AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 22 2020, Vol.368

熱帯森林の温度感受性 (Thermal sensitivity of tropical trees)

気候変動モデルにおける重大な不確実性は、熱帯森林の温度感受性と、この値がどのように炭素流動量に影響を与えうるかという点である。Sullivan たちは、地球規模に分布している永久森林調査地区で炭素の貯留量と流動量を測定した。気候勾配および生物地理勾配にわたる地区調査のこの統合は、森林の温度感受性が高い日中気温によって支配されていることを示している。この極端な条件は成長速度を抑圧して、樹木を高温乾燥条件によって枯死させることにより、その生態系に炭素が在留する時間を短くする。気温の影響は32°C以上で悪化し、より激しい規模の気候変動は、熱帯森林の炭素貯留がより多く失われる危険性をもたらす。それでもやはり森林の炭素貯留は中程度の気候変動下では、開拓・伐採・火災のような直接的打撃から保護されるならば、より高い水準を維持しそうである。(Uc,MY,kh,kj)

Science, this issue p. 869

高密度のカーボン・ナノチューブ配列の向きを揃える (Aligning dense carbon nanotube arrays)

半導体性のカーボン・ナノチューブ(CNT)は、非常に小さな寸法の装置においてトランジスタにおけるシリコンに取って代わる有望な候補であるが、その純度、密度、および整列度合いを改善する必要がある。Liu たちは、純度を向上させる多段分散選別工程と、次元制限による自己整列工程を組み合わせて、10センチのシリコン・ウェーハ上に向きがよく揃ったCNT配列を作製した。その密度は、大規模集積回路を製造できるのに十分大きい(1マイクロメートルあたり100〜200 CNT)。イオン液体ゲートを用いることで、その性能指標は、同様な寸法の従来型シリコン・トランジスタの性能指標を超えた。(Sk,MY,nk,kh)

【訳注】
  • イオン液体ゲート:イオン性の液体をFETのゲート材料として用いたもの。
Science, this issue p. 850

超分子攻撃粒子 (Supramolecular attack particles)

細胞傷害性T細胞(CTL)は、ガンや慢性感染症に対する攻撃の最前線にいる。T細胞は、芯が密な顆粒から、カスパーゼ活性化グランザイム(granzyme)と孔形成タンパク質パーフォリン(perforin)を分泌することによって殺傷する。しかしながら、致命的な打撃を送り込むその構造的基盤は不明のままである。Balin たちはCTLの免疫シナプス形成量を高めて、パーフォリンとグランザイムBの放出形態を研究した。彼らは、CTLがパーフォリンとグランザイムを、超分子攻撃複合体、即ちSMAPと呼ばれる安定な粒子の形態で放出することを見い出した。SMAPはコア・シェル構造で構成され、放出前にCTLの密な分泌顆粒内に組み込まれた。放出されたSMAPは、標的細胞を殺す生来の能力を示した。(KU,MY,nk,kh,kj)

【訳注】
  • カスパーゼ:細胞にアポトーシスを起こさせるシグナル伝達経路を構成するシステイン・プロテアーゼ。
  • グランザイム:細胞傷害性T細胞が分泌する、病原体に感染した細胞やガン細胞を殺すためのセリン・プロテアーゼ。パーフォリンによって細胞膜に開けられた孔から細胞内に入り、細胞のアポトーシスを引き起こす。
  • 免疫シナプス:ここでは標的細胞にCTLが接触して、形成される接触面のことを言っている。
Science, this issue p. 897

状況に応じた輸送 (Transport dependent on context)

輸送タンパク質は膜を横切って基質を移動させ、この活動は細胞のイオン濃度勾配としばしば共役している。神経伝達物質輸送体(活動電位到達後に原形質膜と融合するシナプス小胞に存在する)に対して、小胞融合後に神経伝達物質輸送体が神経伝達物質を送り出さないよう、輸送活動が調節される必要がある。Li たちは低温電子顕微法を用いて、ラットからの小胞グルタミン酸輸送体の構造を決定した。その構造は、2つの異なる細胞環境で適切に機能することを可能にする特異的な特色のいくつかを明らかにした。グルタミン酸残基であると提唱されているアロステリックpHセンサーは、基質グルタミン酸の結合を制御し、同時に塩素イオンの結合と逆流を可能にする。この分子交通信号は、単一のイオンチャネルが異なる状況で適切に動作することを可能にする。(KU,MY,kh,kj)

【訳注】
  • 神経伝達物質輸送体:神経伝達の際にシナプス前終末からシナプスに遊離された神経伝達物質を再取り込みすることによりその神経伝達を終結させる役割を担う細胞膜機能タンパク質。
Science, this issue p. 893

次は何が起こるか? (What happens next?)

