AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 29 2020, Vol.368

霊長類の血縁者認識 (Primate kin recognition)

血縁者に利益をもたらす行動の選択である血縁選択は、社会的および協調的行動の鍵である。霊長類は、遺伝的な顔の特徴を通じて血縁者を認識することができる。ここでの疑問は、この行動が共有する遺伝子に付随的なのか、そうではなく選択の対象なのかどうかということである。Charpentier たちは、母系で構成される巨大な群れで暮らす非人類霊長類である、マンドリルの行動を研究した。そこでは、娘たちは母親と一緒に暮らし、息子たちは群れを離れる。彼らは高度な人工知能を用いて顔の類似度を等級分けし、それらを異父姉妹と異母姉妹の社会的相互作用と関連付けた。彼らは、血縁者認識のための選択の証拠を見つけ出し、異父姉妹と異母姉妹の差異、および異なる社会的環境とそれに関連する選択圧から生じる複雑な状況について議論している。(Sk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aba3274 (2020).

アルキンの方を好むゼオライト (Zeolites that prefer alkynes)

エチレン、プロペン(プロピレン)のようなアルケンは、ポリマーに転換されうる前にアルキンから分離される必要がある。不必要なアルカンを生じるアルキンの水素化などの現状方法の欠点は、吸収分離法への関心を刺激してきた。分子の大きさと揮発性が同じくらいなので、ゼオライトは概して効率がよくなかった。Chai たちは、原子的に分散された二価遷移金属カチオンをフォージャサイト型ゼオライトへ組み込み、このニッケル含有ゼオライト類似体が、むき出しのニッケル(II)部位での化学選択的結合を通じて、オレフィンからアルキンを効率的に除去することを見出した。このゼオライトは、水と二酸化炭素が存在する雰囲気条件で、アセチレン/エチレンとプロピン/プロピレンに対して、それぞれ100と92の分離選択性を10回の吸着・脱離繰り返しに対して維持した。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • アルキン:分子内に炭素間三重結合を1つ有する鎖式炭化水素。
Science, this issue p. 1002

代替宿主とモデル動物 (Alternative hosts and model animals)

重症急性呼吸器症候群-コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の世界的大流行はコウモリ起源かもしれないが、どのようにヒトに入り込んだのかは不明である。その人獣共通感染起源のため、SARS-CoV-2はヒトだけに感染することはありそうもなく、そのため、薬とワクチンの開発のために動物モデルを手に入れることは価値があるだろう。Shi たちは、SARS-CoV-2へ罹患性に対して、フェレットおよび家畜動物とペット用動物を試験した(Lakdawala と Menachery による展望記事参照)。彼らは、SARS-CoV-2がフェレットの上気道に感染するが、フェレット個体間では伝搬しにくいことを見出した。ネコでは、ウイルスは鼻と喉で増殖し、気道のより深部で炎症症状を引き起こし、また、つがいのネコ間で空気伝搬が起きた。イヌはウイルス増殖を十分起こすように見えず、またウイルスへの罹患性は低く、そして、ブタ、ニワトリ、アヒルは、SARS-CoV-2に罹りにくかった。(MY,kh)

【訳注】
  • フェレット:イタチの一種でペットや狩猟支援動物等で家畜化されている。
Science, this issue p. 1016; see also p. 942

流れの中ほどの変更力 (Changing forces in midstream)

台湾東部における最も強い熱帯低気圧の強度と頻度は、気候の温暖化が進むにつれて、過去数十年にわたって増大している。Zhang たちは、この傾向がもたらす結果のひとつが、日本沿岸沖での黒潮流量の増強であることを見出した。黒潮は、その大西洋での対応物であるメキシコ湾流のように、大量の暖かい海水を低緯度から高緯度に移動させる表層流である。強い太平洋熱帯低気圧は、自身がいっそう強くなるにつれて、低気圧性の中規模の海洋渦に含まれるエネルギーの量を増やし、高気圧性の渦のエネルギーを減少させた。これにより、海洋渦が海流の中に移動するときに、黒潮へのエネルギー移動が増加した。それは、気候温暖化と海洋熱輸送との間のフィードバックをもたらす。(Wt,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 988

アルキンをブリオスタチン3に縫い込む (Stitching alkynes into bryostatin 3)

海洋天然物であるブリオスタチン類は広範な医薬品用途として調査されてきたが、依然調達が困難である。この一般的構造は、3つのより小さな6員環を含む1つの大員環から成っている。ブリオスタチン3は、4番目の融合ラクトン環による複雑さが加わることで他から区別される。Trost たちは、アルキンのカップリング反応による3つの主断片のつなぎ合わせ、非対称ジヒロドキシル化、プロパルギル化反応による立体化学構造の設定、を利用してこの複雑な分子の収束的合成を報告している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 収束的合成:複数の出発原料から複数の中間体をそれぞれ合成し、適当な段階でこれら中間体を結合させて目的物を得る合成方法。1つの出発原料から直線的に経路をたどって目的物を得る直線型合成と対置した合成方法。
Science, this issue p. 1007

