AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 31 2020, Vol.367

小膠細胞が制御している (Microglia take control)

中枢神経系の主要な免疫細胞である小膠細胞の活動の変化は、脳卒中、てんかん、精神障害、および神経変性を含む主要なヒト疾患と関連している。Cserépet たちは、マウスとヒトの脳において小膠細胞の突起と神経細胞体の間にある、組織や機能の傷害情報を伝達する部位を特定した(Nimmerjahn による展望記事参照)。小膠細胞の突起からのこれらの接合部は、神経細胞体膜の特定の領域に対して形成され、ミトコンドリアの信号伝達に関連した独特のナノ構造と特殊な分子構成を有している。この接合部は、小膠細胞と神経細胞との間の情報伝達のための主要な部位を提供していると思われ、急性脳傷害後の小膠細胞の神経保護効果をもたらすのに役立つかもしれない。(Sk,nk,kj)

Science, this issue p. 528; see also p. 510

パルサーの到達時間観測が慣性系の引きずりを検出する (Pulsar timing detects frame dragging)

慣性系の引きずりは、一般相対性理論で予測される現象であり、それによると回転する質量が周囲の時空を引きずっていく。Venkatraman Krishnan たちは、白色矮星と連星系をなす軌道にある若いパルサー PSR J1141-6545の到達時間観測の結果を分析した。電波パルスの到着時間をモデル化すると、軌道変数中に長期のドリフトがあることが示された。彼らは、このドリフトへの可能な寄与を考察した結果、それは高速回転する白色矮星の慣性系の引きずり(Lense-Thirring効果)が支配的であると結論付けた。これらの観測結果は、一般相対性理論の予測が正しいことを証明し、連星系の進化に制約を与えるものである。(Wt,kh)

Science, this issue p. 577

アフリカ人の統合失調症に関する遺伝子多様体 (African schizophrenia genetic variants)

統合失調症に対する遺伝子研究はヨーロッパ人系統とアジア人系統の集団で主に研究されてきた。しかし、最大レベルの遺伝子多様性を宿すアフリカ人の研究は遅れていた。Gulsuner たちは、その約半数が統合失調症と診断されたことのある、南アフリカに住むコーサ族の1800以上の人々のエクソームを調べ、統合失調症に関連する、希少およびよくみられる遺伝子多様体の両方に気付いた。彼らは、アフリカ人における統合失調症の遺伝子構成が、大まかにはヨーロッパ人のものとよく似ていることを見出したが、遺伝子多様体がアフリカ人でより多いことが遺伝子と表現型の関係を見つけるためのより大きな力を提供することを見出した。(MY,kh)

【訳注】
  • エクソーム:ヒトゲノム中におけるタンパク質合成の情報を持つ配列(エクソン)の総体。
Science, this issue p. 569

予防策を講じる (Taking preventive measures)

最近の技術的進歩により、血液ガンに進行する可能性のある前悪性血液細胞を、健常者において検出することが可能になった。このような早期発見の進歩は、進行ガンの治療を目的として設計された薬が ガン予防にも有用かもしれないという「ガンの阻止」に対する関心を刺激している。Uckelmann たちは今回、遺伝的に急性骨髄性白血病を発症しやすいマウスの研究において、この考えを支持している。進行白血病モデルにおいて抗ガン活性を有することがこれまでに示されてきたエピジェネティック療法による早期治療は、前白血病状態の細胞を除去してマウスの生存期間を伸ばすことができた。(ST,nk,kh)

【訳注】
  • エピジェネティクス療法:遺伝子の発現を制御してガンの増殖を抑制する治療方法のこと。
Science, this issue p. 586

危機時における強靱な誤情報 (Resilient misinformation in a crisis)

間違っているか、あるいは根拠の無い主張を大衆が信じることに対抗するには、是正のための事実に基づく情報以上のものが必要とされる可能性がある。Carey たちは、ブラジルの全国的な標本調査から得られた結果を分析し、是正情報組織活動が、Zikaに関して共通に抱かれている陰謀説を弱めず、黄熱病に対する予防行動に効果をもたらすことに失敗したことを示している。Zikaウイルスに関する誤認識に対抗する努力はまた、この病気についての他の確信の正確性を弱めるという思いもよらない結果も招いた。この研究は公衆衛生に関する誤認識の強靭性と、このような誤った情報と戦う検証ずみの戦略の必要性を実証している。(Uc,MY,ok,kh)

【訳注】
  • Zika:蚊媒介ウイルス感染症の1つ。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaw7449 (2020).

