AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 28 2020, Vol.367

ナノ繊維により作られた波形壁 (Wavy walls built by nanofilaments)

モデル植物のシロイヌナズナでは、敷石細胞 (表皮細胞, pavement cell)は、ジグソー・パズルのピースのふくらみ部と湾曲部で嵌合する。植物におけるそのような複雑な形状は、膨圧により引き起こされると広く考えられていた。Haasたちは今回、細胞外にある細胞壁が、膨圧に頼ることなく、細胞壁が包含する細胞を能動的に能力を持つことを示している。細胞壁にあるペクチン・ホモガラクツロナンからなるナノ繊維は、繊維がメチル化されているかどうかに依存して、結晶性相と異方性相の間を推移する。この形態推移が、膨圧には依存していない細胞壁形状の変化を引き起こす。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 敷石細胞:気孔を構成する孔辺細胞とともに葉の表皮を形成する細胞。気孔同士は隣接して形成されず、最低でも1つのの敷石細胞を挟む形で形成される。
  • ペクチン:細胞壁を形成する3つの多糖類のうちの1つ(他はセルロースとヘミセルロース)。水和したゲル状の巨大分子を形成し、結晶性のセルロース微繊維とヘミセルロース架橋で作られる網状構造の隙間を充填する。
  • ホモガラクツロナン:ペクチンを構成する3つの主要なドメインの1つ。
Science, this issue p. 1003

脳内での言語対音楽 (Speech versus music in the brain)

言語と音楽の知覚は、人間の脳のさまざまな仕組みにどの程度依存しているのだろうか? この特化の根底にある、解剖学的基盤は何だろうか? Albouyたちは、言語(意味的)と音楽(旋律的)の両方の情報を含む無伴奏の歌唱集を作成し、 径時的領域と周波数領域のいずれかで各刺激を選択的に劣化させた。 径時的情報の劣化は言語認識を損なうが旋律認識は損なわないのに対し、周波数域情報の劣化は旋律認識を損なうが言語認識は損なわない。脳走査により、言語と音楽の左右非対称性が明らかになった。言語内容の識別は左聴覚皮質でのみ発生したが、旋律内容の識別は右聴覚皮質でのみ発生した。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 径時的情報と周波数域情報:本論文の検討対象である "spectrotemporal modulation" (スペクトルの径時変化) の要素を指している。
Science, this issue p. 1043

絶滅に抵抗する (Resisting extinction)

一般的な進化の知識によれば、生態学的分化は種分化につながる。しかし、この様式が古生物学的年代にわたって見られるものかどうかを検証することは困難であった。Knopeたちは、数万の現代で絶滅した海洋動物群のデータ集合を調べ、その関係が予想よりも複雑であることを見出した。生態学的な多様化は考えられたより低い速度でしか 種発生に随伴してなく、これらの(生態学的に多様化した)生物群に随伴しているよう にみえる分類学的な豊富さは、実際は絶滅への抵抗に起因している。さらに、研究者たちは、生態学的分化と分類学的多様性との強い随伴性が、長い間に繰り返された絶滅事象によって形作られ、最近に形成された形態であることを見出した。(Sk,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1035

流体の流れを機械学習する (Machine-learning fluid flow)

流体の流れの定量化は、地球物理学から医学に至るまでの分野に関連している。流れは、たとえば煙や造影剤を用いて実験的に視覚化できるが、この情報から速度と圧力場を抽出するのは大変である。Raissiたちは、この問題に取り組むための機械学習法を開発した。彼らの方法は、多くの科学的に関連する状態の下で流体の流れの動態を決定するナビエ・ストークス方程式の知識を活用している。著者たちは動脈瘤における血流などの例を用いて、彼らの方法を説明している。(Sk)

Science, this issue p. 1026

超高速渦マイクロレーザー (Ultrafast vortex microlasers)

超高速情報通信の応用には、全光スイッチは低エネルギー消費、高速化、高変調比、省スペース、オン・チップ集積を必要とする。省スペースとオン・チップ集積は実現可能であるが、低エネルギー消費と高速化のトレード・オフの関係は難題である。Huangらは、連続体における束縛状態、即ち効果として物理的共振器を持たない高Q値共振器の着想を利用して高指向性の出力と単一モード発振を備えた渦レーザーを設計した。低エネルギー消費と高速化のトレード・オフの関係が打破され、現代の古典的情報通信および量子情報通信の為の要求をすべて満たす超高速光スイッチを実現することが可能となるはずだ。(NK,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1018

不法な漁業貿易による経済的損失 (Economic losses from illicit fish trade)

違法、未報告、そして管理されていない漁業−そしてその後に続く不法な漁業貿易市場−は、地域的そして国際的経済に対して実体的な影響を有している。Sumailaたちは、海洋の漁獲物における不法な漁業貿易が、年あたり総計で800万トンから1400万トンの間になると見積もっている。示唆された粗利益、合計90億ドルから170億ドルに基づき、研究者たちは、合法的な貿易システムからの漁獲物の逸失によって世界経済に対して260億ドルから500億ドルの潜在的損失があると見積もっている。公的部門と民間部門両方における大胆な政策と行動が、海洋の漁獲物における不正な貿易の実体的な経済的影響を緩和するために必要である。(Uc,KU,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaz3801 (2020).

