AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 13 2020, Vol.367

過去の退氷期の地下の記録 (An underground record of past deglaciations)

退氷期の時期が、日射量の変化、すなわち、地球が太陽から受け取るエネルギーにどのように依存しているのかをさらに正確に理解するには、環境変化と太陽エネルギー入力の両方に関する正確、かつ、独立した記録が必要である。 Bajo たちは、洞窟生成物に由来する過去100万年の間の11回に起きた退氷期についての正確な放射線年代測定に基づく年表を作り上げることで、環境記録であるその2つの構成要素間の結びつきが弱いとする議論を強固にした。これにより彼らは、過去100万年にわたる氷河期終了の始まりと期間が、地球自転軸の傾きと歳差運動にどのように依存しているかをより明確に示すことができた。(Wt,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1235

2次元結晶のスピン・アイスを探す (Looking for a crystalline 2D spin ice)

スピン・アイス(局所的な磁気スピンが水の氷と同様の「アイス則」に則る物質)は、通常3次元である。2次元(2D)アイス則も定式化することが可能であり、一般に人工スピン・アイスと呼ばれる設計されたナノ磁気系ではアイス則が満たされることがわかっていた。 Zhao たちは、中性子散乱と熱力学的測定を使用して、2Dスピン・アイスの結晶候補である、金属間化合物HoAgGeを研究した。彼らは、低温で、この準2D材料の歪んだカゴメ平面における局所スピンが、2Dアイス則に則ることを見出した。温度を上げると、理論的な予想と一致する一連の遷移が生じた。(Sk,kh)

【訳注】
  • アイス則:もともと六方晶の水の氷を構成する正四面体の要素で、頂点の4つの水素イオンのうち2つが酸素イオンを中心とした正四面体の内向き、残り2つが外向きに変位した構造(2-in、2-out 構造)をとることでマクロな準安定状態になることを表すが、磁性原子を4つの頂点とする類似の格子構造の系でも、前記水素イオンの変位を磁性原子のスピン配位に置き換えることでその振る舞いを説明できるため、同様にアイス則と呼ばれる。
  • カゴメ:原子が籠目(六角形と三角形が組み合わされた模様)状に配列して格子を形成したもの。
Science, this issue p. 1218

nCoVの三量体スパイクの構造 (Structure of the nCoV trimeric spike)

世界保健機関は、新型コロナウイルス(2019-nCoV)の突発が、国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態であると宣言した。ウイルスは三量体スパイク糖タンパク質を介して宿主細胞に結合する。これはこのタンパク質を治療と診断の可能性を与える重要な標的にする。 Wrapp たちは、低温電子顕微鏡により、2019-nCoVの三量体スパイク・タンパク質の構造を3.5オングストロームの分解能で決定した。彼らは生物物理学的分析を使って、このタンパク質が重症急性呼吸器症候群(SARS-CoV)の対応スパイク・タンパク質よりも少なくとも10倍強く共通の宿主細胞受容体に結合することを示している。彼らはまた、SARS-CoVスパイク・タンパク質に結合することが知られている三つの抗体を検査したが、2019-nCoVスパイク・タンパク質への結合を検出しなかった。これらの研究は、2019-nCoVに対する医学的対策の開発を導く貴重な情報を提供する。(ST,MY,kh)

Science, this issue p. 1260

正側での不斉 (Asymmetry on the plus side)

多数の正荷電金属触媒はキラルな負イオンと対にされることで、2つの鏡像生成物のうちの1つだけが選択されてきた。 Genov たちは今回この枠組みで、荷電が逆で一般に使われる可能性を持つ方法を報告している。もともと負荷電の金属触媒は比較的まれなので、彼らは、よく使われるビリリジル配位子にスルホン酸基を付加した。この配位子を持つイリジウム錯体はキラルな正イオンと対を作り、炭素中心あるいはリン中心に付加した2つのアリール環の1つだけを、高エナンチオ選択性でホウ素化することができた。(MY,kh)

