AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 21 2020, Vol.367

脊椎動物の発育を一時停止する (Putting vertebrate development on hold)

仮死状態はSFでよく用いられるアイデアであるが、自然界でもいくつかの形式(冬眠、鈍麻、休眠)で存在している。Huたちは、脊椎動物のモデル系であるアフリカ産小型魚のターコイズ (カダヤシの一種でモデル生物)の休眠を研究した(Van Gilstによる展望記事参照)。彼らは、休眠が将来の成長、生殖能力、さらには寿命に対してさえも見返りなしに複雑な生体を保護することを発見した。休眠は、特定のポリコム複合体構成要素への動的な切り替えにより、能動的に調節される。ポリコム構成要素の一つであるCBX7は、器官遺伝子の調節に重要であり、筋肉の保存と休眠の維持に関与している。この研究は、生命活動の一時停止の基底にある仕組みを明らかにしている。(Sk,KU,ok,nk,kh)

【訳注】
  • ポリコム複合体:染色質に含まれ、遺伝子発現の切り換えを管理するポリコム・タンパク質が、標的となるDNAの特定の部分で巨大な複合体を形成したもので、それにより標的遺伝子の発現が抑制される
Science, this issue p. 870; see also p. 851

捕獲され冷却されたナノ粒子 (A nanoparticle trapped and cooled)

重い質量を持つ粒子の量子基底状態への冷却が、量子力学の基本的な検証を可能にする。それは古典的世界と量子的世界の境界の実験的な徹底的調査の手段を与えるだろう。Deliたちは、光学的に捕獲された固体状態の物体(直径?150ナノメートルのケイ酸ナノ粒子)をレーザー冷却して、室温から出発して量子基底状態の運動に持ち込んだ。物体は光学的な力を用いて浮揚するため、その実験構成を自由落下に切り替えることができ、その結果、いくつかの巨視的な量子的実験に対する実証基盤(test bed)を提供する。(Wt,KU,ok,kh)

Science, this issue p. 892

金のテープを用いたより大きな単層膜 (Larger monolayers with gold tapes)

遷移金属の 2カルコゲン化物のような材料の単層膜を剥離することで、低欠陥密度で高品質の電子材料が生成できるが、その単層膜の大きさはマイクロメートルの規模に限定される。Liuたちは、重合体支持体上に原子単位で平らな金の層を作成することで、この方法を修正した。金の層の強いファン・デル・ワールス接着力により、センチメートルの規模で単層膜を剥離することができた。こうして得られた単層膜を使い、層内での励起子形成を 凍結するために選択されるねじれ角を有するMoSe2/WSe2の単結晶二重層のような人工的構造を有する多層膜を再構築できた。(Wt,KU,nk,kh)

【訳注】
  • カルコゲン: 酸素族元素のこと
Science, this issue p. 903

このハチたちは、以前にそれを「心で見た」ことがある (These bees have “seen” that before)

人間は心像に長けており、それらの像を五感全体に伝えることができる。例えば、視界から外れていても、それに対する心像を持っている物体は、触れることで認識できる。このような異なる感覚にまたがる認識は非常に適応性が高く、最近他の哺乳類でも確認されたが、それが広範囲に及んでいるかどうかは議論されている。Solviたちは、ある比較的高度な認知技能を持っていることが次第に認識されてきている、マルハナバチでこの行動を実験した(von der EmdeとBurt de Pereraによる展望記事参照)。彼らは、このミツバチたちが、それらに触れたことはないが明るい中でそれらを見たことがあれば、暗中でも形状によって物体を識別できることを発見した。逆もまた然りで、このことは感覚にまたがって認識を伝達する明らかな能力を証明している。(Sk,kj,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 心像:記憶・想像などにより、現実の刺激なしに意識に生じる直接的な像
Science, this issue p. 910; see also p. 850

大気汚染物質が室内で異なる行動をする (Air contaminants act differently indoors)

室内空気の清浄度は人の健康に強い影響を与え、その室内環境の特性は汚染物質への暴露度に影響を与える。Wangたちは、典型的な室外大気条件で揮発性である分子の多くが室内ではより高濃度となり、物体表面の滞留箇所で準揮発的なふるまいを示し、そして動的な表面-気相分配に関与することを見い出した。このモデルはどのように化学物質が異なる室内の物体表面の滞留箇所に応答するか、そして室内汚染物質の暴露をどのように緩和するかに関するよりよい理解を提供するかもしれない。(Uc,KU,ok,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aay8973 (2020).

