AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 24 2020, Vol.367

超高光度超新星をモデル化する (Modeling a superluminous supernova)

超高光度超新星は、通常の超新星よりも最大100倍も明るい可能性があるが、そのような明るい過渡天体がいかにして生み出されるのかについては、共通の認識はない。Jerkstrand たちは、超新星爆発の1年以上後に現れた超高光度超新星のスペクトル中に鉄の輝線を同定した。彼らは、いくつかの可能な機構にもとづくモデルを綿密に調べ、そのうちの1つのモデルだけがすべての観測と矛盾のないことを見出した。それは、星周物質からなる高密度なシェルと相互作用する通常の Ia型超新星である。そのシェルは、おそらく連星系の伴星との相互作用が原因で、超新星爆発に先立つ1世紀以内に前駆星によって放出されたに違いない。(Wt,kh)

Science, this issue p. 415

単一磁気励起を検出する (Detecting a single magnetic excitation)

量子強化計測は、量子技術の開発分野において近未来に応用可能なものの1つである。量子計測へ向けた有望な取り組みの1つは、適切に制御されたシステム(計測器)と関心のあるシステムとをもつれさせ、後者で励起された量子を検出することに依るものである。Lachance-Quirion たちは、超伝導量子ビットとフェリ磁性結晶とをもつれさせることにより、試料内の磁気励起の量子(マグノン)を検出できることを示している。高効率の単一マグノン検出器の実証は、量子計測および混合量子システムの有効な構成要素として有用であり、量子技術において幅広い応用を見出すはずである。(Wt,nk,kj,kh)

【訳注】
  • フェリ磁性:磁性体中に逆向きで大きさの異なる磁気モーメントが存在することで、全体として磁気モーメントの差の分の磁化が現れる磁気的性質のこと。
Science, this issue p. 425

ヘテロ構造を有するナノロッドの事例集 (Heterostructured nanorod libraries)

さまざまな材料間の境界が明確なナノ構造体の合成は、触媒および太陽光発電といった分野での応用を可能にできる。いくつかの異種材料を含むナノ材料は、通常、表面成長や鋳型技法といった原理的方法で合成され、この方法で作られる粒子は少量である。Steimle たちは、溶液合成された硫化銅ナノロッドに対して、Zn2+ およびCo2+ のようなイオンを用いた最大7つのカチオン交換反応を行った。原理的には、カチオン交換の順番と程度に依存して、材料種とその境界に対して、65,000種以上のさまざまな変化を作ることが可能である。(NK,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 418

CAR-T細胞のワン・ツーパンチ (A one-two, CAR-T cell punch)

キメラ抗原受容体(CAR)T細胞は、臨床試験において特定の血液系腫瘍を殺すのに有効であるが、固形腫瘍に対して患者の長期的応答を実現するには課題が残っている。Reinhard たちは、生体内でのCAR-T細胞への刺激と応答の弱さを克服するために2つの部分からなる「CARVac」戦略を記述している。彼らは、CAR-T細胞の新しい標的として密着結合タンパク質クローディン6(CLDN6)を認識・活性化するようにCAR-T細胞に導入し、キメラ受容体に向けられたCLDN6をコードするナノ粒子RNAワクチンを設計した。このリポプレックスRNAワクチンは、樹状細胞の表面上にCLDN6の発現を促進し、これが次に腫瘍治療の改善の方向へ、CLDN6−CAR-T細胞の有効性を刺激・増強する。(KU,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • キメラ抗原受容体:免疫エフェクター細胞(T細胞)を遺伝子操作して明瞭な特異性をもたせた合成受容体(CAR)で、CARを発現させたT細胞は抗原特異的な免疫機能が強化される。
  • 固形腫瘍:皮膚や臓器に癒着してに塊を作る腫瘍で、血液系の腫瘍は基本的には組織に癒着せずに増殖する。
  • 密着結合タンパク質:主に上皮細胞において細胞間の接着を担う4回膜貫通型のタンパク質。クローディンと名付けられ、いくつものタイプが知られている。
  • クローディン6:胎児では多くの臓器に発現するが、健康な成体では発現が見られないクローディンで、ヒトの固体ガンで発現することが知られている。
  • リポプレックス:カチオン性リポソームと、RNAあるいはDNAの複合体。
  • 樹状細胞:細胞表面に抗原(ここではCLDN6)を発現し、T細胞に抗原提示して活性化する能力を持つ抗原提示細胞。
Science, this issue p. 446