腫瘍細菌の概要作成 (Profiling tumor bacteria)

細菌はよく知られているようにヒト腫瘍に定住しているが、細菌の存在が腫瘍にとって有利であるか、それとも細菌自体にとって有利なのかどうかは分かっていない。Nejman たちはこの疑問に取り組むための最初の一歩として、7つの異なる腫瘍型を表わしている1500以上のヒト腫瘍に存在する細菌のしらみつぶし目録を作成した(Atreya と Turnbaugh による展望参照)。腫瘍内の細菌はガン細胞と免疫細胞の両方に局在し、細菌構成は腫瘍の種類によって異なることがわかった。生物学的に妥当ないくつかの連関が特定された。例えば、酸化ストレスの増加によって特徴づけられる乳ガン亜型は、活性酸素種を解毒できるマイコチオールを産生する細菌に豊んでいた。(ST,MY,nk,ok,kh)

Science, this issue p. 973; see also p. 938

構造的秩序のあるスピン・ガラス (A structurally ordered spin glass)

磁気合金のような無秩序材料で形成されるスピン・ガラスは、局所的にさまざまな磁気パターンを持ち、またそれらの緩和は何桁にもわたる時間規模で生じる。Kamber たちは、スピン偏極走査型トンネル顕微鏡を用いて、厚みのあるネオジウム単結晶膜の(0001)表面磁気を、温度と磁場の関数として画像化した。彼らは、構造的無秩序がないにもかかわらず、時空間的に変動する縮退した磁力波数ベクトルすなわちQ状態のスペクトル分布を見出した。このスピン-Qガラスにおいては、ほぼ縮退したスピンがらせん配列した状態から成る孤立領域がさまざまな周期性で形成された。原子スピン力学計算と連結した第一原理電子構造から、ネオジウムの二重六方最密充填結晶構造が、これらの孤立領域を生み出す強い磁気フラストレーションをもたらしたことが示唆される。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • 磁気フラストレーション:非常に多くの電子スピン状態が縮退または擬縮退している状態で、格子の幾何学的条件から生じる。
Science, this issue p. eaay6757

移りゆく森林動態 (Shifting forest dynamics)

森林動態は森林群落を構成する樹木種の補充、成長、死、そして入れ替わりの過程である。これらの過程は自然、人間双方からの撹乱により駆動される。 McDowell たちは、森林動態の駆動要因を理解する最近の進歩と、これらの要因が、地球規模の気候変動の状況の中でどのように相互作用し、また変化しているのかについて概説している。彼らは、森林動態の変化はすでに起きつつあり、新たなパターンは、安定した動態にある老齢林が次第に縮小しながら、より速い入れ替わりで世界の森林が若い群落に向かいつつあることを示している。(Uc,MY)

Science, this issue p. eaaz9463

改造細胞の電子制御 (Electronic control of designer cells)

改造細胞を使用して、治療薬を生成したり送達することに関心が高まっている。そのような細胞と電子装置との間の直接的な情報交換ができれば、治療の正確な制御が可能になるかもしれない。Krawczyk たちは無線駆動による細胞の電気刺激を使用して、インスリンの放出を促進する生体電子インターフェースについて記述している(Brier と Dordick による展望記事参照)。彼らは、細胞内貯蔵小胞からインスリンを急速に放出することによる膜脱分極に応答するようにヒトβ細胞を遺伝子操作した。細胞を組み込んだ生体電子装置は、外部の電界発生器によって無線で作動することができる。1型糖尿病マウスの皮下に埋め込むと、装置は作動して正常な血糖値を回復することができた。(KU,kh)

【訳注】
  • β細胞:膵島でインスリンとアミリンの合成と分泌を行う細胞。ヒトβ細胞の再生で糖尿病の根本治療が可能となる。
Science, this issue p. 993; see also p. 936

安全なワクチンの開発 (Safe vaccine development)

コロナウイルス感染症2019(COVID-19)の世界的流行は、予測死亡率が低下し、集団免疫が獲得されるかもしれないことを期待して、ワクチンの高速開発を促してきた。これらの対策は、この感染症の最終的な根絶につながるかもしれない。Graham は展望記事において、ワクチンが安全でかつコロナウイルス感染症を悪化させないことを保証する必要性について論じている。過去のワクチンから学んだ教訓に基づけば、さまざまな手順を踏んで、迅速ワクチン開発に並行的に随伴させて安全性評価を行うことを保証して、最も効果的な候補を優先させる必要がある。(Sk,kh)

Science, this issue p. 945

グランザイムAが火をつける (Granzyme A lights a fire)

