AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 8 2020, Vol.368

複雑なキラル粒子 (Complex chiral particles)

合成コロイドは通常平滑であるが、自然は、藻類が作る円石など、複雑な構造と形状を備えたミクロン粒子を作り出すことがある。Jiang たちは、金-システインからなるナノ粒子の自己会合を、システインのキラル比(L体(またはD体)が占める割合)と核生成温度を変えることによって制御し、キラルで階層的に組織化されたさまざまなコロイド粒子にした。有機カチオンは静電反発を生み出し、ナノ平板の端面会合に有利に働き、これは、次にねじれた棘を有する表面を作り出すことができた。(MY,ok,kh,kj)

【訳注】
  • 円石:海洋性の単細胞藻類が細胞表面に層状に形成する炭酸カルシウムでできたもので、円盤型の構造を持つ。
  • システイン:側鎖にSH基を含むアミノ酸。
Science, this issue p. 642

新型コロナウイルスの棘突起を標的にする (Targeting the SARS-CoV-2 spike)

重症急性呼吸器症候群-コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の表面は、三量体の棘突起で修飾されており、これが宿主の細胞受容体に結合する。これらの棘突起はまた抗体反応を引き起こすため、抗体認識を理解することはワクチン設計に役立つ可能性がある。Yuan たちは、SARS-CoVに感染した回復期の患者から得られた中和抗体であるCR3022の構造を、SARS-CoV-2棘突起の受容体結合ドメインとの複合体の状態で決定した。この抗体は、SARS-CoV-2とSARS-CoVの間で進化的に保存された、受容体結合部位とは異なるエピトープ(抗原決定基)に結合している。CR3022はSARS-CoVにより強固に結合するようで、それは、SARS-CoVのエピトープが、SARS-CoV-2にはないグリカンを含んでいるためである。構造モデルは、このエピトープが外部に曝されてCR3022が接近可能になるのは、少なくとも3量体の棘突起タンパク質のうちの2つが宿主受容体に結合できる立体構造にある場合だけであることを示した。(MY,ok,kh,kj)

【訳注】
  • SARS-CoV :2002年から2003年にアジアで流行したサーズ(SARS)を引き起こすコロナウイルスのこと。
  • グリカン:糖が連なった物質。SARS-CoV、SARS-CoV-2とも表面の棘突起は糖タンパク質でできている。
Science, this issue p. 630

非定型の振動相互作用 (Atypical vibrational interactions)

溶質分子間の振動エネルギー移動(Vibrational energy transfer VET)は、分子間力が弱いため、液体中では一般的にはうまく働かない。Xiang たちは、微小光共振器に埋め込まれた二成分溶媒中の飽和濃度において、W(CO)6 と W(13CO)6 の分子混合物の二次元赤外線スペクトルを測定した。この実験により、2つの溶質分子の非対称伸縮振動間の VET が、空洞モードとの強い結合によって形成されるポラリトン中間状態を介して増強されることが示された。効率は空洞の寿命によって変えられる。これにより、液相中で VET過程を制御する可能性が与えられる。これは、さまざまな実用的な実装につながる可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 665

小惑星リュウグウの試料を採取する (Collecting a sample of asteroid Ryugu)

近年、はやぶさ2探査機は、試料を採取して地球に持ち帰り実験室分析するため、近傍の炭素質小惑星リュウグウを目指して飛行した。Morota たちは、リュウグウの表面への短時間のタッチダウンの間に採取された、最初の試料収集物ついて記述している。彼らは、試料採取の過程で撮影された近接画像と動画により、表面の色と形態を小さな規模で調べることができた。これらを表面のクレーターと層序に関連付けることで、リュウグウの進化に制約が課せられる。彼らは、リュウグウがその軌道の変化によって引き起こされた、太陽による強い加熱の時期を過去に経験したと結論付けている。この試料は2020年12月に地球に到着する予定である。(Wt,kh)

Science, this issue p. 654

最も効果的な介入 (The most effective interventions)

2020年2月23日までに、中国は、重症急性呼吸器症候群であるコロナウイルス2(SARS-CoV-2)の感染を阻止するため、国民に旅行を制限し、社会的距離をとる措置を課す国家緊急対応を設定した。しかしながら、どの対策が最も効果的であったかは不明である。Tian たちは、2019年12月31日から2020年2月19日までの(この期間は、数百万の人が中国全体で家族訪問のために旅行する春節の時期を包含している)間の感染制御対策の影響を定量的に分析した。武漢の内部と外への旅行制限はあまりにも遅すぎたために、28日以内での262都市へのウイルス拡散を防ぐことができなかった。しかしながら、湖北省での流行は2020年2月4日にピークになり、このことは都市全体の公共交通機関と娯楽施設の閉鎖、公共の集会禁止などの対策が組み合わさり数十万の感染症例を回避したことを示している。感染に罹りやすい人の供給が底をついたためにこの低下が起こった可能性は低く、それ故に感染制御対策の緩和は再発につながる可能性がある。(KU,kh)

