AbstractClub - 英文技術専門誌の論文・記事の和文要約

Science January 17 2020, Vol.367

翼の形状が飛翔を手に入れる (Wing shapes take flight)

鳥は飛翔中に動的に翼の形状を変えることができるが、これがどのように達成されているのかはよく分かっていない。Matloff たちは、2つの仕組みが個々の羽根の動きを制御することを見出した。骨格が動くたびに、羽根の基部にある弾性を持つ結合組織の伸展性によって、羽根が受動的に他の区域にまで広げられる。羽が離れすぎて広がることを防ぐために、隣接する羽根間のかぎ針状の微細構造が方向性を持ったファスナーを形成し、それが隣接する羽根を噛み合わせる。これらの機構は、広範な大きさにわたる鳥に見られる。しかしながら、かぎ針の取り外しは大きい音を立てるため、メンフクロウのような音を立てない鳥においては、これらの機構は特に目立って存在していない。(Sk,MY,ok,nk,kh)*この論文に関係する映像 https://www.youtube.com/watch?v=NjN7nXVBiwk

Science, this issue p. 293

隕石衝突はわずかしか火山活動を伴わなかった (An impact with a dash of volcanism)

恐竜が絶滅した白亜紀末の大量絶滅の頃に、隕石衝突と大規模な火山活動があった。Hull たちは、さまざまな火山ガス放出シナリオに基づいていくつかの気温シミュレーションを行い、大量絶滅が起こっている期間の温度記録と比較した。データに最も適合しているモデルは、ほとんどのガス放出が衝突前に起こっていることを示していた。他の一連の証拠と組み合わせると、これらのシミュレーションモデルは、絶滅が衝突によって引き起こされたことを裏付けている。しかし、火山ガスは絶滅後に別の種の興隆を増加させる役割を果たしたかもしれない。(ST,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 266

スピン-電荷もつれ (Spin-charge entanglement)

多くの物理特性は、絶対零度で相転移を伴う量子臨界点付近において特徴的なスケーリング則に従う。材料YbRh2Si2 は反強磁性量子臨界点を持ち、そこでは、スピン関連の特性がそのようなスケーリング則に従うと期待されている。Prochaska たちは予期せぬことに、電荷揺らぎが同様に臨界的なスケーリング則に従うことを見出した。彼らは、YbRh2Si2 の高品質薄膜を作製し、透過分光法を用いてこの薄膜の光学伝導度を測定し、スケーリング性のあることを推測した。彼らの結果は、電荷とスピンが強くもつれた状態を示しており、それはまた、この材料における不思議な金属(ストレンジメタル)相の原因であるかもしれない。(NK,MY,kj)

Science, this issue p. 285

イオン流動が細胞小器官の体積問題を解消する (Ion fluxes resolve organellar volume)

動物細胞は絶えず細胞外液を飲み込んでいる。これは特に免疫細胞で目立つ特性である。この飲み込みは外液を膜結合型の小胞すなわち液胞へと取り込むことでなされる。これらの構造は素早く分解され、こうして細胞内膜の蓄積と体積拡大を防ぐ。Freeman たちは、さまざまな培養細胞において、この分解が、表面積対体積比の著しい変化を含む過程である、球状液胞の薄い細管への転換を伴うことを見出した(King と Smythe による展望記事参照)。膜結合型構造の収縮は、イオン流動とその結果の浸透圧による水の移動によって駆動される。しぼんだ液胞は、細管の伸長を促進する曲率感知タンパク質を引き寄せる。これにより、イオン・チャネルは膜の再構築を制御し、受容体の再生と細胞内積荷の適切な経路割当てを可能にする。(MY,kh)

Science, this issue p. 301; see also p. 246

哺乳類の耳を作る (Making a mammalian ear)

哺乳類動物は、その複雑な内耳のおかげで聴覚が鋭い。哺乳類脊椎動物の祖先では、現存の爬虫類と同様に、内耳を形成する3つの骨は、耳ではなくて顎の一部であった。それらの骨の微小で繊細な性質を考えると、それらの骨の機能の移行を理解することは、難題だがやりがいのあることである。Mao たちは、保存状態の良い6つの標本によって示される、ステム獣類哺乳綱に属する新たな属と種について述べている。これらは、身を寄せ合って寝ている最中に閉じ込められたと思われる(Schultz による展望記事参照)。この今までになく良好な保存状態により、大きく懸け離れたこれらの骨の2つの機能の間のはっきりとした移行段階が明かにされる。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • ステム哺乳綱:現生哺乳類動物を含まない絶滅種からだけなる動物群で、現生哺乳類につながり、竜弓類から現生する哺乳類の最新共通祖先までの系統分岐とその側枝からなる。
Science, this issue p. 305; see also p. 244

