AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science February 14 2020, Vol.367

植物の汎ゲノム免疫状況図 (A plant pan-genome immunity landscape)

植物病原体は、自分のエフェクター・タンパク質を介して植物の免疫応答を引き起こす。次の段階では植物ゲノムは、これらエフェクターの (エフェクター誘導免疫(ETI)と総称される過程による) 種特異的な認識を決定する遺伝子を符号化している。Laflammeたちは、モデル植物であるシロイヌナズナに感染する病原菌であるPseudomonas syringaeのさまざまな株を調べることで、P. syringaeのⅢ型エフェクター一覧(PsyTEC)を作り、次にシロイヌナズナのETIを担う遺伝子群を特定した。この汎ゲノム解析は、比較的少数のシロイヌナズナ遺伝子が、大多数のP. syringaeのエフェクターの認識を担っていることを明らかにした。これらの結果は、ほとんどの病原性細菌が特定の植物種だけに感染する理由への洞察を提供する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • エフェクター:タンパク質(特に酵素)に選択的に結合してその機能を促進または阻害する分子のこと。
  • 汎ゲノム解析:注目している機能に関係する遺伝子群を種全体にわたって集め、それをもとに個体レベルの差異を考察するやり方。
Science, this issue p. 763

進化的に保存された遺伝子が生殖細胞を規定する(Conserved gene specifies germ cell)

生殖細胞は配偶子に対する独占的な前駆体である。ヒトを含む研究されたほとんどの動物では、生殖細胞は胚形成の期間に一度だけ作られ、成体期には補充されない。DuBucたちは、刺胞動物Hydractinia symbiolongicarpusのクローンにおいて生殖細胞誘導を研究した。この動物は、体細胞も産生する幹細胞から、成体期に生殖細胞を継続的に形成する。ある1つの転写因子が、この動物の生体肝細胞を生殖細胞に転換する能力を持つ。哺乳類の胚において、類似遺伝子がまた生殖細胞誘導を制御するが、そこでのその遺伝子の活動は胚形成初期の誘導一回に限られる。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • Hydractinia symbiolongicarpus:淡水産であるヒドラに似た海生動物。
Science, this issue p. 757

巨大ガメのさらなる証拠 (More evidence for a massive turtle)

絶滅した非海生のカメであるStupendemys geographicusの体の一部の化石標本から、古生物学者たちは真に巨大な大きさのカメであることが分かったが、このカメの種についての生態学及び系統学は不明のままだった。Cadenaたちは、これまで知られた最も大きな完全なカメの甲羅の記録を更新する、首から尾側まで2.40メートルの大きさの化石をコロンビアのタタコア砂漠で見つけ、また、ベネズエラのウルマコ地方で1994年以来行われてきた発掘作業から出土した最初となる下顎の試料を提供している。これらのデータは、オスが甲羅の両前端に突出部を持ち、またメスにはそれがない雌雄差を示す唯一の巨大ヨコクビガメ分類群(erymnochelyin taxon)が存在していたという解釈を支持する。この新情報により、研究者たちは、この巨大ガメの捕食・食べ物・地理的分布・生態のより完全な描写を作ることが出来る。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • Stupendemys geographicus:新生代中新世から鮮新世にかけて、南アメリカ大陸に生息した絶滅したカメの属で、史上最大級とされるカメの1つ。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aay4593 (2020).

脆弱なトポロジーを理解する (Understanding fragile topology)

物質のトポロジー的特徴を利用することが、特定の物性の堅牢さを構築するための道筋として追求されている。このようなトポロジーの保護は、結晶対称性に起因しているので, そのようなトポロジカルな保護は、その物性を欠陥に対して堅牢に変えるともに、研究するべき豊かな物理現象の基盤を提供する。近年の研究により、脆弱なトポロジカル相と呼ばれる相の存在が明らかになってきたが、対称性による分類法はまだ定まっていない。Z.-D. Song等およびPeri等は、脆弱なトポロジカル相の特性を、特定し、分類し、測定する為の理論的および実験的手法を発表している。捩れ境界条件を利用することで、筆者らは脆弱なトポロジカル状態の特性を説明し、また音響結晶において予測どおりの実験的特徴を確かめることに成功している。どのように脆弱なトポロジーが起こるかを理解することで、エキゾチックな特性を持つ新しい物質を開発することができるようになるであろう。(NK,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 794, p. 797

表面欠陥を克服する (Overcoming surface defects)

二酸化炭素によるメタンの乾式改質は、液体燃料に変換することが可能な、水素と一酸化炭素の混合物(合成ガス)を生成する。しかしながら、この反応のための不均一触媒は、望ましくない炭素の堆積(粘結)および凝集による吸着金属ナノ粒子の表面積低下(焼結)により失活しがちである。Y. Songたちは、高結晶性の煙霧質酸化マグネシウムを用いて、モリブデンを不純物添加したニッケル・ナノ粒子触媒の担体とした(ChenとXuによる展望記事参照)。加熱すると、このナノ粒子はその酸化物表面上をステップ端まで移動し、より大きく、非常に安定したナノ粒子を形成した。また、この方法はこの酸化物表面の粘結を生じる部位を不動態化し、800°Cで高活性と長寿命を有する触媒をもたらした。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 不均一触媒:反応系に溶けないで, 固体のままではたらく触媒
  • ステップ端:結晶構造において階段状の部分の端
Science, this issue p. 777; see also p. 737