ねじれた小分子の合成 (A twisted small-molecule synthesis)

分子の中にはすぐ紙に構造式を書けるものがある一方、三次元で考える必要のある環とひずみを含むものもある。Reisberg たちは、二環の小分子である tryptorubin A を合成しようとしたが、最初の試みでは、結合は正しいが形状が正しくない非標準的なアトロプ異性の形をした分子が生じたことが分かった。彼らはその後、合成を工夫して、二番目の環ができるまで狙いと一致する異性体を拘束し、こうすることで本物の天然物と見分けがつかない生成物が作られた。回転束縛のある複雑な小分子を取り扱う場合には、そのような構造異性体が隠れているかもしれない。(MY)

【訳注】
  • アトロプ異性:単結合の回転が束縛されることによって生じる立体異性。
Science, this issue p. 458

有羊膜類の初期胚の形を作る (Shaping the early amniote embryo)

原腸陥入は発生において、体の内部組織が区分される不可欠の段階である。鳥類と哺乳類では、類似の分子事象連鎖が、胚内領域を規定することが知られているが、胚内領域がどのように物理的に形を変えるのかは、依然として分かりにくいままであった。Saadaoui たちはトリの胚を研究し、胚を取り囲む索条(アクトミオシンの輪)が原腸陥入の原動機であることを特定し、細胞の集団移動が流体の動きに類似していると述べている。この収縮性の輪の片側がもう一方よりも強く引っ張り、初期の体制(body plan)の形を作る大規模な組織移動を巻き込んでいく。それ故、以前は分子的調節で機能することが知られていた胚端部は、発生に対して機構的で分子的という二重の形成体として登場する。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 有羊膜類:四肢動物のうち、発生の初期段階に胚が羊膜を持つもの。
Science, this issue p. 453

オルガノイドが脳の発生を再現する (Organoids recapitulate brain development)

遺伝子発現の変化と発生中のヒト脳内における接近可能クロマチンによるその制御は、非常に興味深いが、実験的に近づき難くもある。Trevino たちは、ヒトの前脳発生の三次元オルガノイド・モデルを開発し、単一細胞レベルでのクロマチン接近可能性と遺伝子発現を調べることにより、この問題を回避した。この分析から、彼らは発生プロファイルをオルガノイドと胎児資料の間で対応させ、種々の転写因子の結合プロファイルを特定し、転写因子が皮質の発生とどのように結びついているかを予測した。彼らは神経発生疾患の危険遺伝子座と遺伝子の発現を、発生中の特定の細胞型に関連づけることができた。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • オルガノイド:試験管内で作られた三次元臓器。
  • クロマチン接近可能性:転写因子がクロマチン(DNAとヒストンにより形成された複合体)上の標的領域と結合できる可能性のこと。標的領域のヌクレオソームが疎(ユークロマチン)になっていると結合容易となり、対応遺伝子の発現可能性が高まる。
Science, this issue p. eaay1645

最上位はさらに多様 (More diversity at the top)

細胞分化の階層の詳細な知識は、臓器発生・組織再生そしてガンのような多様な生物学的過程の理解に重要である。単細胞のRNA配列解析はこのような階層を解明する手助けとなるが、細胞系譜の経路予測のためには信頼できる計算手法が必要である。Gulati たちは、転写多様性(1つの細胞で発現した遺伝子数)が分化の間に減少するという単純な観測結果に基づく、CytoTRACEという計算枠組を開発した。CytoTRACEは、いくつかの試験事例で他の手法を凌駕する性能を示し、健康および腫瘍化した組織における細胞の階層を研究に首尾よく適用された。(Uc,MY,nk,kj)