細胞傷害性T細胞とナチュラル・キラー細胞はいくつかの戦略を使用して、感染細胞または形質転換細胞を殺す。そのような経路の1つは標的細胞への、アポトーシスと呼ばれるプログラム細胞死の1形態を誘発するパーフォリン仲介性細孔を通じた、グランザイムと呼ばれるセリン・プロテアーゼ・ファミリーの送達を伴う。Zhou たちは、グランザイムAが、ピロトーシスとして知られている高炎症性の細胞死過程で中心的役割を果たしているガスダーミンB(GSDMB)を切断して活性化することを示している(Nicolai と Raulet による展望記事参照)。GSDMBの発現は、一部の組織で強く示され、インターフェロン-γによって高められる可能性がある。ガン細胞でのGSDMBの強制発現は、マウス・モデルにおいて腫瘍除去を高め、この経路が将来のガン免疫療法の標的になるかもしれないことを示唆している。(KU,MY)

Science, this issue p. eaaz7548; see also p. 943

外来植物が炭素隔離を減少させる (Exotic plants reduce carbon sequestration)

侵略的な外来植物は、生態系の構成と機能に関する変容効果により、世界中で大きな問題になっている。Waller たちはニュージーランドでの多因子実験において、外来植物が、無脊椎草食動物それに土壌生物相との相互作用を通じて、土壌からの炭素損失を加速することを示している(Urcelay と Austin による展望記事参照)。彼らは、160の小さな生態系を野外に作り上げ、植物、無脊椎草食動物、土壌生物相間の相互作用を操作した。各共同体の構成要素の相対的な寄与と相互作用を定量化するために重要な生物学的および非生物的反応が測定され、侵略性植物が生物的相互作用を通じて炭素隔離に影響を与え、炭素隔離を抑制する可能性を明らかにした。(Sk,kh)

【訳注】
  • 炭素隔離:二酸化炭素貯留や別の形態で炭素を保管することで、温室効果ガスである二酸化炭素の排出量を抑制する方法。
Science, this issue p. 967; see also p. 934

全合成による完全なタンパク質が手の届く範囲に (Fully synthetic whole proteins in reach)

約50のアミノ酸より長い均質なペプチドの固相ペプチド合成は、非効率的なカップリング反応と副反応のため、長年の課題であった。Hartrampf たちは自動化された化学実験台を使用して、高速フロー・ペプチド合成を最適化し、全合成による単一ドメインのタンパク質を生成することができた(Proulx による展望記事参照)。その狙いは、プロインスリン(インスリン前駆体)、バルナーゼなどの酵素、および複数の非標準アミノ酸を含むHIV-1プロテアーゼのあるバージョンを含んでいた。再折りたたみされたペプチドは、組換えタンパク質とほとんど区別がつかず、合成された酵素は、リボソームで合成された対応物に近い活性を有していた。この方法は、大幅に拡張された前駆体アミノ酸のプールを用いて小さなタンパク質の迅速な、要求に応じた合成を可能にするだろう。(KU,kh)

【訳注】
  • 固相ペプチド合成法:固相として表面をアミノ基で修飾したビーズなどを用い、ここから脱水反応によって1つずつアミノ酸鎖を伸長していく。目的とするペプチドの配列が出来上がったら固相表面から切り出し、目的の物質を得る。
Science, this issue p. 980; see also p. 941

非ヒト霊長類でのコロナウイルス (Coronavirus in nonhuman primates)

私達は緊急に、コロナウイルス疾患2019(COVID-19)のワクチンと薬剤治療を必要としている。この極端な状況であっても、私達は新しい方法を厳密に試験する動物モデルを持つ必要がある。Rockx たちは、カニクイザルで3種のヒトコロナウイルス、すなわち2002重症急性呼吸器症候群-コロナウイルス(SARS-CoV)、2012中東呼吸器症候群(MERS-CoV)と、COVID-19の原因である2019SARS-CoV-2の比較研究を実施した(Lakdawala と Menachery による展望記事参照)。直近のコロナウイルスは、鼻粘膜に対して他とは異なる向性を持つほか、腸管でもまた見出される。より老齢のカニクイザルは、どれもヒトが示す重い症状を示さなかったが、観察された肺の症状は類似していた。ヒトと同様に、カニクイザルは長期にわたって上気道からウイルスを排出し、この排出は、インフルエンザと同様だが2002SARS-CoVとは異なり、感染初期に最大となった。症例検出を困難にして隔離の有効性を危うくするのは、この表に出ないウイルス排出である。(MY,kh)

【訳注】
  • 向性:ウイルスが増殖に可能な特定の細胞を選ぶこと。
Science, this issue p. 1012; see also p. 942

急速な後退 (A rapid retreat)

今日、われわれが観察する棚氷の縮小する速度は、過去に縮小した速度の典型であるだろうか? Dowdeswell たちは、Larsen大陸棚上の海底の楔状構造の存在を明らかにする、南極海底の観測結果を報告している(Jakobsson による展望記事参照)。彼らは楔状構造の尾根部を、潮汐による棚氷の接地線での上昇下降が、棚氷が接地した時にその下にある海底堆積物を絞り上げたことによりもたらされたと解釈している。このことから、彼らは、約14,000年前のこの場所における棚氷の後退は、過去1万年の平均より100倍速かったと計算している。(Wt,MY,nk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 棚氷:氷床の一部がひさし状に海に張り出した部分のこと。
Science, this issue p. 1020; see also p. 939