【訳注】
  • ホウ素化:ここではアリール環のC-HをC-Bに変えることを言っている。
Science, this issue p. 1246

アミロイドはどうやって記憶の基質になりうるのか (How amyloid can be a substrate of memory)

記憶の形成はシナプスの分子組成の変化を必要とする。これらの変化がどのようにして起き、何がこのシナプス組成の変更を維持して記憶が持続可能になるのかは不明である。 Hervas たちは、成体ショウジョウバエの脳から単離されたOrb2と呼ばれる、シナプス部位に存在する翻訳調節因子の構造を報告している。この因子は記憶の維持と想起にとって重要である。Orb2はアミロイドを形成して、活性を翻訳抑制因子から翻訳活性因子へと変える。そのアミロイド・コア部は、非機能的あるいは病的なアミロイドで見られる疎水性残基とは反対に、極性親水性残基から構成されている。この構造は、アミロイドがどのようにして、記憶の安定だが適応性のある基質になりうるかについての洞察を提供する。(MY,ok,nk)

【訳注】
  • アミロイド:線維状のタンパク質凝集体で、隣接するタンパク質分子間の水素結合により形成されるβシート構造に富んでいる。
  • アミロイド・コア:タンパク質群中でアミロイド構造が形成されている部分。
Science, this issue p. 1230

破壊することなく分子を読む (Reading a molecule without destroying it)

極低温分子系の量子状態を効率よく制御する手法により、分子精密分光、量子情報処理、および関連分野が開拓される可能性がある。 Sinhal たちは、原子イオンと共に閉じ込められた冷却閉じ込め単分子イオンのスピン-回転振電準位の量子非破壊計測法について報告している。彼らは、Ca+ とN2+ からなる列を可干渉運動励起した後にCa+ の挙動をモニターすることで、N2 分子またはその量子状態自体のどちらも破壊することなく、N2+ の状態を検出できることを示している。この手法は、高い読み出し忠実度を維持しながら何度も繰り返し可能である。(NK,nk,kh)

Science, this issue p. 1213

鎌状赤血球症の新治療法 (New therapies for sickle cell disease)

鎌状赤血球症は家族の人たちからの適合する骨髄移植で治療可能であるが、この治療法はすべての患者に利用できるとは限らない。鎌状赤血球症はヘモグロビンのサブユニット遺伝子の変異から生じ、そのため、それとは別のヘモグロビンのサブユニットが発現することで克服可能である。近年の進展で、変異骨髄細胞を置換する遺伝子治療および遺伝子改変細胞治療の可能性が脚光を浴びてきている。 Tisdale たちは展望記事で、抗鎌状化薬と遺伝子および細胞治療の進展と、低中所得国の患者を含む患者の効果的な治療に何が必要について論じている。(MY,kh)

Science, this issue p. 1198

相分離は皮一重であるかも (Phase separation can be skin deep)

皮膚の障壁は増殖細胞から生じ、その細胞が末端で分化する表皮細胞の絶え間ない上昇流を生成する。体表に近づく細胞は突然に自らの小器官を失い、鱗片と呼ばれる死んだ細胞の幽霊になる。 Garcia Quiroz たちはマウス組織の研究から、分化特異的タンパク質が角化細胞に蓄積すると、それらタンパク質は油中酢型(vinegar-in-oil type)の相分離をし、粘性が高まるタンパク質液滴で細胞質を一杯にすることを見い出した(Rai と Pelkmans による展望記事参照)。酸性の皮膚表面に近づくと、環境に敏感な液体様液滴が応答して散逸し、鱗片形成を促す。ヒト皮膚障壁疾患ではこれらの挙動が作用し、そこでは突然変異が不適合な液相転移を引き起こす。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • 細胞小器官:細胞の内部で特に分化した形態や機能を持つ構造の総称。
Science, this issue p. eaax9554; see also p. 1193

脳卒中後の浮腫(むくみ)の広がり (Spreading edema after stroke)