同位体を使う冴えた冷やし方 (A cool way to use isotopes)

電子機器の温度管理には、熱を効率的に除去できる材料が求められる。最近、いくつかの有望な材料が発見されたが、ダイヤモンドは依然として最高の熱伝導率を持つバルク材料である。Chen たちは、同位体的に純粋な立方晶窒化ホウ素が、ダイヤモンドの75%におよぶ極めて高い熱伝導率を持つことを見出した。ホウ素-11、または、ホウ素-10のみを使用すると、熱を運ぶ結晶振動が材料内をいっそう効率的に移動できるようになる。この特性は、高出力デバイスの温度をより適切に調整するために活用できるかもしれない。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 555

収束的なカップリング反応 (Convergent coupling)

2つの平面芳香環の金属触媒カップリングは、最も用途が多くかつ広く応用された化学反応の1つである。この反応手順をアルキルとアルキルのカップリングに広げる努力は、2つの異なる三次元配置が、4つの可能な生成物に対応して各炭素中心で作られる可能性があることにより、複雑である。Huo たちは今回、キラルなニッケル触媒が、鏡像関係にある二対のアルキル反応物群を、キラリティーがただ1つの生成物に収束するよう連結できることを報告している(Xu と Watson による展望記事参照)。この特有の反応により、プロパギル・ハロゲン化物と亜鉛で活性化された脂肪族アミドがカップリングされる。(MY,kh)

【訳注】
  • プロパギル:化学式が HC≡C-CH2- と表される化学官能基。
Science, this issue p. 559; see also p. 509

迅速な結晶構造解析 (Speedy crystallography)

電子後方散乱回折は、主に材料や地質学的試料の結晶構造を決定するのに用いられる標準技術の1つである。しかしこの手法は結晶構造の推測と使用者の入力を必要とするが、非常に時間がかかったり間違いであることも多い。Kaufmann たちは、畳み込みニューラル・ネットワークを用いて短時間で高い精度で自動的に結晶構造を決定する汎用的な手法を開発した。このネットワークに学習データ群を与えると、ほとんどの場合、何も追加入力することなしに結晶構造を特定でき、結晶構造決定から推測作業のいくつかを不要にする手法を提供している。(NK,MY,kh)

Science, this issue p. 564

線条体での学習機構 (A learning mechanism in the striatum)

線条体の興味深い特徴は、線条体投射神経細胞(SPN)組織内においてドーパミン受容体1型(D1)の発現細胞と2型(D2)の発現細胞がランダムに空間分布し高度に混在していることである。生じるエントロピーの大きなモザイク模様は線条体の均一な空間を通って伸展し、組織学的境界がほとんどない。このため、D1およびD2を発現するSPN(D1-SPNおよびD2-SPN)によって局所的に確立された分布規則は、機能領域が線条体全体でどのように発生するかを明確にする上で重要となるであろう。Matamales たちは、活性化D2-SPNが、領域の明確な転写活性D1-SPN集団によってコードされた進展途上の行動プログラムとつながり、そして変更することを見い出した。この過程は、追加される神経調節信号が分子レベルで統合されることに依存するため、時間がかかる。しかしながら時間とともに、特定の学習を識別し形成するのに必要な機能領域境界が線条体に作られる。(KU,MY,kj)

Science, this issue p. 549

単一細胞のタンパク質プロファイリング (Single-cell protein profiling)