アルキル・ラジカルを得る手段としてのアミン (Amines as a gateway to alkyl radicals)

近年、青色光で駆動される光酸化還元触媒は、窒素に隣接する炭素中心を酸化するのによく用いられてきた。Constantinたちは今回、これらのアミノアルキル・ラジカルが今度は、さまざまなアルキル炭素からヨウ素原子をうまく剥ぎ取ることができることを示している。結果生じるこの新しいアルキル・ラジカルは、重水素化反応とアルキル化、アリル化、オレフィン化などのカップリング反応を容易に受ける。要するに、ハロゲン化炭素のホモリティックな活性化とその後の官能基付与において、トリアルキル錫化合物などのより危険な従来型試薬を単純なアミンに置き換えることができるということである。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • ホモリティックな活性化:A−Bのような化合物が、共有結合を形成する2個の電子(結合電子対)が、開裂により生じた2つのフラグメント A と B に各々1個ずつ分配されるよう開裂すること。
Science, this issue p. 1021

医薬品の創薬から臨床試験までの開発経路の改善 (Improving the drug development pipeline)

人工知能(AI)の応用が開発されて, がん治療薬の発見と投与を改善している。さらに、AIは、臨床試験設計と適応性のある治療といった治療投薬量戦略を改善することが可能で、それによって患者は腫瘍応答にしたがって、薬剤への耐性を回避するように治療される。展望記事において、Hoは、AIの応用がどのようにがん治療薬の開発を改善出来るかを、そして克服すべき課題について考察している。(ST,KU,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 適応性のある治療:がんとの共存を目指す治療法
Science, this issue p. 982

CRISPRがヒトで第一歩を踏み出す (CRISPR takes first steps in humans)

CRISPR-Cas9は、ガンのような病気を治療する可能性を提供する革命的な遺伝子編集技術であるが、患者に及ぼすCRISPRの効果は現在分かっていない。Stadtmauerたちは、進行ガンの3人の患者で、CRISPR-Cas9遺伝子編集の安全性と実現性を評価する第1相臨床試験について報告している(HamiltonとDoudnaによる展望記事参照)。彼らは、患者からTリンパ球と呼ばれる免疫細胞を採り出し、CRISPR-Cas9を使って抗腫瘍免疫を改善する目的で3つの遺伝子(TRACTRBCPDCD1)を破壊した。ガンを標的にするNY-ESO-1という移入遺伝子も腫瘍認識のために導入された。この遺伝子改変された細胞が患者に投与され、良好な耐性を示し、研究期間中は生着の持続が観察された。これらの勇気づけられる観察結果は、CRISPR遺伝子改変によるガン免疫治療を研究する今後の試験への道を開く。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 第1相臨床試験:治療効果を見ることを目的とはせず、主に安全性を確認するために、少数の健康な成人に対し初めて薬剤を投与する試験。
Science, this issue p. eaba7365; see also p. 976

マウスの母親は代謝様式を伝える (Mouse mothers transfer metabolic mode)

肥満と代謝疾患は併発する傾向があり、肥満になる人はまた、二型糖尿病と心血管問題を起こしやすい。無菌マウスの子孫が高脂肪食で肥満になる傾向があるという観察から始めて、Kimuraたちは、マウスにおいて微生物叢の存在がどのように病気予防をするかを調査した(Fergusonの展望記事を参照)。微生物叢の短鎖脂肪酸(SCFA)はインスリン・シグナル伝達を抑制し、脂肪細胞での脂肪沈着を減らすことが知られている。今回のさらなる実験は、血流中のSCFAが、非無菌の母親の腸内微生物叢から胎盤を越えて発生中の胚の中へと進むことができることを示した。著者らは、胚において、SCFAプロピオン酸塩が、GPR43シグナル伝達を介してインスリン濃度だけでなく、GPR41シグナル伝達を介して交感神経系の発生をも仲介することを見い出した。高繊維食は母体の微生物叢からのプロピオン酸塩の生成を促進し、母体の抗生物質治療は肥満になりやすい子孫をもたらした。(Sh,KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw8429; see also p. 978

IgAおよびIgM複合体のがっしりした構造 (Hefty structures of IgA and IgM complexes)