タンパク質に合う薬剤の選択 (Choosing the drug to fit the protein)

承認された多くの薬剤は、Gタンパク質共役受容体(GPCR)に結合する。GPCRを標的とする際の課題は、様々なリガンドが異なるシグナル伝達経路を優先的に活性化することである。2つの論文は、2つのシグナル伝達パートナー(Gタンパク質とアレスチン)に結合するアンジオテンシンIIの1型受容体に対して、偏向性シグナル伝達がどのようにして生じるのかを示している。Suomivuoriたちは大規模な原子論的シミュレーションを使用して、2つの経路への結合が2つの異なるGPCR高次構造を介していること、そして細胞外リガンドがいずれかの高次構造を優先することを示した。Winglerたちは、異なる偏向特性を持つリガンドに結合した同じ受容体の複数の結晶構造を示している。これらの構造は、シミュレーションで観察されたものと一致する結合ポケット内と周辺の高次構造の変化を示している。この研究は、より効果的で副作用のより少ない薬剤の合理的設計をするための枠組みを提供するかもしれない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • アンジオテンシン:ポリペプチドの1種で、血圧上昇(昇圧)作用を持つ生理活性物質、Ⅰ~Ⅳの4種が存在する
Science, this issue p. 881, p. 888

量子異常ホール効果が真性になる (Quantum anomalous Hall goes intrinsic)

量子異常ホール効果(ゼロ磁場で量子化されたホール伝導度の出現)は、磁性原子を添加したBi2Se3トポロジカル絶縁体薄膜において観測されている。しかしながら、不純物添加により不均一性が生じ、結果としてその効果が生じる温度を下げる。2つの研究グループが、真性磁性材料において量子異常ホール効果を観測している (WakefieldとCheckelskによる展望記事参照)。Serlinらは、六方晶窒化ボロンに沿って整列した捻じれグラフェン2層膜において量子異常ホール効果を観察し、その効果により微弱な電流で磁化をオン・オフすることができた。相補的な研究において、Dengらは、反強磁性層状MnBi2Te4トポロジカル絶縁体においても量子異常ホール効果を観察した。(NK,KU,ok,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 900, p. 895; see also p. 848

心臓病細胞治療の次の段階 (Next steps in heart disease cell therapy)

ほぼ20年前、心臓に幹細胞を移植する最初の治験がなされた。これらの治験とそれ以来多くなされた治験の目的は、失われた心筋を再生して、心臓発作後に機能を回復することであった。しかし、成体幹細胞を使った数多くの細胞治療方法は、動物モデルでの前臨床実験が有望だったにも拘らず、患者において有効性を示さなかった。MurryとMacLellanは展望記事で、幹細胞の生着と生存の欠如を含め、臨床でのこの不成功の根底にある理由を論じている。これらの問題を克服する新たな方法は多能性幹細胞を使うことで、これは前臨床研究で長期にわたる生着と再生を実証してきた。彼らは、この細胞治療の開発に成功するため、克服する必要のある今後の難関について論じている。(MY)

Science, this issue p. 854

菌根の広範にわたる力 (The pervasive power of mycorrhizas)

植物と共生菌(菌根)の間の共生は植物群落ではどこでも見られる。Tedersooたちは菌根研究の最近の進展を概説し、このほとんど目に見えない相互作用の複雑で広範にわたる性質を明らかにしている。菌根菌糸の複雑な網組織は個々の植物の根系をつなぎ、植物種間と種内の栄養物の流れと競争的相互作用を調整し、また、実生の定着を制御し、究極的には植物群落の生態と共存に関するあらゆる側面に影響を及ぼす。(MY)

Science, this issue p. eaba1223

細胞 1 個ごとの胸腺の発達 (Thymus development, cell by cell)

ヒト胸腺は、感染から我々を守る免疫細胞である多くの種類のT細胞の成熟を担う器官である。しかし、これらの細胞がどのようにして、さまざまな病原体から我々を守るのに必要な多様性を含んだ豊富な免疫装備を備えて発達していくのかはよく分かっていない。Parkたちは、250,000以上の細胞に対する単一細胞RNA配列解析を行うことで、胸腺で生じるT細胞の変化をヒトの一生の間にわたって調べた。彼らは、免疫細胞間および発達微小環境との協調を通じて、免疫細胞の発達が起こることを見出した。これらのデータは、さまざまな固有免疫機能を持つT細胞が、ヒト中でどのように発達していくのかについてのモデル構築を可能にした。(MY,kj,nk,kh)

Science, this issue p. eaay3224

ワクチン戦略としてのcGAMPの投与 (Pitching cGAMP as a vaccine strategy)

