AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science April 17 2020, Vol.368

卵の温度は、どのようにして性を決定するか (How egg temperature sets sex)

多くの爬虫類では、性別は卵の孵化中の巣の温度によって決定される。温度は、精巣の発達に関与するKdm6bと呼ばれる後生的修飾因子遺伝子の発現を調節する。しかしながら、温度とこの因子の性特異的発現の間の分子的関連は、これまで不明だった。Weberたちは、温度と信号伝達兼転写活性化因子3(STAT3)と呼ばれるKdm6bの主要な調節因子の活性化との間の関連を特定した。より温かく雌が生まれる温度ではCa2+の流入が生じ、STAT3がリン酸化されてKdm6b転写を抑制することで、精巣の発達を抑制する。(Sk,ok,kj,kh,MY)

Science, this issue p. 303

位相幾何学的な光漏斗 (A topological light funnel)

ほとんどの物理系は、外部環境から完全に孤立させことができない為、ある程度の散逸あるいは損失が予期される。このような系をうまく操作するには通常、その損失の軽減に依存する。数学的に、そのような外界との相互作用は非エルミートとして記述される。近年の研究は、これらの系における損失と利得の制御が、それらの孤立したエルミート系であった場合には予期しえない様々な風変わりな現象を引き起こすことを示している。トポロジカル特性を制御できる時間依存性のフォトニック格子を用いて、Weidemannらは、このような構造が格子への光の入射位置に無関係に光を界面に効率的に集めることができることを示している。位相幾何学的特性のこのような制御は、光集積回路の舞台におけるナノフォトニクスの応用に有用となるであろう。(NK,KU,nk.kh)

Science, this issue p. 311

メタンと水素を供給する (Delivering methane and hydrogen)

メタンと水素の車輌搭載保管器の圧力は、軽量容器を用いるために通常100バールに制限されるが、吸蔵材料を使用することで搭載量を増やすことができる。効率的な貯蔵と供給には保管器の体積的と重量的均衡が必要となる。Chenたちは、両要因を最適にする、3つのアルミニウムからなるノードと大きな六配座芳香族からなるリンカ—を持つ金属有機構造体を作った。この材料は、メタンに対して米国エネルギー省の目標を上回り、水素に対して14%の重量供給容量を示した。(MY,ok,kj,kh,KU)

【訳注】
  • 金属有機構造体:金属イオンと有機配位子から構成され、規則的な細孔を有する金属錯体。
  • 重量供給容量:ここでは吸蔵材料重量当たりの取り出し可能な水素重量のパーセント割合のことを言っている。
Science, this issue p. 297

サンゴ礁管理の複雑な状況 (A complex landscape for reef management)

サンゴ礁は海洋におけるもっとも生物多様性の豊富なシステムの一つであり、それは食べ物と生態サービスの双方を生み出している。それはまた、気候変動と人の圧力によって非常な脅威にさらされている。Cinnerたちはサンゴ礁の利用とその健全さのための3つの重要な要素、即ち魚の生物量、ブダイ科の魚による藻の除去そして魚の特性の多様性、をどのようにすれば最もよく最大化できるかについて考察している。彼らは、もし人の圧力が低い場合、3つの全特性は高い保全水準に最大化可能であることを見出した。しかしながら、人の利用と圧力が増加すると、生物多様性の保全を促進することがますます困難となる。人の影響がある水準になると、最大規模の保護ですら、生物多様性の保全を最大化することが不可能となる。(Uc,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 307

PAMレス塩基編集 (A PAMless base editor)

CRISPR-CasによるDNA塩基編集は主に、プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)として知られる標的化のための特定モチーフを必要とする。この必要性が標的とされうるゲノム中の配列を制限する。Waltonたちは化膿連鎖球菌のCas9酵素を遺伝子操作して、より広範なPAMを認識して塩基編集することが可能な、SpGおよびSpRYと名付けられた特殊な多様体を作った。彼らはSpRYを用いて、これまで編集できなかったヒト疾患に関係する変異を修正することができた。標的外の編集ミスが、状況により野生型酵素と同等の水準でこれらの遺伝子操作Cas酵素に対して認められたが、これらの遺伝子操作酵素は、正確な遺伝子編集の適用可能性を拡大する。(MY,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 化膿連鎖球菌のCas9酵素:通常のCRISPR-Cas系では、Cas(CRISPR関連DNA切断酵素)として化膿連鎖球菌由来のものを用いる。
  • PAM:CRISPR-Cas9系を構成するCas9とガイドRNA複合体が、標的となるDNA配列を認識するのに必要な標的DNA近傍にある数塩基からなる特定配列。PAMの認識はCas9で行われる。Casが認識する特定のPAMがない場合にはCRISPR-Cas9系は機能しない。
Science, this issue p. 290

行き来する道に光を照らす (Lighting the way coming and going)

既存の結合を切断し、それから新しい結合を形成することにより、触媒は化学反応を促進する。多くの場合、最初の過程を促進する因子は2番目の過程を阻害し、触媒の普遍性を制約する。Torresたちは、パラジウム錯体の可視光励起により、炭素-ハロゲン結合の切断と形成の両方を促進できることを見出した(KatheとFleischerによる展望記事参照)。この反応は、多種多様なアルキルまたはアリールの臭化物およびヨウ化物のカルボニル化により、特異的に酸塩化物を形成する。これらの生成物は、さらに反応してアミドとエステルを形成することができる。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 318; see also p. 242

