AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science May 1 2020, Vol.368

ナノワイヤーに基づくTHz検出 (Nanowire-based THz detection)

テラヘルツ(THz)放射は、マイクロ波と赤外線の間に位置する、電磁波周波数帯域中の興味深い領域である。非電離性でほとんどの布地に対する透過性があり、保安検査および画像処理に応用されているが、通信および化学検知用としても開発されている。これまでのところ、ほとんどのTHz検出器は信号強度のみに焦点を合わせてきており、すなわち偏光を含む全ての光学的状態の観点から見ると信号の半分を捨てる努力となっていた。Peng たちは、THz光の全ての状態を分離できる、(ハッシュ(#)状構造に配置された)交差させたナノワイヤーに基づいたTHz検出器を開発した。この手法は、THzに基づく技術のさらなる進展のためのナノ光学基盤技術を提供する。(Sk,ok,kj)

Science, this issue p. 510

新しい道路がアジアのトラを脅かす (New roads threaten Asian tigers)

アジアの道路網の開発、特に中国の一帯一路は前例のない速度で拡大して絶滅の危惧にあるトラの既存保護区を侵食しつつある。Carter たちは、トラの繁殖が行われる地区の約43%、そしてトラの保全領域の約57%が、急増する道路網の犠牲に陥っていることを見出した。この分析によれば、トラとその餌食の数の20%以上が、2050年までに減少する可能性がある。そのためトラの生存が可能な道路の開発は、絶滅危惧種のトラが更に減少することを防止する緊急の優先事項である。(Uc,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaz9619 (2020).

移動データからの感染追跡 (Tracing infection from mobility data)

コロナウイルス疾患2019(COVID-19)を引き起こす重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の拡大を封じ込めるには、どのような対策が必要なのだろうか? Open COVID-19 Data Working Group の豊富なデータには、陽性検査の日付けだけでなく、症状が初めて報告された日付も含まれている。これらのデータとインターネット・サービス企業バイドゥによるリアルタイムの旅行データを用いて、Kraemer たちは、移動の統計が、2020年初め時点における中国の都市間でのSARS-CoV-2が拡大する明確な経歴となっていることを見出した。武漢からの感染移入の頻度は、他の省で発生した流行の規模を予測していた。しかしながら、ウイルスが武漢から拡散した後は、長距離旅行の制限よりも社会的隔離や衛生などの厳しい局所的抑制方策がSARS‐CoV‐2の拡大封じ込めに最も大きな役割を果たした。(ST,kh)

【訳注】
  • the Open COVID-19 Data Working Group:オックスフォード大学の社会科学部門が中心となって作られたCOVID-19の症例追跡データを集めたオープンアクセスのデータベース。
Science, this issue p. 493

メタノール合成に対する水の後押し (A water boost for methanol synthesis)

金属と金属酸化物系のモデル触媒は、室温でメタン(CH4)を解離し、直接メタノール(CH3OH)に転換することができる。Liu たちは、これらの触媒の1つで、Cu(111)上にCeOx-Cu2O酸化物が支持された"逆構造" 触媒に対して、水が、COとCO2 形成から表面CH3O基形成へと反応選択性を調整することを示している。これは常圧X線光電子分光測定により明らかにされている。理論モデルは、吸着水がO2 の解離を阻止し、代わりにO2 が、還元された触媒を酸化することを示した。水からの水酸基が、解離したCH4 からCH3O種を生成し、そのあと水がさらに続けて、CH3OHを形成してそれを気相へ置換する。(MY,kh)

【訳注】
  • 逆構造触媒触媒:ここでは、金属酸化物担体上に触媒機能を持つ金属ナノ粒子が支持されているこの種の触媒の一般的な構造と比べ、金属あるいは金属酸化物上に触媒機能を持つ金属酸化物ナノ粒子が担持されている構造のことを言っている
Science, this issue p. 513

急速なセラミックの焼結 (Speedy ceramic sintering)

セラミックの合成は高温での長時間加熱を必要とすることがあり、材料の高速度選別を困難にしている。C.Wang たちは、薄い炭素細片の抵抗加熱法を用いて温度をすばやく上げ下げする新しいセラミック焼結技術を開発した。この方法は、揮発性元素の損失を軽減しながら、さまざまなセラミックをすばやく合成することを可能にする。超高速焼結は、多くの混合物を合成して、新たな固体電解質の開発を含むさまざまな応用のための理想的な特性を選別するのに理想的である。(Sk,ok,nk)

Science, this issue p. 521

機会均等な組織再生 (Equal opportunity tissue regeneration)