HIV薬の強さと弱さ (Strengths and weaknesses of an HIV drug)

レトロウイルスは、DNAに逆転写した自分のRNAの複製を宿主ゲノムに挿入することにより増殖する。この過程は、ウイルスDNAの末端に結合したウイルス・インテグラーゼの複製からなる核タンパク質複合体であるインタソームを必要とする。 HIVインテグラーゼ鎖転移阻害剤(INSTI)は、ウイルス・インテグラーゼを遮ることによりHIVの増殖を抑制し、HIV治療に広く使用されている。Cookたちは、サル免疫不全ウイルスSIV)インタソームに結合する阻害剤と、薬物耐性をもたらすことが知られているインテグラーゼ変異があるインタソームに結合する阻害剤の二つの第二世代阻害剤の構造を記述している。Passosたちは、第二世代の阻害剤に結合したHIVインタソームの構造と有望なリード薬になる開発化合物に結合したHIVインタソームの構造を記述している。これらの構造は、変異が薬物結合に作用する活性部位の微妙な変化をどのように引き起こすことができるかを示し、後の世代の阻害剤のより高活性のための基礎を明らかにし、そしてより良い薬の開発を導くかもしれない。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • インテグラーゼ:レトロウイルスによって産生され、ウイルスDNAを細胞染色体につなぎ合わせる酵素。4つの同一のインテグラーゼがウイルスDNAの両端をつかみ、安定な複合体であるインタソームを作る。
Science, this issue p. 806, p. 810

動物モデルから人間へ (From animal models to humans)

医学研究における主要な課題は、動物モデルの結果の人間への当てはめである。動物モデルは、病気の機構と治療の可能性を理解するための厳密な実験を行うことができるために不可欠である。しかしながら、患者における臨床試験の残念な結果は、動物モデルからのデータが人間の疾患に当てはまることを保証することの難しさ強調している。展望記事において、BrubakerとLauffenburgerは、機械学習戦略が人間における結果を改善するために異種動物間への当てはめを支援出来る方法を考察し、そのような方法はまた、独自の課題を伴うことを強調している。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 742

造血中の細胞運命の地図化 (Mapping cell fate during hematopoiesis)

生物学者たちは、再生組織および胚組織における幹細胞および前駆細胞が成熟細胞型にどのように分化するかを理解しようと長いこと試みてきた。 数千の個々の細胞で発現する遺伝子を配列決定するための近年の技術的進歩の使用により、分化の機構が明らかにされつつある。Weinrebたちはこの方法を拡張して、細胞のクローン(細胞ファミリ)を長期間にわたり追跡した。彼らの取り組みは、血液生成のプロセスである造血を介して細胞が発達するさいの、細胞の遺伝子発現の違いを明らかにしている。機械学習を使用して、彼らは遺伝子発現測定が細胞が行う選択をどの程度良く説明するかを調べた。この研究は、分化機構の理解にはいまだかなりの溝が存在し、細胞分化を完全に理解し、最終的には制御するためには今後さらに新たな方法が必要であることを明らかにしている。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaaw3381

心的外傷後は、記憶の抑制が助けになるかもしれない (Memory suppression can help after trauma)

療法士たちは、心的外傷記憶の侵入を自発的に抑制しようとする努力が、心的外傷の悲惨な影響と闘うのに役立つかどうかについて長い間議論してきた。Maryたちは、心的外傷後ストレス障害を発症した2015年のパリのテロ攻撃の生存者と発症しなかった生存者を調査した(Erscheによる展望記事参照)。機能的磁気共鳴画像法を用いて、彼女らは、記憶読み出しの制御と抑制の基礎となる神経細胞網を調査した。この結果は、その障害の特徴的な症状が、記憶そのものではなくその不適応な制御に関係していることを示唆している。これらの結果は、心的外傷後ストレス障害の発症と可能性のある治療方法に関する新たな洞察を提供している。(Sk,kh)

Science, this issue p. eaay8477; see also p. 734

異常なコンダクタンスの連続 (An unusual conductance sequence)

電子間相関の効果は、低次元の系では強められる。2つの酸化物材料、アルミン酸ランタン(LaAlO3)とチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)間の2次元界面は、磁性と超伝導性を示す。類似のヘテロ構造で製作されたより低次元系においてすら、電子は超伝導にはならずに対を形成することが可能である。Briggemanたちは、LaAlO3/SrTiO3 の導波路中に別のエキゾチックな効果を観察した。特定の磁場で、この1次元系のコンダクタンスは、従来にない階段状の値の連続を示す。その実験データを理解するために、研究者たちは電子間の相互作用を考慮したモデルを用い、3つまたはそれ以上の電子による束縛状態で特徴付けられる一連の位相相関の系列が、実験結果と現象論的に整合することを見出した。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 769

イオン性ゴム弾性材料のエレクトロニクス (Ionic elastomeric material electronics)