温暖化と乾燥化の傾向 (A trend of warming and drying)

地球温暖化は、北アメリカ南西部での穏やかな干ばつであったであろうものを巨大干ばつの領域に押しやってきた。Williamsたちは、水文モデルと年輪による夏期土壌水分の再構築を組み合わせて用い、2000年から2018年までの期間が、1500年代後半以来最も乾燥した19年であり、CE 800年以来2番目に乾燥していたことを示した(Stahleによる展望記事参照)。これは、地球温暖化が続くに従って巨大干ばつに向かう、より極端な傾向の始まりにすぎないと思われる。(Sk,kh)

【訳注】
  • CE:Common Era(共通紀元)の略で、キリスト教に基づくADに替わる西暦の表現"
Science, this issue p. 314; see also p. 238

作用中のメタボロンのしるし (Signs of a metabolon in action)

真核細胞は、膜結合あり・なしの大小区画を伴う, 不均一な細胞質を持つ。急速に分裂する細胞で必要とされるプリン・ヌクレオチドの新規合成を触媒する酵素は、プリノソームと呼ばれる緩く会合した多酵素構造に集まることが知られているが、どの程度これらの構造が代謝的に活性であるかはあまり明確ではなかった。Pareekたちはメタボロミクスを実行して、プリンがプリノソーム内でどのように合成されるかを追跡し、そして最新式の質量分析画像化法を使用して、凍結 HeLa細胞内における代謝活動のホットスポットを直接観察した(Alexandrovによる展望記事参照)。彼らは、酵素間の代謝チャンネルの証拠を見い出した。このチャンネルは、プリノソームで形成された中間体とバルクな細胞代謝産物の貯蔵分との平衡保持を制限する。入力代謝物であるグリシン、アスパラギン酸、およびギ酸はミトコンドリアの代謝に由来するため、この過程はミトコンドリアにくっついたプリノソーム内で特異的に生じる。このチャンネルは、細胞がプリンヌクレオチドの比率と存在量を制御するのに役立つかもしれない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • メタボロン(metabolon):代謝経路における一連の酵素からなる多タンパク質複合体
  • HeLa細胞:ヒト由来の最初の細胞株。細胞を用いる試験や研究で幅広く用いられている。
  • メタボロミクス: 細胞の活動によって生じる特異的な分子を網羅的に解析すること.
Science, this issue p. 283; see also p. 241

昆虫の脳を作る (Building insect brains)

昆虫型ロボットを動かすための計算モデルを構築することにより、神経処理がどのように特定の動き(性質)をもたらすかについて多くのことを学ぶことができる。Webbは、展望記事において、ロボットに航法や移動のような昆虫の行動を模倣させる計算プログラムを作成することで昆虫のこれらの振舞いの研究を行ってきたことで、これまで何を学んできたかについて検討している。これらの研究は、ロボティックスの進歩をもたらすとともに、どのように神経処理が行動結果に関係しているかに関する仮説をテストすることも可能となった。(Wt,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 244

翻訳とmRNA分解の結合 (Coupling translation and mRNA decay)

遺伝子発現には、タンパク質生成リボソームにより翻訳されるメッセンジャーRNA(mRNA)−DNA由来の遺伝子の設計図−を必要とする。mRNAの濃度は、部分的にその半減期を制御することによって厳密に調節される。真核細胞では、mRNAの半減期は翻訳効率と大きく関係しているが、この関係の根底にある機構はいまだ解明されていない。Buschauerらは低温電子顕微法とRNA配列決定法を用いて、mRNA分解の重要な調節因子である Ccr4-Not複合体がmRNA翻訳中に個々のリボソームをどのように監視しているかを示した。彼らは、Not5サブユニットが、非効率的な解読中に特異的に露出するリボソーム部位に直接結合し、それによってmRNA分解を引き起こすことを見い出した。変異体解析は、mRNA恒常性維持機能(ホメオスタシス)に対するこの検知機構の重要性を明らかにした。(ST,KU,kh)

Science, this issue p. eaay6912

一つの致命的な誤りから生じるゲノム破壊 (Genomic havoc from one fateful mistake)

多くのヒト腫瘍は、二つの異なる変異課程から生じるスクランブル化したゲノムを示す。一番目の染色体切断-融合-架橋(BFB)周期は、遺伝子増幅とゲノム不安定性を生じる。二番目の染色体破砕は、一個か数個の染色体での大きな群生したゲノム再構成を起こす。Umbreitたちは、これら二つの過程は機構的に関連していると仮定し、培養細胞でBFB周期の重要な段階を再現することで、この着想を試した(PaianoとNussenzweigによる展望記事を参照)。彼らは、染色体破砕が、有糸分裂中の異常な染色体橋形成から始まり、染色体の断片化、DNA損傷、染色体の不均等分配、そして小核形成が続く一連の事象から生じることを見出した。彼らは、単一の細胞分裂エラー(染色体橋形成)が、がんゲノムの多くの際立った特徴をどのようにして生成し得るかを説明するモデルを提案している。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 染色体破砕:悪性腫瘍や先天性疾患によって、少数(通常一本)の染色体に崩壊や再構成が起こる現象。通常、細胞死に伴い核が崩壊する時は、全ての染色体が分解する。
  • 染色体橋:染色体が動原体(染色体の紡錘糸の付着点、セントロメア)を二個持つときに生じ、染色体分配時に姉妹細胞間に染色体がまたがる状態
Science, this issue p. 240; see also p. eaba0712