Science, this issue p. 405

STMに光を当てる (Shining a light on STM)

超高速光パルスが凝縮物質系における最速過程のいくつかについての動力学を観察するための窓を提供できるのに対して、走査トンネル顕微鏡(STM)は表面の原子規模の空間分解能での寸描を提供する。Garg と Kern は、トンネル接合部に、キャリア・エンベロープが制御され位相安定化されたフェムト秒光パルスを照射することで、前記2つの方法を効果的に組み合わせて、物質中の素過程についての高時間解像度および高空間解像度の両方が可能な手法を実証した(Aiello による展望記事参照 )。彼らは、金ナノロッド表面でのプラズモン励起の減衰過程を追跡することにより、原子規模での超高速な電子的過程の追跡と制御に対するこの手法の威力を示している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • キャリア・エンベロープ:パルス幅がキャリア(光搬送波電界)振動の数周期分の光パルスにおける、光パルス強度の包絡線(通常の光パルス波形)を意味し、包絡線に対するキャリア振動の位相(キャリア・エンベロープ位相)の制御が重要となる。
Science, this issue p. 411; see also p. 368

反応性表面水を画像化する (Imaging reactive surface water)

透過型電子顕微鏡(TEM)の最近の進展は単一原子の画像化を可能にしたが、吸着気体分子については十分な画像の明暗比が得られないため、より困難であることが判明している。Yuan たちは、再構成させたナノ結晶アナターゼ型二酸化チタン(TiO2)表面に、水と二酸化炭素(CO2)を吸着させた。この二酸化チタンは、4つの単位格子ごとに突き出したTiO3 の隆起を持っており、それが明確な明暗比の領域を提供する。環境制御TEMでの実験中のこの表面への水の吸着は、(この隆起部に対して)対になった突起の形成を引き起こした。水が共存するCO2 と反応して水素と一酸化炭素を形成するのに伴い、これらの構造には動的な変化が生じた。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • 環境制御TEM:加熱下および気体雰囲気でのその場観察が可能な透過型電子顕微鏡。
Science, this issue p. 428

介在ニューロンは脳の覚醒状態を制御する (Interneurons control brain arousal states)

脳の覚醒と運動活動との協調の根底をなす回路機構はよくわかっていない。Lie たちは、脳の黒質として知られている部分にある、グルタミン酸脱炭酸酵素2(GAD2)を発現するがパルブアルブミンを発現しない介在ニューロン(GAD2ニューロン)が、睡眠を促進することを見出した(Wisden と Franks による展望記事参照)。パルブアルブミン作動性ニューロンは、運動活性が高い状態でより高い割合で発火し、その活性化は、運動選択中に望まない運動を抑制する黒質の機能と一致して運動終結を増やす。対照的に、GAD2ニューロンは運動活性が低い状態で優先的に活動的である。運動抑制に加えて、それらの活性化は、静かな覚醒状態から睡眠への移行を強力に高める。これは、主に運動行動においてよりも覚醒のレベルにおいて異なる。したがって、GAD2介在ニューロンは、運動状態と脳覚醒の両方を全般的に抑制して、静止状態を促進する。(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • 介在ニューロン:軸索の分布が所属する部位に限定され、近傍の神経細胞にのみ情報を伝達するニューロン。
  • 黒質:中脳にある大脳基底核を構成する神経核。
  • パルブアルブミン:Ca2+ が関与する多くの生命活動に関係している細胞内に局在する低分子の Ca2+ 結合タンパク質。
Science, this issue p. 440; see also p. 366

人生からストレスを取り除く (Taking the stress out of life)