脳は脳脊髄液(CSF)のクッションに包まれており、これは通常、脳を保護し代謝廃棄物の除去に役立つ。CSF輸送はまた、神経変性と睡眠における予想外の役割を果たすことが最近示された。 Mestre たちは、げっ歯類において生体内マルチモーダル・イメージングを使用して、脳卒中後に異常に大量のCSFが脳に流れ込み、結果として腫れを引き起こすことを見い出した(Moss と Williams による展望記事参照)。このCSFの流入は、拡延性脱分極と呼ばれるよく知られた伝搬する化学反応拡散波により誘発される動脈狭窄によって引き起こされる。CSF輸送はこのように、脳卒中後の脳腫脹において役割を果たしている可能性がある。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • マルチモーダル・イメージング:複数の手段を用いて多面的に分子動態を画像化する手法。
  • 脳腫脹(のうしゅちょう):脳に異常な水分が溜り容積が増加した状態。
Science, this issue p. eaax7171; see also p. 1195

彗星67P上のアンモニウム塩 (Ammonium salts on comet 67P)

太陽系における炭素と窒素の分布は、形成途中の太陽の熱にさらされた時の炭素と窒素を含んでいる分子の安定性を反映すると考えられている。彗星の窒素対炭素比は低く、彗星が窒素種が普遍的であるはずの外部太陽系に由来するものであるため、予想に反したものである。 Poch たちは、実験室内での実験を用いて彗星の表面をシミュレートし、その結果得られたスペクトルを 67P/Churyumov-Gerasimenko 彗星と比較した。彼らは、これまでに同定されていなかった赤外線吸収帯を窒素を含有するアンモニウム塩に帰属した。その塩は、彗星の窒素と炭素の比率を太陽と一致させるのに十分な窒素を含んでいる可能性がある。(Wt,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw7462

蒸発していく将来 (Evaporating futures)

干ばつと温暖化は、長年にわたりコロラド川の流れを縮小させてきた。 Milly と Dunne は、水文モデルと歴史観察を用いて、この減少が、主に雪の減少による太陽光反射率の減少とそれに伴う太陽輻射吸収の増加によって引き起こされる、蒸発散の増加に起因することを示している(Hobbins と Barsugli による展望記事参照)。この乾燥化作用は、気候温暖化から予測される降水量の増加予測よりも大きい可能性があり、すでに被害を受けやすくなっている地域で深刻な水不足の危険性を増大させる。(Sk,MY,nk)

Science, this issue p. 1252; see also p. 1192

回転ポンプのスナップ写真 (Snapshots of a rotary pump)

小胞型または液胞型のアデノシン・トリホスファターゼ(V-ATPase)は、ATPの加水分解で駆動されるプロトン・ポンプである。神経細胞では、V-ATPase活性がシナプス小胞の膜を横切ってプロトン勾配を生成するため、神経伝達物質を小胞に取り込むことができる。 Abbas たちは、ラットの脳から得られたV-ATPaseを精製する方法を開発し、低温電子顕微鏡法により複合体全体の構造を決定した。ネイティブ質量分析は、標本が均一であることを示し、また、複合体のサブユニット組成を確実なものにすることで構造研究を補完した。3種類の回転状態が4オングストローム以上の解像度で解像され、ATP加水分解とプロトン・ポンプ動作を結びつける立体構造変化に対する洞察が得られた。(Sk,MY,kj,kh)

【訳注】
  • プロトン・ポンプ:生体内で種々のエネルギーを利用して水素イオン(プロトン)を能動輸送し、生体膜の内外に膜電位やプロトン勾配を作り出す機能、またはそれを行うタンパク質複合体。
  • ネイティブ質量分析:水素結合や疎水性相互作用などの弱い相互作用で形成された蛋白質複合体を壊さずに行う質量分析。
Science, this issue p. 1240

ガンの推進役がNOTCHに集まる (Cancer drivers converge on NOTCH)