単一細胞のDNAおよびRNAの配列解析は、非常に多くの面の細胞状態を記述できるが、そのような技術は細胞機能の実行分子であるタンパク質群を評価することができない。Slavlov は展望記事で、タンパク質修飾ともしかすると複雑な構成および細胞内局在化についての特性評価などの、タンパク質プロファイリングを可能にする単一細胞の質量分析技術の進歩について論じている。この新たな技術には限界があるが、単一細胞のプロテオミクスは細胞の構成成分の特性評価を付け加え、恒常状態と病気状態でのシグナル伝達網に関する機能情報を提供するかもしれない。(MY,kh)

Science, this issue p. 512

術前の免疫チェックポイント阻害剤 (Presurgical immune checkpoint blockade)

プログラム細胞死1(PD-1)即ち細胞傷害性Tリンパ球関連タンパク質4(CTLA-4)経路を抑制する抗体を用いるチェックポイント阻害剤免疫療法は、黒色腫など特定のガンに対して前例のない臨床結果をもたらした。Topalian たちは、免疫チェックポイント阻害剤への初期腫瘍応答を高めるための重要な次の段階として、ネオアジュバント(術前補助療法)免疫療法における進歩を概説している。彼らは、ネオアジュバント免疫療法に対する機構的解釈、および抗PD-1または抗PD-1リガンド1(抗PD-L1)療法に基づく最近のネオアジュバント臨床試験について焦点を当てている。患者応答を予測するための初期治療中の生物指標を提供する可能性のある病理学的評価基準についても検討されている。(KU,MY)

【訳注】
  • ネオアジュバント:手術前に実施される治療。術前補助療法の例としては、化学療法、放射線療法、ホルモン療法などがある。
Science, this issue p. eaax0182

モノソームは神経細胞においてタンパク質を翻訳する (Monosomes translate proteins in neurons)

他のすべての細胞と同様に、神経細胞はさまざまなタンパク質を用いて情報を処理し、刺激に応答する。神経細胞は、大きくて複雑な細胞体積中で新しいタンパク質に対する巨大な需要を満たすために、タンパク質鋳型であるメッセンジャーRNA(mRNA)とタンパク質合成機械であるリボソームをシナプスに移動させてタンパク質を現地で作る。タンパク質合成中、複数のリボソームがポリソームとして知られる構造を形成でき、この構造が単一のmRNAからタンパク質の複数コピーを生成する。Biever たちはげっ歯類標本の研究から、単一のmRNA関連リボソーム、即ちモノソームが、神経細胞処理工程におけるタンパク質の実質的な供給源であることを見い出した。多くのシナプス・タンパク質は、単一のリボソーム上で作られ、このことは、小さなシナプス区画における限定空間の問題を解決するのかもしれない。(KU,kh)

Science, this issue p. eaay4991

ERはストレス顆粒の分裂を調節する (ER regulates stress granule fission)

真核細胞の特徴は、不可欠な反応を膜結合型細胞小器官と膜のない細胞小器官へと区分する能力である。膜結合型細胞小器官は、輸送小胞と細胞小器官間の接触部位を介してネットワークを形成する。小胞体(ER)はネットワークの結節点として出現し、ほぼすべての膜結合型細胞小器官と物理的な結合を形成している。Lee たちは今回、膜のないリボ核タンパク質(RNP)顆粒の生合成と分裂の調節を助けると思われる別の種類のER接触部位を特定している(Kornmann と Weis による展望記事参照)。 ヒト細胞の生細胞蛍光顕微鏡により、ER細管の動態が空間的および時間的に、2種のRNP顆粒即ち処理体(Pボディ)およびストレス顆粒の分裂部位に、共役していることが明らかにされた。(Sh,MY)

【訳注】
  • ストレス顆粒:細胞が熱などのストレスを受けると形成される、真核細胞中に存在するRNA-タンパク質複合体を多く含む構造体。
  • プロセシング・ボディ:mRNAの分解、貯蔵、翻訳抑制に関わる多くの因子が局在する細胞質内の顆粒状構造体。
Science, this issue p. eaay7108; see also p. 507

ヒドロホルミル化用にコバルトを充電する (Charging up cobalt for hydroformylation)