免疫グロブリンM(IgM)とIgAは、高次の分泌複合体(sIgMとsIgA)を形成できる抗体アイソタイプで、多くの細菌とウイルスの表面で見出されるような低親和性の反復エピトープを持つ抗原にそれらは効果的に結合して中和することができる。これらの分子の組み立てと輸送は、結合鎖(J鎖)と重合体の免疫グロブリン受容体(pIgR)分泌成分(SC)にも依存する。これらの複雑な多量体構造の 構造は曖昧なままであった。Liたちは、J鎖とSCとの複合体におけるsIgM-Fc五量体の低温電子顕微鏡構造を解明した。同様の手法を使用して、Kumarたちは、J鎖及びSCと相互作用する分泌sIgA-Fcの二量体、四量体、および五量体構造を可視化した。両方のグループは、J鎖が抗体の多量体化の鋳型として機能する非常に類似した機構を報告している。多量体化構造の予期せぬアミロイド様組み立てが両方の場合に存在し、J鎖がpIgR結合とトランスサイトーシスに対する非対称性を与える。これらの研究は、将来の治療目的のために、これらの分子構造に基づく工学技術に役立つ可能性がある。(KU,kh)

【訳注】
  • エピトープ:抗体が認識して結合する, 抗原中の比較的小さな部分のこと。1
  • トランスサイトーシス:受容体を介した飲食作用で受容体が元とは異なる細胞膜へ移動すること
Science, this issue p. 1014, p. 1008

準安定な経路が高速を可能にする (Metastable pathways allow high rates)

高速の充・放電を可能にする電池において、リチウムは通常、負極と固溶体を形成するため、唯一の律速因子はイオン拡散である。しかしながら、チタン酸リチウム(Li4Ti5O12)負極の場合、リチウム・イオンはチタン酸リチウム系の2つの相と相互作用し、拡散は双方で遅くなるが、それでもなおかつ高速な能力を示す。 Zhangたちは電子エネルギー損失分光法と密度汎関数理論計算を組み合わせて、この異常な挙動を調べた。彼らは、出発組成物と終了組成物であるLi4Ti5O12とLi7Ti5O12の間で広がった界面が形成されることを、そして、これこそがリチウム・イオンを迅速に移動可能にすることを見出した。(KU,nk,kj,MY,kh)

【訳注】
  • 固溶体:2種類以上の元素が互いに溶け合い、全体が均一の固相となっているものをいう
Science, this issue p. 1030

重合はヘキソキナーゼ活性を調節する (Polymerization regulates hexokinase activity)

酵母ヘキソキナーゼGlk1は、その基質と生成物への結合に応じて重合体を形成するアクチン折り畳みを持つタンパク質である。Stoddardたちは、Glk1重合体がアクチン線維と構造的に異なることを示し、Glk1の重合が他のアクチン様重合体の重合とは無関係に進化したことを示唆している。 Glk1重合はそのヘキソキナーゼ活性を阻害し、単量体-重合体の平衡は、酵素ごとの最大速度ではなく、酵素全体のプールに対して最大速度を設定するようだ。この阻害は、栄養状態の変化の状況において細胞の生存能力にとって重要であることが見い出され、酵母細胞が環境の確率的変化に応じて急速に自分たちの代謝を調節可能にしている。(KU,ok,kh)

【訳注】
  • ヘキソキナーゼ: 六炭糖 (ブドウ糖などのヘキソース) をリン酸化する酵素.
  • アクチン折り畳み (actin fold): アクチンその他のタンパク質が共通に持つ, ATP に結合するドメイン。
Science, this issue p. 1039

Arrokothを調べる (Examining Arrokoth)

New Horizons探査機は、2019年1月にカイパー・ベルト天体(486958)の一つである Arrokoth(2014 MU69としても知られている)を通過した。太陽系外縁部までは非常に遠く離れており、帯域幅も限られているため、探査機のすべての観測結果を地球に伝送するには、2020年後半までかかるであろう。この号の3つの論文は、遭遇中に撮影された高解像度画像を含めて、最近まで地球に伝送されたデータを解析している (Jewittによる展望記事を参照のこと)。Spencerたちは、立体画像を用いてArrokothの地質と惑星物理学的特性を調査するとともに、衝突クレーターを用いて表面の年代を調べ、地形図を作成した。Grundyたちは、有色撮像と分光データを使用して表面の組成を調査し、マイクロ波放射計を使用してArrokothの熱的な放射を評価した。McKinnonたちはシミュレーションを用いて、Arrokothがどのように形成されたかを決定した。重力的に束縛された2つの天体は、太陽系形成の頃に、重力的に束縛された2つの天体が、らせん状に渦を巻いて、緩やかに合体したのである。これらすべての論文は、探査機が訪れた最も原始的な天体の年齢や組成、形成のプロセスを 確定する。(Wt,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaay3999, p. eaay3705 , p. eaay6620; see also p. 980