組織再生は、他とは異なる性質を持つ数少ない幹細胞により本来駆動されると考えられている。単一細胞のRNA配列解析は、この仮説を厳密に試験することを可能とする。Karthaus たちは、前立腺ガンの一般的な治療法であるアンドロゲン除去を行った後、マウスの正常な前立腺組織の再生を調べた(Kelly による展望記事参照)。予期せぬことに、彼らは数少ない幹細胞に加えて、膨大な数の分化細胞が前立腺再生の主要な貢献者であることを見出した。彼らは、この結果をヒトの前立腺組織の研究で確認した。これらの分化細胞が再生能力を獲得する分子機構の究明は、前立腺ガンの治療を改善することにつながる可能性を持つ洞察を生み出した。(MY,kh)

Science, this issue p. 497; see also p. 467

予想外の秩序 (An unexpected order)

銅酸化物超伝導体の相図は、超伝導性に加えて、反強磁性、電荷密度波、液晶的一軸方向性のような多くの秩序状態を含んでいる。Sarkar たちは、この一覧表に強磁性が追加されるかもしれないことを示している。彼らは、La2-xCexCuO4 の薄膜を超伝導性が消失する点を越える高い不純物添加濃度で研究し、この膜の輸送特性と光学特性の両方に強磁性の兆候を見出した。(Sk)

Science, this issue p. 532

COVID-19患者の致死率を抑える (Limiting fatality in COVID-19 patients)

全身性過炎症性反応であるサイトカイン放出症候群(CRS)が、重症性コロナウイルス疾患2019(COVID-19)の患者の主要な死亡原因であることを示唆する証拠が明らかになりつつある。CRSは、他の重症性コロナウイルス感染症にも認められ、また、遺伝子改変T細胞治療を受けた後のガン患者の中にも認められる。この以前の経験に基づくと、臨床現場で研究段階にあるCOVID-19の新たな治療法は、CRSを駆動する重要なサイトカイン・シグナル伝達経路に拮抗しなければならない。Moore と June は展望記事で、CRSの免疫病理に対する現時点での理解、および、CRS治療で実績を持つ薬剤の重症COVID-19患者治療への転用の進展について論じている。(MY,kh,kj)

Science, this issue p. 473

小分子防御 (Small-molecule defense)

小ペプチド防御分子は、細菌の侵入を防ぐためにほとんどの生物によって生成される。我々がこれまでに知っている抗菌ペプチドは、かなりの多様性、相乗効果、および代替機能を示す。Lazzaro たちは、抗菌ペプチドの進化と多様性に関する我々の知識を概説している。その急速な薬力学的作用により、抗菌ペプチドは抗生物質耐性を克服するための努力を補う応用の橋渡しとなる有望な候補となっている。(KU,ok,nk,kh,kj)

【訳注】
  • 薬力学:薬物の動物、微生物、もしくはその中の寄生生物に対する生化学的、生理学的影響、生体内での薬物の作用の機構、または薬物の濃度と作用の関係などを研究する学問。
Science, this issue p. eaau5480

IL-13は体育館に行って運動する (IL-13 hits the gym)

インターロイキン-13(IL-13)は、T細胞、自然リンパ球(ILC2)、および顆粒球によって分泌されるサイトカインである。それは、アレルギーと駆虫において様々な効果を持つ中心的な仲介者として機能する。Knudsen たちは、運動と代謝におけるIL-13の別の役割を報告している(Correia と Ruas による展望記事参照)。持久力の訓練を受けたマウスは循環系のIL-13の増加を示し、このことは筋肉におけるILC2の増大と相関している。対照的に、運動による筋肉の脂肪酸利用とミトコンドリアの生合成の増加は、マウスがIL-13に不足した場合に消滅した。筋肉IL-13受容体の下流のシグナル伝達経路の活性化が、この効果の鍵であった。アデノウイルスベクターによるIL-13の筋肉内注入は運動誘発性代謝の再プログラムを回復させることができた。このシグナル伝達経路は、寄生虫感染の代謝ストレスと闘うために進化したのかもしれない。(KU,kh,kj)

Science, this issue p. eaat3987; see also p. 470

検出されなかった患者 (Undetected cases)

コロナウイルス疾患2019 (COVID-19)を引き起こすウイルスが、今や世界的流行になった。ウイルスは、3~4ヶ月以内で中国から世界中にどのようにして広まったのか? Li たちは複数の情報源を使用して、検出されなかった初期感染の割合とウイルス拡散へのその寄与を推測した。彼らは、世界最大のソーシャル・メディアでかつ技術会社の1つである Tencentからのデータを、ネットワーク化された動的メタ個体群モデルおよびベイズ推定と組み合わせて、中国国内の初期の広がりを解析した。彼らは、旅行制限が行なわれる前は、約86%の患者が記録されていなかったと推定している。旅行制限と個人隔離が実施される前は、記録されていない感染の感染率は、記録された患者の感染率の半分強であった。しかし、非記録患者の数が多いため、記録されない感染は既知の症例の約80%の感染源になった。旅行制限が強制された直後に、患者の約65%が記録された。これらの知見は、世界中でこのウイルスがすさまじい速さで拡散していることの説明に役立つ。(KU,ok,kh,kj)