モデル生物である線虫Caenorhabditis elegansにおいて、ニューロンは末梢にタンパク質恒常性を伝達して老化に影響を及ぼし得ることが示されている。Frakesたちは今回、全身的なタンパク質恒常性と老化の中心的な調節因子としても作用する星状細胞様グリア細胞を特定している(Miklas と Brunet による展望記事参照)。彼らは、折り畳まれていないタンパク質への小胞体応答(unfolded protein response of the endoplasmic reticulum:UPRER )を仲介する転写因子XBP-1s(XBP-1 spliced form)の恒常的活性型がグリア細胞の特定の亜集団で発現すると、線虫の寿命が延長することを発見した。グリアXBP-1sは、遠位腸細胞でUPRER の誘導を開始し、これにより、線虫は慢性的小胞体ストレスに対してより耐性となる。神経ペプチドのシグナル伝達は、グリアを介した寿命と末梢UPRER の誘導に必要であった。このことはニューロンXBP-1sによって開始される機構とは異なる機構を示唆している。したがって、老化のこの動物モデルにおいては、わずか4つの細胞(星状細胞様グリア細胞)が生物としての生理機能と老化を制御することができる。(KU,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • Caenorhabditis elegans :成虫の大きさが約1mmで全細胞数が約1000個の線虫。受精から成虫に至るまでの細胞系譜が明らかになっている。
  • 小胞体ストレス:細胞小器官の一種である小胞体の内腔に構造異常タンパク質が蓄積されること。これにより細胞への悪影響が生じる。
  • UPR:小胞体ストレスに対して、構造異常タンパク質を処理してストレス状態を緩和する機構。小胞体膜にある受容体の活性化により誘導される。
Science, this issue p. 436; see also p. 365

雑音を抑える (Keeping the noise down)

細胞内のタンパク質濃度は、遺伝子発現の偶然性と細胞微小環境の変動のためにかなり揺らぐ。精密度が重要な場合に濃度ゆらぎに細胞がどう対処するのか、は明確でない。Klosin たちは、理論研究と実験研究を組み合わせて、相分離した区画が細胞中のタンパク質濃度の雑音を効率的に低減することを実証した(Riback と Brangwynne による展望記事参照)。この結果は、相分離が生態系の堅牢性を高める機構を提供することを示唆している。(MY,kh)

Science, this issue p. 464; see also p. 364

生命の境界を理解する (Understanding the boundaries of life)

地球上の生命はいくつかの普遍的な化学的特徴を有しており、その中には環境から水性の細胞内容物を分離する脂質二重層細胞膜の存在が含まれる。もし生命が他の惑星で進化してきたとすると、それは完全に異なる化学成分と原理を用いるかもしれない。アゾトソームと呼ばれる、アクリロニトリルで構成される極性反転膜構造は、土星の月タイタンで発見されたものと似た条件の下での、可能な膜の代替物として以前に提案されている。Sandström と Rahm は今回、分子動力学シミュレーションに基づいて、メタン中のアクリロニトリルでできたアゾトソームが熱力学的に不安定であり、したがって脂質二重層と同様の方法で自己組織化することはできないと主張している。そのようなモデリングの努力は、なじみのない環境でどのような化学的集合体が可能かについての将来の推測を制約するのに役立つかもしれない。(Sk,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aax0272 (2020).

隙間を埋める (Filling in the gaps)

植物の種子では、胚は栄養のある胚乳に囲まれて休眠しており、発芽に適した条件になるのを待っている。胚の周囲には疎水性のクチクラがあり、成長初期の破局的な水分喪失から胚を守っている。Doll たちは、傷がないクチクラとなることを保証する、往復型のシグナル伝達経路を同定した。シグナル用ペプチドの前駆体は胚でつくられ、胚乳に運ばれ、そこで活性型に加工される。活性化されたペプチドは胚に拡散して戻り、クチクラの発生を駆動する受容体様キナーゼを活性化する。供給と戻りは、クチクラのすべての漏れ出し口が満たされてペプチドがもはや障壁を通過できなくなるまで続く。(ST)

【訳注】
  • クチクラ:表皮の外側部分を構成する丈夫な膜で、ワックスなどの長鎖脂肪酸誘導体で構成される。
Science, this issue p. 431