変性は、視覚障害の重要な原因である。Nelidovaたちは調整可能な近赤外線センサーを用いて、衰えた光受容体を再び光感受性に戻した(FrankeとVlasitsによる展望記事参照)。赤外光を検出できる金ナノロッドは、抗体を用いて温度に敏感なイオン・チャネルに結合された。ナノロッドが光を吸収して熱に変換すると、結合されたイオン・チャネルは赤外光によって開閉された。網膜変性のマウス・モデルにおいて、このイオン・チャネルは錐体視細胞を標的にすることに成功し、近赤外光への応答を検出することができた。一次視覚野において、このイオン・チャネルを発現しているマウスではより多くの細胞が対照マウスよりも近赤外線刺激に応答した。金ナノロッドの長さを変えることにより、この系はさまざまな赤外線波長にたいして調整することができた。(KU)

Science, this issue p. 1108; see also p. 1057

海面上昇下のマングローブ林 (Mangroves under sea level rise)

海面上昇の速度は、20世紀の間では年間1.8mmであったが、近年は年間ほぼ3.4mmに倍増している。Saintilanたちは、沿岸保護に関して極めて重要な、熱帯の生態系である沿岸のマングローブ林におけるこの速度増加のありうべき影響を調査した(Lovelockによる展望記事参照)。彼らは、氷河の氷融解の結果として海面上昇速度が今日よりさらに高かった時代である、10,000~7,000年前のマングローブの沈着量に関するデータを評価した。彼らの分析は、マングローブの垂直方向の成長が追随するような海面上昇の最大速度として年間7mmが上限値であることを示唆しており、それを越えるとその生態系は変化に追従することができない。見積もられた海面上昇速度の下、彼らは海水面上昇に対する森林成長速度の不足が次の30年間で顕在化する可能性があることを予測している。(Uc,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1118; see also p. 1050

自然免疫細胞は記憶する (Innate immune cells remember)

免疫記憶とは、宿主が以前に遭遇した抗原を、免疫細胞が迅速に認識することができる現象である。自然免疫系のある種の細胞は、訓練された免疫として知られている記憶のような応答を示す。急速な抗原特異的な二次(既往)応答は、長い間B細胞とT細胞の領域だと考えられていた。しかしながらDaiたちは、単球とマクロファージが対になっているA型免疫グロブリン様受容体(PIR-As)を使用して、特定の主要組織適合性複合体I抗原に対し特異的な記憶を獲得できる、と報告している(Dominguez-AndresとNeteaによる展望記事を参照)。この経路は、同種提供者からの移植組織の認識と拒絶に寄与する。マウスでのPIR-Asの遺伝的欠乏または阻害は、腎臓と心臓の同種移植片の拒絶反応を減少させた。骨髄系細胞を含むよう免疫記憶を拡大するこの研究は、将来、臓器移植結果が改善されるかもしれない目標を提示している。(Sh,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1122; see also p. 1052

小さな容器の中にDNAバーコードを (DNA barcodes in small packages)

厳しい環境条件下で、一部の微生物は遺伝物質を強力に保護する胞子を形成する。Qianたちは、DNAバーコードが未発芽の微生物胞子の内部にカプセル化され、対象物上に或いは環境中に散布できるシステムを開発した(Nivalaによる展望記事参照)。このバーコード化された胞子は、簡単な装置ですばやく読み取ることのできる耐久性のある、特定の目印を与える。土壌に適用すると、胞子は自分の周囲の対象物との間で移動することが可能で、メートル長の分解能で追跡することができる。植物の葉の上では、胞子は容易に移動せず、著者たちは農産物を追跡するための可能な使用法を示している。(KU,kh)

Science, this issue p. 1135; see also p. 1058