AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science March 6 2020, Vol.367

表面構造を有するシリコン上でペロブスカイトを成長させる (Growing perovskite on textured silicon)

禁制帯幅の広いペロブスカイトは、多接合型電池を形成することでシリコン太陽電池の効率を高めることができかもしれないが、シリコンの光捕獲粗面側に成長させたペロブスカイトは、往々にしてシリコン表面を完全には覆わず、また、生成するペロブスカイトの粗表面は相分離を起こしやすいため、ペロブスカイトは通常、シリコン電池の平滑側で成長させる必要がある。 Hou たちは、粗面構造を持つシリコン上に1.68電子ボルトの禁制帯幅を持つペロブスカイト厚膜を溶液法で成長させ、 ペロブスカイト表面を1-ブタンチオールで不動態化処理することでペロブスカイトの相分離を制限した。この多接合型電池の認定電力変換効率は25.7%で、400時間動作後の能力低下は無視できるほどであった。(Wt,MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 1135

冷却原子を用いたゲージ不変性 (Gauge invariance with cold atoms)

古典的な計算機では扱えない一連の物理現象をシミュレーションできる量子計算機技術の開発に高い関心が寄せられている。 Mil たちは、一次元光学格子中の単一井戸に隔離された2つのボゾン量子気体混合物中の異種核スピン変化衝突に基づくU(1) 格子ゲージ理論を量子シミュレートする要素組み立て方式を提案している。彼らは、単一井戸に対する初歩的な構成要素を作り、ゲージ不変性が維持される信頼性のある操作を実証している。この提案方式の拡張可能性は、ゲージ理論における連続極限(格子間隔をゼロにする極限)を量子シミュレートする課題に取り組む機会を切り開く。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • ゲージ不変性:基本となる方程式の形式がゲージ変換に対して不変であること。
Science, this issue p. 1128

ヒトのプロテオームを拡張する (Expanding the human proteome)

Chen たちは、質量分析法、リボソーム・プロファイル作成法、幾つかのCRISPR系選別法を用いて、ヒトゲノム内でこれまで特性が明らかになっていない何百もの機能性マイクロペプチドを特定した(Wei と Guo による展望記事参照)。メッセンジャーRNAにおけるアノテーション付きオープン・リーディング・フレーム(ORF)外でのタンパク質翻訳、および長鎖型非翻訳RNAにおけるORF領域からのタンパク質翻訳は広範に見られる。CRISPR-Cas9と単一細胞トランスクリプトミクスを用いた機能選別により、何百ものマイクロペプチドの決定的な役割が示唆された。複数の短かな上流ORFでコードされたマイクロペプチドは、同じメッセンジャーRNA上にコードされた下流側の古典的タンパク質と安定なタンパク質複合体を形成する。(MY,kh)

【訳注】
  • プロテオーム:細胞内に発現している全タンパク質のこと。
  • アノテーション:ゲノムや遺伝子に対して付与された遺伝子のコードや機能などの情報。
  • ORF:終始コドン(タンパク質合成の終了を支持する塩基配列)から次の終始コドンまでの間のタンパク質へと転写・翻訳される可能性のある塩基配列のこと。
  • 非翻訳RNA:タンパク質をコードしていない、あるいは短いタンパク質しかコードしていないRNA。
  • トランスクリプトミクス:細胞中に存在する全ての転写産物(RNA)を網羅的に解析すること。
  • プロテオミクス:細胞内に発現しているタンパク質の構造や機能を網羅的に解析すること。
  • 古典的タンパク質:タンパク質の合成が開始されるmRNA上の開始コドンが最も一般的なAUG(アミノ酸のメチオニンをコードする塩基配列)で、そこを開始点として合成されたタンパク質。
Science, this issue p. 1140; see also p. 1074

単一細胞分解能でのRNAの寿命 (RNA life span at single-cell resolution)

RNA転写物は利用容易な遺伝子発現の代表であるが、我々は、単一細胞内のRNAの一生にわたる活動の状況を総合的に捉えることはできていない。 Battich たちは、5-エチニルウリジン(EU)で標識した単一細胞中のメッセンジャーRNAの配列を決定する方法(scEU-seq)を開発した。これはRNAの転写率と分解率の推定を可能にする。腸オルガノイド細胞を調べる際に、scEU-seqによるデータは、発生の間の転写と分解を見分けるのに用いることが可能で、このことはこの方法が、発生の間の遺伝子発現とRNA分解との関係をよりよく理解するのに適用できることを示している。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1151

タンパク質を正確に狙う (Pinpointing proteins)

特定の細胞表面タンパク質を標的にする薬剤を開発するには、その近傍に他のどんなタンパク質が存在するのかを知ることが役立つ。 Geri たちは、この種のマッピングの空間分解能を改善する光誘発標識手法について報告している。具体的にはこの方法は、エネルギー移動距離が短く表面受容体にリガンドを介して結合している光触媒からの励起エネルギーの移動でごく近傍のカルベン系標識前駆体を活性化し、生成した短寿命の活性カルベン系標識分子が、水中で失活前に受容体近傍のタンパク質に結合し標識化するというものである。彼らは、この技法をB細胞表面上のプログラム細胞死リガンド1(PDL1)タンパク質の環境をマッピングすることで紹介しているが、これはガン免疫療法で大きな関心を持たれている系である(MY,kh)