ウェアラブル装置は、多くの場合、軟質或いは柔軟であることが必要であり、理想的には、この特性はパッケージング材料の範囲を超えて、電子回路をも包含するであろう。いくつかの軟質なイオン伝導体は、柔軟で伸縮性のある透明な装置の形で作られているが、これらの材料からの漏れが懸念される。Kimたちは、イオン電流を整流し、切り換えるためにイオン二重層を用いる、イオン性ゴム弾性材料によるダイオードとトランジスタを実証している (GaoとLeeによる展望記事を参照)。これは、他のイオン種の移動性を維持しながら、陰イオンまたは陽イオンを ゴム弾性の網構造に固定することによって、捕獲液体なしで達成されている。(Wt,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 773; see also p. 735

相互作用を制御する (Controlling the interactions)

電気的中性に近い状態でかつ垂直磁場がかかると、グラフェンは2次元トポロジカル絶縁体の端状態とは異ならない端状態を有する強磁性体になると予想される。この系をその競合状態へと向かわせようとする電子-電子相互作用の影響に打ち勝つには非常に大きな磁場が必要であるため、この効果を実験的に観察することは大変だと分かっている。Veyratたちは、磁場を増大させる代わりに、グラフェン試料をチタン酸ストロンチウムで作られた基板上に配置し、それにより相互作用を効果的に覆い隠した。輸送測定により、特徴的な端状態の形成が確認された。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • トポロジカル絶縁体:バルク(物質内部)では絶縁体でありながら、そのエッジ(2次元系なら端,3次元系なら表面)にスピン偏極した金属状態が生じている物質
Science, this issue p. 781

低降水量の閾値 (Thresholds of aridity)

気候変動に依存して増加する低降水量は、世界の乾燥地(地球陸地の45%を覆っている)における複数の生態系の構造と機能の特質に影響を与えていると予測されている。Berdugoたちは、増加しつつある低降水量がこれを超えたら元に戻らないと言う乾燥地の構造と機能上の閾値をより重要なものに格上げしている(HirotaとOliveiraによる展望記事参照)。彼らのデータベースは、生態学的組織化の複数の様相と水準を要約した20の変数を含んでいる。彼らは3つの局面における経時的に発生する一連の急激な生態学的事象に関する証拠、最終的に高い低降水量の値にある栄養と生物種の乏しい低カバーの生態系へ移行することを見い出した。彼らは地表の20%以上が少なくとも2100年までに閾値の一つを越えてしまうだろうと推定しており、このことは潜在的に広範囲に広がる土壌破壊と世界規模の砂漠化に繋がる可能性がある。(Uc,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 787; see also p. 739

解体は容易である (Breaking up is easy to do)

沈降粒子は海底に炭素を運び、そこで堆積し、底生生物の餌となったり、含まれる炭素を隔離したりする。しかしながら、最大でも約30%のフラックスしか1キロメートルの深さに到達しない。この紛失は、今日の測定によって完全には説明できない。Briggsたちは、Biogeochemical-Argo計画のロボット浮きによって収集されたデータを使用して、中深層全体で起こる沈降粒子の断片化を定量化し、この過程が観測された流動体紛失の約半分を占めることを見出した(NayakとTwardowskiによる展望記事参照)。したがって、断片化は、おそらく沈降有機炭素の再鉱物化を制御する最も重要な過程である。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 791; see also p. 738

概日時計の冗長性? (Redundancy in circadian clocks?)

転写因子BMAL1は、哺乳類の概日時計の中心的成分である。それがなければ、概日行動は機能しない。しかしながら、Rayたちは、BMAL1を欠く動物において、グルココルチコイド・ホルモン・デキサメタゾンの短いパルスと同期した末梢組織が、切り取られた肝細胞と線維芽細胞で律動的な遺伝子発現、タンパク質存在量及びタンパク質リン酸化を持続する24時間のペースメーカーを保持しているらしいことを見出した (BrownとSatoによる展望記事参照)。これらの振動は、光や温度の変化による手がかりがなくても持続した。この結果は、観測された周期を維持する発振器の可能な性質についての興味深い疑問を提起する。(KU,kh)

【訳注】
  • グルココルチコイド・ホルモン:副腎ホルモンの内で糖質代謝に関連するホルモン
Science, this issue p. 800; see also p. 740

餌損失の連鎖的な影響(Cascading impacts of prey loss)

両生類に感染する真菌、カエルツボカビ(Batrachochytrium dendrobatidis)によって引き起こされた大規模な流行病は、世界中のカエルの個体数を激減させた。この減少は両生類の種にとって大惨事になるかもしれないと喧伝されてきた。まだ十分に調べられていないことは、両生類の減少が生態系群集の他の種類に及ぼす影響である。Zipkinらは13年を越えて収集された調査データを用いて、ツボカビ症の影響を強く受けている熱帯のヘビ群集の多様性と身体状態を調査した。その結果、影響を受けたヘビ群集は多様性に乏しくなり、少数の「勝利」した種を除いてほとんどの種が減少していることが分かった。(ST,KU,kh)

Science, this issue p. 814