多くのインフルエンザ・ワクチンの有効性が変わりやすいことに対処するための1つの戦略は、抗ウイルス性の常駐メモリT細胞を誘発することである。このT細胞は、複数の亜株(異種亜型免疫)に対する交差保護を仲介することができる。残念ながら、そのようなワクチンは通常、弱毒化された活性ウイルスを使用するが、これはある種の人々にとって安全ではない場合がある。Wangたちは、マウスとフェレットの両方で異種亜型免疫を効果的に誘発する不活化ウイルスを用いるワクチンに関して報告している(HeroldとSanderによる展望記事を参照)。彼らは、そのウイルスを2 '、3'-サイクリック・グアノシン一リン酸-アデノシン一リン酸(cGAMP)(自然免疫系の強力な活性化因子であり、肺サーファクタント摸倣リポソーム中にカプセル化されている)と共に同時投与した。この免疫補助剤は肺胞上皮細胞に取り込まれ、その活性化は免疫病理を伴わずに効果的な抗ウイルスT細胞と液性免疫応答をもたらした。(KU,ok,kh)

【訳注】
  • 肺サーファクタント:肺呼吸をするに当たって、肺胞を広げるのに必要なエネルギーを少なくしている。肺胞の空気が入る側へと分泌されている界面活性剤
  • 液性免疫( Humoral immunity):抗体や補体を中心とした免疫系で、抗体が血清中に溶解して存在するためこのように呼ばれる
Science, this issue p. eaau0810; see also p. 852

ヒトBAF複合体の構造 (Architecture of human BAF complex)

SWI/SNFファミリー・クロマチン・リモデリング因子は、クロマチンと転写を調節する。タンパク質複合体 BAFおよびPBAFは哺乳類のSWI/SNFリモデリング因子で、多様な発生上のプロセスと生理的プロセスに不可欠な機能を果たしている。HeたちはヒトBAF複合体の構造を決定したが、この複合体はヌクレオソームに先端と底面、及び側面で結合する3つのモジュールを含んでおり、これにより他のクロマチン・リモデリング因子と異なるヌクレオソーム認識様式になる。ヒトがんとしばしば関係するBAFの変異は、ヌクレオソーム相互作用領域中でクラスターを形成する。この構造は、BAFを介したクロマチン・リモデリング機構とがんにおける調節不全を理解するための枠組みを提供する。(KU,kj)

【訳注】
  • SWI/SNF(switch/ sucrose non-fermenting)ファミリー:クロマチン・リモデリング因子(4種のファミリーが知られている)の中で酵母の研究から最初に同定されたファミリー。
Science, this issue p. 875

古い発生源からの負荷は小さい (Small burden from old sources)

メタンは、大規模な自然の発生源、貯留槽、および吸収源を有する強力な温室効果ガスである。Dyonisiusたちは、永久凍土やメタン・ハイドレートのような古い、寒冷地の炭素貯留槽からのメタン放出が、最終退氷期には少なかったことを見出した(Deanによる展望記事参照)。彼らは、南極の氷の気泡に閉じ込められた大気中のメタンの炭素同位体組成を分析し、この温暖化期間中のそのような古い炭素源からのメタン放出は少なかったことを見出した。彼らは、この知見が将来の温暖化に応じたメタン排出は一部の人が示唆してるほど大きくなりそうにないことを示唆している、と主張している。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 907; see also p. 846

リン酸化酵素アロステリック部位の進化 (Evolution of a kinase allosteric site)

酵素活性は、しばしばアロステリック部位でのエフェクターの結合に共役した立体構造変化によって制御される。これは、シグナル伝達カスケードに関わる酵素にとって特に重要な特徴である。Hadzipasicたちは、真核細胞の周期の進行に関わるリン酸化酵素であるオーロラAのアロステリック制御の起源を研究した。オーロラAはTPX2というエフェクター・タンパク質の結合によってアロステリック制御されるが、TPX2はまたこのリン酸化酵素を紡錘体微小管に向かわせる。彼らは祖先型キナーゼ配列を再構築することによって、TPX2は古いオーロラAに結合したが活性化能力は非常に弱く、その活性化能力がリン酸化酵素内のアロステリック・ネットワークの進化によって活性化は徐々に強められことを見出した。有糸分裂紡錘体で活性タンパク質を局在化させることによる進化的利点が、この制御機構の発展を推進した可能性がある。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • アロステリック部位:酵素タンパク質の活性部位以外の場所。ここに生理活性を制御する小分子であるエフェクターが結合、酵素の立体構造が変化することによって調節活性などが制御できる。
Science, this issue p. 912

酵素は平面キラリティを固定する(Enzymes lock in planar chirality)

非常に大きな環を持つ分子ー大環状分子ーは、しばしば立体配座的に拘束され、環の置換基が自由に回転できない場合、平面キラリティを示すものもある。制限された回転は、一般に大環状分子において重要である。なぜならば、機能的な立体配座にその分子を保持できるからである。確立したリパーゼ酵素を使用して、Gagnonらは、簡単に機能付加できる取っ手を備えた平面キラル大環状化合物の合成を開発した。計算によるドッキング計算は、連続アシル化反応の触媒として酵素をどのように使用すると、観察された立体化学的性質をあたえることができるかを示唆している。(NA,KU,kh)

Science, this issue p. 917