Science, this issue p. 1091

発生由来の多様性 (Diversity from development)

たどるべき進路が与えられた時、ショウジョウバエの中には、とても丁寧に進むものと、曲がりくねって進むものがある。 Linneweber たちは今回、これらの行動が1個体では不変であるが、同質遺伝子の集団では多様であることを示している。集団中での個体の多様性を生み出す鍵は、正常な発生に内在する混沌性である。視覚系に属する一連の神経細胞がさまざまな様式で配線され、ショウジョウバエごとに固有の脳回路の非対称性をもたらし、それが進路を進むハエの行動を導く。脳回路の非対称性が大きいほど、ハエは進路にさらに適応することができる。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. 1112

記憶過程中の人間の脳活動 (Human brain activity during memory)

動物試験は、神経活動の時系列再生が記憶の読み出しと固定の根底にあるらしいことを示唆している。しかしながら、人間の脳内でのこれらの過程にとって、スパイク生成活動の時系列再生が重要であるという直接的な証拠はない。 Vaz たちは、参加者が記憶課題を行っている間に、脳内の単一形のスパイク、局所場の電位、および頭蓋内脳波測定信号を同時に記録した。側頭葉皮質の鋭い波紋振動は神経のスパイク生成の群発を反映し、これらのスパイクの群発は記憶形成中に時系列として編成された。これらの時系列は、記憶がうまく読み出されている間ずっと再生されていた。正確に思い出している間の時系列の再生範囲は、皮質のスパイク信号が内側側頭葉の波紋と連動した範囲に関連していた。(Sk,kh)

【訳注】
  • スパイク:単一の神経細胞による微弱な電位変化を測定する単一ユニット記録で測定される信号。
Science, this issue p. 1131

母乳を理解する道 (Paths to understanding breastmilk)

母乳育児は幼児と母親の健康にとって重要である。母乳の利点を説明する機構には、栄養状態と免疫状態の改善が含まれるが、母乳がどのように健康上の利点を与えているかについては、未だその多くが分かっていない。 Bode たちは展望記事で、母親・母乳・幼児の3つからなる組を理解する道について論じている。彼らはこの3つ組についての知識の向上が幼児の健康に関する2つの重要な課題、すなわち幼児期の栄養不足と早産児に影響を与える致死性の胃腸障害である壊死性腸炎、に関する研究をどのように活性化できるかについて焦点を当てている。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 1070

卵子形成の始まり (Commencing oogenesis)

マウスでは、胚性幹細胞及び人工多能性幹細胞(iPS細胞)が、正常に機能する卵母細胞を生じることのできる始原生殖細胞様細胞に分化することが示されている。この系において、Nagaoka たちは遺伝子Zglp1 を、性的に未決定の生殖細胞に卵子の運命を与えるために必要かつ十分な因子として特定した。骨形成タンパク質シグナル伝達の下流エフェクターとして、進化的に保存された転写調節因子ZGLP1は、Polycomb活性によって抑制された卵子形成プログラムを活性化するが、それに対しレチノイン酸シグナル伝達はそのような活性化の成熟と始原生殖細胞プログラムの抑制をも助ける。この研究は、哺乳類の卵子の運命決定についての我々の理解を深めるものである。(KU,kh)

Science, this issue p. eaaw4115

哺乳類の脳の地図化 (Mapping the mammalian brain)

脳の多様な生理機能は、領域レベル、細胞レベル、および細胞内レベルでのその複雑な組織化に反映される。 Sjöstedt たちは、トランスクリプトミクス、単一細胞ゲノミクス、その場体細胞交雑及び抗体ベースのタンパク質プロファイル作成から得られたデータ(新たに得られたデータおよび他の大規模な脳地図化プロジェクトからのデータ)を結びつけて、ヒト、ブタ、およびマウスの脳の分子プロファイルを地図化した。この解析は、哺乳類の進化の間に保存された基本的な脳構造と整合性があるが、領域レベルでの遺伝子発現プロファイルの差異を示している。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. eaay5947

主要な心理社会的ストレス回路 (A major psychosocial stress circuit)

心理的ストレスは、交感神経系を活性化することにより、さまざまな生理学的反応を誘発する。これらの機能に関与する脳回路はまだ完全には理解されていない。 Kataoka たちは、実験動物としてのラットにおいて、解剖学的追跡、最初期遺伝子発現解析、薬理学、光遺伝学、電気生理学、および遺伝的細胞除去を組み合わせて、社会挫折ストレスに対する交感神経反応での内側前頭前野腹側部分の顕著な役割の証拠を提供している。この脳の領域は、心理社会的ストレス反応の中心的な調整者として、視床下部の背内側野に興奮性の投射を送る。この経路は、心理社会的ストレスがさまざまな身体機能にどのように影響するかを理解するために重要である。(Sk)