コロナウイルス2(SARS‐CoV‐2)による重症急性呼吸器症候群が勃発して4か月、我々は依然として、伝搬動態を正確に予測するために、回復後の免疫保護能力および伝搬に対する環境面と季節面の影響をまだ十分に知っていない。しかし、私たちは、人間がそれほど深刻ではない他のコロナウイルスに季節ごとに苦しめられていることを知っている。Kissler たちは、既存データを用いて、米国に焦点を当てて、既存のコロナウイルスの間の複数年の相互作用に関する決定論的モデルを構築し、これを用いて、今後5年間の可能性のある流行の動態および医療の受け入れ能力限界への圧力を予測した。SARS-CoV-2の長期動態は、免疫応答およびコロナウイルス間の免疫交差反応に強く依存しているのはもちろんだが、集団に新しいウイルスが入ってくる時期にも依存する。1つの筋書きでは、SARS-CoV-2の再流行は2025年まで続く可能性がある。(ST,kh,kj)

【訳注】
  • 交差反応:産生した抗体が、その抗体産生反応を引き起こした抗原ではない別の抗原に結合すること。
Science, this issue p. 860

社会的動物はつながりを必要とする (Social animals need connection)

過去10年ほどにわたる多くの研究は、非常に社会的な動物である人間の健康と寿命が、社会的逆境によって低下することを明らかにしてきた。しかしながら、私たち人間だけが社会的な動物というわけではなく、同様な研究が、他の社会的な哺乳動物も同様に孤立と逆境の影響を受けることを示してきた。Snyder-Mackler たちは、人間以外の哺乳類にわたる社会環境と健康や幸福の多くの側面との関係を概説し、これらと人間での様式との類似点を調査した。彼らは、社会的哺乳類全体にわたり、同じ脅威と反応の多くを見出した。(Sk)

Science, this issue p. eaax9553

視覚障害を治す (Correcting blindness)

網膜症は視覚障害の主要な原因であるが、多くの開発により視覚障害を治すことができるという希望がもたれている。Dowling は展望記事において、光を感知して脳にそれを伝達する人工眼における進歩、遺伝性視覚障害を治すための遺伝子治療の使用における進歩、及び視覚回路を復元するために幹細胞の移植を含む再生方法の適用における進歩を論じている。これらの方法の多くは臨床現場で治験されており、成功すれば、網膜症で失明したかなりの数の患者の視力が回復するかもしれない。(KU,kh)

Science, this issue p. 827

医薬品の転用 (Drug repurposing)

重症コロナウイルス疾患2019(COVID-19)症例の治療法を見つける緊急の必要性を考えると、ヒトに安全であることが知られている既存医薬品を転用することは、有望な選択肢となりうるかもしれない。 Guy たちは展望記事で、他の適用のために開発された医薬品の試験に対して、土台となる理論的根拠、またどのように優先順位付けするか、について論じている。コロナウイルスの複製周期を考慮すると、ヒドロキシクロロキン、クロロキン、レムデシビルなどの特定の医薬品は、COVID-19に対して有望な活性を示す可能性がある。しかしながら彼らは、細胞での研究と、少数の患者を対象とした予備的な臨床試験の結果に依拠することに警告を発している。さらにこれらの医薬品に対するいくつかの副作用もまた、見込まれる利得とてんびんにかける必要がある。(Sh,ok,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 829

植物菌類病が好敵手に出会う (Fungal disease meets its match)

胴枯病(FHB)は菌類により引き起こされ、コムギの収穫量を減らし、また収穫物の中に毒素を入れる。Wang たちは、栽培コムギを改良する育種計画で用いられているコムギの近縁野生種であるThinopyrum elongatum のゲノム配列解析から、両方の問題に対処できる遺伝子のクローンを作った(Wulff と Jones による展望記事参照)。この遺伝子がコードしているグルタチオンS-トランスフェラーゼは菌類によるトリコテセン毒素を中和し、コムギに発現するとFHB耐性を付与する。(MY,kh,kj)

Science, this issue p. eaba5435; see also p. 822

危険性を探る (Dowsing for danger)

ヒ素はほとんどの岩石物質に微量に存在する代謝毒であり、特定の自然条件下では、帯水層に蓄積し健康に悪影響を及ぼすことがある。Podgorski と Berg は、これまでの約80件の研究での地下水中のヒ素の測定結果を使い、気候、土壌、地形などの地球全体で連続する予測変数を用いて機械学習モデルを訓練した(Zheng による展望を参照)。結果出力の世界地図は、測定値がまばらか、または全く報告されていない多くの場所においても、地下水中のヒ素汚染による危険の可能性を明らかにしている。最も危険性の高い地域には、南部および中央アジアと南アメリカの地域が含まれている。ヒ素の危険性を理解することは、現在または将来の水の不安に直面している地域においては特に重要である。(Sk,kh,kj)

