AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 20 2020, Vol.367

遺伝学から行動に至る物質へ (From genetics to material to behavior)

ある生物体に新たな遺伝子を導入することは、新たな生化学的機能を与えたり、既存機能の様式を変えたりすることができるが、これらの操作を組織段階の構造へ広げることは難題である。 Liu たちは、遺伝子工学と高分子化学を組み合わせ、生体の複雑な細胞構造を直接利用して、生体電子工学的材料を合成し、加工し、組み立てた(Otto と Schmidt による展望記事参照)。遺伝子操作で作られ遺伝子改変標的の神経細胞で発現した酵素は、自由に動き回る動物の組織の中で導電性高分子を合成した。これらの高分子は特定の神経細胞集団における細胞膜特性の調節と、生きている動物の行動操作を可能にした。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1372; see also p. 1303

熱源から電力を生み出す (Electricity from thermal sources)

有用な量の熱を発生する過程からできるだけ多くのエネルギーを取り込み、それを無駄にしないで電力に変換することは望ましいことである。熱電気技術と熱光起電力技術は、廃熱を利用してエネルギー変換できるものの、高い温度での動作になりがちである。 David たちは、低温熱源からエネルギーを取り込んで回収できるCMOS(相補型金属酸化物半導体)赤外光素子を設計し作製した(Raman による展望記事参照)。彼らは新しい変換機構を用いて、バイポーラ—格子-結合型トンネル素子で、最良の熱起電力素子に匹敵する大きな熱電発電を実験実証している。この素子設計は、廃熱からのエネルギー取り込みと小型熱蓄電池の開発に使うことができるかもしれない。(NK,MY,ok,kh)

【訳注】
  • 熱光起電力:高温の金属やセラミックスからの輻射を化合物半導体で電力に変換すること。
Science, this issue p. 1341; see also p. 1301

PI(4)Pはミトコンドリアの分裂を調節する (PI(4)P regulates mitochondrial fission)

ミトコンドリアは動的な細胞内小器官で、その形状と数はさまざまな細胞シグナル伝達経路によって調節される。ミトコンドリアの分裂は、小胞体との接触部位でミトコンドリア膜の狭窄を起こすグアノシン・トリホスファターゼ・タンパク質の動員によって引き起こされるが、リソソームを含む他の因子も関与している。 Nagashima たちは今回、ミトコンドリア分裂の最終段階で特定の脂質(ホスファチジルイノシトール4-リン酸、即ちPI(4)P)を保持しているゴルジ由来の小胞の重要な役割を明らかにしている。PI(4)P生成の混乱はミトコンドリアの分裂完了不能を示す形態異常をもたらす。(KU,MY,ok,kh,kj)

Science, this issue p. 1366

一切合切が使われる (Every twig and splinter used)

植物由来の汎用化学品の製造は、往々にしてより安価で分割容易な化石資源との険しい競争に直面する。再生可能資源の持続可能な使用には、複雑で扱いにくい生体分子をずばぬけた効率で、化学品の流れに組み入れる戦略が必要となる。 Liao たちは、木材が最終的には完全に有用化学品、すなわちフェノール、プロピレン、エタノール製造に適するパルプ、それにインク製造に組み込み可能なフェノール低量体へと転換される生物精製所構想を作った(Zhang による展望記事参照)。ライフサイクルアセスメントと技術経済分析はこの工程の効率に光を当て、持続可能な化学品市場に資するそのような生物精製所戦略の可能性を明らかにしている。(MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1385; see also p. 1305

ピッタリ合う相手を選ぶ (Choosing a partner that fits)

Gタンパク質共役受容体(GPCR)は、細胞外から細胞内への多様なシグナルの伝達を担っている。この過程には、GPCRへのリガンド結合と、GPCRとその細胞内同伴分子であるGタンパク質との結合の両方の特異性が必要とされる。 Qiao たちは、外側でグルカゴンと結合し、内側で2つのヘテロ三量体Gタンパク質のうちの1つであるGs あるいはGi1 と結合した、B型GPCRであるヒト・グルカゴン受容体(GCGR)の構造を決定した。GCGRは主としてGs を通じてシグナル伝達しており、この構造はこの特異性の基盤を提供する。GCGRの立体構造変化は非活性状態と比較し、Gタンパク質への結合くぼみを作る。このポケットはGs 中の嵩高な結合モチーフを収容するのに十分なほど開口している。Gi1 はなお結合できているが、GCGRののポケットはGi1 の周りで閉じておらず、したがって、Gi1 との相互作用界面がより小さく選択性が下がる。(MY,kj)

【訳注】
  • Gタンパク質共役型受容体:2つの末端がそれぞれ細胞内と細胞外にある7回膜貫通型受容体タンパク質で、細胞内に三量体Gタンパク質が結合し、細胞外の神経伝達物質やホルモンを受容してそのシグナルを三量体Gタンパク質の変化として細胞内に伝える。
  • グルカゴン:膵臓α細胞から血中に放出されるホルモン物質。
  • グルカゴン受容体:グルコース恒常性に重要な役割を担っている受容体。グルカゴンの結合で細胞内のGタンパク質が活性化し、その後のシグナル伝達連鎖により最終的にグルコースが生成され、血糖値の上昇が起きる。
Science, this issue p. 1346