ガンのゲノム配列決定プロジェクトは、患者の中で高頻度で変異した少数の遺伝子に重点を置いてきた。ごく少数の患者で変異した数百の遺伝子、いわゆる「ロング・テール」変異にはあまり注意が向けられてこなかった。まれなものではあるが、それでもこれらの変異は患者の治療に情報を与えるかもしれない。 Loganathan たちは、ヒトの頭頸部扁平上皮ガン(HNSCC)で発生するほぼ500種のロング・テール遺伝子変異をマウスで機能的に評価できる、逆遺伝学的CRISPR選別法を開発した。彼らは、NOTCH信号伝達経路に集まる活性を持つ15の腫瘍抑制遺伝子を特定した。HNSCCではNOTCH自体が高頻度で変異していることを考えると、これらの結果は、これらの腫瘍の増殖が主にNOTCH不活性化によって引き起こされることを示唆している。(Sk,kh)

【訳注】
  • NOTCH:隣り合う細胞同士の情報伝達を担うタンパク質であり、情報の送り手側にあるタンパク質と受け取り手側にあるNOTCHが相互作用すると、NOTCHの一部が受け取り手側細胞の核内に移動してDNAに作用し、ターゲット遺伝子の発現を活性化させる。
  • 逆遺伝学:遺伝子の機能を、それの改変を行った結果として得られる表現型によって解析する方法。
Science, this issue p. 1264

脱アデニル化するのか、活性化するのか? (Deadenylate or activate?)

細胞が休止状態にあるとき、細胞は可逆的な細胞周期停止を受け、低い基礎代謝を示す。ナイーブT細胞は、通常、T細胞受容体-共刺激分子シグナル伝達を介して対応抗原を認識するまで静止状態にある。T細胞の休止状態は活動的プロセスであると見なされるが、その機構の詳細は良く分かっていない。 Hwang たちは、転写因子 BTG1とBTG2が休止状態のT細胞で選択的に発現されることを報告している。マウスにおいて、両方の因子に対して条件付きでノック・アウトされたT細胞は、生体外とリステリア菌感染への応答の両方において、増殖の促進と活性化の閾値の低下を示した。BTG1とBTG2の欠乏は、多くのメッセンジャーRNAの半減期の増加をもたらしたが、このことは、メッセンジャーRNAの脱アデニル化と分解がT細胞の休止状態を維持するための重要なプロセスであることを示唆している。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 共刺激分子:ナイーブT細胞が活性化される場合、T細胞受容体を介した抗原の認識にプラスして必要とされる補助シグナルを誘起する副刺激分子のこと。
Science, this issue p. 1255

仕留めるための集合体形成 (Clustering for the kill)

表面抗原分類20(CD20)は、ほとんどのB細胞集団を特徴づける膜タンパク質であり、B細胞悪性腫瘍と自己免疫疾患を治療するための治療用抗体の標的である。 Rougé たちは、補体系を活性化してB細胞を殺す抗体リツキシマブに結合したCD20の構造を提示している。 CD20は二量体を形成し、化学量論比が2:2になるよう各単量体は1つのリツキシマブ抗原結合断片(Fab)に結合する。 Fabの腕部とCD20の間の密な充填により、補体連鎖反応の最初の成分を動員することが知られている抗体六量体の径と同じような径の円形集合体が生じる。(Sh,kj)

【訳注】
  • リツキシマブ:悪性リンパ腫やネフローゼ症候群など、幅広い疾患に使用されている抗CD20抗体薬。
Science, this issue p. 1224

分断化された森林はどうなるだろう? (What becomes of fragmented forests?)

熱帯森林の構造や大きさがどのように経時的に変化しているのかを理解することは、このような生息地を保護するために不可欠である。 Hansen たちは、地域社会が森林分断化を監視するために、森林の分断化測定指標と空間的に明確な森林の損失データを組み合わせた全体像を描写した。この分析は、分断化の激しい森林で損失率がより高いことを明らかにしている。彼らは、大規模な森林領域のさらなる分断化を防止する保護活動を優先させること、および、分断化の激しい森林を有する領域における接続性を復元させること示唆している。(Uc,MY,ok,kj,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aax8574 (2020).