Science, this issue p. 638

植林事業における難題 (Challenges in tree-planting programs)

多数の植林事業が世界規模で開始されてきているが、それらの事業は実際に環境の現状を改善することに役立つのであろうか? Holl と Brancalion は展望記事で、植林事業に関する問題点、例えば外来種による森林再生、生物多様性の回復度の低さ、土地利用の競合、そして植林された樹木の生存を確保するための長期管理の欠如、について論じている。植林は有益でありうるが、この活動で環境が改善されることが明らかになりうるまで、克服されなければならない多くの難題が存在している。(Uc,MY,nk)

Science, this issue p. 580

増殖動態を追跡する (Tracking growth dynamics)

スクリーニング検査のほとんどは、ガンと診断された人々の生存を高めてこなかった。Pashayan と Pharoah は展望記事で、腫瘍増殖の動態を理解することの重要性について、特に原発腫瘍が元になって転移が生じる場合の重要性について論じている。転移はガンによる死亡の主原因であり、そのため、転移が生じる前の腫瘍検出能力は重要課題である。特に、撮像に基づく多くの検査はある程度の大きさの腫瘍を検出できるだけであり、他の検査は、どれが進行して害を及ぼす可能性があるのかを区別できない。増殖動態を説明できるスクリーニング検査を開発して、他所に広がり死に至らしめる可能性がもっとも高い腫瘍を持つ人々を特定することが重要である。(MY,ok,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 589

即時接触者追跡 (Instantaneous contact tracing)

新たな分析は、重症急性呼吸器症候群–コロナウイルス2(SARS-CoV-2)が、2002年に中国で出現したより古いSARS-CoV-1よりも感染性が高く、毒性が低いことを示している。残念ながら、軽度または発症前の感染を追跡することが困難であるため、今回のウイルスはより大きな流行の可能性を有している。現在利用できる治療法がないため、今のところ流行を阻止するために展開できる手段は、接触者追跡、社会的距離の維持戦略、および検疫だけであり、これらのすべては実施に時間がかかる。いかにデータが不完全であろうとも、現在の世界的な緊急事態は、より時宜にかなった介入を必要としている。Ferretti たちは、調査票による古典的接触者追跡と組み合わせた隔離を用いることと、携帯電話アプリにより支援されたアルゴリズムによる即時接触者追跡を用いることを対比させ、人々を守る(つまり、現状の基本再生産数を下回る感染伝播を達成する)実現可能性を探った。予防にとってきわめて重要な情報は、さまざまな伝播経路の相対的な寄与を理解することである。携帯アプリは、実効性が最もある制御のために、有限の資源を異なる介入戦略間でどのように分配すべきかを示してくれるかもしれない。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. eabb6936

Elesclomolはメンケス病のマウスを救う (Elesclomol rescues Menkes disease mice)

メンケス病は、P型銅輸送アデノシン・トリホスファターゼ ATP7Aの機能喪失型変異に起因する。メンケス病と診断された子供は、結合組織の異常と神経が変性する変化を示し、一般に3歳になる前に重度の銅欠乏が原因で死亡する。脳では、銅の欠乏が電子伝達系におけるシトクロムc 酸化酵素(錯体IV)の働きを弱め、結果としてメンケス病患者の進行性神経障害を引き起こす。銅ヒスチジンなどの従来の親水性銅錯体を用いて脳に銅を供給することが困難なため、メンケス病に対する治療法は存在しない。Guthrie たちは、メンケス病のマウス・モデルにおいて病気の症状を首尾よく緩和する薬剤 elesclomolを含む治療法を開発した(Lutsenkoによる展望記事参照)。(KU)

【訳注】
  • メンケス病:日本では12~14万人に1人の割合で発症し、多くは2~3歳で亡くなる遺伝性の疾患(銅の代謝異常)。
  • elesclomol(ES):小分子の有機化合物で、銅とES-Cu2+錯体を形成する。
Science, this issue p. 620; see also p. 584