侵食-植生の相互作用 (Erosion-vegetation interactions)

侵食率に与える植生の影響は、測定するのが困難である。植生は機械的に土壌をその場に保持することができるが、根系は土壌をほぐすことができ、あるいは岩を砕くのを助けることさえできる。これらの過程は侵食を高めることができ、それは特に、植生の密な地域が降雨量の高い地域に存在する傾向にあるためである。 Starke たちは、アンデス山脈の3500kmにわたる多くの観察結果を用いてこの課題に取り組んだ。彼らは、より乾燥した地帯では植生が進めば侵食が減るが、植生が密な地帯では侵食を加速しうる一連の複雑な相互作用を見出した。(MY)

Science, this issue p. 1358

世界中からのゲノム (Genomes from around the globe)

全体的な遺伝的多様性を理解するための多様なヒト集団のゲノム配列決定は、特定の集団に対する詳細な調査に後れをとってきた。人間の遺伝的多様性の理解を深めるために、Bergström たちは、ヒトゲノム多様性プロジェクトにおける個体を調査して全ゲノム配列を作成した。このプロジェクトは、地球上のヒト集団についての研究パネルであり、人間集団の歴史を理解する助けとなってきた。彼らの研究は、アフリカ、オセアニア、およびアメリカ先住民の人々に関するデータを追加し、多様性がコピー数多型というよりも単一のヌクレオチド段階での違いに起因する傾向があることを示している。現代の人々の中の古いゲノム配列の分析は、現代の人類に先立つと思われていながら、ほとんどの非アフリカ系の人々においては失われてしまった、アフリカの人々の中の先祖の遺伝的多様性を明らかにしている。(Sk,MY,nk,kh,kj)

【訳注】
  • コピー数多型:ゲノムのある領域が、重複・欠失によって同一種中の個体間で異なる現象。
  • ヌクレオチド:リン酸、糖、塩基からなる、DNAの基本構成単位。
Science, this issue p. eaay5012

食物の研究を明確にする (Clarifying diet studies)

人の健康に及ぼす食物、栄養そして食生活様式の影響は、多くの人々にとって混乱の源となっていた。 Hall は展望記事において、これは研究参加者に食物を提供しないで、その代わりに設定された食物摂取への順守に依存する栄養学的研究によりさらに悪くなっていると論じている。著者は被験者が研究専門の施設に住んで食物を与えられるという、居住しながらの食物摂取の研究が、食物摂取の順守と長期観察を達成する重要な追加事項であると主張している。このような管理された研究は、食物が健康に影響を及ぼす機構の特性をより明らかにできるだろう。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 1298

皮質構造の遺伝的決定 (Genetic determination of cortex structure)

ヒト大脳皮質は認知に重要であり、遺伝的多様体が大脳皮質構造にどのように影響するかを知ることは重要である。 Grasby たちは、遺伝子のデータと50,000人を超えるヒトの脳磁気共鳴画像法を組み合わせて、ヒトの遺伝子の多様体がヒト皮質の表面積と厚さにどのように影響するかについて全ゲノム関連解析を行った。彼らはこの解析から、皮質構造に関連する多様体を特定した。そのいくつかはシグナル伝達と遺伝子発現に影響を与える。彼らは、皮質構造、脳の発生、および神経精神疾患に影響を与える遺伝子座の重なりを観察した。これらの表現型間の相関は、さらなる研究にとって興味深いものである。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • 全ゲノム関連解析:ある集団に対して、集団に存在する個体間の形質の違いと遺伝子多型との関連をゲノム全体にわたって調べることにより、対象とする形質と関連する遺伝要因を検出しようとする手法。
Science, this issue p. eaay6690

ペロブスカイトのトラップ状態のマッピング (Mapping perovskite trap states)

有機無機ハイブリッドのペロブスカイト太陽電池の効率の高さは、電荷担体をトラップして無駄な再結合を引き起こす欠陥によって主に制限されている。 Ni たちは、drive-level capacitance profiling を用いて、多結晶および単結晶両方のペロブスカイト太陽電池のトラップ状態の空間分布とエネルギー分布をマッピングした。界面トラップ密度は、容積トラップ密度よりも最大5桁大きかった。深いトラップは、主にペロブスカイトと正孔輸送層の界面に位置し、そこではペロブスカイトの処理により高密度のナノ結晶が生み出されていた。これらの結果は、トラップ状態の形成を回避したり、そのような欠陥を不動態化することを目指す試みの助けとなるであろう。(Wt,ok,nk,kh,kj)

【訳注】
  • drive-level capacitance profiling:太陽電池セル の深さの関数として欠陥密度を求める手法で、容量測定中にAC電圧(Peak-to-Peak)をスイープする。
Science, this issue p. 1352

精神刺激薬の責任ある使用 (Responsible use of psychostimulants)