太陽フレアにおける磁気エネルギーの放出 (Magnetic energy release in a solar flare)

太陽フレアは、太陽からの高輝度の閃光とそれに付随するプラズマ噴出であり、太陽黒点近くの磁場の激しい再配置によって駆動されると考えられている。Fleishman たちは、マイクロ波干渉計で高輝度の太陽フレアを観察した。それにより太陽コロナ内の磁場のマッピングと、フレア期間中での磁場の変化の様子の監視が可能となった。彼らは、局所的な磁場強度の2分間に渡る大きな低下を見出した。これは、太陽フレア全体に駆動エネルギーを与えるのに十分な磁気エネルギーを放出した結果である。このエネルギーの起源を特定することにより、将来の太陽フレアがどれほど強力であり、宇宙天気としてそれらがどのように地球に潜在的に影響するのかを予測するのに有用であろう。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 278

結合の作成・切断をビスマスに教える (Teaching bismuth to make and break bonds)

遷移金属が良好な触媒である主な理由の1つは、それらが複数の酸化状態の間を行き来できることである。この柔軟性は、遷移金属を化学反応中へ出入りできるようにする。このため、例えば炭素とホウ素の間の結合を切って、その後その場所に炭素フッ素結合を差し込むことができる。Planas たちは今回、ビスマスが複数のそのような結合交換事象を結合もできることを報告している。彼らは、ホウ素酸アリールのフッ素化に対して、完全な触媒サイクルを実施していて、そこではビスマスがその3価と5価の酸化状態の間を素早く飛び移っている。(MY,ok,kj)

Science, this issue p. 313

伝染性の成分? (A communicable component?)

代謝障害、循環器疾患、ガンなどの非伝染性疾患は増加する一方である。データによると、これらの障害はしばしば調節不全の腸内微生物叢(腸内毒素症)と関連していることが示唆されている。Finlay たちは展望記事で、腸内毒素症が人から人へと伝染する可能性があり、そして非伝染性疾患の病因が実際には伝染性の成分であるかもしれないと提唱している。微生物が非伝染性疾患の原因となる役割を持っているかどうかを確認するには、さらに多くの研究が必要であるが、それは疾患の予防と治療に多大な影響をもたらすかもしれない重要な研究の道である。(KU,kh)

Science, this issue p. 250

エキゾティックな液体の概要 (An overview of an exotic type of liquid)

相互作用する量子スピンを持つにもかかわらず、最低温度に至るまで磁気的に秩序化しない物質は、量子スピン液体(QSL)と呼ばれる物質種の候補である。QSLは、長距離の量子もつれによって特徴付けられ、理論的に研究するのが大変である。さらにいっそう難しい課題は、物質がQSLであることを実験的に証明することである。Broholm たちは、この分野の状況を大局的に見て、これら起きる課題を解説している。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. eaay0668

ナイーブT細胞の運命に関わるVISTA (A VISTA on naïve T cell fate)

T細胞の休眠と免疫寛容は、免疫系が過剰に活性化して健康な組織を攻撃することを抑制する。 負の免疫チェックポイント調節因子は、通常、T細胞応答を制限して自己免疫などの状態からの保護に役立つ。 ElTanbouly たちは、チェックポイント調節因子VISTA(T細胞活性化に対するV型免疫グロブリン・ドメイン保有抑制因子)が、ナイーブCD4陽性T細胞区分の固有の不均一性を、より均一に休眠状態で不活性なものに形作ることにより、T細胞活性化の初期段階を制限することを報告している(Brown と Rudensky による展望記事参照)。 マウスでのアゴニスト抗体を用いてのVISTAを標的とした治療は、移植片対宿主病の発生を抑制し、自己抗原によって異常に活性化されたナイーブT細胞の死を促進した。 このようにVISTAは、休眠状態と末梢寛容を維持することによってナイーブT細胞の機能を制御する独特の免疫調節分子である。(Sh,MY,kj)

【訳注】
  • ナイーブT細胞:胸腺から出たばかりで抗原の刺激を受けていないT細胞。
  • アゴニスト抗体:細胞表面の受容体等に結合して細胞内情報伝達を引き起こす抗体薬で、この場合はVISTAを模倣した分子。
Science, this issue p. eaay0524; see also p. 247

多くの規模で細胞全体を可視化する (Visualizing whole cells at many scales)