ヒドロホルミル化反応は、オレフィンをアルデヒドへと転換するのに化学工業で大規模に利用されている。最初の触媒は中性のコバルト錯体であった。Hood たちは今回、ホスフィン配位子をキレート化することで安定化された正荷電コバルト錯体が、その中性相当物よりもより低温で高い活性を示し、高価なロジウム触媒の活性に近づくことを報告している。これらの荷電触媒は、分解を避けながら、内部オレフィンの反応を速めるのに特に優れている。分光学的な研究は、19電子の中間体が触媒サイクル中で関与していることを示唆している。(MY,kj)

【訳注】
  • 19電子:金属錯体の価電子数のこと。一般的に18電子の場合が安定であり(18電子則)、これと異なる電子数の錯体は不安定となる。
Science, this issue p. 542

同軸状のナノチューブを成長させる (Growing coaxial nanotubes)

グラフェン、六方晶窒化ホウ素(hBN)、二硫化モリブデン(MoS2)のような高結晶性二次元材料のヘテロ構造は、今日では 定型業務として膜から組み立てられるかあるいは層として成長させられている。Xiang たちは、これら二次元的ヘテロ構造の一次元的類似物の、化学蒸着によって単層カーボン・ナノチューブ(SWCNT)を同軸状に積層する、成長を報告している(Gogotsi とYakobson による展望記事参照)。hBNまたはMoS2でできた単結晶の単層または多層が成長し、SWCNTの導電性は維持していた。MoS2の単層は hBNの三層膜上に成長し、SWCNTを内包した。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 537; see also p. 506

免疫のあるハチ遺伝子を誘発する (Inducing immune bee genes)

ミツバチは、いくつかのミツバチ病原体の媒介生物であるバロア・ダニによる寄生を受けやすい。しかしながら、ミツバチは共生腸内細菌 Snodgrassella alvi の宿主でもある。Leonard たちは S. alvi を遺伝子操作して、蛍光標識で標識化した2つの逆位プロモーターを含むプラスミドから、二本鎖RNA(dsRNA)(昆虫のRNA干渉による防御反応の誘因物質)を作り出した(Paxton による展望記事参照)。このdsRNAモジュールは、特定のミツバチ遺伝子だけでなく、極めて重要なウイルスおよびダニの遺伝子への干渉を狙いにすることができる。彼らは、この共生細菌がミツバチの腸に定着してdsRNA 構成物を連続的に発現している間に、対応する宿主遺伝子の発現が少なくとも15日間阻害されうることを見出した。特異的に標的が定められたプラスミドを有する S. alvi は、チヂレバネ・ウイルスの感染を抑制しただけでなく、バロア・ダニの生存率を効果的に低下させた。(Sk,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 逆位:DNAの配列順序が元の配列に対してその相補配列で逆向きになっていること。
  • プロモーター:DNA分子上にあって、RNAポリメラーゼが結合して転写を開始する部位。
  • プラスミド:細菌や酵母の核外に存在し、細胞分裂によって娘細胞へ引き継がれるDNA分子の総称。
  • RNA干渉:外来の病原性RNAに対して相補的な配列の一本鎖RNAを用意して防衛する機構。RNA干渉の人為的な誘発には相補的な配列のRNAとその逆鎖RNAからなる二本鎖RNAが用いられる。
Science, this issue p. 573; see also p. 504

転写制御の新たな階層 (A new layer of transcriptional control)

N6-メチルアデノシン(m6A)は、ほぼすべての真核生物において、最も豊富なメッセンジャーRNA修飾である。Liu たちは今回、哺乳動物の細胞中ではm6Aがさまざまな染色体関連調節RNA(carRNA)にも転写と同時に付加されることを示している。これらのRNAのm6A修飾の破壊はcarRNAの量を増やし、クロマチンへの接近可能性を高めることによって遺伝子転写を促進する。したがって、m6Aは、近接クロマチンの状態と下流の転写を調整することにより、carRNA量を調節する切替装置として機能する。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 580