Science, this issue p. 845; see also p. 818

トポロジカル絶縁体が非線形になる (Topological insulators go nonlinear)

固体絶縁体は材料特性で決められる傾向があるが、光トポロジカル絶縁体は、さまざまなシナリオや複雑な相互作用を模倣するよう、自由に設計できる。Mukherjee と Rechtsman はこれまでに研究されてきた線形光学の領域を超えて、光トポロジカル絶縁体が非線形光学特性も発揮できることを示している(Ablowitz と Cole による展望記事参照)。レーザーで書き込まれた導波路の列は、ソリトンを維持できる。そのようなソリトンは、トポロジカル特性を示し、格子のトポロジーに随伴するサイクロトロンのような軌道運動を行なうことも判った。その非線形特性は、他の相互作用ボソン系を模倣できる可能性もあり、いっそうの探求に向けて豊かな活動の場を提供するだろう。(Wt,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 856; see also p. 821

マイクロ波技術の良いタイミング (Good timing for microwave technology)

世界中の計時基準は、原子時計、具体的には束縛原子から放出されるマイクロ波周波数を用いて、秒を定義している。原子の光学的遷移に基づく光学時計は、はるかに高い周波数で動作し、より優れた安定性を示す。Nakamura たちは、光学領域で改善された安定性をマイクロ波に伝えるフレームワークを示している(Curtis による展望記事参照)。この業績は、最終的には光学時計に基づく秒の再定義に貢献することに加えて、超長基線電波干渉計やレーダー、通信、ナビゲーションシステムにより、天文用イメージングや測地学のようなマイクロ波系技術の改善にも繋がるだろう。(Wt,kj)

Science, this issue p. 889; see also p. 825

DNAれんががナノチューブのトランジスタを作る (DNA bricks build nanotube transistors)

半導体性カーボン・ナノチューブ(CNT)は、寸法縮小につれてシリコンを凌ぐ可能性があるため、電界効果トランジスタ(FET)の魅力的な技術基盤である。優れた性能を達成するための課題には、よく揃いかつ高密度のナノチューブの配列、および接触抵抗を上げる被覆の除去が含まれる。Sun たちは、CNTを1本鎖DNAの取っ手で包み、これを10.4ナノメータもの小ささの正確なチューブ間隔でチャンネルのアレイが形成されたDNA折り紙れんがに結合することでCNTを整列させた。次に Zhao たちは、これらのアレイをポリマーで鋳型が作られたシリコン・ウエハーに取り付けることで、単一および複数チャネルのFETを組み上げた。彼らは、各CNTにわたり金属接触を付け加えてFETを基板に固定した後、すべてのDNAを洗い流し、その後電極とゲート誘電体を化学蒸着した。このFETは高い性能を持つオン状態と高速のオン・オフ切り替えを示した。(MY,ok,kj)

【訳注】
  • DNA折り紙れんが:ここでは、DNAからなるストロー状の構造体が同じ方向を向いて三次元的に重なったものがDNA折り紙により作られたものを指している。この三次元体の表面には一定の間隔で、CNTが収まる溝が形成されている。
Science, this issue p. 874, p. 878

電子と核の動力学を一度に (Electronic and nuclear dynamics in one)

核と電子の自由度は複雑かつ超高速に相互作用しあうため、電子励起状態にある核と電子の動力学を単一の時間分解実験内で計測することは極めて困難である。Yang たちは、超高速電子回折を第一原理非断熱分子動力学および回折シミュレーションと組み合わせて、孤立したピリジン分子をS1状態に光励起した後の緩和動力学を研究した(Domcke と Sobolewski による展望記事参照)。彼らは、小角非弾性散乱と広角弾性回折の過渡的信号をたどることで、それぞれ電子状態の漸次変化と分子構造の変化を同時にかつ独立に捉えることができることを示した。(NK,nk,kh)

Science, this issue p. 885; see also p. 820

庭師マルハナバチ (Bumble bee gardeners)

マルハナバチは、夏の群生を作る際に、必須栄養として花粉資源に大きく依存している。そのため、これら資源のでき具合いの年毎の変動は、マルハナバチにとってはただ耐えなければいけないものと思われるかもしれない。しかし、Pashalidou たちは、マルハナバチが時季外の開花に対処する方法を持つかもしれないことを示唆する観察を行った(Chittka による展望記事参照)。花粉不足に直面した場合、マルハナバチは特徴的なやり方で能動的に植物の葉に損傷を与え、この行動の結果、30日も早い植物の開花となった。実験者たちは、実験者自身による葉の損傷で、開花が早まる結果を完全に再現することができなかった。このことは、マルハナバチがより早めの開花を刺激するのに用いる違った方法があることを意味している。(MY,ok,nk)

Science, this issue p. 881; see also p. 824