細胞は何千もの異なるタンパク質を区画化する必要があるが、細胞内超微細構造全体に対する微細規模での多くのタンパク質の空間的関係はよく分かっていない。光学顕微法と電子顕微法の相関手法が役立ちうる。Hoffman たちは、低温超分解能蛍光顕微法と集束イオン・ビーム・ミリング走査電子顕微法を組み合わせて、細胞全体にわたるタンパク質-超微細構造の関係を三次元で可視化した。2つの撮画手段の融合により、込み入った細胞内環境内部の形態学的に複雑な構造の識別と三次元での区分化が可能になった。彼らは、並置された小脳顆粒神経細胞間のクモの巣様タンパク質接着網を含む、さまざまな細胞型内での意外な関係を観察した。(KU,kh)

Science, this issue p. eaaz5357

生物多様性のより詳細な記録 (A finer record of biodiversity)

我々には、環境変化が生物多様性に及ぼす影響を調査する、差し迫った人間原因の理由がある。過去を調査することは、この関係の我々の理解の基礎をなすだけでなく、現在の変化を理解するのに役立つ。古生物的記録は、化石の利用可能性や予測モデルに依拠しているが、しかしそれ故に、数百万年もの大きな時間飛びがある描像を与えてしまいがちである。このような時間尺度は、生態系の過程に対する環境影響力の作用を真に理解することを困難にさせてしまう。Fan たちは、超高速計算機が可能とした機械学習を用いて、大規模な古生代海洋のデータ群を分析し、わずか26,000年の時間間隔で履歴を作成した(Wagnerによる展望記事参照)。この微細尺度分解能は、新しい事象と以前描写されたパターンの重要な細部を明らかにした。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 272; see also p. 249

光学的非線形性を増強する (Enhancing optical nonlinearity)

誘電体と相互作用する光の強力パルスは、光学的な非線形挙動を引き起こすことがあり、それにより、出力光の周波数は、その入力光の2倍または3倍あるいはもっと高い高調波に励起されることがある。通常、この相互作用は弱くかつ何千もの波長にわたって発生し、一般的に大きな容積の材料と閉じ込められた空洞の組み合わせを必要としている。Koshelev たちは、連続体中の束縛状態と呼ばれる光閉じ込め機構を用いて、誘電体からなる微細規模のサブ波長 (波長以下規模) の円柱で、増強された第二高調波の生成が可能であることを示している。これらの光学的微細アンテナにおける成果は、非線形微細光量子集積回路を開発するための基盤技術を提供する。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 288

ニトロメタンからの窒素の調達 (Sourcing nitrogen from nitromethane)

ニトロメタンは、溶媒として使用するために大量に生産される。試薬としてのその用途は、主に炭素中心を修飾する過程でのメチル・プロトンの酸性度に今まで集中してきた。Liu たちは今回、窒素中心を活性化してアミノ化剤を生成する別の合成手順を報告している。トリフルオロメタンスルホン酸無水物、ギ酸、および酢酸とのin situ 還元反応により、アセチル化ヒドロキシルアミンが得られ、質量分析により解析された。この窒素供与体は、さまざまなケトンとアルデヒドをアミドに容易に変換する。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 281

水が火星の高層大気に到達する (Water reaches Mars' upper atmosphere)

火星は、かつてはその表面に豊富な水を収容していたが、その後その大部分は宇宙に失われた。今なお、大気中には少量の水蒸気が存在しており、それは十分に高い高度に達すると脱出することができる。Fedorova たちは、ExoMars Trace Gas Orbiter 宇宙探査機からのデータを用いて、火星大気中の水の分布を決定し、季節にわたる水分の変化を調査した。水蒸気は時々強い飽和状態となり、その分布は惑星の大規模な砂嵐の影響を受ける。火星が、その軌道の最も暖かい部分にある際に、水は上層大気に効率的に到達できる。この挙動は、火星が水を失う全体的速度を制御した可能性がある。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 297

薄いグラファイトは素早く冷える (Thin graphite gets cool fast)

非金属固体では、熱は主に音子(フォノン)と呼ばれる結晶振動を通じて輸送される。これらの音子は、特定の条件下で流体に似た特性を持つことがあり、それは材料の熱伝導率を高める。Machida たちは、グラファイト試料を薄くすると、流体力学的領域が極低温から室温に拡大することを見出した。研究者たちは、この非常に薄いグラファイト試料で、非常に高い熱伝導率を測定した。これは、さまざまな電子機器への応用にとって重要かもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 309