【訳注】
  • Tencent:中国の深圳市に本拠を置く持ち株会社。インターネット関連の子会社を通してソーシャル・メディア分野のサービスを提供。
  • ベイズ推定:確率論的に、 ある仮定のもとで限られたデータから発生元の母集団を特定する手法。「ある仮定」というのが事前分布に関係しており、元の母集団というのが事後分布に関係している。
Science, this issue p. 489

カイラル異常を分析する (Testing the chiral anomaly)

パイオンとして知られているパイ中間子は、クォークおよび反クォークからなり極めて不安定である。中性パイオンは、わずか80アト秒程度の寿命しかなく、その後2つの光子に崩壊する。クォークとグルーオンに関する理論である量子色力学(QCD)は、この崩壊およびそれに関連する寿命を、いわゆるカイラル異常と呼ばれるカイラル対称性の破れの機構を用いることで予測する。この寿命の精密測定が原初QCD予測値の改良を目指す理論に対する評価基準を与える。Larin たちは、これまでの最も精密な結果に比べて統計誤差を半減した精度でこの寿命を測定した(Meyer による展望記事参照)。測定された値は、その他の理論予測値よりもQCD予測と良い一致を示した。(NK,nk,kh)

【訳注】
  • 量子色力学(QCD):クォーク間の関係を色によって表現する理論。
Science, this issue p. 506; see also p. 469

太陽型恒星の活動レベル (Activity levels of Sun-like stars)

太陽磁場の活動は、太陽フレア、コロナ質量放出、およびその他の地球に影響を与える宇宙天気につながっている。他の恒星における類似の活動は、あるかもしれない周回太陽系外惑星の居住可能性を決定する可能性がある。Reinhold たちは、Kepler および Gaia 宇宙望遠鏡で観測された恒星の輝度変動を分析して、それらの活動レベルを推定した(Santos と Mathur による展望記事参照)。彼らは、太陽が、彼らのサンプルにおける 369個の太陽型恒星(太陽に最も類似した物理的性質を持つ恒星)の大部分より非活動的であることを見出した。太陽は、太陽型の他の星より非活動的なままなのか、あるいは、その活動レベルは数千年または数百万年にわたって変化するのかについては、不明のままに残されている。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 518; see also p. 466

エッジ上での対 (Pairs on the edge)

トポロジー的に非自明なバンド構造を持つ物質の多くは、試料のエッジの周りを流れる電流によって特徴付けられ、通常は単一の励起から成っている。超伝導体でもあるトポロジカル物質が対励起からなるエッジ電流を担持できるかどうかは未解決の問題である。W.Wang たちは、ワイル超伝導体である二テルル化モリブデンを研究し、磁場の存在下における系統的な輸送測定を用いてエッジでの超伝導電流の徴候を明らかにした。(Wt)

【訳注】
  • トポロジー的に非自明な物質:結晶が、鏡映に格子周期の分数倍の並進が加わった操作により分類される対称性を持ち、かつ、その対称性によりディラック型フェルミ粒子が安定化される物質。
  • トポロジカル絶縁体:物質内部は絶縁体でありながら、そのエッジ(二次元系なら端、三次元系なら表面)に電子の伝導路が生じている物質。
Science, this issue p. 534

GABAを放出する網膜神経節細胞 (Retinal ganglion cells that release GABA)

網膜神経節細胞(RGC)は網膜から脳に光信号を伝達し、そして以前は、もっぱら興奮性神経伝達物質の放出を通じて信号を送ると考えられていた。前から抑制性神経伝達物質である γ-アミノ酪酸(GABA)を産生するRGCの兆候はあったが、特定の細胞が確認されたことはなく、その機能は全く不明であった。Sonoda たちは、内因性光感受性RGC(ipRGC)の亜集団がGABAを放出することを見出した(Ding と Wei による展望記事参照)。ipRGCからのGABAシグナルの除去は、瞳孔の光反射と概日性光同調の光感受性を増加させた。このようにGABAの放出は、これらの非画像形成動作のダイナミック・レンジを明るい光強度側に動かした。これらの結果は、これらの動作が意識的な視覚認知よりも環境の照明条件に対してそれほど敏感ではない理由を説明している。(Sh,kh)

Science, this issue p. 527; see also p. 471