極低温分子衝突ダイナミクス (Ultracold molecular collision dynamics)

化学相互作用の量子特性を理解する上で極低温衝突ダイナミクスは極めで重要であるが、分子に対する極低温状態の達成は極めて難しい。極低温原子の構成成分を組み付けるためのさまざまな代替経路に基づく従来の手法は、状態選択的なダイナミクスを調べることができない種類の極低温分子しか生成できない。de Jongh たちは、シュタルク減速と速度マップ画像化法を用いて、一酸化窒素-ヘリウム系において極低温状態を直接達成し、非弾性散乱に対する状態間遷移の衝突断面積を高い精度で測定した(Yang と Yang による展望記事参照)。最も高精度な電子構造理論のみが観測データと良い一致を示したことから、観測された散乱共鳴は、根底にある相互作用ポテンシャルに極めて敏感であることが確かめられた。(NK,MY,kh)

Science, this issue p. 626; see also p. 582

スパッタを回避する (Circumventing spatter)

レーザーによる粉末床溶融結合法は、粉末を層ごとにレーザー溶融して三次元(3D)部品を構築する積層造形技術である。Khairallah たちは、実験と多重物理モデルを用いて、溶融スパッタおよび造られた部品の特性を低下させる欠陥形成の原因を特定した(Polonsky と Pollock による展望記事参照)。粉末床を乱したりレーザーの影を生じさせたりすることを避けるためには、情報を得た上でのレーザー出力変調が重要である。これが、細孔の形成を減少させ、3D印刷された部品のより均一な特性につながる。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • スパッタ:ここでは金属溶融時に飛散するスラグや金属粒を指す。
  • 多重物理:複数の物理モデルや複数の同時発生する物理現象を含むシミュレーションを扱う計算機科学の一分野。
Science, this issue p. 660; see also p. 583

蚊のように表面を感知する (Sensing surfaces like a mosquito)

ソナーまたはライダーは、近くの物体を検出するために自動運転車両に利用されているが、これらの手段は、かなりの機器と信号処理の費用を要する。Nakata たちは、蚊が自分の羽の動きによって引き起こされる流れ場を用いて表面を検出することを示している(Young と Garratt による展望記事参照)。表面近くでは圧力と速度のわずかな変化があり、それを蚊は敏感な触覚を使って検出できる。彼らはこの方法を、飛行中の四翼ヘリコプター(ドローン)が近くの表面を単純かつ低コストで検出する手段への橋渡しにした。(Sk,MY,kh)

【訳注】
  • ライダー(LIDAR):パルス状に発光するレーザー照射に対する散乱光を測定し、周囲にある対象までの距離やその対象の性質を分析するもの(LIDAR:Light Detection and Ranging。
Science, this issue p. 634; see also p. 586

混成手法が光を捉える (Hybrid approach catches light)

植物の葉緑体は、2つの主要な光合成過程を執り行う。すなわち、エネルギー担体であるアデノシン三リン酸と還元ニコチンアミド・ジヌクレオチド・リン酸(NADPH)を生成する明反応と、これらの分子を使用して二酸化炭素を固定し、生物量を造る暗反応である。Miller たちは、明反応に対して天然成分であるホウレンソウ由来のチラコイド膜を充当し、これが油中水型液滴内で二酸化炭素を固定する合成的酵素回路に結合できることを示した。液滴の組成を調整し、最適化することが可能で、その代謝活動は NADPH蛍光によって実時間で観察できた(Gaut と Adamala による展望記事参照)。この葉緑体模倣液滴は小さな空間に天然成分と合成成分を集め、複雑な生合成の課題を実行するためのさらなる機能付与に適している。(KU,kh,kj)

Science, this issue p. 649; see also p. 587

HSVとアルツハイマー病のつながりを研究するためのモデル (A model to study HSV-Alzheimer's link)

単純ヘルペスウイルスI型(HSV-1)感染は、さまざまな形でアルツハイマー病(AD)の発症と関連付けられてきたが、因果関係の直接的な証拠は、試験管内モデルでも見つかっていない。Cairns たちは、ヒト由来神経幹細胞の三次元組織モデルを使い、HSV-1による感染がAD患者の脳組織に見られるいくつかの特徴、たとえば大きな線維状プラーク、神経膠症、神経炎症などを再現することを示した。抗ウイルス薬による治療は、観察される表現型を減少させた。このモデルは、HSV感染とADの関連を考慮した将来の機構と治療の研究に役立つ可能性がある。(Sh,kj)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aay8828 (2020).