精神刺激薬は、注意障害の治療に役立っている。しかしそれらはまた、未公認で認知能力を高めるために広く使用されており、その作用機構は理解されていないままである。 Westbrook たちは、これらの薬の効果を研究し、同時に若い健康な参加者の線条体のドーパミン合成能力を測定した(Janes による展望記事を参照)。彼らはプラセボ、メチルフェニデート(ドーパミンとノルアドレナリンの再取り込み遮断薬)、およびスルピリド(選択的D2受容体拮抗薬)を投与したが、その間参加者は認知的努力に従事するかどうかについて明示的な費用便益決定を行った。尾状核のドーパミン合成能力が高いほど、認知的努力を配分する意欲が高まった。さらにメチルフェニデートとスルピリドは、主観的価値を高め、作業動機を特にドーパミン合成能が低い人に対して高めた。このように認知機能を高める薬は、認知機能自体を直接高めるよりむしろ動機付けの段階で作用する可能性がある。(Sh,kh,kj)

【訳注】
  • 線条体:脳の学習と記憶システムの重要な部分を占めると考えられている尾状核や運動系機能を司る被殻から構成されている、大脳基底核の主要な構成要素のひとつ。
Science, this issue p. 1362; see also p. 1300

交配相手を抜けめなく選ぶ (Choosing mates wisely)

種間の交雑は長い間、ある場合には進化に対する偶発寄与因子、そうでない場合は行き詰りと見られてきた。しかしながら、適応において交雑が重要かつデタラメではない役割を果たしてきたかもしれないという新しい証拠が現れてきている。 Chen と Pfennig は、雌の平原スキアシ・ヒキガエルが、他のヒキガエル種であるメキシコ・スキアシ・ヒキガエルの雄を、ある環境条件下でのみ交配相手として優先的に選択するという、まさにそうした事例について述べている(Zuk による展望記事参照)。この優先された交雑交配事象の子は、その同じ環境下における非交雑種よりも高い適応度を有している。このように、交雑種は利点を有しているだけでなく、ある種の雌が他の種に対し、選択での影響を及ぼしている。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1377; see also p. 1304

マクロファージはcFLIPを欠くと興奮する (Macrophages cFLIP out)

病原体は進化して、宿主のシグナル伝達連鎖を妨ぐことで、宿主内で或る程度生き残ってきた。エルシニア細菌はエフェクター・タンパク質 YopJを使って、Toll様受容体活性化の下流のMAPキナーゼ・シグナル伝達を妨害する。宿主細胞はYopJに応答して、インターロイキン-1βを放出し、キナーゼTAK1の抑制およびその後の細胞膜孔を形成するタンパク質であるガスデルミンDのカスパーゼ-8指令の切断により、ピロトーシスを開始することができる。 Muendlein たちは、主要な抗アポトーシス調節因子であるcFLIPがこの過程において中心的な役割を果たしていることを報告している。マクロファージ中の短いcFLIPではなく長いcFLIPイソ体のノックダウンは、TAK1抑制の必要性を取り除く。それどころか、長いイソ体の欠乏は、カスパーゼ-8の活性化、ミトコンドリア複合体IIの形成、ピロトーシス、およびリポ多糖のみに応答したインターロイキン-1β分泌を促進する。このことは細胞死と炎症に対するこのイソ体の重要性を明確に示している。(KU,MY,kh,kj)

【訳注】
  • エフェクター:タンパク質(特に酵素)に選択的に結合してその機能を促進または阻害する分子。
  • エルシニア細菌:食中毒をもたらす病原菌の1つ。
  • ピロトーシス:カスパーゼ依存性の炎症誘発性プログラム細胞死(アポトーシスは遺伝的に保存されたプログラム細胞死)。
  • イソ体:基本的な機能に関連するアミノ酸残基は共通しているが、他の部分のアミノ酸配列は異なるタンパク質。
  • ノックダウン:遺伝子発現の抑制、或いは減少(ノックアウトは遺伝子そのものの破壊)。
Science, this issue p. 1379

人間の社会脳における性差 (Sex differentiation in the human social brain)

さまざまな社会環境で暮らす男性と女性の間の社会脳の形態的相違を理解することは、そのような違いが微妙で多面的であるため大変である。 Kiesow たちは、約10,000人のUKバイオバンクの参加者に対して確率的生成モデリングを適用し、何よりも社会的接触の頻度と強度に関連する性特異的な脳容積効果を見出した。彼らは、より一般化された脳形態の違いを見つけるためにこの取り組み法を用い、この集団の社会脳の性分化が性質ではなく程度で測定できると結論付けている。(Sk,kh)

【訳注】
  • 社会脳:自己を他者が脳内でどのように表現するかという脳内表現や、自他がかかわる複雑な社会的環境の処理を担う脳。
  • UKバイオバンク:遺伝的素質やさまざまな環境曝露(栄養、生活様式、薬物療法など)が疾患に対して与える影響を調査する、イギリスの長期大規模バイオバンク研究。
  • 確率的生成モデリング:データとして観測される観測変数が何らかの確率モデルから⽣成されていると仮定し、その⽣成過程を確率分布によってモデル化する取り組み法。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaz1170 (2020).