【訳注】
  • 最初期遺伝子:細胞への刺激に応答して速やかに発現が誘導される一群の遺伝子の総称で、刺激に対応した細胞の変化を引き起こすためのタンパク質を作り出す。
  • 遺伝的細胞除去:ある細胞の機能解明などを目的に、遺伝子操作により標的細胞の発生を阻害する方法。
Science, this issue p. 1105

欠陥の流れと成長の観察 (Watching defects flow and grow)

回位(disclination)として知られる、液晶における配向位相欠陥は、高分子材料で或いは局所的な液晶分子配向のメソスケール・シミュレーションにより視覚化されてきた。 Duclo たちは、微小管束の動きによって駆動されるネマチック分子の動きを見るために光シート顕微法を使用して、三次元アクティブ・ネマティックの回位ループの構造と動力学実験に基づく可視化を報告している(Bartolo による展望記事参照)。この装置は、三次元中で空間的に広がる位相欠陥の核形成、変形、再結合、および崩壊を直接観察することを可能にする。(KU,MY)

【訳注】
  • 微小管:細胞中に存在する直径約25nmの管状の構造体。細胞形態の形態維持や変形、細胞小器官などを輸送するレールなどの役割を果たしている。
  • メソスケール・シミュレーション:分子構造に依拠したモデルに基づくミクロシミュレーションと、連続体のような分子構造をほとんど考慮しないモデルに基づくマクロシミュレーションとの間に位置するシミュレーション。
  • アクティブ・ネマティック:内部に運動の仕掛けを持つアクティブ・マターに属するネマティックのこと。ここでは内部に含有させた微小管束上をタンパク質モーターであるキネシンが動くことで微小管束が伸長し、これにより系全体が動的状態となる。
  • 光シート顕微法:シート状の励起光試料側面から照射する蛍光顕微鏡。
Science, this issue p. 1120; see also p. 1075

ワックスを貫く細孔を注意深く調べる (Porin' through the wax)

結核菌は、人体内に生存し続けることができる独特の生理機能を持つが、その1つにほとんど不浸透性で宿主の免疫応答エフェクターの攻撃に耐えることができるワックス様の細胞外皮がある 。 Wang たちは、この細胞外被を効果的に通過し、結核菌細胞を殺す簡単な分子を特定した。この分子である3,3-ビス-ジ(メチルスルホニル)プロピオン酸アミドに耐性のある変異体の全ゲノム配列解析から、PPE51と呼ばれるタンパク質に点在する変異が示され、そしてこれら変異体はさまざまな栄養素関連の成長障害をもたらした。 実験の結果は、PE/PPEファミリーのタンパク質が外膜ポリンに類似した小分子の選択的チャンネルになっており、このチャンネルにより、結核菌がそれ以外では不透過性障壁を維持しながら栄養素を吸収することができることを示唆している。(Sh,MY,kj,nk)

【訳注】
  • ポリン:他の膜輸送タンパクと異なり、分子の受動的拡散を許すほど大きな孔を持ち、種々の分子に特異的なイオンチャネルのような働きをする膜貫通タンパク質。
  • エフェクター:酵素の活動を促進または阻害する物質。
Science, this issue p. 1147

3種のハロゲン化合物で禁制帯幅を調整する (Tuning band gaps with three halides)

多接合型太陽電池は、2つの電池が電流整合していれば、2つの活性層を用いて太陽光波長域をより徹底的に吸収することにより、太陽電池の効率を高めることができる。ヨウ素と臭素または臭素と塩素を含み、表面層電池として適切で広い禁制帯幅(約1.7電子ボルト)に調整された無機・有機ペロブスカイトは、電荷拡散長が短く、光誘起相分離を受ける。 Xu たちは今回、1.67電子ボルトの禁制帯幅を持つ、安定な3種のハロゲン化合物からなるペロブスカイトの製造を可能にする、塩化物の組み込み方法を報告している。この材料で作られた2端子多接合型シリコン太陽電池は、27%の電力変換効率を実現した。(Sk,kh)

【訳注】
  • 多接合型太陽電池:利用波長の異なる太陽電池を複数積み重ねた太陽電池。
  • 電流整合:多接合型太陽電池を構成する個々の電池で生み出される電流が一致あるいはほぼ一致していること。
  • 光誘起相分離:均一混晶が光照射下で異なる組成の二つの相に分離する現象(相分離は可逆的で光照射を停止すると均一混晶に復帰する)。
Science, this issue p. 1097

単一ケイ素原子の振動を見る (Seeing single silicon atom vibrations)

振動分光法は高いエネルギー分解能を達成できるが、摂動のない振動の空間的な分解能を実現することはさらに困難である。 Hage たちは、固体中の1個の不純物原子(グラフェン中のケイ素原子)が、特有の局在化された振動特性をもたらす可能性があることを示している。彼らは、走査型透過電子顕微鏡による高分解能電子エネルギー損失分光法を用いて、この信号を検出した。関連する弾性散乱の寄与を低減する実験的な配置が選択され、ケイ素不純物の近くで走査を繰り返すことで信号が増強した。実験で得られた振動周波数は、第一原理計算と一致している。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 1124